痛めていた足もほぼ治り、もう練習を再開しようかと思い始め、気合いを入れるために夜ごはんはいつもより沢山食べている。幸い、可南子は太りやすい体質ではなかったので、多少の食べすぎは全く問題ない。むしろ、上にのびてしまわないかということが心配だ。今でも大きすぎるくらいなのに、これ以上の背は欲しいとは思わない。
それでもきっちり、全てのおかずをお腹に詰め込んで、台所で洗い物をする。母親は仕事で疲れているということもあり、食事の準備や後片付けなど、可南子自身で行うことも多い。
「可南子ーー」
居間の方から、母親のだるそうな声が聞こえてくる。仕事をしている時や、外にいるときはしゃきっとしている母だが、家で二人きりの時は、かなりだらしない姿を見せる。家族だから、あたりまえなのかもしれないが。
洗い物をしているため、母の声はよく聞き取れない。どうせ、たいしたことでもないだろうからと、とりあえず放っておく。
「おー、可南子、あんた明日デートなんだ」
ガチャガチャと食器を洗う音にまぎれて、そんな声が耳に入ってきた。思わず、洗い物の手を止め、水道の水も止める。
「え、なに?」
「だからぁ、明日デートなんだ。可南子もやるわね」
「は? 何をいっているの。私そんな予定は」
タオルで手を拭き、キッチンから居間の方に顔を出してみる。
「だって、明日の待ち合わせのメールが来て」
するとそこには、可南子の携帯電話を平然とした顔で見ている母親がいた。
「な、なっ、何勝手に人のメール見ているのよっ!?」
一足とびに母親の横まで行くと、長い手を伸ばしてひったくるようにして携帯電話を奪い取る。
「いや、メールが着信して、ディスプレイを見たら"ユウキ"って表示されていたから、年頃の娘を持つ母親としてはチェックしないわけにはいかないじゃない。相手の男の子が娘を傷つけるような子じゃ困るし」
「ぷ、ぷ、プライバシーの侵害でしょっ」
「まあまあ、そんなことよりデートなんだ、いいなぁデート。ユウキくんって、この前家に来ていたあの子でしょう? 可南子ったら奥手に見えて、やるのねぇ」
怒りに身を震わせている可南子のことなど知らぬふりで、楽しそうにそんなことを言っている。
可南子は携帯電話のディスプレイに目を落とす。そこには確かに祐麒からのメールが表示されていて、明日の待ち合わせの場所、時間のことが書いてあった。
「これはデートなんかじゃ断じてないから。バスケ勝負で勝ったから、約束通りにアイツからアイスを奢ってもらうだけなの、分かった?」
「あぁ、一緒にアイスを食べに行くのね、可愛らしくていいわねぇ。そしてユウキくんは、可南子がアイスキャンデーに舌を這わせるたびに、顔を赤らめてもじもじるすわけね」
「は? なんのこと?」
「あー、分からなければ別にいいのよ」
「と、とにかくそういうわけだから、明日は別にデートでもなんでもないの」
「何言っているの、待ち合わせて、一緒にアイスを食べに行く約束をしていて、もうデートじゃない」
「ぐっ……」
拳を握りしめ、母親を睨みつけるが、母はいたって涼しげなもの。この手のことで言い争ったところで母親に勝てるわけもないのだが、だからといって何も言い返さないのも、デートだということを認めてしまうようで許せない。
母は団扇をあおぎながら麦茶を口にして、嬉しそうな顔をして可南子を見る。
「私は嬉しいのよ、男嫌いといっていた可南子に男の子の友達が出来て」
さすがに母は、可南子の男嫌いの原因を痛いほどに知っている。辛い目に遭ったのは母の方なのに、そんな素振りも見せずに可南子のために働き、前と変わらずに接してくれている。そんな母のことを、可南子はもちろん好きなのだが。
「大体さー、いつも一緒にバスケしてんでしょ? そりゃもうあれよ、ユウキくんは可南子のこと、好きに決まってんじゃない。好きでもない女の子のために、くそ暑い中バスケ部でもないのに練習に付き合ってくれるのなんて、好きだからに決まってんじゃん。可南子だって、内心じゃあ嬉しいんでしょう?」
こういうところが、時に頭にくる。
「そんなわけ、ないでしょう」
「じゃあアレだ、可南子の揺れるチチが目当てなんだ。そして、練習中のボディタッチとか。やっぱあの年頃の男の子は、エロいことしか頭にないから」
