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ノーマルCP マリア様がみてる 江利子

【マリみてSS(江利子×祐麒)】スウィート・イリュージョン <第六話>

更新日:

 

「お帰りなさいませー」
 笑顔で客を迎え入れ、手際よく案内して注文をとる。
 仕事にもメイド姿にも慣れてきた(慣れたくはなかったが)、仕事の中のちょっとした隙間、客足が緩やかになったときに、それはふと耳に入ってきた。
「……物足りないわね」
 小さな、囁くような声だったけれども、確かに祐麒の耳には届いた。
 そして、それは間違いなく鳥居さんの声であり、目を向けると、どこかつまらなそうな顔をしてキッチンの手伝いをしている姿があって。
 しばらく見ていると、鳥居さんが動き、祐麒を視界に捉えた。すると徐々に、ぼんやりとしていた瞳に生気が宿り始め、やがて動きが機敏になる。
 おそらく何かを思いついたのであろう。それは同時に、祐麒にまた何か起きるのではないかと、嫌な予感を抱かせるには十分な変化であった。

 

~ スウィート・イリュージョン ~
<第六話>

 

 予感が現実に変わったのは、翌日の業務終了後、来週のシフトが張り出されたときのこと。店では、フロアチーフの麻友さんがシフトを組んで発表をすることになっているのだが、その発表の場で麻友さんの言葉を遮る声が入った。
「麻友さん、申し訳ありませんが土曜日の私とユキちゃんのシフト、次の日曜のどなたかと代えていただけませんか?」
 何の前振りもなく言い出したのは、もちろん鳥居さん。先週に辞めた子がいて、急遽、店に入れないかと頼まれて、この場に来ている。
 麻友さんを始め他のメンバーが何事かと、鳥居さん、及び祐麒のことを見てきているが、祐麒はもちろん何も知らない。何のつもりかと、祐麒も鳥居さんを見つめると。
「ごめんなさい、迷惑をかけることは分かっているんですけれど……実はその日、私とユキちゃんの初デートの日なんです」
 祐麒すら知らない、衝撃的事実を告げた。
「ええええっ!?」
 驚きの声をあげる一同。
 しかし、その驚きの内容というものは。
「え、何、まだデートもしたことなかったの?」
「付き合い始めて、それなりに経つわよね?」
「えー、どうしてどうして。夏休みは何をしていたのー!?」
 という理由のもので、デート自体に驚いているわけではないようだ。
「ちょっとユキちゃん、どういうことなの! ほったらかしなんて、酷いじゃない」
 問われても、混乱している祐麒に答えられるわけも無い。そもそも、付き合っているということだって方便で、現実にはそんな事実はないのだから、デートだってしたこともなければ、するつもりも今まではなかった。
 おろおろと、思わず鳥居さんに顔を向けると。
「あの、ユキちゃんを責めないでください。お互い、生徒会活動とアルバイトが忙しくて、なかなか予定もあわなくて。勝手なお願いだというのは分かっているんですけれど、可能であれば……お願いします」
 殊勝な態度を取るが、よく平気でそういうことが言えるなと、半ば感心する。生徒会長ともなると、咄嗟の機転も求められるということだろうか。ちなみに、翌日曜はもともと、祐麒はシフトに組まれている。
 麻友さんは、祐麒たちのことを交互に見て、頭に手をやった。
「うーん。でも、誰か代わりに土曜日に入れる?」
 バイトの女の子達を眺め回す。
 女の子達は、近くの子と目配せをしたり、小声で相談したりしていたが、やがて。
「はい! あたし、大丈夫です」
「あ、私も!」
 二人の手があがった。
 普通、土曜日となると、色々と予定をいれていることも多く、そう簡単には代わらないものだが、やけにあっさりと交代要員が見つかった。しかも、自ら志願してのことである。それほどに、仕事が好きなのだろうかと思っていると。
「うふふ、その代わりぃ、デートレポよろしくね、江利ちゃん」
「はい、任せてください。ユキちゃんの、恥しくなっちゃうような愛の台詞も全て報告します」
「エッチまでいったら、ユキちゃんの性癖や嗜好も……」
 とんでもない密約が目の前で交わされていた。
 女性同士で盛り上がっていて、非常に入りづらい状況になり、そうこうしているうちに、土曜のシフトは変更されてしまっていた。

