季節は夏に突入していた。
そして日出実たちは、ダレていた。
ここは薔薇の館の二階、乃梨子と笙子と日出実の三人がだらしなく椅子に座っていた。花も恥じらう乙女、それもリリアンのお嬢様がなぜ、そんな風になっていたかといえば理由はただ一つ、暑かったからである。
夏に突入すると、地球温暖化の影響か、はたまたそんなことは無関係にか、とにかく暑い日々が続いていた。
夏服で半そでになったとはいえ、それだけで暑さがしのげるわけではない。加えて薔薇の館はといえば、クーラーのような文明の利器もないため、思い切り暑さが室内にこもるようになっている。窓を開けていたところで、気休め程度にしかならない。
本来、今日は山百合会の活動はなく、笙子の要望があってこの薔薇の館に集まった。議題は、夏休みにどこに遊びに行こうか、というものだけれど、そんな話をする気もすっかり失せてしまおうというもの。
「うー、今年の暑さはちょっと異常じゃない?」
机に伏すようにしながら、笙子が声を押しだす。
「そうですねー、ちょっと、辛いです」
どうにか姿勢は保っているものの、日出実も表情は冴えず、手でぱたぱたと顔を仰いでいる。
「本当、今日も真夏日かな」
椅子の背もたれに体重をあずけるようにして、乃梨子は恨めしそうに窓の外に視線を向ける。
完全に、今日は話し合いなどする気配は消え去っている。
ならばさっさと帰ればよいようなものの、せっかく集まったのだからと、なんとなくそんな気持ちもあって、退出しづらい。あと単純に、動きたくないというのもある。
机の上には麦茶が置かれているが、すっかりぬるくなっている。
しばらく、三人は話をするでもなく、そのままの体勢で時を過ごしていたが、やがて。
「~~~~っ、あーもう、我慢できないっ! 二人しかいないから、いいよね?」
「ん?」
「どうしたんですか」
突然の乃梨子の言葉に戸惑う二人だが、億劫そうに視線を向けるだけで、姿勢は変えようとしない。
そんな二人の見ている前で。
「あ~~、あっつ~い~っ」
と、乃梨子はスカートの裾を両手でつまんだかと思うと、ばっさばっさと上下にはためかせた。
スカートの中に風を送り込み、なおかつ生足を外にさらして涼を得ようという、女子特有の行動である。
「――――ッ!!!」
「~~~~っ!!?」
笙子が突っ伏していた机の上から顔を持ち上げ、日出実は両目をギラリと見開いて乃梨子の姿を見つめた。
「あー、少しは気持ちいいかも」
時間にしてほんの数秒、乃梨子はスカートを元に戻す。
笙子は、いまだ目を見開き、手で鼻をおさえている日出実のもとににじり寄る。
「ひ、日出実ちゃん、み、見たっ!?」
「み、見ました、ちらりとですが」
「じゃ、じゃあ、あの、しましまは本当に」
「は、はい、白と水色の」
こそこそと、小声で交わし合う二人。顔が赤くなっているのは、どうやら暑さのせいだけではないようだ。
乃梨子はそんな二人のことを気にした様子もなく、言葉を続ける。
「女子高に行った友達に聞くとさ、男子の目がないから平気でこういうことやったりするんだって。さすがにリリアンでは、見かけないけど、ちょっと今日はね」
言いながら、またもや少しばさばさとスカートで仰ぐ。
ちらちらと見える太ももに、さりげなさを装いつつ、食い入るように見る二人。
「リリアンの制服だとさ、スカート長いよね。しかもワンピースだから、折りたたんで短くすることもできないし」
「? 折りたたむって、どういうことですか」
日出実が尋ねる。
「知らない? 大体の女の子は、スカートを折りたたんで通常よりも短くするんだよ。私はそれほど短くしなかったけれど、それでもこれくらいはしたかな」
と、乃梨子は立ち上がると、裾をつかんでスカートを持ち上げてみせる。その長さ、ちょうど膝上くらい。
「ひ、ひ、膝小僧っ」
「ミニスカートですかっ」
やや興奮気味の笙子と日出実。