「ユウキはそんな目で私を見ていないわよっ」
思わず強い口調で言い返してしまい、しまった、と思う。案の定、なんともいえない表情で可南子のことを見つめてくる母。
口をへの字にした可南子は、くるりと半回転して母に背を向け、無言で自分の部屋へと逃げ込んだのであった。
翌朝。
「ユウキくんって、可愛いわよねぇ」
朝食の時間、不意に母がそんなことをこぼした。
「…………は?」
箸でつまんだ白米を、思わず落としてしまう可南子。
「今日のデート、頑張ってね」
「だから、デートなんかじゃないっての」
気を取り直してご飯を口に運び、味噌汁の椀を手に取る。朝食は、ご飯とパン、大体半分半分といったところだ。
テレビで朝のニュースが流れているのを横目に、しばらく無言で食べ続ける母と娘。
「可南子は本当に、ユウキくんのこと何とも思っていないの?」
「思っているわけないでしょう、単に、丁度いい練習相手よ。それだけ」
焼き鮭をつまんで食べ、味噌汁を喉に流す。
「ふーん。じゃあ、私がつまみ食いしても別に怒らないわよね」
「ふがっ!?」
「きゃあっ、ちょ、ちょっと可南子?」
「あ、熱っ、熱っ!!!」
母親の発言に驚いた可南子の腕が震え、味噌汁を顔面にぶちまけてしまったのだ。顔から首、胸元まで暑い味噌汁がかかり、パニクりながら体を叩く可南子。母親が慌ててやってきて、濡れたタオルで可南子を拭いてくれて、ようやく少し落ち着く。幸いなことに、味噌汁も熱湯というほどの温度からは下がっていたので、火傷にはなっていないようだ。
「おっちょこちょいねえ、可南子ったら」
「お、お母さんがいきなりとんでもないことを言うからでしょっ!?」
汚れたシャツを指でつまみながら、怒りの視線で母を見上げる。
「軽い冗談じゃない」
「変な冗談、言わないで。ああもう、シャワー浴びてくる」
服も、肌も、髪の毛にも味噌汁がかかってしまった可南子は、肩をいからせながら浴室へと向かった。
シャワーで味噌汁と、ついでに汗を洗い流して戻ると、食卓はすっかり片づけられ、母親は仕事に出る支度をしていた。
スーツに着替え、メイクをきっちりとした母親の姿は、だらしないときとは打って変わって"出来る女"に見える。そんな姿を見ると、素直に格好いいと思うのだが、調子に乗るので口には出さない。
それなりの歳になる母だが、スタイルは崩れておらず、見た目的にも若々しい。職場でも、時々若い男性社員から食事に誘われることもある、なんて時々自慢そうに話したりもする。
母も女だし、恋をして、再婚したっておかしくない。
だけれども。
「髪の毛、乾きそう? 長いと大変よね」
「まだ時間あるから大丈夫。母さんは、時間、平気なの?」
「もう行くわよ、っと、そうだ可南子」
「何。言っておくけれど、デートじゃないから」
濡れた髪の毛をタオルで包みながら、口を尖らせる。
「そうじゃなくて。私さ、今日は友達の家にでも泊まってこようかと思って」
「え、なんで急に」
「そりゃあれよ、ホテルに行くとお金かかるじゃない。だったら、ウチに呼べば」
「だから、違うって言ってんでしょーーーーーっ!!!!」
母が全てを言い終える前に、重ねるようにして可南子の叫び声が響き渡るのであった。
不快な気分を抱えたまま、可南子は外に出た。
髪の毛は乾いたが、暑い夏にさすがに自分の長い髪の毛は少し暑苦しい。なので、後ろでまとめてポニーテールにした。
半そでのロングカットソーに、ネイビーのショートパンツというコーディネート。夏だし暑いし、それにデートなんかではないし、これで充分。いつものバスケの練習の時と、変わらない。
「変える必要も、ないし」
声に出してそんなことを呟き、待ち合わせ場所でユウキの姿を探す。
「しかしアイツ、何を考えてこんな場所を指定したのよっ」
小さな声で呟く。
ユウキに指定された待ち合わせ場所は、駅の近くにある銅像の前。何の変哲もない待ち合わせ場所だが、それだけに可南子以外にも待ち合わせらしき人の姿が沢山目に入る。友達同士の待ち合わせもあれば、カップルらしき姿もあった。
「こんな場所で待ち合わせして、もし誰かに見られて変な誤解でもされたら、どうするつもりよ」
