アクアは昔から、作者の意図を読み取って答えるような問題が得意だった。
そしてそれは、芸能界で働くようになってからも活かすことが出来た。
脚本、シナリオの意図。
監督が求めていること。
その辺を理解して汲み取り演技に取り込めれば、監督からの受けもよくなりまた次の作品に使ってもらいやすくもなるし、噂になれば他の作品にも呼ばれるようになる。
もちろん、監督や脚本家の性格や癖というものもあるが、それも一度理解してしまえば特に問題はなかった。
相手が何を求めているか、何を言ってほしいか、何をしてほしいか。ある程度接していれば、人の心も理解するのはそう難しい事ではない。
「――アクア君は人の心が分かってないね」
思っていたことを真っ向から否定するようなことを言われ、少しむっとするアクア。
「いや、甘えている、と言った方が正しいかな」
これまた理解できないことを言われ、あまり面白くない。
戸籍上、外見は高校生かもしれないが、実際には今の年齢の倍以上の人生を経験してきたのだ、子ども扱いされるとどうしても気分が良くなくなってしまうこともある。
「一体、何のことを言っているのか分からな――」
言いかけたところで、口を噤む。
人の気配。
息をひそめる。
そうして――
「……子ども扱い、か」
アクアは呟くように言い、音もなくその場を立ち去った。
「ルビー、ちょっといいか」
アクアは事務所のソファでだらけていたルビーに声をかける。
「ん、どうしたのお兄ちゃん?」
首を捻ってアクアに目を向けてくるルビー。
ここに来るまでに考えは纏めてきたけれど、いざ言おうとするとどこか気恥ずかしさが出てきてしまい手で口元をおさえる。
誤魔化すように周囲に視線を転じる。
事務所の中は散らかっているようでいて、機能的に配置されている。
テーブル、ソファ、ホワイトボード、キャビネット、所属タレントのグッズ、等々、ぱっと見て何がどこにあるのか、動線から視線の動きまで考えられていることが分かる。
「今日、有馬とMEMはもう来ないよな」
「うん、今日はこっちには寄らないって。どうしたの……って、まさか!?」
ルビーが“くわっ”と目を見開いてアクアを見る。
「お、お兄ちゃん、私と二人きりだからって、もしかして……って、アイター!?」
アクアからチョップを喰らって派手なリアクションを見せてソファに倒れ込むルビー。
「大袈裟だな、軽く触れただけだろ」
「軽くでもダメダメ、女の子には優しくしなくちゃ、ってそれより本当にどうしたの? 先輩たちがいたら話しづらいこと?」
アクアの様子がいつもと変わっていることに気づき、ルビーも少しだけ真面目な表情に変わってアクアのことを見上げる。
「そういうわけじゃないが、まあ、俺たちだけの方が話しやすくはある」
「何それ、相変わらずメンドクサイ言い方するよね、お兄ちゃんは。で、なんなの、話してみなよ、ほれほれ、近う寄りなさい」
ルビーに手招きされ、アクアもルビーの隣に少しだけ距離を置いて腰を下ろす。
横にいた方が、ルビーの顔を見ずに話すことができる。いや、自分自身の顔を見られずルビーに話すことができると、アクアは無意識に考えていた。
「で、何?」
「ああ……まあ、改まって言うほど大したことではなんだけど……」
そうしてアクアが考えていたことをルビーに伝えると。
「……え……うっそ、本当に……」
ルビーが目を丸くして驚愕していた。
「本当に、お兄ちゃん? 中身、誰かと入れ替わってない?」
「入れ替わってねーよ、髪の毛触んな、ってかなんだよその反応」
ルビーの手を軽く払いのけながら言うアクア。
せっかく、アクアとしては思い切って話したことだったのに、ふざけたようなルビーの態度に少しばかりイラっとしていた。
「ごめんごめん、悪い意味じゃなくて、ってか凄いよ! 全然大したことあるじゃん! ナイスアイディアだよ、お兄ちゃんとは思えない!」
「褒めてんだかけなしてんだか分からない言い方だな……でもまあ、ということはルビーも」
「もちろん賛成だよ、大賛成!」
キラキラと目を輝かせながらその場に立ちあがり、バンザイするかのように両手を天に掲げるルビー。
「そうか。だけどお前、芝居の練習とか大丈夫か」
「あったりまえじゃん、それはそれ、これはこれっていうか、絶対に大丈夫にする!」
なんの根拠もないルビーの宣言にアクアは苦笑する。
この妹がこういう表情でこう言った時は、石にかじりついてでも実現させることを知っていたから。
