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ノーマルCP マリア様がみてる 栄子

【マリみてSS(栄子×祐麒)】対面! 福沢家

更新日:

 

~ 対面! 福沢家 ~

 

 

 とうとう、その日がやってきてしまった。
 七月の後半、学校も夏休みに突入した、その最初の週末。
 天気は快晴、青空には巨大で真っ白な入道雲がでんと居座り、陽光は容赦なく肌を突きさしてくるような真夏日。
 間もなく福沢家に到着しようかという場所を歩きながら、額に浮かんだ汗をハンカチで拭う栄子。
 福沢家訪問、ご両親との顔合わせ、である。
 服装は清潔なブラウスとスカート、化粧は濃すぎず薄すぎず、髪は後ろでバレッタでまとめる馴染んだスタイル、決して不快感を与える様なことはないと自負しているが、だからといって安心できるわけもない。どんな格好をしたところで十代に見えるわけではなく、年相応になってしまうのは避けられないのだから。
「大丈夫ですよ、年上だっていうことは伝えてありますから」
「……どれくらい上だって、伝えてある?」
「それは、まだ」
「だったら普通、大学の先輩とか思うだろう? 仮に社会人だとして二十代前半までだろう、想像するのは」
 まさかそれが、薹がたった三十代後半の女が来るなんて思ってもいないだろう。
 そう考えていると、覚悟はしてきたはずなのに気分が悪くなってくる。胸がムカムカして、苦しくなって、吐き気がして来て、頭痛まで襲ってきたような気がする。思わず手で口もとを抑えてその場で膝に手をつく。
「えーこちゃん、大丈夫? 確かにこの暑さですもんね、気分も悪くなりますよね」
 そういうのではないというのに、この微妙な女心が分からないのか鈍感が、と文句も言いたくなる。いや、女心とかいい歳して口にするのは恥ずかしいが。
「少し、休んでいきますか?」
「…………いや、大丈夫だ」
 深呼吸をして息を整え、気持ちを落ち着ける。年上の自分がみっともないところばかりを見せるわけにはいかない。
 姿勢を正し、滴ってきた汗を再び拭きとり、一度目を閉じて大きく息を吸い、そして吐き出す。
「すまない、行こうか」
 目指す場所はもう、目と鼻の先だった。

 

 

 無意識のうちに貧乏ゆすりをしていたようだった。
 母に指摘されて、初めて気が付いた。
「――もう少し落ち着いたら、祐巳ちゃん?」
「わ、分かってるもん」
 そう言いつつも落ち着けないのを隠すように、クッションを抱きしめる。
 リビングには祐巳のほかに父と母もいて、祐麒が連れてくるという『彼女』を待っている。
 この前の夕食の後、祐麒がこの週末に『彼女』を連れてくると言って驚いた。いつの間に彼女なんて出来たのだろう、大学に入って作ったのだろうけれどなかなかに手が早いではないか。祐巳はといえば、リリアン女子大に進学したから彼氏なんて出来る気配は今のところないけれど。
「あら、私はそうじゃないかと思っていたけれど。祐麒の服装とか、雰囲気とか、そういうのでね」
 と、母は祐麒の変化に気が付いていたようだ。同じ女として気が付かなかったのがちょっと悔しい。父が気が付かなかったのは仕方ないにしても。
「でも、お父さんもお母さんも落ち着いているね。気にならないの、祐麒の『彼女』がどんな子なのか」
「そりゃあもちろん気になるけれど、だからってどうなるものでもないでしょう。まあ、これが祐巳ちゃんが彼氏を連れてくるなんてことだったら、お父さんはこんなに落ち着いていられないでしょうけれど」
「な、何っ! ゆ、祐巳、いつの間に彼氏なんか!?」
 それまでソファにくつろいで本を読んでいた父が、いきなり前のめりになって言葉をかけてきた。
「いないってば、落ち着いてよお父さん。でも、ふーん、祐麒と私だとそんなに違うんだ」
 娘と息子ではそんなにも思いが異なるものなのだろうかと首を傾げる。
「私だって驚きはしたけれど、祐麒ももうそういう年なんだなって。それに、祐麒が選ぶ子だったら、良い子に決まっているだろうし」
 なるほど、母は強しと言うべきか、自分の子供を信頼しているというべきか、あるいは親馬鹿と言うべきなのか。
「年上っていうのも祐麒らしいわよね」
「そう?」
「そうよ。だって小さいころから、『祐巳ちゃんと結婚するんだ』って言って、祐巳ちゃんもOKしていたじゃない」
「ぶーっ!?」
 とんでもないことを言われて、思わず飲んでいた麦茶で噎せてしまう。いったい、いつの時の話を蒸し返すのだか。確かにそういう無邪気なことを言っていた時期もあったかもしれないが、幼稚園とか、せいぜい小学校低学年くらいのはずだ。
「でもそうか、年上か……しっかりしないと、ね」
 祐麒より年上ということは、ほぼ確実に祐巳よりも年上ということになる。将来のことは分からないけれど、祐麒の姉として恥ずかしくないふるまいをしなければ……もしかしたらこの先、『お義姉さん』になるかもしれないのだから。でも、年上って、やっぱり大学の先輩だろうか。祐巳も大学の先輩を見ると、"大人"だなぁと思ってしまう。一年坊主とそれより上とでは、なぜか全然違うように見えるのだ。