キョロキョロと、少し落ち着きなく左右を見回すが、ユウキの姿はまだ見えない。
「遅いんじゃないの、ちょっと」
ぶつぶつと文句を言うが、まだ約束の時間の十分前であり、遅いことはない。それに可南子が到着して待ち始めてからも、まだ三分と経っていない。こういった、男との待ち合わせというものに免疫のない可南子は、どこか苛立っていた。母親の発言が影響をしているのかもしれない。
焦燥と不安と苛立ちが奇妙に入り混じった時間を過ごすこと十分、ようやく、祐麒が姿を現した。
「ごめん可南子ちゃん、待たせちゃった」
いつものように、へらへらと幸せそうな顔をして祐麒が声をかけてくる。
「別に待ってなんかないわ」
「え、そうなの?」
「な、何よ」
「いや、汗かいているし、結構待たせちゃったのかなって」
祐麒に言われて、額や首筋に汗が流れていることに気がつく。
「こっ、こんな暑い日に外にいたら、汗くらいかくでしょっ。大体、なんでこんな炎天下を選ぶのよ、馬鹿じゃないの?」
「あー、ご、ごめん、確かにそれは悪かった。じゃあ、さっさと移動しようか」
あまり悪く思っていなさそうな顔で頭を下げた後、祐麒は歩き出した。とりあえず可南子は、後を追う。
「そういえば可南子ちゃん、足はもう大丈夫?」
「大丈夫じゃなかったら、こんなとこまで来ないわよ」
「なるほどね、それは良かった」
可南子のきつい言葉もどこ吹く風、祐麒は受け流すようにしている。
「……なんか、むかつく」
「え、何が?」
「なんでもない。それより早く、アイス食べに行くわよ」
「ちょっと待って可南子ちゃん。その前にさ、少し寄り道してもいい?」
「は? まぁ……別に少しくらいならいいけど」
と、頷いてしまったのが間違いだった。
祐麒に連れられて行った寄り道の先とは、なぜかスポーツ用品店だった。祐麒は、新しい、運動用のシャツと靴が欲しくて見に来たという。
「うぅ……ゆ、ユウキ、殺す……っ」
「ええっ、な、なんでっ!?」
楽しそうに靴を眺めていた祐麒が、驚いたように目を丸くして可南子を見る。可南子はすぐにそっぽを向くが、その視線の先に、にやにやと笑う顔を見つけて、羞恥に顔を赤く染める。
笑っているのは店員なのだが、それは可南子の知り合いだった。中学時代に可南子がよく利用していたスポーツ店でアルバイトをしていた女子大生が、なぜかたまたま入った別の店の店員になっていたなんて、思ってもいなかった。
そういった意味では、祐麒のせいなどではないのだが、そもそも祐麒が寄り道しようなんて言いださなければ、こんなことにはならなかった。
靴を選別している祐麒から離れ、そっと店員に近づく可南子。
「はぁい、可南子ちゃん、お久しぶり。また背、のびた?」
「またってなんですか。それよりレミさん、なんでこの店にいるんですかっ」
「なんでって、就職したからよ。そんなことより可南子ちゃん、レミさんはもっと気になることがあるんだけどな~」
言いながら、肘で可南子をつついてくるレミ。
「い、言っておきますけれど、別に何でもないですから……ってレミさん、ちょっ、どこへ行くんですかっ」
可南子を放って、レミは弾むような足取りで祐麒の背後へと近付いてく。慌てて追いかける可南子だが、遅かった。
「お客様、ご希望の品はございますか? 良かったらサイズもお出ししますよ」
店員スマイルと店員声で、祐麒に話しかけるレミ。
「あ、はい、えとコレとそっちの、気になるんですけど、俺のサイズが」
「はい、サイズは何センチですか?」
何のつもりなのか、レミはごく普通の店員として接客をしている。自分が選んでいる最中に話しかけてくる店員なんて、鬱陶しいだけのはずなのに、なんで祐麒は追い返しもせずに相手をしているのか。人が良いのか知らないが、余計なことを。
可南子は口を挟むこともできず、二人のやり取りを少し離れた場所から見ていることしかできない。
祐麒は、レミが持ってきた靴を試しに履いて、感触を確かめたりしている。
「うーん、履き心地はそんなに変わらないなぁ」
「どちらも軽くて丈夫、お値段もほとんど変わりませんし、あとはお客様の好みになりますね」
