女の子の体は神秘に満ちている。
その柔らかそうで、男にはない丸みを帯びていて、触ったらとても気持ちよさそうで、色々と見てみたい、感じてみたいと思うのは、年頃の、いや年頃でなくても男なら誰でも思うのではないだろうか。
だからといって、別に女の子の体になりたいとかいうわけではない。あくまで自分は自分として、女の子の体を感じたいのだ。
甘くて、温かくて、滑らかで。
だけどそれは、思っていた以上に熱くて、辛くて、刺激的でもあった――――
高校二年の一学期、六月だけれどもかなり蒸し暑く、すでに真夏の予兆が見え隠れし始めていた。
そんな蒸し暑い学校の校舎の中を、俺、福沢祐麒は歩いていた。私立の学校でエアコンも設置されているとはいえ、昨今の地球温暖化のことも考えてあまり強烈に効かせているわけでもない。ついていないよりかはマシだが、どうにも中途半端な感は否めなかった。
べたつく首筋を撫でながら、生徒会室に足を踏み入れたが、中はもぬけの空だった。どうやら、俺が一番乗りだったらしい。
俺は鞄を適当に置くと、とりあえず生徒会室に設置されている優れた備品、小さな冷蔵庫の扉を開けた。確か昨日、飲みかけの烏龍茶のコップを入れておいたのだ。
「お、あったあった」
取り出して、まずは景気づけに一杯、とばかりに口をつけ、グイと喉に流し込む。
「――っ、ぶっ!?」
次の瞬間、俺は盛大に噴き出した。
喉を通った液体は確かによく冷えていたが、烏龍茶の味とは似ても似つかない、苦くて微妙に酸っぱいような、とにかく恐ろしいほどの不味さであったのだ。
激しく咳き込み、一分ほども悶えたところでようやく少し落ち着き、汚れた口の周りを手の甲で拭った。
「な、なんだったんだ、今の飲み物は……っ!」
もう一度、咳をする。
あまりの不味さにコップも取り落とし、零れた液体がワイシャツに大きな染みを作っていた。
「うわ、最悪だ……」
とりあえず、ワイシャツを脱ぎ捨ててTシャツ一枚になる。幸い、暑さのせいで脱ぐこと自体は問題なかったが、ワイシャツの方はクリーニングに出さないとどうしようもなさそうだった。
「畜生、ついてない」
室内にあったビニール袋にワイシャツを入れた後、鞄の中に突っ込む。続いて、液体をこぼしてしまった床を雑巾で綺麗に拭く。
謎の液体を飲んだせいで気分は優れなかったが、そのままにしておくわけにもいかなかった。
「ってゆうか、アレ、何だったんだよ。毒とかじゃないだろうな」
不味いというだけで、嘔吐感や吐き気、頭痛などは起きていない。思い返してみれば、栄養ドリンクと野菜ジュースとお茶を混ぜたような味だった。
とにかく、冷蔵庫にいれてあったくらいだから、毒物ではないだろうとポジティブに考える。どうせ誰かが、またゲテモノドリンクでも仕入れてきたものの、あまりの不味さに残してしまったのだろう。
片付けも終了したが、他のメンバーはなかなかやってこない。そして待っているうちに、俺の気分はどんどんと悪くなっていった。
「あー、クソ、本当に最悪だ。絶対、さっきののせいだ」
その後、二分ほど待ったが誰も現れず、体調が快方に向かう気配も見えなかったので、俺は帰ることを決断した。
簡単な書置きだけ残して部屋を出て、学校を後にする。しかしバスに乗ったものの、あまりに気分が悪くなってきたので途中下車してしまう。
不快感に体が包み込まれる。ぞわぞわと、寒気とも怖気ともいえるような感覚が、体の内側から這い出てくるようで、まるで体が自分の体ではないようだった。
やはり、何か人体に有害な成分でも入っていたのだろうか、病院に行った方がいいだろうかと、本気で思い始めていると、不意に視界に影が落ちた。
「どうしたの、キミ? なんか苦しそうだけど、大丈夫?」
