~ 新作発売記念! マリみて十二国記 <慶> ~
慶国と女王は相性が悪い、それは近年続く女王の治世から見ても明らかだった。
今度こそは、と期待したがまたしても女王で、加えて胎果だというのだら人々の失望たるや如何。
しかし、その女王は人々の期待を裏切った。それも、良い意味で。
確かにこの国のことは分からず、言葉は理解できるが文字は読み書きできない、だがそんなことは大したことではなかった。
分からないならば、学べばよい。そしてその女王は、努力することについては人一倍、能力を持っていた。
昼間は補佐を受けつつ政を行い、夜は歴史や制度や文字の勉強を、それこそ寝る間も惜しんで行った。
その姿に、さすがに側近の者も休むように進言したくらいだが、
「今の私の身体なら、多少の疲れくらいではなんともないもの。そういう意味では、ありがたいからだよね」
などと、澄ました顔で答えるのである。
胎果がこの世界の文字を覚えるのは並大抵のことではないといわれるが、それすらも克服していく。
「文字というものはどこの国でもある程度の決まりやパターンがあるの。それさえ掴めれば結構いけるわよ」
度量衡や官位と職責なども、自ら保有している他の知識と照らし合わせることで理解していく。
更に、蓬莱の制度や法律などを基に、いかにして動けばよいかを考える。
もちろん、実務的な政治など初めてで、色々と足りない部分や間違う時もあるが、それは周囲が正せばよいこと。
自らの考えに固執することなく、周囲の意見も取り入れ、さらに偏向することなく平等に調整を行う。
行動的でもあり、市井に出て民の暮らしを学び、そんな中で内乱を自ら陣頭して収束させたりもした。
いまだ完全に平和な治世とはいかないが、先の明るさを側近たちは見出していた。
自分たちは、傑物の王を得たのではないか、と。
「やだ、そんなに褒めても何も出ないわよ」
優雅に微笑む、景王。
その名は――蓉子。
後の千年王国、『紅王朝』の始まりであった――――
~ 新作発売記念! マリみて十二国記 <恭> ~
「ああもう、本当に何考えてんのかしら、あの娘ったら!」
大きな瞳にお下げ、白皙のような肌に可憐な容姿、しかしながら体からは溢れんばかりの勢いを感じさせる。
これこそ恭国の供王、由乃であった。
「由乃、あの娘にはあの娘の考えがあったわけで、それを考えてあげてね……」
由乃の傍らに立つ、すらりと長身、そして見事な金髪を持つ優しげな双眸の人物が穏やかに言い添える。
見た目、美少年にしか見えなかったが、声を聞いて女性だということが分かる。
声をかけられた由乃は、キッと鋭い目つきで睨みつける。
「令ちゃん、何を甘いこと言っているの、慈悲の生物だかなんだか知らないけれど、慈愛と甘やかすのは別よ!」
そう、彼女こそ恭国の麒麟、供麟である令。困ったように由乃のことを見下ろしている。
「やるべきことをやらず、なすべきことを成さなかった、当然の報いを受けるべきなのよ」
「だけど、彼女にも事情が。それから、いい加減私のことを『ちゃん』付けで呼ぶのはどうかと」
「事情だろうが情事だろうが、間違っているんだから正そうとすることの何が悪いのよ」
薄い胸を張る由乃。
ちなみに令は、そんな風に威張り散らす由乃のことが大好きなのである。
「まったく、ムカつくったらありゃしない。こうなったら、藤下屋の桜餅でも食べないことにはやってられないわ」
どさくさに紛れて、大好きなお菓子をおやつに所望する由乃。
「あの、由乃、それこの前も食べたし、あまり食べ過ぎると太るよ? 胸にはいかないし」
とにかく正直な麒麟は、変な意図など全くなく、ただ純粋に王のことを思ってそう口にするのだが。
「…………っ」
ふるふると体を震わす由乃。奚は、次にくるであろう事態に備えて耳を塞いだ。
「令ちゃんの、ばかーーーーーーーーーーーっ!!!!」
~ 新作発売記念! マリみて十二国記 <雁> ~
建国五百年を誇る雁国の関弓、そこは賑やかで、人々も笑顔に溢れていて、まさに安定した大国を思わせる。
そんな街を、一人の人物が悠然と歩いていた。歩きながら、道行く女性、街娘たちに笑顔と愛嬌をふりまいている。
「風蘭さま、今日はうちの店、寄って行って下さらないんですか?」
一人の女性が声をかけると、にこやかに手を振りながらも、申し訳なさそうに首を垂れる。
「あー、ごめん、今日は先約があってねー。また今度、次は必ず行くから!」
「本当ですか? そう言ってなかなか来てくれないじゃないですかー」