『――ただいま』

 そうこうしていると玄関が開き、祐麒の声が聞こえてきて、思わず背筋を伸ばす。
「来たわよ。いつも通りにね、お父さん、祐巳ちゃん」
 言いながら、母が玄関へと出迎えに向かっていく。
 父は読んでいた本を置き、麦茶で喉を潤す。やはり少しは緊張しているのだろう。
 祐巳も落ち着いて待ち受けようと、目を閉じて深呼吸をしたところで。
『……えっ!?』
 という母の声が玄関の方から聞こえてきて、ビクッとする。
『……どうぞ、上がって下さい』
 更に耳に入ってくる言葉。
 先ほどのは明らかに驚きの声で、続いての言葉もどこか動揺が入っているように思えたが、どういうことなのだろうか。もしかしたら想像と異なるような女の子、例えば凄いギャル系の子とか、逆にモデルみたいに綺麗な子とか、あるいは更に裏をいって外人さんだったり!?
 正解が分からないまま次第に人の気配がリビングに近づいてくるのを、ドキドキしながら待つ。本当は入口のところをガン見したかったけれど、さすがに我慢する。
「どうぞ、こちらです」
「失礼します」
 母と祐麒に続いて入ってきた女性の声を耳にして、顔をそちらに向ける。一瞬、その女性と目が合う。
「………………」
 思考が止まった。
 え、え、ちょっと待って、どういうこと?
 祐巳が混乱している間にもその女性は近づいてきて、やがて父、祐巳を正面に見る位置で止まってぺこりと頭を下げた。

「は、はじめまして。保科、栄子です」
 そう言われてから挨拶を返す父の顔も驚きを浮かべていたけれど、おそらく祐巳とは違った意味の驚きだろう。
 色々と予想はしたし考えもしていたけれど、こればかりは予想の遥か斜め上というか、想定の範疇外だった。
「え、え……」
 思わず口に出しそうになったところ、祐麒の視線を感じて寸でのところで止める。言うべきタイミングを失し、微妙な空気をまとったまま全員がソファに腰を下ろした。
「改めて紹介するよ。俺がお付き合いしている、保科栄子さん」
 頭を下げる栄子。祐麒は続いて両親と祐巳を紹介し、これまた互いに頭を下げる。
「い、いやあ、こんな綺麗で大人の女性が祐麒のお相手だなんて、驚きました」
 なんと言ったら良いか困っているのだろう、それでも父がどうにか口にした言葉は最低限のものであっただろう。恐らく本音はもう少し違うのだろうが、どうにか柔らかな言葉に包んだといった感じだ。
 母がお茶とお茶請けをもってきて皆の前に置くが、そこから会話が進まない。祐巳がどうにかしたくてもどうにかできるものではない。ここは祐麒がどうにかしないといけないだろうと横目で睨みつけると、祐巳の視線に気が付いたかどうかは分からないが、祐麒は軽く身を乗り出して話をしようとした。
 だけど、実際に先に切り出したのは栄子の方だった。