「なんなら、俺らが介抱したげようか」
大学生くらいの、頭の軽そうな男二人が俺のことをにやにやと見下ろしていた。
弱っている俺を見つけて、かつあげでもしようというのか。平常の状態であれば、こんなやつらなど相手せず、さっさと逃げてしまうところだが、今は体が自由に動かない。
「ひゅーっ、なんかその弱っていても強気な表情とかそそるねえ」
男の手が伸びてきて、肩を掴んだ。
途端、電気が走り抜けるようなおぞましさが、体を突き抜けていった。
「は……なせっ」
「いいじゃん、俺らが気持ちよくしてやるぜ、かわいこちゃん」
男の手は、俺の肩から首を撫でるようにして上がり、頬に達した。なんだこいつ、ただの変態かと内心で毒づくも、抵抗する力が出てこない。
もう一人のロンゲも顔を近づけてきて、タバコ臭が鼻をついてますます気分が悪くなってくる。
このままどうなるのかと、弱りきった頭でぼんやりと考えたその瞬間。
「いい加減にしなさい!」
「弱いものいじめは駄目です!」
二つの声が重なって聞こえてきた。
声が聞こえてきた、二人の男の背後に目を向けると、二つの人影が見えた。
しかし、やけにアンバランスなもので、一人はやたら大きく、一人はやたらと小さかった。
「なんだ、おめぇら?」
男達も振り返る。
「あんたらも俺らの相手してくれるってのか、ひひっ」
ロンゲが下卑た声を出す。
そんなことを口に出す以上、新たに現れた二人は、やはり女性だった。二人の女性は、「ん?」といった感じでお互いを見ていた。
背の高い方は小さい方を見下ろし、小さい方は大きい方を見上げている。どうやら、知り合い同士と言うわけではないようだった。
だが、とりあえず対処すべきは目の前の二人組みであると認識が一致したらしく、すぐに正面を見つめなおす。
「その子、いやがっているじゃない。貴方達みたいなのが、人類のゴミなのよ。ゴミはゴミらしく、焼却場で燃やされなさい」
「でもそれだと、環境に優しくありません。きっとこの二人、ダイオキシンとか発生させますよ」
「ああ、そうね、有害廃棄物は本当に困り物よね。じゃあ、リサイクル?」
「多分、回収業者も引き取らないかと」
「まったく、本当に何の役にも立たないどころか、存在するだけで害ね」
相手を挑発するために言っているのか、あるいは本気で言っているのかわからなかったが、あまり怒らせるのも危険ではないか。実際、目の前の男二人は怒りに打ち震えているように見えた。
二人の男は俺に背を向け、女の子二人に相対する。
ロンゲの方が、小さい方の女の子に向かう。
「お嬢ちゃん、口が過ぎるんじゃねえの? お子ちゃまだって容赦しないよ? 知ってるかい、お嬢ちゃんみたいな小さい子が好きって大人も沢山いるんだぜ」
馬鹿にしたように、無防備に近寄っていく。
すると。
「やーーーーっ!!」
少女がいきなり動いた。
近くに落ちていた棒でも拾ったのか、その棒を勢いよく突き出したのだ。それはもう、躊躇いなど感じさせないほど、見事な勢いで。
下方から繰り出された突きが、男の股間を捻るように抉った。
声もなく、男は大地に突っ伏す。
「……こ、この野郎っ!!」
それを見ていたもう片方の男が、顔色を変えて掴みかかってきた。
「あんたの相手は、私よ」
もう一人の少女が立ちふさがる。
「うおっ、でけぇっ!?」
少女の長身に驚く男だったが、その言葉を耳にして少女の表情が変わる。
「でかくて、悪かったわねぇっ!!」
「え――――げふっ!?」
少女が振り上げた長い脚が、男の頭部に見事な踵落としを決めた。先に倒れたロンゲの男に重なるように倒れる。
まさに、一瞬のできごとであった。あっという間に二人の男をのしてしまった、二人の少女。