 

 一日の仕事が終わり、帰り道になってようやく、祐麒は鳥居さんと二人で話す時間を得ることが出来た。
 店を出ると、先に着替えた鳥居さんが待っていて、くすぐったいような気持ちになる。ひょっとして、本当に付き合っているのではないかと錯覚しそうになるのだ。だから祐麒は、あえて現実的な話をする。
「あの、デートって、本気なんですか?」
「当たり前じゃない。冗談でわざわざ、シフトを変えてもらったりしないわよ」
「でも、なんでいきなり……」
 あっさりと肯定され、祐麒は頭を悩ます。
「なんかね、物足りないと思っていたのよ。で、色々考えていたら、私達、お付き合いしているというのにまだ一度もデートしたことないじゃない。これだ、って思ったのよ」
「でも、付き合っているということにしているだけで、わざわざそこまで」
「付き合っているのに、一度もデートしたこと無い方が不自然でしょう? 誰かに訊かれても、何も答えられないじゃない」
「そりゃまあ、確かにそうですけれど」
 もちろん祐麒だって、可愛い彼女を作ってデートをしてみたいという、年頃の少年に相応しいささやかな夢は持っている。相手は誰が見ても問題ないくらいの美少女なわけだし、願いが叶うといってもおかしくなさそうだが、一方でどこか何かが違うのではないか、という思いもあるわけで。
「うーん、でも、デートっていわれても」
 素直に、頷けないのである。
 一人、唸っていると。
「ひょっとして、私とデートするのなんて、嫌?」
 少し悲しそうな表情をして見てくる鳥居さん。大体、こういうときは作った表情だと心の中では分かっているものの、いざ目の前にしてしまうと、どうしても素っ気無くは出来ない。
「嫌なんてこと、ないですけど」
 楽しみ半分、恐ろしさ半分といったところだ。
「じゃあ、どこに行くかは今度電話するから、そのときお話しましょう」
「え? 別に店で話せば」
「他の皆に聞かれるかもしれないじゃない。それに、電話で決めた方が、なんだか付き合っているみたいで良くない?」
 楽しそうに喋る鳥居さん。
 本当に祐麒とのデートを楽しみにしているように見えて、勘違いしそうになる。
「で……でも、電話するって、鳥居さんが俺の家にですか?」
 祐麒以外の誰かが、鳥居さんからの電話を取ってしまったらどうしようかと、ふと考える。男子校の祐麒に、女の子から電話がかかってくることなどまず無い。絶対に、色々と勘繰られるだろうから、出来るならば自分の方から電話をしたいと思ったが。
「ええ、だって祐麒くんがうちに電話してきて、もし兄や父が取ってしまったら、ちょっと面倒くさいことになるだろうから。うちの兄も父も、私に対してうるさいから」
 言われて、納得する。
 年頃の女の子の実家に、男が電話する方が家族は心配するだろう。それは納得した。だが、祐麒とて家にかけられると困るというか、はっきりいって恥しい。言い訳だって、どう関係を説明したらよいのか判断に困る。
「携帯電話とか」
「ごめんなさい、私、持っていないから」
「えっ、そうなんですか!? いや、俺も前に故障したままだった」
 故障して使わないなら使わないでどうにでもなり、色々と私生活が忙しくて放置していた。いい加減に修理に出さなくてはと思う。一方で江利子が所有していないのは意外だった。いくらお嬢様学校のリリアンとはいえ、今時の女子高校生で持っていないのは珍しいだろう。
 携帯電話も駄目、となれば、電話してもらう日にちと時間をあらかじめ決めておけば良いのではないかと思い立ち、提案しようとしたところで。
「ありがとう、祐麒くん。いつも、改札まで見送ってくれて」
 気がつけば、鳥居さんの家の最寄り駅に到着していて、改札口まで歩いてきていた。祐麒が降りる駅ではないのだが、なんとなくいつも祐麒も一緒に降りて、改札口まで見送ることにしていた。
 本当に理由はないが、強いて言うなら最初の日、お喋りしているうちにうっかり一緒に降りてしまったことに端を発する。そのとき、間違って降りたというのも格好悪かったので、見送るためだと言ってしまい、それ以来の習慣となっていた。
 祐麒としてみれば確かに手間ではあるが、さほど遅い時間でもないし、電車が一本遅れるだけのことである。それに、鳥居さんと話をすること自体は嫌いではなく、むしろ楽しいとさえ思っていたから。
 鳥居さんが、改札を通り抜けて、振り向く。
「……本当にね、いつも嬉しいのよ、ここまで見送りしてくれて……ありがと」
「あ―――」
 今まで見たことが無いような、ふわり、とした柔和な笑みを浮かべて鳥居さんは軽く首を傾げた。
 その笑顔に射すくめられて、祐麒は電話のことを口にするのを忘れていた。