どうやら、二つで迷っているらしい。というか、買う気なのか。腕組みをして、渋い顔をして眺めていると、不意にレミが可南子の方に振り向き、憎らしいほどの笑顔を浮かべて聞いてきた。
「こうゆうときは、『彼女』さんに決めてもらうのもいいと思いますよ。ほら、『彼女』さんも一緒に選んであげてください」
「なっ……!」
衝撃に、思わずよろめきそうになる。
レミは、可南子が男嫌いだということを知っている。中学時代に、漏らしたことがあったから。
そんなレミは、今、確実に楽しんでいる。
「わ、私はそんな彼女なんかじゃ」
「『彼氏』さんも、『彼女』さんに選んで欲しいんじゃないですかー?」
可南子の声を消すように、レミが祐麒に問いかける。
思わず、言葉に詰まる祐麒。
祈るように、というかむしろ睨みつけるようにして祐麒を見つめる可南子。
やがて。
「……ああ、そうですね。俺だと、あんまりセンスないから、こういうデザインとかだと女の子の意見の方がいいかも。ねえ、可南子ちゃん」
と、へらへらと笑う祐麒に。
可南子は絶望したのであった。
可南子は渋ったのだが、結局、祐麒とレミに迫られて片方のシューズを選択した。赤いラインの入ったそちらのシューズの方が、デザイン的に良いと思ったから。そして何より、早いところあの場から去りたかったから。
祐麒がレジで精算している間、レミが可南子に近寄って来て小さな声で囁いた。
「いやー、今日はいいもの見られちゃった」
「ぜ、絶対に、誰にも言わないでくださいよ」
苦虫を噛み潰した表情で、それこそ苦渋に満ちた声を押し出す可南子。
本当に、ろくでもない。学校の知り合いでないだけ、まだマシだったが。
「信じらんない、なんで否定しないのよっ」
「いや、だってわざわざ否定するのも面倒くさいじゃん。どうせ、もう会うわけじゃないんだし、向こうだってこっちのことなんか覚えていないって」
だから、相手はこっちのことを知っているんだっての、とは言えない可南子。思えば、最初に言ってしまえば良かったのだが、今となってはもう遅い。
「でも、付き合ってくれてサンキュー。俺、けっこう優柔不断でさ、ああいうの悩んじゃうんだよね。可南子ちゃん選んでくれて、ありがとう」
「ホント、自分で選べないなんて、情けないこと」
可南子の嫌みにも、凹む様子はない。
決して、手ごたえがないわけじゃない。可南子の言動を無視するわけではないし、受け流してスルーをしているわけでもない。だから、苛々しながらも、不思議と嫌悪感や不快感というものはおぼえないのだ。
「じゃあお待たせ、アイスにしようか」
「べ、別にそんなにアイスを食べたいわけじゃないわよ。ただ、勝負に勝ったから、約束を履行してもらうだけよ」
「履行だなんて、難しい言葉つかうね」
「履行だから利口だ、なんて寒いギャグ言わないでよ」
「…………」
「…………な、何か言いなさいよっ!」
黙られて、可南子の方が恥しくなって赤面してしまった。
腕をあげて殴る真似をすると、祐麒は慌てて逃げる。
「ご、御免、アイス奢るから許して」
「そんなの、最初から奢られるつもりだし」
「だから、今日じゃなくて、また別の日にでも」
「――いらないわよ、そんなの」
腕を下ろす。
そんなことを約束したら、また母にからかわれるに決まっている。祐麒とは、そういう仲ではないのだ、もう余計なことはしない。男なんて皆、同じようなものだ。汚らわしくて、薄汚い、どうしようもない連中なのだ。
「……で、どうする? って、可南子ちゃん、聞いている?」
「え、な、何っ?」
「だから、どの味にするかって」
気がつくと、いつの間にかアイスクリーム屋の前にいた。道に面したショーケースに、色とりどりの美味しそうなアイスクリームがある。
「っていうか、ヘロヘロじゃないじゃない」
「いいじゃん、俺も暑くてもう我慢できなくてさ。俺はもう選んだから、可南子ちゃんもほら早く。後ろも待っているし」
言われてみると、可南子の後ろにも待っている女性客がいた。
「え、ちょ、ちょっと待って」
急いでショーケースを見る。バニラ、抹茶、ストロベリー、チョコレート、といったノーマルなものから、キャラメル、チーズケーキ、グランベリーなどの種類もある。全く考えていなかった可南子は、目移りして、どれも美味しそうで、懊悩する。
