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マリア様がみてる 百合CP

【マリみてSS(江利子×克美)】不器用な想い

更新日:

~ 不器用な想い ~

 

 私にとっては、一大決心をしてのことだった。
 教室の中、受験と卒業間近というこの時期、元々の出席率が悪い中だったが、それでも放課後の教室で二人きりになれるなんて、なかなかやってこない機会。だからこそ、そっと彼女の側に近寄っていった。
 出来る限り平静を装い、可能な限り声の抑揚をなくし、いつもと何ら変わらぬ、授業中の受け答えをしているかのように、話しかけた。
 だというのに目の前の彼女は、まるで訝しむかのような目つきで、私のことを見上げていた。
「―――は?」
 なんとも間の抜けた声で応答してくる。本当に、人の話を聞いていたのだろうか。せっかくこちらが、恥しいのを我慢して話しているというのに。
「だから、この前うちの妹が江利子さんに迷惑をかけたでしょう。だから、そのお詫びにと思って」
「迷惑って、別に迷惑ってほどのことはされていないけれど」
 それはまあ、確かに苦しい理由だけれど、それ以外に口実が無いのだから仕方ないではないか。
「それに、お詫びが―――映画?」
 だって、他に思いつかなかったのだから。元々私は、楽しい遊びも、人を喜ばせる話術も、何も知らないのだから。
 半ば居直って、腕を組んで少し口を尖らす。
「別にいいわよ、無理にってわけでもないし」
 ああ、どうしてこう、天邪鬼なことばかり口をついて出るのだろう。本当に言いたいのはそんなことではないのに、無意味なプライドや見栄といったものが、邪魔をする。
 内心ではそう思いつつ、手にしていた映画のチケットを、ポケットに戻そうとすると。素早く伸ばされた指が、私の手からチケットを掠め取っていた。
 眉をひそめ、椅子に座ったままの彼女を見下ろすと。
「嫌だとは、言っていないじゃない。いいわ、克美さんとデートというのも、面白そうだものね」
 指に挟んだチケットをひらひらと左右に揺らしながら、彼女は笑った。
 言葉につまりそうになりながらも、なんとか口を開く。
「そう……じゃあ、そういうことで」
 素っ気無く、去りかけると。
「あれ、待ち合わせ場所とか、時間は?」
「あ、後で連絡するわ」
「そう。楽しみに待っているわね」
 江利子さんのそんな言葉に、私は頬が熱くなるのを感じ取られないよう、背を向けて立ち去るのであった。

 

 卒業を間近に控え、最後の機会だと思い、江利子さんに誘いの声をかけた。理由は本当に強引だったけれど、無いよりはマシだろう。
 断られたら、それでお終いという気持ちでいたが、単なる気まぐれなのか他に意図があるのかはわからないが、江利子さんは受けてくれた。
 いつから、私は江利子さんのことを意識するようになったのだろう。もう、随分と前からだったと思う。成績上位者のトップ5に常に名を連ねていた彼女に、一人、胸にライバル心を燃やした。成績上位というだけであれば、水野蓉子さんもいたが、蓉子さんとは同じクラスになったことがなく、逆に江利子さんとはクラスが同じとなるのが多かった、というのも要因だったろう。
 激しいライバル心は、いつしか、微妙な変化を遂げていた。年を経るごとに、綺麗に、美しくなってゆく江利子さんに、心惹かれていた。いまだ敵愾心は持ちながらも、彼女のことをもっと知りたいという欲求が高くなり、とうとう、行動に出たのが先日のこと。