なぜか、二人で手を組み合わせるようにして、乃梨子の脚を見つめる。
「これくらい、普通だったよ。短い子なんて、もっとすごかったよ」
「も、もっとって、ど、どれくらいだったんですか?」
「え? うーん、本当にミニスカートで、膝上20センチくらい?」
「こ、言葉で言われても、どれくらいかよくわからないなぁ、ねえ、日出実ちゃん?」
「え? ええ、そ、そうですね、笙子さん。ちょっと、イメージが」
アイコンタクトでうなずき合う二人。
「えっと、だからそうだね、これくらいだったかな?」
乃梨子はつまんでいるスカートを、さらに持ち上げる。言葉通りに膝上20センチくらいのところで止めると、スカートから伸びた太ももが直接、目に入る。ゆらゆらとわずかに揺れる裾、ちょっと動けば、下着が見えてしまうのではないかと思うくらい。
「ここ、これはぁっ!」
「ま、まずいです、私、鼻血が」
顔中を真っ赤にしながらも、それでも二人は乃梨子の脚を見つめ続ける。
「あ、と、は、ハンカチを落としちゃった、拾わないと」
わざとらしく、ハンカチを床に落とし、それを拾おうと腰をおろしかける笙子。慌てて、日出実が笙子に抱きつく。
「しょ、笙子さん、そんなあなた、駄目です、は、破廉恥な」
「な、何よ、ハンカチを拾おうとしているだけでしょう」
「し、下心があるのは分かっていますから、私が拾ってあげます」
「ちょ、ちょっと! そんなこと言って、日出実ちゃんこそ目がぎらぎらしてる!」
「き、気のせいですっ」
「待って、じゃあ、二人で一緒に拾いましょう」
「それは名案です、はい」
ようやく二人でしゃがみこみ、そっと上目づかいで窺ってみると。
「あはは、何しているの二人とも。仲がいいね」
すでに乃梨子は椅子に座っており、スカートの裾もいつもどおりに戻っていた。当然、その中の桃源郷は、二人の目には映らなかった。
「ああもう、ほらー、日出実ちゃんのせいで」
「わ、私ですかっ?」
「ほらほら、喧嘩しないで。とゆうか、二人とも顔が真っ赤だよ、ってかちょっと、鼻血垂れてるよ!? そんなに暑い?」
言われて指で拭うと、確かに赤い血が指に付着した。
「いやー、暑いよねえ、日出実ちゃん?」
「う、うん、鼻血も出ようってものです」
「そうだよね、この制服が……制服か……そうだ、いいこと思いついちゃった」
不意に、指をパチンとならした乃梨子。
笙子と日出実は、そんな乃梨子を不思議そうに見つめていた。
そして、数日後。
「おおお……こ、これは」
「な、なんともはや……」
笙子と日出実は、それぞれ自分自身と、そして相手の姿を見て、感嘆とも困惑ともとれる言葉を漏らした。
しかしすぐに、笙子の顔に笑みが広がる。
「うん、日出実ちゃん可愛いっ!」
「そ、そう? 変じゃないかしら?」
「全然、変なんかじゃないよ。うーん、バッチリ、可愛い!」
ぐっと親指を立てて、片目をつむる笙子に、日出実は多少照れながらも笑みを返す。いつもと何が違っているかというと、服装である。改めて日出実は、自分の格好が変ではないか確認するように、見おろしてみる。
日出実が着ているのは、いつものリリアンの制服ではなく、セーラー服である。サックスブルーが、夏の暑いこの時期でも清涼感を与えている。スカーフは濃いめのネイビーで、チェック柄のプリーツスカートもスカーフとあわせた色となっている。これに白のハイソックスをあわせて、女子高校生の出来上がり。いや、リリアンの制服でもそれは変わりないけれど。
「私から見たら、笙子さんのほうがよっぽど可愛いと思うけれど」
「えー、そう? ありがとうっ」
褒められて、素直に嬉しそうに喜ぶ笙子はといえば、白いブラウスに赤いリボンをあわせ、クリーム色のベストを上から装着。スカートはグレーチェックで、かなりのミニ。オーバーニーソックスとあわせた恰好はかなり可愛いが、少し暑くないだろうか、などと思ってしまうのも確か。
