俺の名前は福沢祐麒。現在は浪人生なのだが、理由があって、ぼろっちいアパートの管理人をしている。
アパートには、ひと癖どころ五つも六つも癖のある住人ばかりで騒ぎが絶えない。それはまあ、まだいいのだが、問題なのは……
住人が全員、女だということだ!!
「祐麒ーっ、一緒に一杯やろうぜー」
「未成年に対してなんてこというんですか、それに聖さん、まだ真昼間ですよ」
土曜の夜、前触れもなく管理人室にのっそりとやってきたのは、佐藤聖。大学三年生。そして手にはビールの缶。
聖はなぜか祐麒のことを気に入っているようで、こうしてしょっちゅう、飲みの誘いをかけてくる。祐麒がまだ高校生の頃から!
「そんな堅いコトいわないでさー、いいじゃん、ちょっとくらい」
「駄目ですっては、それで、この前も蓉子センセに見つかって、こっぴどく怒られたじゃないですかっ」
「いやー、でも蓉子ちゃん、怒っていても可愛いからなぁ」
祐麒の首に腕を回しヘッドロックをかけながら、にやにやとする聖。
趣味は、同じアパートに住む女教師にちょっかいをかけること。
そして、いつもそのとばっちりを食らうのは祐麒なのだ。
「なんだよー、つまんないなー、こんな美女が飲みのお誘いしているのに断るなんて、さては祐麒、不能?」
「なんてこというんですか、違いますよっ!!」
「だったらいいじゃん、ほら、うまくすればあたしを酔いつぶして、襲っちゃうことができるかもよ~?」
そんなことは絶対にないと言える。なぜなら、祐麒の方が缶ビール一本もあければ、できあがってしまうから。
「一緒に恋バナでもしようよー、このアパートの中で、誰が一番可愛いかとかさー」
年上のくせに、構って欲しいオーラを惜しむことなく発散しまくる聖。なんだかんだいって、寂しがり屋なのかもしれない。
「とりあえず部屋にあがらせてよ、そうそう、祐麒秘蔵のエロDVDでも一緒に見ようか。この前、辞書の中から良さそうなの発見しちゃってさー」
「なっ、何勝手に人の部屋、荒らしているんですかっ!?」
前言撤回。やはりこの人は、単なる変態女子大生だった……
「……近寄らないでくれます、管理人さん」
冷たい視線が、祐麒の頭上から降り注いでくる。痛い。槍が降って来た方が、まだ痛くないんじゃないかと思えるくらいだ。
りりあん荘で、『りりあんスカイタワー』の異名を誇る細川可南子が、その長身を生かして圧殺せんばかりに睨み降ろしてくる。
「……今、何か物凄く失礼なことを考えていませんでしたか?」
ぶんぶんと、慌てて首を左右にふる。冷や汗が、脇の下ににじみ出る。
高校二年生と年下にも関わらず、祐麒を圧倒する迫力。聞くところによると男嫌いということで、だから祐麒を敵視しているのだろう。
「でもさ、近寄るなと言われても、近寄ってきているのは可南子ちゃんじゃない」
「好きで近寄っているのではありません、そんなことより、早く退治しなさい!」
祐麒の斜め後ろのあたりで、厳しい目つきでいるが、どこか怯えているような感じ。まあ仕方ない、部屋に黒いヤツが出たらしいから。
「で、どこにいるの?」
「机の下に、逃げ込んで行って」普段は祐麒を避けてくる可南子も、ゴキブリを怖がるところはなんか可愛らしい。
さすがにゴキブリよりは嫌われていないようで、ほっとする。さて、住人と良好な関係を築くことも管理人の重要な仕事。
さっさと『ヤツ』を退治して、可南子を安心させよう。と、思ったのだが。机の下から這い出た『ヤツ』が祐麒の一撃をかわし、可南子の足もとへ向かう。
「ひぃぃぃぃぃっ!!!?」悲鳴をあげて避ける可南子だったが、その避けた先にいた祐麒に激突。
「わ、ちょ、ちょっと、可南子ちゃんっ!?」可南子の胸に顔が強く押し付けられる。『ヤツ』に怯えた可南子が、咄嗟に抱きついてきたのだ。
その時、騒ぎを聞いて駆けつけてきたのか、部屋の扉が開かれる。
「うわーっ、可南子ちゃんと祐麒くんが、熱いベーゼをかわしているっ!?」
「えーっ、うそっ、どれどれっ!?」
「えっ、何っ、ぎゃーっ! 何してんのよこの変態! スケベ!」
「な、なぜにー!?」
絶叫する可南子に往復ビンタを食らった後、さらにネリチャギを決められ、薄れゆく意識の中、祐麒は理不尽さに涙するのであった。
「ほら、朝ですよ、いい加減に起きてくださいっ!」
ベッドの上に丸まるようにして寝ている少女の姿をなるべく見ないようにしながら、祐麒は声をかける。
タンクトップにショートパンツという格好で、胸はムチムチ、おへそ丸出し、太ももむっちりで、目のやり場に困るから。
「う~、もう朝ぁ? ご飯はぁ?」
もそもそと、目をこすりながらようやっと上半身を起こす少女。髪の毛もぐちゃぐちゃだ。
「はいはい、トーストはもう焼けてますし、オレンジジュースもありますよ」
「わーいっ、ありがとう、祐麒くんっ」
無邪気に両手をあげて喜ぶ築山三奈子。雑誌のライターとして働いている社会人のくせにこのだらしなさ。なぜ、ここまで面倒みなければならないのだと思う。
身だしなみを整え、取材活動に勤しんでいるときはキリッとして見えるのに、アパートでの生活態度は酷いものである。
「あー、ほら動かないで、会社に遅刻しちゃいますよっ!?」
三奈子の長い髪の毛を櫛で梳く祐麒。管理人とは、住人のこんなところまで管理するのか? いや違うだろうと思いつつもやってしまう。