 そんな複雑な思いを胸に抱えながら、こうして待ち合わせ場所にて江利子さんが来るのを待っていたのだけれど、当の江利子さんときたら約束の時間一分前に来るなり、私の周囲をうろうろまわり、頭の天辺からつま先までじっとためつすがめつ見つめて一言。
「野暮ったい」
 と、遠慮なく言い放った。
 そりゃ確かに、ホワイトのタートルネックニット、ブラウンのフレアスカートにスカートと同色のブーツ、それらに千鳥格子柄のコートをあわせた江利子さんは、とても綺麗で可愛くて、制服姿しか見たことがない私にとっては目も眩むようであったけれど。
 比べて、確かに私は色気も面白みも何にもない、セーターにロングスカート、コートという格好だったけれど、そもそも、素材が違うのだから仕方ないではないか。
「克美さんにとって、私とのデートってその程度のものだったの? もうちょっと、気合いいれてきてくれると思ったのに」
 ため息をつく。
「そんなこと言われても」
 今さら、どうしようもない。
 しかし、江利子さんは。
「せっかくなんだから、もっと可愛い格好してもらうわ。まだ時間も早いことだし、いいわよね?」
「え、え?」
 戸惑う私をよそに、有無を言わさず手を取り引っ張ってゆく。
「ちょっと、江利子さん?」
 こうして、江利子さんとのデートは予想外の展開から始まった。

 

 二時間ほどして、再び待ち合わせの場所まで戻ってきた。
「ほら、可愛いじゃない」
「で、でも江利子さん、これはちょっと」
 ここまで来ながらも、私はどこか躊躇ってしまう。
 今まで何をしていたかというと、待ち合わせ場所から江利子さんの自宅までさほど遠くないということから、江利子さんの家に引き返し、中で江利子さんの服に着替えさせられ、そしてまた帰ってきたというわけだが。
 Vネックニットにブラックのプリーツスカートはかなりのミニ。下は、ニーハイソックスにブーツ。そして、スタンドカラーのショートジャケットは綺麗な白。
「恥しいというか……」
 スースーする太腿を、つい手でおさえたくなる。
「隠さない、隠さない。それにしても克美さん、細いのね。私、びっくりしちゃった」
「やめてよ。単に、痩せぎすなだけよ」
 顔を背ける。
 そうだ、着替えている最中に下着姿を見られてしまった。まあ、女同士だし、学校の体育の授業とかでも見たり、見られたりしているから、今さらといえば今さらではあるけれど、江利子さんの部屋で、というシチュエーションがいつもと違う雰囲気を出していたのは確かだ。
「ま、これでようやくデートに専心できるわね。さ、行きましょうか」
 あくまでも楽しそうに、江利子さんは歩き出した。
「ちょっと待って、江利子さん。時間が」
 腕時計に目を向け、止めようとすると。
「もうすぐ次の上映が始まっちゃうのでしょう。分かってる、急ぎましょう」
「あ、いえ、そうじゃなくて。ちょ、ちょっと江利子さん」
 私の声など聞こえないとばかりに、ずんずんと進む。私は腕を掴まれたまま、結局、映画館内に引きずり込まれてしまった。

 

 まずい。
 非常に、まずい。

 何がまずいって、まず、今観ている映画がサスペンスホラーといった感じの内容なのだが、これがかなり怖い。特別、ホラーが苦手というわけではないが、好きなわけでもない。人並だと思うが、心理的に迫ってくるホラーは余計なことを色々と考えてしまって、怖さが倍増させられる。
 実は先ほどから、隣に座する江利子さんの手を握ってしまっており、江利子さんは最初、驚いた顔をしたが、何も言わずにただ口の端を上げてスクリーンに注目を戻した。
 恥しいけれど、怖いものは怖いのだから仕方ないではないか。

 加えて今、それ以上にまずいことがある。さっきから神経を集中させて我慢しているものの、いつ決壊するか分からない、危機的状況にある。
 スクリーンでは、まさに緊迫した場面。
 音楽もなく、誰かの息を呑む音さえクリアに聞こえてくるような、張り詰めた静寂に包まれた館内で。
 我慢は、限界を超えた。

 なぜ、よりにもよって、静まり返ったこのタイミングでなのか。とにかく、今までの人生でも初めてというくらい大きな音で、私のお腹が鳴った。時間してみれば、五秒くらいか。奇妙な生き物の鳴き声のような音が、館内に響き渡った。

 緊張感に包まれているはずの一シーンは、途端に笑いの場面へと転換してしまった。

 