女の子に助けられるなんて情けない、と思いながらもどこか安心して、尻餅をつく。立っているだけの力が、体に残っていなかった。
二人の少女が、近づいてくる。
背の高い女の子は凄く髪が長く、小さい方の女の子は額を出している、それくらいしか分からない。意識が徐々に、薄れていく。
「大丈夫、あなた?」
「どうしましょう、具合が相当に悪そうです」
「とりあえず、私の家が比較的近いから連れて行きましょう。あなた、手伝ってくれる?」
「はい、とりあえず暇ですし、面白そうなので」
「……あなた、変わっているわね」
そんな会話がかわされているのをおぼろげに耳にしながら、俺の意識は闇に落ちたのであった。
次に俺の意識が戻ったとき、どこかの部屋で横になっていた。多少の体の違和感は残っていたものの、気持ち悪さ、頭痛といったものは消え去っていた。
「あ、気がつきましたよ」
まだ少し幼い感じの声が近くで聞こえて身を起こそうとするが、まだうまく体が動かなかった。
「無理しないで、まだ横になっていていいのよ」
髪の長い少女がやってきて、水を差し出してきた。素直にコップを受け取って水を口に含むと、冷たい水が全身に染み渡っていくようで心地よかった。
「えと、ここは……?」
室内を見回してみても、見覚えの無い部屋だった。
「安心して、ここは私の家だから。あなた、意識を失っていたから勝手に連れてきちゃったけれど」
「そっか……ありがとう、迷惑かけちゃったね」
「いいのよ。でも本当、男ってサイテーよね。弱っているところにつけこんで嫌らしい事しようだなんて、考えただけでも虫唾が走るわ。男なんて、世の中からいなくなっちゃえばいいのに」
髪の長い少女は本気で怒っているようだったが、そこまで言われると同じ男として居心地が悪くなる。何も、俺の目の前で言わなくてもいいだろうに。
「可南子さんは、男嫌いなのです」
隣にちんまりと座っていた少女が、補足する。
「菜々ちゃんも、気をつけたほうがいいわよ。男なんて、みんな同じなんだから」
どうやら髪の長いほうが可南子ちゃん、幼い方が菜々ちゃんと言うらしい。そして、可南子ちゃんは相当の男嫌いのようだった。
「えーと、なんか、ごめん」
いたたまれなくなって、思わず頭を下げると。
「あらやだ、なんであなたが謝るの?」
可笑しそうに、可南子ちゃんが笑う。その笑顔は、先ほど男のことを話していたときの表情とはまるで別人のようだった。
違和感が、つきまとう。
それほど男嫌いの可南子ちゃんが、いくらカツアゲされそうになっていたとはいえ、よく俺を助けてくれたものと。いや、あの場で助けるくらいであれば、正義感ということでもありえるだろうが、その後、家に連れ帰ってまで介抱してくれるというのはおかしくないか。男嫌いだという彼女が、今のような笑顔を向けてくれるのは変ではないのか。
不思議に思って腕を組む。
すると、不思議な感触が腕に当たった。
「――え?」
理解することが出来ない。
今まで生きてきて、全く身に覚えが無いことなのだから、思考も反応も出来ない。
「そうそう、あなた、そんな無防備な格好しているから男につけいれられるのよ。ちゃんと、ブラくらいつけなくちゃ駄目よ」
「そうです、私なんかより全然、おっぱい大きいんですから」
「お、おっぱ――」
見下ろす。
確かに、そこには見たことが無いような膨らみが存在していた。俺が動くと、その膨らみもわずかに動き、重みを感じさせ、本当にくっついているんだなと意識させられる。
Tシャツの首の部分に指をかけて、ぐいと外側に引っ張って中を覗き込む。
柔らかそうな、弾力のありそうな、二つの膨らみがあった。グラビアや、エッチな本やDVDなんかではお世話になったことのあるそれらが、俺の胸にあった。
「え、えええっ、お、嘘っ!?」