安心しきったように、三奈子は祐麒にゆだねて、のほほんとトーストを齧っている。
「本当に、もう少ししっかりしてくださいよ、俺がいなくなったらどうすんですか。一人でちゃんとできますか?」
「えっ、祐麒くん、私の傍からいなくなっちゃうの!?」
振り向いた三奈子が、捨てられた子犬のような瞳で見つめてくる。ずるい。ずるすぎる。
「い……いなくならないですけど、とりあえずは。心配で、ほっとけないですし」
「ホント? 良かったぁ。でも、それじゃあ、一生心配かけ続けていたら、ずっと側にいてくれるねっ」
どこまで本気なのか、天然なのか、そんなことを言って無邪気に微笑む三奈子。
「いいから、さっさと食べちゃってください、ほら本当に遅刻しますから」
誤魔化すように祐麒は言うと、三奈子の綺麗な髪の毛を指に絡めるのであった。
四という数字は縁起が悪い、だからここは教師である自分が四号室に入ろう、そう言って入居したのは水野蓉子。
リリアン学園の教師として赴任してきたばかりの、うら若き美女。
リリアンの高等部、大学を首席で卒業し、教師として赴任してきた蓉子は、その際にここ『りりあん荘』に入居した。
「管理人とはいえ、福沢君、あなたはここでただ一人の男性なのです。くれぐれも、節度ある行動をお願いします」
厳格な表情で、蓉子はそう告げた。とにかく真面目で堅い、見た目通りの女性だと祐麒は思っている。のだが。
「……ごめんなさい、福沢くん。こんな夜に、お願いしちゃって」
申し訳なさそうな顔をして見つめてくる蓉子。ここは四号室内、パソコンがネットにつながらなくなったと言われ、やってきた。
蓉子は優秀だが、とにかくメカ音痴で、機械類にはてんで駄目だった。
ビデオのタイマー録画が出来ず呼ばれ、ゲーム機の接続方法が分からないと呼ばれ、携帯電話の機能が分からないと呼ばれる。
それは構わないのだが、昼間は働いている蓉子だけに、呼ばれるのは大抵、夜になる。そしてその時の蓉子といえば、なんとも無防備。
今だって、風呂上がりの寝間着姿で、パソコンの設定を調べている祐麒のすぐ後ろ、触れんばかりの距離から見てきている。
シャツのボタンの外れた胸元からちらりと見える肌と、ほんのりとした膨らみ。シャンプーの匂い、首にかかる吐息。
「どう、分かりそう? 今日メールで資料を送れないと、困るのよね」
心配そうな表情でさらに身を寄せてくる蓉子。祐麒の背中に、何か柔らかいものがあたった。ヤバイ。やばすぎる。エロすぎる。女教師万歳。
このままでは本気でまずいので、必死で原因を探り、どうにかネットに接続することができた。
「ありがとう、福沢くん、助かったわ……いつも迷惑かけてごめんなさいね、本当に」
ぺこりと頭を下げると、無防備な胸元がさらにドカンと目に飛び込んできた。
「ど、どうかしたの福沢くん、顔が真っ赤よ? もしかして体調悪かったの、ごめんなさい、ええと」
「だだだっ、大丈夫ですっ!!」
真っ赤になりながら逃げる祐麒。先生、節度ある行動といわれても、貴女のせいでどうにかなってしまいそうです……!!
アパートの各部屋にはユニットバスがついているが、それとは別に、共同で使用できる風呂がある。
管理人室では実はシャワーしか使えないので、祐麒はしばしば、共同の風呂を使用する。
今日もまた、風呂をわかして、湯船につかって一日の疲れを癒していたのだが、そこで不意に風呂の扉がガララッと開いた。
そこに立っていたのは、一糸まとわぬ姿をさらしている女性。
「うわあーーーーっ!? か、かっ、克美さんっ!? 俺入ってますから、札も出してありましたよねっ!?」
共同の風呂なので、当然のことながら祐麒が入っているときはそれが分かるよう、入口に札をかけるようにしている。
「あ……ごめんなさい、よく見えなかったから」
内藤克美は、いつも通り抑揚のない口調で言う。克美は目が悪い。風呂に来る時は眼鏡を外してくるので、こうしてたまに見逃すことがある。
それならそれで、恥しがってさっさと出て行けばいいのだが、克美はそうではない。
「……もうぬいじゃったし、お風呂入りたいし、お風呂広いし。管理人さんも、私の裸なんか興味ないでしょう?」
一応、タオルで隠しながらも、中に入ってきてしまう。
克美は某有名大学の大学院生で、何やらよくわからないが、研究に没頭している、研究大好き人間。
そんな克美は勉強一本やりで、恋にも遊びにも興味がないという感じ。だからといって、一緒に風呂に入るのはまずい。
「私の裸など」と克美は言った。確かに克美の体は痩身で凹凸が少ないが、だからといってよいわけがない。それに祐麒は、結構貧乳好きだ。
「だ、駄目ですよ克美さんっ! ちょっと、まずいですからっ!!」
「フェルマーの最終定理における証明で谷村・志村予想は超ラングランズ予想につながる流れの中でフライ・セールズが」
「克美さん、そういうことをするなら部屋でやってくださいって、ね!?」
困っていると、ドタドタと廊下を走る音がして、さらに何人かが風呂に飛び込んできた。
「ちょっと、福沢君、内藤さん、あ、あなたたちなんという不純異性交遊をっ!?」
「ふ、不潔です、祐麒さんっ!」
「というか、みんな、出てってーーーーっ!!」