かくいう日出実も、かなりのミニにはなっている。本当は、最初は膝丈くらいだったのだが、笙子に「それじゃダメだよ、可愛くないよーっ」と言われて、結構大胆に上げてしまった。そもそもこんなミニスカートを穿くのが、小学生以来かもしれない。
そして、さらに。
「うわ、なんかこういう制服、懐かしいな」
そんな声とともに姿を現したのは、乃梨子。
基本的に笙子と同じ制服だが、リボンのかわりにボータイをつけていて、ベストは身に着けておらず、足はオーバーニーソックス。暑いためか、それともファッションか分からないが、きっちりと着ている笙子や日出実と違い、胸元を緩めシャツの裾を出してラフな感じを出しているのが、微妙に色っぽい。
「乃梨子ちゃん、格好いい! 素敵、ね、日出実ちゃん?」
「う、うん、凄く、よく似合ってる」
笙子と二人、顔を赤らめて乃梨子の姿を見てしまう。
まさか乃梨子のこんな姿を見ることができるなんて思っていなかったから、望外の幸運ではあるが、興奮しすぎて鼻血を出さないようにしなければならない。特に、乃梨子の絶対領域を見られるなんて、思ってもいなかった。
三人がこのような格好をしているのは、もちろん、先日のことが契機となっている。そして各自が身につけている制服は、乃梨子の中学時代の友人たちから借り受けたものである。当然、乃梨子達が着用していたリリアンの制服は、今はその友人達が着ている。リリアンは基本的に学校帰りの寄り道は禁止だが、いくらお嬢様学校とはいえ、誰もが寄り道をしていないというわけでもなく、また教師が毎日のように取り締まりをしているわけでもない。よほどのことがない限り大丈夫だとは思うが、一応、派手なことはしないようにと釘はさしてある。
そんなわけで三人は別の学校の制服に袖を通しているわけだが、生粋のリリアン育ちである笙子と日出実は、それだけでテンションが上がっていた。私服はともかく、制服でこんなにも露出が高いなんてこと今までになかったし、一種のコスプレみたいな感覚でわくわくと楽しくもなる。
「ねえねえ、どこに遊びに行く? カラオケ? ショッピング? それともナンパでもされにいく?」
「ええっ、な、ナンパ!? こ、怖いよそんなの」
知らない男の人に声をかけられてついていくなんて、日出実にはとても出来そうにない。笙子は本気でそんなことを言っているのだろうか。
「ナンパされると奢ってくれるらしいけれど……でも確かに、男の人についていくなんて嫌だよね。ごめんね日出実ちゃん、冗談、冗談」
てへへ、と笑う笙子。
「ナンパ男なんかやってきたら、私が追っ払ってあげるから平気だよ、日出実、笙子」
「の、乃梨子ちゃん……」
安心させるように微笑む乃梨子に、思わずぽーっとなる笙子。もちろん、日出実も同じである。
ここのところ、こんな風に三人で行動することが多くなっていた。親しくなるにつれてお互いの呼び方にも変化が出て、笙子は二人に対して「ちゃん」付けするようになり、逆に乃梨子は名前で呼び捨てるようになった。ちなみに日出実は、前と変わらず「さん」付けである。
「なんか、服が変わっただけで随分と気分も変わりますね」
「うんうん、そうだよね。リリアンの制服の時は、寄り道とかあんまりしようと思わなかったけれど、これなら幾らでも遊びに行けちゃいそうっ」
隣ではしゃいでいる笙子は、相変わらず気分も上々のよう。飛び跳ねるように歩くたびに、短いスカートの裾が揺れてニーハイソックスとの間の絶対領域が目に眩しい。単なる太腿ではなく、ニーハイソックスを履くことによって、より、むっちり感が出ているとでもいうのだろうか。
「それじゃ、リリアンの制服を着て遊びに行った春日たちはどうなるのよ」
隣の乃梨子が、苦笑しながら言う。
そう、日出実たちと制服を交換したのは、乃梨子の中学時代の同級生たちだった。みんな、結構かわいかったが、特に春日と呼ばれていた女の子は、言うならば令のようなタイプで、リリアンに来ればさぞやモテるのではないかと思われた。