 やがて、鳥居さんの姿が見えなくなっても。

 祐麒の胸は、いつになくドキドキしていた。

 

 鳥居さんと別れ、再び電車に乗り、自宅への道のりを歩いている最中でも、彼女のことに思いを馳せていた。
 不意打ち、としかいいようがない。
 鳥居さんは普段、ものすごく表情が豊かというわけではない。むしろあの年頃の女の子にしては落ち着いていて、感情を明らかに顔に出すようなことはあまりない。もちろん、無表情といっているわけではないが、店の他のバイトの女性達と比べてみると、そのように感じるのだ。
 だから、彼女が垣間見せる繕ったところのない表情に、祐麒の胸はざわつくのだ。
 改札口で目にした鳥居さんの笑顔が消えないまま、家に辿り着いて中に入ると。
「……あ、ちょっと待ってください。丁度今、帰ったみたいです」
 余所行きな祐巳の声が聞こえてきた。
 何事かと、靴を脱いで廊下を歩いていくと、目の前に受話器を突き出された。
「はい、あんたにだって」
「サンキュ。誰?」
 何気なく受け取り、耳に持っていったところで。
 祐巳の目が細くなり、意味深な笑みを浮かべてみせる。もっとも、意味深だと思っているのは本人だけだろうけれど。どう見ても、子狸が無邪気に笑っているようにしか見えない……などという余裕はそこまでだった。
「女性からよ。トリーさん? だって」
「えっ、江利ちゃん!?」
 危うく受話器と取り落としそうになり、慌てておさえる。
「へえ、エリちゃんねぇ……祐麒、あとで誰なのか教えなさいよ?」
「うっ……」
 何か言い返そうにも、受話器の向こうに鳥居さんを待たせたままではそうもいかない。それにしても、慌てたとはいえ店と同じように"江利ちゃん"と口にしてしまったのは失策だった。
「も、もしもし。電話、かわりました」
『こんばんは。ねえ、今のって妹さん?』
「いえ、姉です……一応。それにしても、鳥居さん」
『ふふ、早速電話しちゃった。善は急げ、よね』
「善って、ひょっとしてデートの……」
 言いかけて、口をおさえる。振り返れば案の定、祐巳がこっそりと聞き耳を立てていた。手を振って追い払い、子機に切り替え、自室に逃げ込むようにしてから電話を続ける。
『そうそう、ね、祐麒くんはどこか私を連れて行きたい場所とかある?』
 電話越しの声が、やけに弾んでいるように聞こえる。ほんのちょっと前に見た、彼女の笑顔が電話越しに浮かび上がるように思える。
「え、俺が連れて行きたい、ですか」
『それはそうよ。こういうときは、男性がリードするものでしょう?』
「うーん、そ、それじゃあですね、映画とか」
『悪くは無いけれど、ありきたりすぎね』
「そ、そうですか。じゃあ……」
 鳥居さんは厳しく、なかなか祐麒の提案に頷いてくれなかったが、むしろそんなやり取りすらも楽しんでいるのではないかと思えるくらい、電話から響いてくる声は楽しく弾んでいた。

