【マリみてSS(由乃、祐麒他)】ぱられる! 10<令・三奈子ー3>

 

 令が手にしているものに、思わず目が向いた。
「令ちゃん、それって」
「ん、これ? ああ、なんか懐かしいでしょう」
 微笑みながら見せるのは、ラムネの瓶。昔ながらの、とまではいかないものの、それでもちゃんとビー玉で栓をしてある。懐かしいとは言っても、祐麒たちが子供のころだって、昔ながらのラムネなんてものはなかった気もするが、細かいことを突っ込むのは野暮というものだろう。
 楽しそうに令はラムネの瓶を持ち、上部に詰まっているビー玉を取ろうとする。ラムネにはビー玉を押し出すための、突起の付いた蓋がくっついていたので、それを押し当ててビー玉を落とすことになる。
「よっ……あれ、結構かたい」
 ビー玉が落ちず、さらに力をいれるがうまくいかないようだ。テーブルの上など、どこか固定した場所でないから、うまく力が入らないのかもしれない。
「令ちゃん、かわろうか?」
「ん、大丈夫」
 ここは男としての見せどころかと手を差し伸べようとしたが、令はうれしそうにしながらも首を横に振る。
「えいっ」
 気を取り直して令が力を入れると、"ぽんっ!!" と小気味の良い音が響き、ビー球が無事に抜けたことを伝える。
 同時に、歩いているうちにシェイクされたのか、それとももともとそういう状態だったのか、中のラムネが勢いよく噴出して令に襲いかかった。
「きゃあっ!」
 もろに顔にかぶって悲鳴をあげる令。
「わあ、もったいない!?」
 その様子を見ていた三奈子が、何を思ったのか後ろから令を抱きしめる。
「み、三奈子……ひゃあんっ」
 艶めかしい声を出す令。三奈子が令の胸を背後から寄せて上げていて、零れたラムネの一部がその胸の谷間でたゆたっている。
「えとえと、これからどうしよう……あ、そうだ。ほら祐麒くん、こぼれないうちに飲んじゃって」
「えええっ!?」
 振られて、改めて令のことを見る。目に入ったのか辛そうに目を閉じ、浴びたラムネで肌を光らせている。ボリュームのある胸は三奈子によってさらに迫力を増され、その谷間で揺れて光る透明の液体。エロいとしか言いようがない。
 駄目だと思いつつも、ついふらふらと引き寄せられていく。迫力ある令の胸が目の前まで迫ったところで。
「……って祐麒くんのエッチ! そんなのダメに決まっているでしょ!」
 と、なぜか言い出しっぺの三奈子に頬を叩かれた。三奈子の手を離れたことにより、とどまっていたラムネは令の胸からお臍を伝い、太腿から足元まで流れ落ちていく。一方の令はといえば、力を失ったようにふらつき、祐麒の方に倒れかかってきて、慌てて受け止める。
「だ、大丈夫、令ちゃん?」
 声をかけると、令は上気した頬と潤んだ瞳で見つめてくる。ラムネに濡れた肌が、祐麒の肌も同様に濡らす。
「う、うん……でも、ゆ、祐麒くんにだったら別に、飲まれても……」
「えっ……」
「あ――なな、なんでもないっ、あわわ、ご、ごめんっ」
 水着姿でしがみついていたことに気がつき、赤面しながら身を離す。令の温もりが、柔らかさが名残惜しい。
「えと、あの、令ちゃ」
「あ、えー、わ、私、体洗ってくるね!」
 逃げるように走っていく令。
 スラリとしたその長身を見つめながら。
 令の体の感触を無意識に反芻せざるをえない祐麒であった。

 風呂桶で浴槽のお湯をすくい、肩から体にかけると、熱く痺れるような痛みが全身からわき上がってきて思わず目を閉じる。
 日焼け止めはきちんと塗ったけれど、さすがに真夏の日差しをもろに浴びては、完全に防ぐことはできなかったようで、水着のラインも見えるくらいに肌が焼けていた。それでも我慢して全身にかけ湯をして、体を洗い始める。
 泡立てたスポンジでも強くこすると痛いので、優しく、いたわるように全身を洗って汗と疲れを落とす。
 髪の毛も洗い、一通りお湯で流して綺麗になったところで、湯を張った浴槽に体を浸らせる。
 夏だとシャワーだけですますという人も結構いるようだけれど、令はきちんとお風呂に入らないと気が済まない。お風呂に関しては、やっぱり日本に生まれて良かったと心から感じるのである。
 日焼けによるヒリヒリした痛みは当然、全身から襲ってくるけれど、それでも全身をお湯に浸からせると、心地よさが包み込んでくれる。
 大きく息を吐き出し、ふと目線を下に向けると、胸が目に入る。普段は男とよく間違われるけれど、胸は立派に女として育ってきてくれている。人に自慢することはないが、結構、形も大きさも良いと内心では思っている。
 そこでふと思い出し、両腕で胸を挟み込むようにして谷間を強調してみると、プールで起きた出来事を思い出してしまい、一人で赤面。三奈子ときたら、とんでもないことをしてくれたものだ。
 しかしまあ、それくらいに成長したのだと、改めて感じる。祐麒は果たして、胸の大きい女の子が好きなのだろうか。男は大抵、胸の大きいのが好きだと聞くが。確か、祐麒の部屋で見つけたエッチな本にも、胸の谷間に貯めた飲み物を飲むシーンがあった記憶がある。いや、あれはもっと下半身の方でやっていたことだったか。ただ、祐麒がもし望むなら、恥ずかしいけれど……
 変な方向に想像が働いたことに気がつき、慌てて首を振って追い払う。だけど最近、そんな妄想をすることが多くなっている自分に気が付いている。祐麒のことを考える時間が、増えていく。今日だって、あんな水着姿で抱きついてしまったりして、祐麒の胸の意外な逞しさや伝わってきた鼓動を、当分の間、いやもしかしたらこの先ずっと、忘れられないかもしれない。
「……はぁ。さっさと由乃とはっきりしてくれればな」
 そうすれば、令だってきっと、二人のことを応援できる。それなのに、二人はいつまでもはっきりとしないから、令だってこうして困惑するし、色々なことを考えて、想像して、期待してしまうのだ。
「由乃、うかうかしていると、私が……」
 言おうとして、その先を口にすることをどうにか止める。言葉にしてしまったら、自分を止められないかもしれないから。
 幼馴染で、可愛い弟。
 そんな存在で十分なはずだと、自分に言い聞かせる。
 由乃の悲しむ顔なんて、見たくない。三人でいつまでも笑っていたい。由乃と祐麒は、令が見ても似合いのカップルだと思う。ただ、付き合いが長すぎて、素直になることができていないだけなのだ。何かきっかけがあれば、きっと二人は――
 でも、もしもきっかけが無かったら?
 祐麒はあれで結構、もてる。ただ、由乃という存在がいるから、暗黙の了解で誰もアタックをしない状況なのだが、明確なルールがあるわけでもない。誰かが――たとえば蔦子や笙子が祐麒に対する好意を直接、祐麒に伝えたらどうなるか。あるいは、蔦子や笙子なんかではなく、この――
 そこまで考えて、思考を止める。
 長く風呂に入りすぎたのか、体中が熱くて頭がぼーっとする。令はゆっくりと浴槽から立ち上がり、シャワーのコックをひねる。
 全身に浴びせられる冷水が、意識と肉体を引き締めてくれる。
 それでも。
 一度、わき上がった想いは、そう簡単には消えてくれそうもないのであった。

 

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