「それじゃあ、まずはどこへ行こうか?」
三人で並んで歩きだし、さあどうしようかと考えているところで、日出実が気がついた。
「ね、ねえ、あれちょっと、なんか危ない雰囲気じゃないかなぁ」
日出実が指さす方を見てみると、少し細い路地のような先で、二人の男が、二人の女子高校生と話しているのが見えた。
いや、話しているのかもあやしい。どうも、女の子たちをナンパしようとしている男たちが、女の子に断られたにも関わらず、しつこく言い寄っているようだ。女の子たちは逃げようとしているが、男二人に詰め寄られ、おまけに一人の子は手を掴まれている。
「ど、どうしようか。人、呼んでくる?」
「ええっ、でも、間に合うかなぁ」
笙子と日出実、二人がオロオロとしている間にも状況は変わり、不意に、男の一人が女の子の胸に手を伸ばした。
直後、"パーン!"という乾いた音が響く。女の子が、平手打ちをしたのだ。
男の表情が変わる。
女の子が身を縮め、身を守ろうとするが、男は構わず手を伸ばす。
「やめなさいよ、嫌がっているでしょう」
その男の手を、横から伸びた乃梨子の手が掴む。
「なんだ、お前? 邪魔するなよ、楽しく話しているところ」
男は、一人はバンダナを巻いていて、一人は格好をつけているのか髭を伸ばしている。乃梨子は内心で、バンダナとヒゲと、勝手に呼ぶことにした。
「何が楽しくよ、明らかに嫌がっているじゃない。むしろ、アンタがしたのは痴漢行為よ、警察に言ってもいいんだから」
「はぁ? ざけんなよ、変ないいがかりはよしてもらおうか。俺たちは楽しく、ふざけあっていただけだよ、なあ?」
ヒゲがわざとらしく凄んだ後、女の子たちに同意を求める。女の子二人は、おびえて何も言えない。
「それとも何か、君が代わりに俺たちの相手してくれるの? でも、それにしてはちょっと胸がさみしいかな」
へらへらと笑いながら、バンダナが近寄ってきて、値踏みをするように乃梨子のことを頭のてっぺんから足先まで見る。途中、スカートからニーハイソックスまでの間のところで、目つきが変わる。
「……あのね、ちゃんと証拠はあるんだからね」
そう言うと、乃梨子は携帯電話を取り出して、液晶画面を見せる。そこには、男がいやがる女の子の胸を触るシーンが、きちんと動画としておさめられていた。画像はさほど良いとは言えないが、二人の姿は見分けることができる。
男たちの顔つきが変わる。
「あ、無理に奪おうとしても無駄よ。あっちの二人も、同じの撮っているし、もし、私に何かしようとしたら、その様子も撮るからね」
余裕の表情で乃梨子が振り返り、離れた場所で立ち尽くしていた笙子と日出実を見る。慌てて、笙子と日出実も携帯電話を向ける。
「くっ……てめぇ」
ヒゲが、凄みをきかせてくるが、乃梨子は全く怖くなかった。内心、どうしようかという迷いが、明らかに見てとれるから。
「無理やりっていうなら……笙子、警察の人呼んできてくれる? 駅前に交番あるよね。あ、念のため日出実は電話してくれる? 万が一、私たちが乱暴なことされたら……」
「わ、分かったよ、俺たちだって、お前らみたいなガキ、お断りだ」
乃梨子たちは合計で五人、二人ではどうやっても抑えきれないと判断したのだろう、強がりの捨て台詞を残して、男たちは去って行った。
「……ふん、三下っぽい捨て台詞ね」
ヒゲとバンダナが消えていった方に向けて、乃梨子は肩をすくめてみせる。
「の、乃梨子ちゃん、大丈夫?」
「乃梨子さん、無事ですかっ!?」
笙子と日出実が、慌てて駆け寄ってくる。
「あー、大丈夫、大丈夫。それより」
乃梨子は、おびえていた二人の女の子の方に目を向ける。
二人は太仲女子の制服を着ていて、一人はすらりと手足が長くて大人びた容姿をした美人系、もう一人は目がくりっと大きくて可愛い系。