 映画館を背にした今も、江利子さんは思い出したかのように笑い出し、口元をおさえる。私はといえば、不覚にも醜態を晒したことを悔い、怒りと羞恥で顔を赤くしていた。
「克美さんが、こんなに面白い人だったなんて、知らなかったわ。まさか、あんなところで蛙の独唱が聞けるとはね」
 くっくっく、と、殺そうとしても押し殺せぬ声を漏らし、肩を揺らして笑う。
「仕方ないじゃない、お腹が空いていたんだから」
 半分、居直ったように言い放つ。
 そもそも、本来であれば初回の上映を観賞して、観終わって丁度よい時間になってお昼、というスケジュールを組んでいたのに、江利子さんの家に連れられ着替えさせられるという余計なイベントが入ったため、お昼の上映の回になってしまったのだ。
 更に加えるなら、緊張で朝は食事が喉を通らなかったから、余計に空腹度が増していたのだ。
 不貞腐れたようにそっぽを向いて、ずんずんと歩いてゆく私を見て、江利子さん慌てて駆け寄ってきた。それでもまだ、顔は笑っている。
「ごめんなさい、ね、じゃあ少し遅くなっちゃったけれど、ランチにしましょう」
 私はさらに、歩幅を大きくして一人で突き進む。
 江利子さんも追いかけるように歩調を速めると、そっと、私の腕に手をからめてきた。一瞬、ぞくり、としたが、思い直して振り払おうとすると、江利子さんが更に体を寄せてきて、そっと小声で囁いてきた。
「……でも、手を握ってきたときの克美さん、とても可愛かったわよ」
「な、な、なっ……」
 ぱくぱくと口を開閉させるものの、何も言葉を発することもできず、ただ自分が赤面しているのを感じながら、間近に迫った江利子さんの横顔にどぎまぎする。
 コート越しだから、それほど直接的ではないけれど、江利子さんの感触が伝わってくる。隣では、何を考えているのか、やけに嬉しそうな顔をしている江利子さん。
「ちょ、ちょっと江利子さん。わ、私達、女同士なのよ。は、恥しいじゃない」
 かろうじて、それだけを口にすると。
「仲の良い友達同士なら、腕くらい組むじゃない」
 とてもじゃないけれど、私と江利子さんは今日の今日まで、仲の良い友達という関係ではなかったと思うけれど、結局のところ腕を振り払うこともできず、私達は腕を組んだまま歩くのであった。

 