二人で約束を取り交わし、いざ準備に取り掛かる。
とはいっても、実際にはさしてやることがあるわけではない。
最も難関なのは、ルビーが慣れない芝居とその練習をこなして時間を作れるかというところだけ。
芝居が中途半端な状態で切り上げて時間だけ作り出すのでは意味がない。
この点、アクアにフォローできることは殆どない。せいぜい、体調面を気にかけ、メンタル面のケアをしてやるくらいだ。
それでもルビー自身の頑張りの甲斐もあり、どうにか予定通りにいけそうで、アクアも内心ではホッと安堵していた。
あと懸念は壱護の件。
あの日、無事にミヤコと再会できたようだが、その後のやり取りまでアクアは関与していない。
今のところまだ壱護は事務所に来ていないが、さてどうなったかとアクアは肩をすくめる。
そうしていざ、計画実行の当日。
アクアとルビーは自宅のリビングにいた。
時刻は既に夜の23時を過ぎている。
アクアは本を片手に、ルビーはスマホを眺めながら、二人ともどことなく落ち着かない雰囲気でいると、しばらくして玄関が開く音が聞こえてきた。
ルビーがビクッとして立ちあがる。
「落ち着けよ」
「何言ってるのお兄ちゃん、ほらお兄ちゃんも立って!」
ルビーに手を掴まれ、アクアも本を置いて立ち上がる。
そうして近づいてくる足音、ゆっくりと開いていくリビングの扉。
「ただいま……アクアとルビー、まだここにいたの、珍しいわね」
リビングに足を踏み入れたミヤコは、遅い時間に兄妹そろってリビングに残っていることに少し不思議そうに首を傾げながら言う。いつもなら、それぞれの自室に入っている時間である。
気怠そうな雰囲気を纏わせつつも、アクアとルビーの姿を見て笑みを浮かべるミヤコに対し、ルビーはアクアを肘でつついて促すようにすると。
アクアも頷き、意を決したように口を開く。
「「――誕生日おめでとう、ミヤコさん!」」
ルビーが笑顔で、アクアが無表情でクラッカーを鳴らして告げると。
ミヤコはまさに文字通り、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてクラッカーから放たれた紙テープや紙吹雪の洗礼を受けた。
「え……たんじょう、び……? そういえば、今日」
ミヤコはキッチンのカウンターに置かれた卓上カレンダーに目を向け、呆然としたように言う。
「そうそう、今日はおめでたいミヤコさんの●●回目の誕生日!」
「え、でも、いつもこんなこと」
「いつもはいつも、今年は今年っ! あー良かった、日付が変わる前に帰ってきてくれて。これで12時過ぎていたら、一日遅れになっちゃってたもんね」
「それくらいは許容範囲だろ」
「駄目だよー、ちゃんとその日にお祝いはしないと」
「だから朝イチにって話したろ」
「だって予定が合わなかったんだから仕方ないじゃん」
「それはお前が昨日の夜に――」
「いやいや、ちょっと待って待って」
兄妹がわいわいと言い合うのを耳にして、ミヤコは頭を抑えて首をゆるゆると振る。
「ええと……じゃあ、わざわざ二人でリビングにいたのは、本当に私にそのことを言うために……?」
「そうそう、ドキドキしながら待っていたんだよ、サプライズだからね!」
「ただ、仕事でいつ帰ってくるか分からないし、食事も外で食べてくるだろうから、料理とかそういうのは何もないんだけど」
「そ……そう……」
いまだに信じられない、というような雰囲気のミヤコ。
何せ二人と一緒に暮らすようになってから十年以上、このようなことはなかったのだから戸惑うのも無理はない。
「私たちね、気づいたの。今まで私たちの誕生日は祝ってもらっていたに、ミヤコさんの誕生日を祝っていなかったことに」
「そういうこと……ま、今さらと思われても仕方ないけれど」
横を向きながらいつもの低いテンションでアクアは言うが、ルビーがそんな兄を指でつつく。
「こーんな風にすかしているけれど、これを提案してきたのお兄ちゃんなんだよ」
「――アクアが?」
ミヤコは、更に信じられないという表情を浮かべてアクアを見つめる。
アクアはミヤコの視線を受け、わずかに照れたような顔をする。
「気がついたからにはそのままにしておけないし、それにこれでも色々と感じているものはあるわけで――」
「はいはいお兄ちゃん、そういうメンドクサくてウザイのはいいから!」
「メンドクサイ……ウザイ……」
ルビーからの容赦ないツッコミに、アクアはさすがにショックを受ける。