「大丈夫だった、貴女たち?」
「――あ、は、はいっ! あ、ありがとうございましたっ」
男たちが消え、ようやく呪縛からほどけたのか、二人はぺこぺこと頭を下げてきた。乃梨子は苦笑しながら、大げさにお礼を言ってくる二人を抑える。
「あんなの、大したことないよ。それより、貴女の方が、酷い目にあったわよね。まったく、いきなり女の子の胸を触るなんて、何を考えてるのかしら」
憤る乃梨子。
そう言われて思い出したのか、女の子が身震いする。
「わ、私、あんなことされたの初めてで……やだ、気持ち悪い……」
泣きそうな顔をして、胸を手で抑える。もう一人の少女が慰めるようにしているが、女の子の表情は明るくならない。
それを見ていた乃梨子は、ちょっと考えたかと思うと、不意に手を伸ばして女の子の胸を掴んだ。
「…………っ!?」
「うわ、貴女、身体細いのに大っきいのね。着やせするタイプ?」
「あ、あ、あぁ……」
女の子の顔が、どんどんと赤くなっていく。
「ちょ、ちょっと、あの、柚子ちゃんに何をっ」
隣にいたもう一人の女の子が、慌てて乃梨子に抗議しようとするが。
「えっとー、"上書き" なーんて思ったんだけど、やっぱ駄目かな?」
てへ、と言うように苦笑いする乃梨子が、手を離そうとしたところ。
柚子と呼ばれた細い方の少女が、乃梨子の手を掴んだ。
「あ、あの……お、お願いします、"上書き"……まだ、さっきの男の人の気持ち悪さが残っていて……」
「そう? じゃあ……おおー、柔らかくて気持ちいい~」
「あ、あ、ん、はぁっ……あの、左の胸の方もお願いします」
「あれ、そっちも触られていたっけ?」
「は、はい、その、あの人の手、大きくて、指が触れていたんです」
「そう。じゃあ」
遠慮なく、といった感じで、乃梨子はもう片方の手ものばし、正面から両手で柚子の胸を撫でまわす。
柚子は切なげな、息苦しいような声をあげ、身を震わせている。
「ああ……もっと、上書きしてください……むしろ、私の全てをお姉さまの体で上書きしてほしい……」
顔を真っ赤に染め、瞳をとろけさせ、柚子は乃梨子にされるがままになっている。
「あ、あのっ!!」
隣でその様子を見ていたもう一人の少女が、たまりかねたのか大きな声を出して二人に割って入った。
そうだ、いつまでもそんな羨ましい状況にさせておくなと、笙子と日出実が期待する目の前で。
「あの……わ、私も実はさっき触られていて……う、上書きしてもらえますか?」
もじもじとしながら言う少女に、笙子と日出実はずっこけた。
「私は、柚子ちゃんほど胸はないので、お尻でお願いします……あ、私のことは、里利子と呼んでください」
「そうなんだ、里利子ちゃんも、酷い目にあったんだね」
同情の目をした乃梨子は、里利子のスカートの中に手を入れ、直に里利子のお尻を触った(むろん、下着の上からではある)
「お~、すべすべして、柔らかくて、いいお尻だね。安産型だね」
「は、はい、ぜひ、お姉さまの赤ちゃんが欲しいです……」
乃梨子にお尻を撫でられた里利子は、うっとりとした表情でとんでもないことを口走っている。
そんな、桃色タイムがしばし続き、魂が抜けかけていた笙子と日出実がようやく我に返って間に入ったことで、終了した。
「あの、本当にありがとうございました。あの、せめてお名前を」
「いいの、そんな気にしないで」
「でも……あ、あの、これ落とされましたけど」
「ん?」
柚子が、何かを手にしている。
「あ、やば、生徒手帳だ。ありがとう」
「ほら早く行こうってばー」
「ちょっと笙子、引っ張らないで……それじゃあね、気をつけてね」
笙子と日出実に両の腕をつかまれ、引っ張られるようにして去っていく乃梨子。その後ろ姿を、うっとりとした目で見送る二人の少女。
「……柚子ちゃん」
「……うん、里利ちゃん……素敵……『清井 春日』お姉さま……」
「私もう、駄目かも……」