 とかく私は世間知らずである。
 別に、家がお金持ちとか、お嬢様だとかいうわけではない。単に今まで、勉強ばかりに明け暮れていたから、流行だとか世事に疎く、友達と外に遊びに行くということも殆ど記憶になかった。
 江利子さんを誘ったのはいいものの、映画と食事の後はどこへ行けばよいのかもわからず、プランを立てることが出来ずに今日に至っていた。
 だから、どこか行きたい場所があるかと尋ね、江利子さんの希望する場所に特に異論を唱えられようはずも無いのだが、ランジェリーショップというのはいかがなものか。色鮮やかな下着の群れに、女だというのに怯みそうになる。
「早く決めてよね」
 なぜか無性に恥しくて、俯きながら言う。
「あれ、決めちゃっていいの?」
「そりゃ、いいわよ」
「やった、じゃあ、可愛いの選んであげるわね。もうね、今日の着替えのとき見たけど、克美さんの下着、色気なさすぎよ。そりゃまあ、全部が全部、おしゃれな下着を買う必要なんてないけれど、せっかくのデートなんだからインナーにも気合入れてきて欲しかったな。でもさすがに、下着まで貸してあげるわけにいかないじゃない」
「―――は?」
 間の抜けた声を発してしまった。
 というと何か、江利子さんは今、私の下着を選んでいるというのか。それに、デートだから下着も気合入れてきて欲しかったとは、どういうことか。即ち、私と江利子さんがお互いの下着を見せるような展開があるとでもいうのか。そんな状況はつまり、江利子さんと……
 そこまで想像が飛躍したところで、私は真っ赤になりながら妄想を振り払った。
 何を考えているのだろうか、私の気持ちは、別に、好意なんかではないはず。そうだ、江利子さんはライバルであり、彼女のことをもっと知りたいと思ったから、今日は誘っただけのこと。ドキドキもするけれど、慣れないことをしているだけで、恋しているとかではないのだ。そもそも、私と江利子さんは同じ女であり、女同士でそのような感情を抱くなど、変ではないか。だから、下着姿になるような行為に陥ることなどありえないはずであり、江利子さんの言葉の裏に深い意味などあるわけもない。
「ほら、可愛いじゃない」
「え」
 頭が妙な思考に渦巻いている間に、いつの間にか私は下着を試着させられていた。
 ホワイト地にカラードットが入り、鮮やかなピンクをストラップに使ったブラ。目の前には、にこにことしながら、様々な下着を抱えている江利子さん。
 私は慌てて、両腕をクロスさせて胸を隠す。
 こんな薄っぺらな胸を江利子さんに晒すなんて、恥さらしもいいところだ。
「え、江利子さん。私別に、こんな」
「あれ、気に入らなかった? じゃあ、こっちなんかどうかな」
「そうじゃなくて、下着なんていらないから。それにどうして、江利子さんが私の下着を」
「あら、さっき言ったじゃない。私が決めていいって。それとも克美さん、嘘ついたの?」
「いえ、そういうわけでは……」
 ちらりと江利子さんの様子を窺うと、鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌で、下着を手に取っている。
 中にはとても際どい形のものや、生地がやけに少ないものもあり、明らかに私を使って遊んでいる、もしくは楽しんでいるようにしか見えなかった。
「ちょっと、江利子さん」
 貧相な体を隠しながら、私はなんとか毅然とした態度で断ろうとしたのだが。
 顔を上げた江利子さんが、髪を揺らしながら小首を傾けて、無邪気な顔で微笑んで。
「ほら、克美さん、これなんか似合いそうじゃない、ね?」
 などと言ってきて。

 結局のところ私は、江利子さんの選んでくれた下着を上下揃って購入してしまったのであった。

 

 夕方、春が近づいてきて大分、陽は長くなってきたけれど、それでも十分に暗いし寒くもなってきた。
 気がつけば、あっという間に一日は過ぎ去っていた。そして、楽しかった。
 それは、認めないわけにはいかなかった。
 高校三年生の最後の最後になって、恥しくはあったけれど、声をかけて良かったと思う。江利子さんという人の一面に、触れることが出来たと思うから。今まではただ、自分勝手に変な対抗心を燃やしていただけだったが、今日はちょっとだけでも、お互いのことを正面から見合うことができたと思うから。
「今日はありがとう。思った以上に、楽しかったわ。克美さんて、真面目一徹な人なのかと思っていたけれど、結構、面白い人だったのね」
「面白いつもりは、ないのだけれど」
 勉強は出来ても世間知らずな私の反応や行動を見て、楽しんでいたのだろう。恥しいのと、少し腹が立つのとが入り混じり、つっけんどんな口調で言い返す。
「ごめんなさい、そんなつもりはないのだけれど……本当に純粋に、今日は楽しかったわ」
「そ、そう。それなら良かったけれど」
 安堵している自分がいる。
 もしも『つまらなかった』と言われていたら、きっと、どん底に落ち込んでいただろう。

 寒風に身を晒しながら、駅までの道のりを並んでゆっくりと歩く。
 楽しかったけれど、これで終わり。きっともう、江利子さんと自分の道が交わることは無いだろう。間もなくリリアンを卒業し、互いに別々の道を進んでゆく。別れる前の、ほんの一ページの思い出。
 今まで別に、親しかったわけでもなく、ただ私の方が一方的に江利子さんのことをライバル視していただけ。江利子さんにしてみれば、ただのクラスメイトの一人。ほんの気まぐれで一日、クラスメイトと遊びに出かけた、ただそれだけのことだろう。
 春になれば新しい場所での新しい生活、私のことなど記憶の中から抜け落ちてゆくに違いない。それで構わない。だって、私だって特に、江利子さんのことなど―――
「それじゃあ」
 江利子さんの声が、一人、自分の思いに耽っていた私を現実に引き戻す。
 すぐ横には、江利子さん。わずかに手を動かせば触れることが出来るけれど、明日からは手の届かない場所に再び戻る。
 最初から分かっていたこと。
 私は、いつもどおりの硬くて、つまらなそうな口調で素っ気無くお別れの挨拶をするだけだ。
 江利子さんがこちらを向く。
 私は、口を開く。