「ストロベリーが美味しそうだけど、キャラメルチョコレートも、あ、クリームソーダも凄く美味しそう……っ」
前からは店員の視線、後ろからは次の客のプレッシャーで、可南子は混乱した。挙句、ろくでもないことを言ってしまった。
「あぅ……ゆ、ユウキ、あんたが決めなさい」
「え、なんで俺っ!?」
「ユウキが私に奢るんだから、それが当然なの、ほら早くなさい」
強引に祐麒に押し付けて、可南子は列から離れた。
少しして、祐麒が二つのアイスを手に持ってやってきた。
「はい、ハワイアンクランチにしたけど、いいかな」
祐麒の差し出したアイスを受け取り、無言で口をつける。ココナッツアイスにパイナップル、カシューナッツの入ったアイスは、甘くて、爽やかで、ナッツの歯ごたえもあって、文句なく美味しい。
隣では、祐麒がキャラメルチョコレートチーズケーキのアイスを食べているが、いきなり祐麒が声を出さずに笑った。
その笑いがどこか不快で、可南子は口を尖らせる。
「何、笑っているのよ、気持ち悪い」
「いや、だって、可南子ちゃんも自分で選べなかったのかなって」
言われて、先ほどの靴の買い物で可南子が祐麒に対して口にしたことだと気がついて、可南子は怒りと羞恥で赤くなった。
「ばっ……い、今のはっ、選べなかったんじゃなくて、選ばなかっんだってば!」
「ああそうか、うん、そうだね」
「なっ……何よその顔、その言い方。ば、馬鹿にしているでしょ!?」
「してないよ、やー、暑い日のアイスは最高だね」
「ちょ、ちょっと、何一人で、にやにや笑っているのよっ。だから私は」
「今度はさ、いつアイス、食べに来ようか。あ、今度は練習の後とかにする?」
「だっ……だから、行くなんて言ってないでしょ!」
「まあ、いいから、それより可南子ちゃん、アイス、溶けちゃうって」
「え? あ、わ、やだっ」
真夏の灼熱の太陽光を浴びたアイスは、すぐに溶けて緩くなり、コーンの上から溶け出していた。慌てて口元に運ぶ可南子だが、かなりの割合のアイスが溶けて、口から零れ落ちてしまった。
「ひゃっ、冷たっ!」
「ほら、言わんこっちゃない」
そう言う祐麒を睨みつけると、さっと視線を横に向ける。憎らしいが、今はアイスの方が重要だった。
「あぅ……」
アイスを持っていた手にも、溶けたアイスが滴っている。
「あーあ、べとべと……でも、ん、勿体ない……」
可南子は指でアイスを拭うと、付着したどろりとした白いアイスを舐め、指を口に含んだ。溶けたとはいえ、アイスの味自体に変わりはない。
「ん、美味し……」
指を離し、さらにぴちゃりと手の甲についたアイスを下で舐める。
そこでふと視線を感じて顔をあげてみると。
なぜか顔を赤くした祐麒が、もじもじと変な風に体を動かしていた。
「……なに、してんの?」
「な、ナニって、何もしていませんよ?」
不自然だった。
そういえば母が、アイスキャンデーを食べてもじもじするとか、訳のわからないことを言っていたのを思い出した。
「……ねえちょっとユウキ、どういうことなのか説明しなさい」
「いや、だから、何でもないよ?」
笑っているが、なぜか少し苦しそうな表情の祐麒。
可南子は、更に溶けて来て指先に付着したアイスを、舐めとった。
祐麒の顔が、また赤みを増す。
「ユウキ、さっさと白状なさい!」
「だ、だから、言えないっての!」
「なんでよ!?」
「う、うるさいな、大体、今回は俺は悪くないぞ、可南子ちゃんが悪いんだからなっ!」
「何よそれ、何で私が悪いのよっ!?」
「だーかーらー、自分で調べて激しく後悔でもしろって!」
「またソレ!? 本当になんなのよ、あーもう!」
人の行き交う道の真ん中で、大きな声で言い合う二人。
そして。
「可南子ったら……意外と天然の男殺しなのかしら」
しっかりと娘の痴態を見ていた、仕事で外出途中だった可南子の母なのであった。
その日の夜。
「可南子、あんたもしっかりと成長しているのねぇ」
「え、な、何いきなり?」
「この前は暴発させて、今回はその後のお掃除とは、いやはや」
「ちょっとお母さん、何よそれ? 絶対、変なことでしょ!?」
細川家では、困惑する可南子と、娘を見ては艶っぽいため息を吐く母親の姿が見られたのであった。
おしまい