「あの」
 栄子が口を開くと、いっせいに視線が向けられるのを感じた。
「栄子さん、俺が」
「ううん、ここはちゃんと、私の方から話すべきだと思うから。あの、お二人とも色々とお尋ねになりたいことがあると思います。でも、やはり私の方からお話しさせていただきます」
 そこで栄子は一つ間を置き、呼吸を整える。
「私は今、36歳です」
「――――っ!?」
「さぞや、驚かれたことかと思います」
「そ、そうですね」
 目を見張る父親がどうにかこたえる。その額にはうっすらと汗が光っているように見え、やはり相当なショックだということが分かった。覚悟してきたこととはいえ、心が怯みそうになる。
「まさか、てっきり二十代後半だと思っていましたので」
「本当、凄くお若いですのに」
「は…………はあ」
 違った方向に驚かれていて、逆に栄子の方が力抜けそうになった。背筋を伸ばし、軽く咳払いをして続ける。
「祐麒さんとは二十近く年が離れています。それでも、決して冗談などでお付き合いしているわけではありません」
「それは、そうでしょう。その年齢では……」
「ちょ、ちょっとお父さん、失礼ですよ!」
「あ! これは、申し訳ありません!」
 ぺこぺこと慌てて頭を下げて謝る両親。一方の栄子は先ほどの言葉を受けて顔に熱が昇るのが感じられた。栄子の年齢で、冗談で若い男の子と交際する余裕などないだろう、そういうことが含まれていることは明らかであり確かに失礼なのだが、本当のことなので栄子としては赤面するしかなかった。
「ええと、それで栄子さん、ご職業は」
 雰囲気を変えようと父親が新たな話を振ってきたが、それはそれでまた厳しいことである。
「はい。養護教諭をしています」
「養護教諭といいますと、いわゆる学校の保健室の先生、ということでしょうか」
「はい、そうなります」
「え……と、それって」
 父親の視線が祐麒と、そして栄子の間を彷徨う。保健室の先生と生徒、どのような関係を想起させてしまったかは想像に難くない。
「あ、あの、違います。決して、学校で節度を失うようなことはしていません。そもそも、祐麒さんの学校に勤めているわけではありません」
「そ、そうですよね」
「はい、私が勤めているのは……リリアン女学園です」
「えっ!?」
 今度は母親の方が声を上げ、同時に祐巳の方に顔を向けた。
「う、うん、保健の……栄子先生。間違いないけど」
 学校は違うが花寺とリリアン、微妙なところだろう。
「栄子さん、ありがとう。ここからは俺が」

 そこで隣に座っていた祐麒が栄子の膝の上に置かれた手に手を重ねてきた。それまでギュっとかたく握りしめていた手の力が緩み、じんわりと手の平に汗をかいていることに初めて気が付いた。
 栄子の手を握った祐麒が話し始める。それは栄子の実家で話したように、祐麒の方が栄子にアタックをかけ続けて交際に至ったもので、決して教師の栄子が祐麒に手をかけたようなものではないということ。そして、真剣だということ。
 祐麒の両親はいまだ驚き冷めやらぬという感じではあったが、息子の話を真剣に聞いて疑う様子はなかった。それだけ祐麒のことを息子として信頼しているのだろうし、信頼される生活を祐麒は送ってきたのだろう。
「そうか。二人が真剣に交際していることは分かった」
 一通りの話を聞き終え、ソファの背もたれに体を預けて父親が言った。心から納得したのかは分からないが、とりあえず反対されたようでないことに内心で安堵する。しかし、話はこれで終わりではなかった。
「うん、それで俺、いずれは栄子さんと結婚するつもりから」
「そうか、結婚な…………って、結婚んんっ!?」
「こ、こら祐麒っ、いきなりまた結婚とか」
「でも本当のことだし、早いうちに言っておかないと驚かせちゃうし」
「いやいや、今でも十分に驚かせているし、もうちょっと前振りとかあるだろう?」
 両親は栄子の年齢を聞いたとき以上に目と口を開けて硬直している。
「でも」
「でもじゃない。18の息子が36の彼女を連れてきただけでもびっくりなところ、結婚するなんて言いだしたら驚くに決まっているだろう。もう少しご両親の気持ちを考えたらどうなんだ」
「そんなこと言われても、だからって言わないわけにはいかないじゃないですか。もちろん、親のことも考えますけど、俺達のことの方が大事でしょう」
「祐麒……本気なの、結婚するって」
 ようやく少し立ち直ったのか、母親がかすれた声で聞いてきた。息子のことだ、母親の方が気にはなるだろう。
「本気だよ母さん。それに、もう彼女のご家族にも伝えてご了承は頂いているし」
 祐麒の言葉に、またしても皆の目が栄子に集中する。
「あの、はい、本当です。私の両親も、家族も、私と祐麒さんのことは知っていますし、結婚についても賛成してくれています」
 栄子がそう告げたところ、本日で何度目だろうか、室内に沈黙が横たわる。それはそうだろう、息子が初めて彼女を連れてきたと思ったら36歳で学校の養護教諭、加えて結婚するなどと言いだしてきたのだから。どう考えても息子が年増のいきおくれに誑かされた、騙されていると思うだろうが、突然すぎてそれすら出来ないのだろう。針の筵とはこういうことを言うのだろうか。
 栄子は懸命に家族の視線に耐えるのであった、が。
「…………そうか、結婚か。式はどこで、いつ頃上げるとか決まっているのか?」
「え? いや、まだそこまでは決めていないけれど」
「人気の式場は先まで埋まっているし、あと出席してもらう人には早めに連絡する必要があるからな」
「結婚した後の住む場所はどうするの? この家でも部屋は空いているけれど」
「そうだな、そもそも祐麒、結婚資金なんてないだろうし。いくら栄子さんが働いているからって、男として彼女ばかり頼りにするのはどうなんだ」
「ちょっと待って二人とも、え、もう納得したの?」
「納得も何も、二人の間で決まっていて、栄子さんのご両親やご家族も賛成されているのだろう。確かに祐麒は若いが、その、失礼ですが栄子さんの年齢を考えたら早いことはないというか、むしろ早くした方が良いだろう」
「そうだけど、俺はてっきり反対されるかと思っていたから」
「驚きはしたが、反対するつもりは無い。私達の息子は、反対されるような女性を連れてくることがないと信じているからな」
「父さん……」
 さすがに祐麒も、父親の言葉には驚いているようだったし、それは栄子とて同感だった。栄子の家族や両親とも違う受け入れ方で、度量が広いというのか、そこまで我が子を信じられるのは羨ましいと思った。
「母さんもそうだろう?」
「私は――」
 母親の鋭い視線が栄子を射抜き、思わず背筋が伸びて身が引き締まる。娘の場合は父親が、そして息子の場合は母親が大きな障壁になるとは聞いたことがある。先ほどまでの衝撃から立ち直り、表情も厳しくなった母親から何を言われても大丈夫なように身構える。色々とシミュレーションをしてきたのだ、どのようなことを言われようと仕方ない事だし、必ず耐えなければならないと。
「私が気になるのは、そこまで性急に結婚しようということ」
 ごくり、と唾をのみ込む。
 さすが母親、プレッシャーが栄子を圧してくるように感じられる。
「栄子さん」
「はいっ」
「その、もしかしてだけれど……ええと……」
「?」
「その……」
 何やら言い辛そうにして、心なしか頬を赤くしてちらちらと栄子を見てくる母親。いや、栄子を見ているというよりも、その視線は栄子のお腹に向けられている。
 そこで、母親が何を懸念しているか理解した。