「あはは、何、そんなに驚いてるの。まさか、ブラしていたのに外されちゃったとか?」
「いや、あの、えと、そそそそうだ、ちょっと洗面所、どこっ?」
「そこを出てすぐ右のとこだけど」
可南子ちゃんの言葉を聞き終えるのももどかしく、指し示された場所に駆け込んで、鏡に写った自分の姿を見て声を失った。
顔の作り自体はさほど変わっていないのだが、全体的に柔らかくなっている気がする。そしてなぜか、髪の毛も伸びて肩から背中にかけて流れていた。
しかし問題はそんな部分ではない。先ほど自分の目で見たから間違いないのだが、こうして鏡で全体的に改めて眺めて見て、自分の体の変わりように驚く。明らかに胸が出ていたし、心なしか背も縮んでいる。トータルしてみれば、まさに"女の子"という外見になっている。
顔はそんなに変わっていないだけに、そういった意味でのショックも大きい。
いや、やはり体の方か。現実逃避をしていたところで、どうしようもない。しかし、胸があるということは、股間はどうなっているのか。
答えは、当然のように、"ない"だった。
目にして、感触的にも確認して、それでも尚信じられないのは、人として仕方ないことではないだろうか。すぐに信じろと言う方が、無理がある。
呆然自失のまま、ふらふらと洗面所を出る。
「どうかしたの、急に?」
「いや……はは、別に……」
訊ねてくる可南子ちゃんに返す言葉があるはずもなく、ふらふらと元の位置に戻り、ぺたんと座り込む。
すると、代わりにというわけでもないだろうけれど、菜々ちゃんが立ち上がった。
「それでは、私はこれでそろそろ失礼します」
「えっ?」
「あら、もっとゆっくりしていけばいいのに」
「あれ、可南子ちゃんと菜々ちゃんって、姉妹じゃないの?」
身長差はあるけれど、二人とも何となく容姿とか、雰囲気とかが似ていたので、すっかり姉妹だと思い込んでいた。
可南子ちゃんと菜々ちゃんはお互いに顔を見合わせ、次いでこちらの方に顔を向けてきた。その表情、動作といい、タイミングといい、あまりにぴったりだったので本当に姉妹なんじゃないのか、とやっぱり思いなおす。
「そんなに似ているかしら?」
「それにほら、名前だって"ナナカナ" だし」
「あはっ、確かに」
笑いながら、菜々ちゃんの方に目を向ける可南子ちゃん。
「どうでしょう、自分のこととなるといまひとつ、客観的に見ることができないですね」
肩をすくめる菜々ちゃんは、やっぱり可南子ちゃんに似ているように見えた。
「ええと、とにかく時間もあまりないのでそれでは、また……あ、そういえばまだお名前も聞いていませんでしたね」
「え、名前?」
さすがに本名は伝えない方がいいだろうと咄嗟に判断した。気を失う前のうっすらとした記憶だが、可南子ちゃんが着ていたのはリリアンの制服だったし、菜々ちゃんが今身につけているのはリリアン中等部の制服である。花寺とリリアンは交流があるし、祐麒はそもそも生徒会長である。同じ名前は避けたほうが良いだろう。
「えっと、の、野口ユウキです。友達からは "ユウキ" って呼ばれているので、可南子ちゃんも菜々ちゃんもそう呼んでくれていいから」
"ユウキ" という名前は男でも女でもありえるし、名前を変えてしまうと、万が一どこかで出くわして呼ばれても気がつかない可能性があるので、苗字だけ変えた。
「ユウキさんは、この後どうされますか?」
「え、ど、どうするって言われても……」
何気なく菜々ちゃんに訊ねられて、返答に困った。本来であれば、礼を言って家に帰るところだが、女の姿で帰るわけにはいかないだろう。
言葉無くうろたえている様子を見て、首を傾げる可南子ちゃんであったが、しばらくして不意に明るい声を出した。