 結局、電話はその後一時間ほど続いた。

 

 電話を終え、どうして女性は平気で長電話が出来るのだろう、などと埒もないことを考えながらリビングに行くと、早速、祐巳が興味津々の顔で尋ねてくる。
「ね、誰なの? やっぱり、彼女? エリちゃん、なんて呼ぶくらいだし、デートって言っていたわよね。うわー、いつの間に彼女なんかできていたの?」
 予測はしていたものの、何と答えるべきか。彼女だと答えたら、更に色々と訊かれるだろうし、加えて言うならば祐巳もリリアン女学園生だ。あまり、知られたくない。というか、名前を聞いて黄薔薇様だということに気がついていないのだろうか。
「別に、彼女ってわけじゃ。えーっと、バイト先の先輩」
「そういや、いつの間にかアルバイトなんか始めたよね。どんな店なの? 今度、行ってみていい?」
 話をそらしたつもりだったが、余計な方に興味を持たせてしまった。バイト先に知り合いなんかがやって来た日には、祐麒の人生は終わってしまう。
「でもさあ、なんか聞いたことある気がするんだよね、さっきの人の名前……えーと、苗字、なんだっけ」
「き、気のせいだろ。もう、俺のことはいいだろ、放っといてくれよ」
「あ、何、照れているの? 可愛いんだあ」
 追求してくる祐巳をどうにかやり過ごして部屋に戻り、大きく息を吐き出す。つい数分前までの電話の内容を思い出して、気持ちが踊る。気にしないようにしても、つい、カレンダーの翌土曜日に目がいってしまう。
 どんな格好をしていけばいいのか。どんな話をすればよいのか。
 色々と口では言っていたものの、心は既に、人生初デートの日へと飛んでいた。

 

 一方、江利子もまた、受話器を置いてデートへと思いを馳せていた。
 父親や兄以外の男性とデートをするのは、初めてのことである。父や兄達はすでに経済的に自立しているから、江利子に色々と贅沢をさせてくれるが、別にそんなものを求めているのではない。
 一人の女子高校生として、同じ年頃の男の子と出かけて遊ぶ。ただそのことに、期待に胸を膨らませている自分自身を感じて、少し驚く。
 果たしてどんなデートになるのか、想像もつかない。でも、だからこそ楽しみなのか。
 リビングへ降りていくと、既に帰宅していた二人の兄が迎えてくれる。江利子の姿を見ないことには落ち着かないという、しょうのない性分なのだ。
「電話、終わったのかい。随分と長かったね」
「あら、女の子にとって一時間なんて長電話じゃないわよ。蓉子達と今度遊びに行くから、そのことを話していたらつい」
「へえ、どこに行くんだい。そうそう、蓉子ちゃんや聖ちゃんもまた遊びに来るよう誘ってあげな」
 兄達に男の子と出かけるなどと現時点で言えるはずも無く、今のうちから仕込んでおく。
 するとなんだか、本当に男の子と付き合い始めたみたいに感じられて、可笑しくなる。まさか、自分がそんなことをするようになるなんて。
「そうね、声をかけてみるわ」
 適当な返答をしながら。

 蓉子達には近いうち本当に、嘘の片棒をかついでもらう必要があるかもしれないと、頭の片隅で考えるのであった。

 

第七話に続く

 

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