「違いますっ、出来ちゃった結婚とかじゃありません、まだ、子供は出来ていませんからっ。その辺はちゃんと注意していますっ」
 狼狽しつつお腹を手で押さえて否定する。
 言われてみればそうだ、幾ら栄子が三十代半ばとはいえ、二十歳にも満たない祐麒がいきなり結婚とか言い出したのは、責任を取らなければならないからだと考えるのも無理はないことだった。
 隣に座る祐麒も、赤くした顔をぶんぶんと横に振っている。
「あらやだごめんなさい、でも栄子さんも早い方が良いでしょう」
「そ、それは、そうですけれど、でも祐麒さんはまだ学生ですし、卒業するまでは待とうかと……」
 赤面し、変な汗が脇の下ににじむのをかんじながらしどろもどろに答えると。
「駄目よ、祐麒の卒業を待ったら失礼ですけれど40になるのでしょう。高齢出産は一歳違うだけでリスクが物凄く大きくなるのよ。育児が不安なら私がサポートするし……そうだわ、そうしたらやっぱりこの家で一緒に暮らした方が良いのじゃないかしら」
「母さん、さっきから何言っているんだよっ。父さんも止めてくれよ」
「いや、しかし母さんの言うことももっともだろう。どうなんだ祐麒、子育ての資金とか不安ならやはり同居が一番だと思うぞ。大丈夫、二人のことを考えてリフォームも考えよう。そう考えると楽しくなってくるな」
「リフォーム? じゃあ、私の部屋も広くしてくれるとか?」
「ああもう、祐巳まで勝手なコト言うなよっ。結婚したら俺はしばらくえーこちゃんと二人きりでいたいんだから!!」
 騒ぎ出した家族に我慢できなくなったのか、祐麒が叫ぶように言った。
「…………あ……いや……」
 そして、自分の発言内容が恥ずかしくなったのか真っ赤になって口ごもるが、栄子だって物凄く恥ずかしかった。
 ――嬉しくはあったし、同じ思いではあったけれど。