「そうだユウキちゃん、もし良かったら今日、ウチに泊まっていかない? なんかせっかく知り合ったんだし、ユウキちゃんとはもっと仲良くなりたいな」
「……え、でも、今日知り合ったばかりなのに、そんな」
「いいじゃない、そんなこと。それとも何か用事とか、ある?」
覗きこんでくる可南子ちゃんの目は、とても優しかった。
おそらく、俺が困っている姿を見て、何かしら家に帰りづらい事由があると察して、わざわざ泊まっていくような提案を出したのだろう。こちらの事情に触れることも無く、それでいて押し付けがましくもない。出会ったばかりの、他人ともいっていい俺に対する思わぬ親切に、心が熱くなる。
なんて、いい娘なんだろう。
「ええと、お、お邪魔じゃないのかな?」
「だからー、そんなことないってば」
不安を払拭させるように、可南子ちゃんは笑って見せた。
都合よく明日は学校が休みであるし、そういう時に友人宅に泊まることは以前にも何度かあったので不自然さはない。声が変わってしまっているのが一抹の不安だが、電話であればどうにか誤魔化せるだろう。
どちらにせよ、こんな格好で自宅に帰るわけにもいかない。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えようかな……」
と、頷きかけたところで。
「ただいまー……あれ、珍しいわね、お友達?」
「お帰り、お母さん。うん、紹介するね」
可南子ちゃんのお母さんが帰ってきた。
可南子ちゃんのお母さんは、俺が泊まることをあっさりと承知した。むしろ、率先して泊まらせようとしていて、帰りかけた菜々ちゃんも無理矢理に引きとめようとしていたくらいだ。
どうも、可南子ちゃんが友達を連れてきたことが相当に嬉しいようだった。食事の後、お手洗いに可南子ちゃんが席を外した際にちょっとだけお母さんが話してくれたが、昔は時々友達が家に来たこともあったけれど、お父さんと離婚をしてからはそういうこともなく、少し心配をしていたのだという。両親の離婚という事実が、可南子ちゃんの意識に影響を与えているのではないかと、心配をしていたと。
離婚をしていたことを聞かされたときは、さすがにどう返答したら良いのか困り黙っていたが、
「だから、これからも遠慮せずに遊びに来てね」
と言われると、頷かないわけにはいかなかった。
そうこうしているうちに時間も過ぎてゆき、俺はどうにもこうにも困った事態に遭遇した。
まず、トイレ。
自然現象であり、さすがに"しない"というわけにもいかずトイレを借りた。どうすればよいのか困惑したが、人の家のトイレに長時間篭っているわけにもいかず、とにかく脱いで、座って、よくわからんが力んで出して、拭いて戻った。女の子がした後に拭くという知識は、幸いにして持っていた。
夢中だったので、正直、女の体がどうだったとか、触れた感じはどうだったかとかは覚えていない。
次いで、風呂。
遠慮したが断りきれず、お風呂をいただくこととなった。女体に興味が無いわけではなかったが、人の家の風呂で変な行為も出来ず、やはり忙しなく洗って温まって出たのだが、洗面所で用意されたバスタオルで体をくるみ、俺は立ちすくむ。
籠の中には着替えが用意されていたのだが、手に取って震えた。
指でつまんで広げたそれは、紛うことなき女の子の下着、パンツ。小さいし、これを穿くのかと、悶々とする。
脱いだトランクスをもう一度穿くという手もあるが、渡された着替えのショートパンツでは明らかにはみ出す。そうかといって、学生ズボンのままで寝るというのは、不自然すぎる。
いっそのこと、トランクスを穿いて強く上に引き上げるか、などと訳の分からない方策にでも走りかけたところで。
「ユウキちゃん、着替えの服の方、大丈夫かな?」