柚子と里利子の二人は、お互いの手を取り合い、切ないため息を漏らした。
――太仲女子で、『清井春日お姉さまを慕う会』が発足し、一大勢力となるのは、夏休みを終えてすぐのことであった。
「もー、乃梨子ちゃんの、エッチ! たらし!」
「そ、そうですよ、みだりにあのようなことを」
先ほどから、笙子と日出実は不機嫌だった。だがその割には、二人とも乃梨子の腕を組んで離さないので、怒っているのかそうでないのか、乃梨子にはよくわからなかった。
ただ、左ひじにおしつけられる笙子の胸が、先ほどの柚子よりも大きいかな、というのはなんとなくわかった。
「ずるいよ、あの子たちばっかり。ねえ、私にも上書きしてよー」
「でも、笙子は別に、触られていないじゃない」
「そうだけどー、むーっ」
ぷくーっ、と頬を膨らませる笙子。
と、反対側で乃梨子にしがみついていた日出実が、ぽつりと言った。
「実は私、一昨日、痴漢にあいまして……」
「え?」
「あ、あの時の痴漢の手の気持ち悪い感触が、今も……」
ちらりと、乃梨子のことを見る日出実。
「そうなんだ、じゃあ」
乃梨子はするりと日出実の手をほどくと、そのまま日出実の背中から右腕をまわし、抱き寄せるようにして日出実の右の胸を触った。
「ひにゃぁっ!」
「日出実の胸は、発展途上中だねー」
そんなことを言いながら、指がわきわきと動き、日出実の胸を刺激する。
「わっ、私も、よく痴漢の被害に遭うもん!」
見ていた笙子が、張り合うように主張すると、乃梨子は今度は左の手を伸ばし、日出実と同じようにして笙子の左胸を掴む。
「にゃ、にゃあ~んっ!」
「おおっ……笙子、大きいね」
笙子の胸は実際、乃梨子の手のひらには余るほどだ。さほど大きな身体でもないのにこのサイズ、何を食べているんだろうと、半分は羨ましさをもって笙子の胸を撫でる。
「のの、乃梨子さん、私、お尻とか、太ももとかも触られてて……」
「うわ、サイテーだね、痴漢はっ。どれ、この辺?」
「はふぅっ、そ、そう」
乃梨子の右手が下方に滑り、スカートの上から日出実のお尻を撫でる。さらに降りていって、ミニスカートからはみ出た太ももをさすり、そのまま上に戻ってスカートの中に侵入、ショーツの布の感触を味わいながら、日出実のお尻に触れる。
「のの、乃梨子ちゃん、私もぉ~」
ねだるように、甘えた声で笙子が鼻を鳴らす。同じように、笙子の臀部をさする乃梨子。傍から見れば、女子高校生が女子高校生相手に痴漢をしているようだが、乃梨子の手さばき、体さばきは見事で、常に周囲の人からは見えない位置で手を動かし、単に三人の女子高校生がかしましく歩いているようにしか見えない。
(うわわわ、まずいまずいっ、これ以上触られたら、えっちな気分になっているのがバレちゃうよぉっ)
(乃梨子さんの指が、そんなところに……どうしよう、下着がっ)
悶える笙子と日出実。
「……ね、ねえ、そうだっ。の、乃梨子ちゃんも、上書きしてあげよっか?」
「ああ、そ、それは名案ですね、ぜぜ是非っ」
さすがにこれ以上やられると危険と感じ、身を離した二人だったが、今度は乃梨子の体を標的に定める。
二人の目は、今や獲物を狙う肉食獣そのもの。緩やかに膨らんだ可憐な胸や、スカートの下に想像する愛らしいお尻、スカートの裾とオーバーニーソックスに挟まれた絶対領域、どこに触れようかと考えていると。
「あはは、私は今まで痴漢の被害に遭ったことないから、大丈夫」
さわやかな笑顔で、さらりと二人の申し出を拒否する乃梨子。
「いや、やっぱり笙子や日出実みたいに可愛い子じゃないと、痴漢する気にもならないんじゃない? って、被害に遭った二人には笑い事じゃないね、ごめん」
「乃梨子ちゃんを痴漢しないなんて、そんなのおかしいよ!」
「そ、そうですっ、乃梨子さんなら絶対に」
「え、ちょ、ちょっと二人とも?」
かしましく、暑さも忘れて三人でいちゃつきながら、街中を歩きまわるのであった。