 色々と騒々しかった福沢家訪問と報告だったが、なんだかんだと受け入れられたようだった。それどころか、挙式や結婚後の住まいの話にまで広がってしまい、事の成り行きに当事者である栄子と祐麒の方が困惑するくらいだった。
 歓談して福沢家を辞去する前、両親が何か土産を持たせようとして祐麒と揉めているその隙に祐巳が近づいてきた。
「まさか祐麒の彼女が栄子先生だなんて、凄いびっくりしました」
「そうよね、隠していた……のだけどね、当然」
 学園で教え子と教師として接していた祐巳だけに、今の距離感は戸惑う。姉の祐巳とは教師として接している間、弟の祐麒とは恋人として接していたのだから。
「あの……興味本位で申し訳ないんですけれど」
「いいわよ、祐巳さんには聞く権利があると思うから」
「それじゃあ……ええと、祐麒って花寺の生徒会でちょくちょくリリアンに来ていたじゃないですか。でそういうとき、今思い返してみると確かに何度か保健室に行っていたなって思って……もしかしてその時に」
「し、してないわよっ」
「――え?」
「保健室、学園ではキスまでしかしていないわよっ。さすがにそこは節度をもって、その、それ以上のことは。あ、いえ、もちろんそれでも神聖な学び舎でと思うかもしれないけれど」
「あ…………いえ、『その時に祐麒に告白されたんですか?』って私は聞こうとしたんですけれど……そ、そう、ですか」
 頬を紅潮させもじもじしてしまう祐巳。
 そして栄子も、自爆してしまったことを理解する。
「わ……忘れてくれると有難いわ」
「はい……でも、キス、ですか?」
「だから、忘れてっ」
 顔を手で覆って身悶える。穴があったら入りたいとはこのことか。
「お待たせ、って何やってるんだよ祐巳」
「栄子先生と女同士のお話し。いいでしょ、これから家族になるんだし」
「……栄子さん、コイツ何か変なこと言いました?」
「なんでもない、なんにもないから、ほら行きましょう」
 両親、そして祐巳に改めて挨拶をして福沢家を辞去する。

 道を歩いて角を曲がり福沢家が見えなくなったところでようやく肩の力が抜けた。ずっと緊張しっぱなしでまだ体は強張っているが、それでも少し落ち着いた。
「まったく、君の家族には驚かされたな」
「俺もですって。でも、これで両家公認ですね」
 隣に並んだ祐麒に手を握られると、栄子もぎゅっと握り返す。
「ああ……しかし今日は本当に疲れた」
「はい、お疲れさまでした」
「それだけか?」
「え?」
「私は本当に今日、頑張ったのだぞ」
「はい、凄く頑張ったと思います」
「そうだろう? だから、その……頑張ったご褒美くらい、くれてもいいのではないか?」
 軽く口を尖らせて見上げると、祐麒はめをぱちくりさせて栄子のことを見つめている。そして不意に手で口もとを隠して顔を背け。
「えーこちゃん、可愛すぎ…………」
「ば、馬鹿、笑うなっ」
 その態度に思わずかっとなる。いい年をして自ら「ご褒美」をおねだりするなんてどうかと自分でも思うが、それくらい良いではないか。
「大体、祐麒がいけないんだからな。急なバイトだとかいって、この一週間ずっと」
「それはすみません、でも夏休み一緒に遊びに行きたいから資金は早めに確保して置きたくて」
「だからといって一週間放置はないだろう」
 ぷい、と不満をあからさまに示してみせると、祐麒は後ろから抱きしめてきて耳元で囁いた。
「すみません、今日はさすがに家に帰らないといけないですけど、明日は一週間分を清算しますから」
「駄目だ」
「え? そんな、機嫌を直してくださいよ」
「……明日だったら、一週間と一日分、だ」
「…………はい、一週間と一日分。なんだったら、倍でも」
「馬鹿、出来もしないことを言うな」
「イタタタタっ、つねらないで下さいよっ」
 体の前に回された手の甲をつねると、大げさに手を振って体を離す祐麒。
 栄子は振り返って夕日を背に浴びつつ言う。
「ふふっ、いいだろう、じゃあ倍で。それが出来たら、私も一週間と一日分、ご褒美をしてあげるぞ」
「……えーこちゃんて」
「う、うるさい何も言うなっ、というか君のせいだろう、すべて。ああもう、なんで本当に私はこんなんなってしまったんだ……」
 そんな風に嘆きつつも、明日に、そして将来の祐麒との二人の生活に期待を抱き、にやけそうになるのを必死に耐える栄子なのであった。

 

 

おしまい

 

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