 

「――え、江利子さんが好きなのっ!」

 

 …………え?
 私の口をついて出た言葉は、私自身、驚きのものだった。口から出た言葉が、随分と遅れて耳から入ってきて、内容を理解した途端、体が、顔が、急速に熱を帯びてくる。
 何を言っているのだ、私は。本当はただ、「また明日」とでも言って別れるはずだったのに、いきなり告白。
 ほら、江利子さんだって目を丸くして驚いている。そりゃそうだろう、何の前振りも無く、突然の告白。しかも、同性から。変に思われても仕方が無い。どうする、急いで訂正するか、質の悪い冗談だとでも誤魔化すか―――

 いや、そうではない。
 この期に及んで私は何を考えているのか。江利子さんと別れたくないから、このままさよらなにしたくないから、だから自分の気持ちを口にしたのではないか。
 恥しいし、どのように反応されるか考えると死ぬほど怖いけれど、言わないわけにはいかなかった。
「えー、と、克美さん。好きって、私のこと?」
「そうよ」
「それって、友達としてってことじゃなくて、ってことよね?」
「そ、そうよっ」
 目をぱちくりさせている江利子さん。
 ここまできたら、もう躊躇っていても仕方が無い。今さら誤魔化せるわけもないし、後は勢いに任せるしかない。
「わ、わかっているわよ。そんな、変なことくらい。私と江利子さんは、女同士だし、気持ち悪いって思うかもしれないけれど、仕方ないじゃない、そうなんだから。わ、私だって認めたくはなかったけれど、そんな気持ちになっちゃったんだからっ」
「はあ…………」
 早口で言い捨てたけれど、今や顔から蒸気が噴出しそうなくらいに熱くなっていた。
 一方の江利子さんはといえば、呆気に取られたように口を開けてこちらのことを見ている。そんな彼女を見るのは初めてだったから、衝撃の大きさというか、呆れ具合というかがよくわかる。  逃げ出したい。
 逃げ出したい、けれど―――
「あー、ひょっとして克美さん。だから私のこと、やけに敵視していたの?」
 江利子さんが、何か納得したように頷いている。
「アレって、好きな子につい意地悪しちゃうっていう、アレだったんだ」
「え、いえ、それは」
 単純に、ライバル視していただけだ。少なくともその頃は、江利子さんに対する恋愛感情に似た恋心など抱いていなかった。というか、江利子さんは私の敵対感情に気がついていたのか。
「そう考えると、克美さんも可愛いものね」
「あの、え、江利子さん?」
 絶対に、ヒくだろうと思っていたのに、なぜか江利子さんは目をキラキラさせている。
 あまつさえ、
「そうか、女の子同士ってのもアリよね。いえむしろ、そういう方が面白いかも」
 などと、とんでもないことを呟きながら、何やら考え込んでいる。
 いや、元はといえば、とんでもないことを想い、行動したのは私なのだけれども。思いもよらない展開に、私自身が混迷する。
「……オーケー、分かったわ。克美さんの告白、ありがたく受けるわ」
「…………へ?」
 こんな間抜けな声を出して、間抜け面をするのは生まれて初めてかもしれない。
 だって今、江利子さんは何と答えたのか。
「だから、さっきの克美さんの告白」
「えと、それって?」
「今日一日つきあって、実は克美さんが面白い人だって分かって、私も克美さんのこと、もっと知りたくなっちゃった。お付き合いしましょう、恋人として」
「えええええっ、こ、恋人っ?!」
「な、なんでそんなに驚くのよ? さっきの告白って、そういうことじゃないの?」
 そうかもしれないけれど、そうなのか?
 大体、まともに答えてくれると思ってなかったし、元はといえば告白する予定なんかなかったのだ。さらに、OKの返事が来るなど、どこをどうひっくり返したところで私の脳内引き出しからはみ出てくるはずも無く、恋人になるなど思考の埒外だったから。