「事前に話しあったでしょ、こういうのはシンプルが一番なんだって!」
「なんだよ、そういうお前だって」
「い、いやぁ、いざ本番になると照れるといいますかぁ」
なぜかルビーがもじもじとし始める。
ミヤコは今もなお、混乱のさなかにある。
アクアとルビーが自身の誕生日を祝ってくれているらしいというのは理解できるが、なぜ今になって――
グダグダになりそうなところ、仕切り直してきたのはルビーだった。
コホン、とわざとらしく咳払いをしてからもう一度ミヤコに向き直る。
「えっと、改めて誕生日おめでとう! ここまで私たちのことを愛して育ててくれて本当にありがとう……ミヤコママ!」
「…………ぇ」
「ほら、お兄ちゃんも!」
ルビーに肘で脇腹を強く突かれ、今度はアクアがミヤコと向き合うが、その顔はミヤコですら見たことがない表情をしていた。
「誕生日おめでとう……その………………母……さん……」
「――――っ!?」
ミヤコが息を飲み込む。
思わず手のひらで口をおさえる。
アクアは恥ずかしいのか、すぐに顔を反らしてしまった。
「そうそう、料理はないけれどケーキとシャンパンは用意したから一緒に食べよ! 今、シャンパンを開けるからね」
「あ、待てルビー、それフラグ……」
「んしょ……っと、うわぁっ!?」
シャンパンのコルクが吹っ飛ぶと、中のシャンパンが勢いよく噴出してルビーの目の前に立っていたミヤコの顔面に思い切りかかった。
「あっ…………」
さすがのルビーも笑顔が引き攣る。
「…………ルビィ?」
やや低いミヤコの声が静まった室内に響く。
「ごっ、ごめん、わざとじゃないし!」
「わざとだったら最悪だぞおまえ」
「だから違うって言ってるじゃん、お兄ちゃんの意地悪―!」
「…………はぁ、もういいから、掃除しておきなさい。私は一度シャワーを浴びてくるから」
「はーい」
ミヤコは踵を返すと、返事だけはいつも良いルビーの声を背中に受けながら洗面所へと入り、更にそのまま服も脱がず浴室に入って扉を閉めると、扉に寄りかかるようにしてそのままずるずると浴室の床に座り込む。
シャワーを出して浴槽に水を流し、その音に紛れるようにして膝の間に顔を埋め、頭を抱える。
「……っ……ぅっ、あ、ぁああああっ……!!」
腕に口を押し付け、嗚咽が漏れないようにしながら一人、身を震わせるミヤコ。
浴室のタイルには、ぽたり、ぽたりと、シャンパンとは異なる雫が零れ落ちていた。
「――お待たせ」
「おっそいよー、って、シャワー浴びたのに何メイクバッチリ決めているの!?」
「私の誕生日を祝ってもらうのに、すっぴんのわけにはいかないでしょう」
「だから時間かかっていたのか……相変わらずだな」
軽口をたたきあいながら、アクアとルビーの間に挟まれてエスコートされるようにリビングに足を踏み入れると、ささやかなケーキセットが置かれていた。
「ごめん、なんかやっすいケーキになっちゃって……ケーキ担当のお兄ちゃんを恨んでね」
「う……それについては言い訳もない」
実際にそのケーキは量販店で大量生産されているようなケーキだった。アクアが迂闊にも手配を忘れており、慌てて当日になって買いに走ったものの、夜となってはそれしかなかったのだ。
ミヤコはアクアの髪の毛をくしゃくしゃと撫で、また反対の手でルビーも抱き寄せて頭を撫でる。
「いつも完璧なアクアがそんな姿を見せてくれるのがプレゼントかしら? 馬鹿ね……ありがとう、貴方たちは私の……自慢の子供よ。今日は今までで最高の誕生日だったわ」
時刻は間もなく午前零時。
斉藤家のリビングには、日が変わってもあたたかな空気が満たされていた。
~ おしまい ~
<あとがき>
当然ながら、「if」の世界であります。
ミヤコさんの詳細設定は今のところ何も明かされていない(と思う)ので、勝手な誕生日設定を。
もしもアクアがミヤコの弱音を聞いていたら、というところから考えたものでありますが、あの時点でアクアとルビーはお互いの正体を知っていたし、アクアがそもそもこんなことするかってのはありますけれど、幸せになれる作品の方が好きなのです。
この時点でミヤコも既に壱護と再会していますが、再会翌日に事務所復帰ではないはずなので、ルビーはまだ知らない前提。
なお別途、
『星の都へ ~Side-アクア 甘え~』
『星の都へ ~Side-ルビー ママ~』
『星の都へ ~Side-ミヤコ 幻想~』
をお届けします。