ごめんごめん、と謝りながら歩く。道行く先でも何人かの女性に声をかけられたが、やんわりと断っている。
向かう先はどこかといえば、妓楼であった。
「風蘭さま、お久しぶりです。今日はどの娘になさいます?」
「そうさなぁ、やっぱりここはひとつ……」
と、好色そうな笑みを浮かべたその瞬間。
「こらっ、聖、見つけたぞ。俺にばっかり仕事を押し付けやがって、こんなところにきていたのか!」
「げ、えん……祐麒、お前なんでここに!?」
「なんでじゃないよ、酷いな本当に。俺だってどうにかして、抜け出して来たんだぜ」
「なんだ、結局お前も逃げ出して来たんじゃないか」
「俺に押し付けてきたような奴よりはマシだよ」
「まあまあ、ならば共に楽しむか? お前もなんだかんだいって、好き者であろう」
「人聞きの悪いこというな! 大体だな、俺は……仕事を……」
「ん、どうした? 何か後ろに」
と、聖が振り向くと、そこには雁の優秀な冢宰様が立っていて、恐ろしい笑顔で二人を見つめていた。
「さあ、見つけましたよお二人とも……今日中に決裁していただきたい書類が山ほど待っていますから」
~ 新作発売記念! マリみて十二国記 <戴> ~
蓬莱で育ったけれど、どこかで違和感がぬぐえなかった。
自分のいるべき場所はここではない、されどどこにいけばそれが正しいのかも分からない。
だからあの日、庭の端から自分を呼ぶような手が見えたとき、心の奥底でホッとしたのだ。
まるで怪しむこともなく、その手を取り、帰るべき場所へと辿り着いた。
そこで自分が、戴の麒麟であることを教えられた。王を選ぶべき麒麟だと。
そして出会った、運命の人。
気高く、自分に厳しく、凛々しい彼の人。
初めて見たときは怖いと思った。だけど、目を離すことが出来なかった。
怖いのに離れたくない、そんな相反する二つの想いの狭間に揺れ動き、いつしか祐巳は叩頭していた。
「……祥子様……」
泰王、祥子。
登極はすんなりといった。はずだった。
しかし内乱にあい行方がわからなくなり、祐巳自身、再び蓬莱へと流されて無為に年月を重ねてしまった。
だけど、まだ戴の国は死んでいない。泰王が崩御したとの知らせはない。
ならば、やることは一つ。麒麟の力のほとんどを失いかけていようとも、泰の国へと戻り、祥子を探し出して戴の国を立ち上げる。
それこそ、泰の民としてなすべきことだから。
「……行きましょう、可南子」
隻腕となった唯一の家臣を従え、祐巳は妖魔が待つ戴へと飛び立っていった。
~ 新作発売記念! マリみて十二国記 <範> ~
氾王は、それはそれはセンスの良い人物だとのこと。それでいて、変わり者との評判もある。
治世300年を数える国だけに、それなりの人物なのであろうが、どのような変わり者なのか。
泰麟捜索のために慶国にやってきた氾王を見て、蓉子は目を見張った。
氾王は非常に美しかった。細くしなやかで光沢のある髪の毛を垂らし、憂いを帯びた表情は艶然としている。
しかし何より、その衣装。
とてもよく似合っているとは思うのだが、ちょっと胸を強調しすぎではないだろうか。
確かに大きくて形もよいが、そんな胸の谷間を露出させて、誘惑でもしようとしているのか。
思わず目線が向かってしまったところ、氾王が蓉子を見てにっこりと微笑んだので、思わず赤面してしまう蓉子。
と、いきなり背後から誰かに抱きしめられた。
「こらこら江利子、何いきなり蓉子を誘惑しているんだ。言っておくが、蓉子はあたしのもんだからな」
「えっ、延王!?」
不機嫌そうな顔をして蓉子の背後に佇んでいたのは、延王・聖であった。
「あら、誰かと思ったら伴天連もどきの粗雑な延王じゃない。相変わらずうるさくて粗雑ねぇ」
「そっちこそ、相変わらずそんな格好して、恥ずかしくないのか」
「あら、私を美しく見せる衣装よ、何が恥ずかしいのかしら。ねえ蓉子、貴女もそう思わない?」
言いながら江利子は蓉子に近づくと、蓉子の肩を掴んだ。
「蓉子もこんなに綺麗なのだから、もっと着飾った方がいいわよ。そうだ、蓉子に合う衣装を選んであげる」
ぐいぐいと大きな胸を胸に押し付けられ、蓉子はさらに真っ赤になる。
「は、氾王、ちょ、ちょっとこれ以上は、あの」
「あら、氾王だなんて他人行儀ね、私のことは江利子、と呼んで頂戴」
「こ、こら江利子、蓉子にくっつくなー!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人の王を見て、延麒はため息をつく。
「氾王は本当、うちのの天敵だよなぁ」
慶国を巡る雁国、範国の鞘当ては、こうして始まったのであった。