夕方になってから、制服を交換していた相手と合流して、カラオケへとなだれこんだ。カラオケの個室内で、それぞれが制服をまた交換して元に戻る。
着替えている間、笙子と日出実の目はぎらぎらしていた。乃梨子の着替え姿はもちろんのこと、バスケで鍛えられたしなやかな肢体を誇る春日、胸が大きくエロティックな身体をしている光、童顔だけれど適度な凹凸を持ち肌の綺麗な唯、乃梨子の友人である三人が三人とも、なんとも生唾モノの体をしていたからだ。
着替えを終え、それぞれの感想を述べあう。
「はー……お姉さま、かぁ」
「どうしちゃったの、春日は」
呆けている春日を見て、乃梨子が指をさすと、唯がにこにこ顔で説明してくれる。
「あのねー、はるちゃん凄かったんだよ。せっかくリリアンの制服着たからってリリアンの方に行ったら、三人の女の子から、『お姉さまになっていただけませんか』とか、『もう妹はいらっしゃいますか』とか、訊かれて、大人気だったんだから」
「へーっ、まあ、分からないでもないけどね」
凛々しい春日だけに、下級生の女の子から人気があるのは頷ける。
「うんうん、春日さん、格好よくて素敵だよね」
「え、ほほ、本当、笙子さんっ」
「え、う、うん」
いつの間にか、ちゃっかりと笙子の隣に席をとっていた春日が、褒められて頬を赤くしながら笙子との距離を詰める。
「しょ、笙子さんも可愛いよね」
「ありがとう……あの、太ももを撫でるのはやめてほしいかなーって」
春日の挙動が不審になる。
「そんなことよりー、ほら、歌うよっ」
「あ、私もっ」
光のいれた曲を見て、笙子も元気よく手を挙げ、立ちあがって元気に歌いだす。その、揺れる胸元や、揺れるスカートの裾を、嬉しそうに見つめる春日。
皆が楽しむ中、日出実はこっそりと乃梨子の隣に移動する。
「……今日は楽しかったですね、たまにはこういうのも」
「そうだね、日出実の胸の大きさもわかったし」
「の、の、乃梨子さんっ!?」
両手で胸をおさえるようにして、真っ赤になる日出実。
「あはは、ごめんごめん」
「むーっ」
胸を隠しながら、膨れ続ける日出実。
そんな日出実を横目で見ると、乃梨子は人差し指を顎に押し当てて考える仕種をしたあと、くるりと振り向き、髪を揺らしてくすりと微笑む。
「じゃあ、これでおあいこってことで……どう?」
と、日出実の手首をつかんだと思うと、他のメンバーからは見えないようにしながら、そっと乃梨子の胸に導いた。
日出実の手のひらに伝わる、ほのかな柔らかさ。決して大きくはないけれど、制服の生地越しにも、はっきりとわかる感触。
「の、のっ、のの乃梨子さっ……!!」
「笙子には内緒ね」
「う、うんっ」
ほんの僅かのことだったけど、確かに乃梨子の胸に触れて、心臓バクバクの日出実。しかも、それが日出実だけに与えられたとなると、なんだか二人だけの秘密めいて、乃梨子との関係が今まで以上に密になったように感じられた。
そんなことを思った次の瞬間。
「――わぁっ、日出実ちゃん、鼻血!」
「ふわわわっ!?」
「ちょっと日出実、どうしたの、大丈夫っ?」
「あーっ、日出実ちゃん、まさか乃梨子ちゃんとエッチなことしたんじゃっ」
「大丈夫、日出実さん? よかったら膝枕しようか? ううん、むしろさせてほしいな」
「ちょっと春日、なんかアンタ、さっきから変よ?」
騒がしい声が、室内に何重にも響き渡る。
皆の声を耳にしながら、日出実は幸せな気分を噛みしめる。
春日の太ももは、適度な弾力と締まりがあって、とても気持ちが良く、日出実はうとうとと眠くなってくる。
これが乃梨子の膝枕だったら、もっと最高だったのに。
そんなことを考えつつ、日出実は心地よい眠りに誘われるのであった。
ちなみに、寝ている間にお約束のようにスカートをまくられて、恥ずかしいパンチラ写真を撮られ、後日泣くことになる日出実であった。
おしまい