 恋人? 私と江利子さんが? 本当に?
 うわ、あ、ぁ……
 頭の中が白いペンキで塗りつぶされてゆく。言葉では言い表せない感情が、内からせり上がってくる。
「……ねえ、克美さん。違うの?」
 目の前に、下から覗き込むような格好で問いかけてくる江利子さんの顔。眉をひそめ、少し拗ねた表情もまた綺麗というか、ああ、私は何を考えているのか、でもこんなに至近距離に迫られると、また顔が熱く、熱くなってきて。
「そ、そう……です」
「そうよね、あーびっくりした。克美さん、私のことからかっているのかと思っちゃったじゃない」
「そ、そんなこと、ない」
 冗談は、苦手だ。
 こんなこと、ふざけて出来るわけがない。
「じゃあ、これから改めてよろしくね、克美さん」
「え、ええ」
 にっこりと、微笑みかけてくる江利子さん。笑顔が、胸を打つ。心臓が脈打つ。喉が渇いて仕方が無い。
 江利子さんと、恋人。
 現実だなんて信じられなくて、足元が浮ついている。
「じゃ、じゃあ、また」
 とてもじゃないけれど、このまま相対してなどいられそうもなかったので、私は逃げるようにして江利子さんに背を向けた。
 そのまま改札に向かおうとして、腕を掴まれて引き戻される。
「ちょっと、どこ行くのよ克美さん」
「え?」
「その服のまま、帰るつもり?」
「あ」
 すっかり忘れていたけれど、身につけている服は江利子さんから借りているものであった。当然、このまま帰るわけにはいかない。
 と、いうか。
「私の家に行きましょうか。あ、せっかくだから家族にも紹介しましょうか。朝はどたばたしていてそんなヒマもなかったし、丁度いいわね」
「え、ええっ」
「今日は、両親もいるし、兄貴たちもいるはずだから」
「あ、あの、紹介ってもちろん、友だ」
「ええ、もちろん、恋人として」
 満面の笑顔で、当然のように頷く江利子さん。
 待て、待て。つい数分前に告白して、ほんの一分ほどまえに一応、恋人になったものの、女同士だ。それをいきなり、家族に恋人として紹介するというのか。娘が、妹が、女の子を恋人として連れてきたら、家族はどう思うとか考えないのか。それに私だって、告白したし、恋人になれたのはまあ、嬉しいんだとは思うけれども、正直、実感は湧かないし、やっぱり女同士というのは世間体というか、見栄とか、そういったものもあるわけで、私としたらすぐに他の人に伝えるのは避けたいと思うのだけれども。
「男と付き合うことなど許さん、とか言っているけれど、女の子相手だったらどう思うのかしらね、うちの家族は。なんか、ワクワクしてきちゃった」
 肝が据わっているのか、感覚が私と異なるのか、むしろ楽しそうな江利子さん。
「さ、行きましょうか」
 腕を取られ、改札とは反対のバス停に向かって引かれてゆく。
「ちょっと待ってよ、私、心の準備が。ってゆうか、こうゆうのって普通、人に知られないようにするものじゃない?」
「あら。克美さんの家ってひょっとして、お父さんが過保護で、恋愛禁止令が出ているとか?」
「違うわよ。そうじゃなくて、むしろ相手が問題というか」
「何、私だと問題があるのかしら」
「いえ、江利子さんに問題があるというか、だって、ねえ、ほら」
「ほらって言われても……あ、バスが来たわ、急ぎましょう」
「あああ、だ、だからぁっ!」
 江利子さんって、こんな人だっただろうかと思いつつも、嫌な気はしない。江利子さんの素の一面を見られたような気がして、なんともそれが魅力的で。

 

 繋がれた手の感触を心地よく感じながら、私は江利子さんと並ぶようにして、急ぎ足で歩むのであった。

 

おしまい

 

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