洗面所の扉が小さく開き、可南子ちゃんが呼びかけてきた。
「あ、わ、だだだだいじょうぶっ!」
慌ててショーツに足を突っ込んで、トランクスを隠した。続いて、とにかく急いで着替えのシャツに袖を通す。
ギリギリのタイミングで、可南子ちゃんが顔を覗かせてきた。女の体になっているから、見られても平気なのだろうが、やはり裸を見られるのは恥しい。
「やっぱり、私の服じゃちょっとサイズが大きいね」
そう言って、可南子ちゃんは「あはは」と笑った。
「ちなみにショーツは新しいやつをおろしたから、大丈夫だからね」
「はは、あ、はは」
乾いた笑いを浮かべながら、手で下腹部をおさえるようにして隠す。シャツが長いから隠れているが、まだショートパンツを履いておらず、パンツとシャツだけという、男だったら垂涎モノの格好だが、その格好をしているのが自分自身だと思うと全く嬉しくない。むしろ泣きそうになる。とうとう、女物の下着を身につけてしまったのだなあと。
こうして何とか風呂まで乗り越えたものの、最後にまた難関が待ち受けていた。
「ええっ、お、同じ布団で寝るのっ!?」
可南子ちゃんの部屋でお喋りしてくつろいだあと、さあ寝ようとなったときに衝撃をつきつけられた。
先日、古くなった来客用布団を捨ててしまっていて、俺のための布団がなかったのだ。それならそれで、床でもソファでも構わなかったのだが、可南子ちゃんも可南子ちゃんのお母さんも了承してくれなかった。
「大丈夫よ、ほら、私ってデカいじゃない。だから、ベッドも大きめだから、二人くらい余裕で寝られるわよ」
ベッドを見れば確かにシングルよりは明らかに大きかったが、問題はそこではないのだ。大きいといってもキングサイズなどではない、セミダブル程度のベッドだから、一緒に寝たら至近距離で触れ合うのは目に見えている。
それはまずい。体は女かもしれないけれど、俺は紛れも無く男なのだ、女の子と一緒のベッドで寝るなどしたら、どうなることか分からない。まあ、女の体だからどうすることも出来はしないのだが。
「いいから、ほら、こっち来て。ね、寝るまでお話しようよ。今度はユウキちゃんの学校の話、聞かせて欲しいな」
腕をつかまれ、半ば強引にベッドに引きずり込まれた。すぐ目の前に可南子ちゃんの顔があり、ドキドキする。
「が、学校の話なんて言われても、特に面白いことは」
ないというより、女の子の視点で話すことができない。何しろ花寺は、男子校なのだから。
「なんでもいいけれど。あ、そういえばユウキちゃんって、何年生? 一年?」
「あ、二年生だけれど」
「え、じゃあ先輩なんだ。ごめんなさい、なれなれしく"ちゃん"づけなんかして」
「あはは、別にいいよ、そんなの気にしないで……」
「そう? でもやっぱり、まずくないかしら。ねえ、ユウキちゃ……あれ?」
可南子ちゃんの声のトーンが変わる。
俺は答えない。
「寝ちゃったの……?」
近づいてくる気配があったけれど、俺はただ静かに寝たフリを続けていた。これ以上話をしていたら、変なボロを出すとも限らないから、とにかく寝たフリをするしかないと結論付けたのだ。
「よほど疲れていたのかしらね。訳ありのようだけれど、一体、どういう子なのかしら」
残念だけれど、可南子ちゃんのその疑問には答えられない。何しろ、自分自身が分かっていないのだから。
「起こすのも悪いし、私ももう寝ようかな」
しばらくすると、部屋の電気が消された。闇と静寂に包まれた中、可南子ちゃんがベッドの中のすぐ近くに横になるのが、気配で分かる。
「おやすみ、ユウキちゃん」
囁くような声に、俺は胸の中で「おやすみ」と答える。
わずかに動けば触れられる距離に可南子ちゃん。不安と緊張とに包まれながら、女として初めての夜は過ぎてゆくのであった。