<1>
「カトーさんがデキちゃった結婚するとは、意外だったなー。真面目そうな人ほどエロいというのは本当だ」
「……聖、そこでなんで私の方を見るのよ!?」聖を睨みつける蓉子。
「いや、だから子供が出来たのはきっかけであって、ずっと真面目に交際していたから」反論する景。
「えー? 祐麒くんが高校の頃から同棲していたって聞いているけれど?」にやにやとしながら突っつく江利子。
「あ、あれは、違うからっ。確かにそんな感じにはなっていたけれど、えっちはしていないから」
ファミレスで、久しぶりに集った面々は、景を肴に話を弾ませていた。
「でさ、祐麒くんて匂いフェチって本当? なんかカトーさんの寝ていた布団に顔を埋めてくんかくんかしていたとか」
「ななななんでんなこと知ってんのよっ!?」
「あとあれでしょ、眼鏡フェチで必ず眼鏡かけたままを求めてくるとか。それから腋の下フェチとかも」
「私が聞いたのは、よく女教師と生徒とか、女上司と後輩といったシチュエーションでするとか……」
「だ、だから、なんでそんなこと知ってんのよっ!? 祐麒クンめ、んなこと吹聴して!?」真っ赤になって憤慨する景。
「いやいや、酔っぱらったカトーさんの口から聞いたけど、あたし」と聖が言うと、同じくという風に江利子、蓉子も頷く。
「うああああああああっ!!」頭を抱えてテーブルに伏す景。
「ま、結論として祐麒は変態と。そしてそんな祐麒と結婚したカトーさんは実は隠れ変態エロスだったと」
元三薔薇様が集まってワイ談に興じているとは、リリアン生なら信じられないことだろうが、これも事実。
そうして景をからかって遊んでいると、ファミレスのドアが開き、勢いよく駆けこんでくる小さな影。
「ママーっ! どかーん!」
「うわっと、あはは、希美香ちゃんは元気だねー、って、あたしはママじゃねーっ!」三歳くらいの女の子を抱き上げる聖。
「こら希美香っ、そんな人に抱っこされないの。セクハラ菌が移るわ」聖の手から我が子を取り返す景。
「いやいや、景ママの方が変態エロスでしょ。昨夜はあれでしょ、ソフトSM? 腕にロープの跡が……」
「そんなもんないわよっ、昨日は痴女プレイを求められてたん……っ」
口にしてから、失言を悟り真っ赤になる景。そして。
「希美香、店内を走っちゃダメだろー。景ちゃん、希美香を……あ、みなさん、こんにちは」
「「「あ、変態の根源」」」
「――へ?」
<2>
「令さま、すっごい綺麗だったねー」
「背が高くてスタイルが良いから、ドレスも凄く映えるわよね」
「それに比べると新郎はねー、なんか可哀想な感じでさすがに私も祐麒に同情したよ」
「まあ祐巳さんたら、祐麒さんもとても可愛らしい花婿さんだったわよ」
祐麒と令が付き合って早数年、ついに今日、結婚式を迎え、そして今は二次会の会場。
披露宴には出席していなかった人たちも駆けつけ、とても賑わっている。そんな中、ステージにあがっている二人の男女。
「さあ、いよいよ我らが令ちゃんと祐麒くんの登場ですっ! 皆さん、盛大な拍手でお迎えくださいっ!」
二次会の視界を任されている由乃と小林だ。なかなかに息のあった司会ぶりを見せてくれている。
BGMが流れ、皆の拍手の中、二人が姿を現す。その姿が鮮明になるにつれ、会場の興奮がUPしていく。
「っ!? れ、れ、令様すてきーーーーっ!! かっこいいーーーっ!!」
「きゃーーーーっ!! 私を抱いて令さーーーんっ!!」
あちこちから黄色い歓声が飛んできて、とんでもない狂騒状態になる。それもそのはず、なぜならば。
タキシードに身を固めた、どっから見ても美青年の令と、ウェディングドレスをまとった可憐な美少女の祐麒だったから。
「はい、皆さまから多大な要望をいただきまして、こうして令ちゃんのタキシード姿を今回は実現いたしました!」
「ちなみにこのタキシードとドレスは、小笠原家より提供していただきました。祥子さん、ありがとうございます」
「きゃーーっ、令、素敵っ、悔しい、本当なら私が令の隣に立っているはずだったのに……でも、祐麒さんも可愛いわっ!」
「お、お姉さま、落ち着いてくださいっ、鼻血が出ていますっ!」
立ち上がり、興奮のあまり顔を真っ赤にして、鼻血を垂らし、拳を振り回している祥子を懸命に抑える祐巳。
「祐麒ちゃん、かわいいーーっ! 俺と結婚してくれ!!」 「令さま、私を滅茶苦茶にしてーーーっ!!」
熱狂に困惑する令と、恥しがっている祐麒。その恥じらう仕種が、会場の男女をキュンキュンさせていることも知らずに。
「あー、でもこの方がなんか似合っているね、背のバランスとか」
「うふふ、本当。どちらにしても、とってもお似合いのお二人ということよね」
「ちなみにこの二人、えっちの時も時々男女役割入れ換わっているそうです! さあ皆さん、思う存分妄想してください!」
「ちょ、よ、由乃っ!? な、なんでそんなこと知っているのーっ!?」真っ赤になって慌てふためく令。
「えっ、本当だったの? 冗談だったのに、って、本当っ!? 令ちゃんのばかーっ、変態っ!!」
「あああっ、れ、令と祐麒さんがっ……ぶ、ぶーーーーっ!!」
「だ、誰か、お姉さまが出血多量で! 救急車をーーっ」
<3>
「やりましたよ克美さん、見てくださいこれ! 今回の模試、A判定ですよっ!」
「本当? やればできるじゃない、祐麒も」
嬉々として模擬試験の結果を見せる祐麒に、わずかに表情を綻ばせてそれを受ける克美。
克美が祐麒の家庭教師についてから数カ月、こうして努力が実るというのは嬉しいものであろう。
「えー、それで克美さん、約束のご褒美は……」
「ぐっ……覚えていたのね」苦々しい表情をする克美。
「当たり前ですよ、それを目標に頑張ったんですから!」
「開き直って……わ、分かっているわよ、約束なんだから」
ほんのりと頬を朱に染めて、俯く克美。あまり表情の変わらない克美だが、時に見せる変化がとても魅力的だと思う。
家庭教師をきっかけに、克美に惹かれ、告白した。克美も一応、受け入れてはくれたが、受験が終わるまでは恋愛はお預けと言われた。
だからといって簡単に引き下がれるほど、男子高校生の欲望は弱くない。それで提案したのがご褒美制度。
テストなどで良い結果を取ったら克美から褒美をもらうという約束を交わしていた。
ちなみに今までの褒美は、『ほっぺにちゅう』、『おでこにちゅう』、『唇にちゅう』とかとかとか。
「え、えーと、それじゃあ今回はですね、やっぱり、その、おっぱいをですね」
「却下! む、胸とか、そんなのダメなんだから!」腕で胸を隠す克美。
「えー、ちょっとくらい、ダメですか? 俺、貧乳好きなんで無問題ですって!」
「爽やかに親指立ててもダメ! 何を偉そうに言っているのよ、ってか、うるさいわね貧乳って!」
怒ったような克美が身を乗り出してくる。
「……ご、ご褒美は私があげるんだから、祐麒が私に何かするのとかはダメ。私が、してあげるから」
今まで以上に顔を真っ赤にしながら、顔を横に背けて恥しそうに口を尖らせて言う克美。
「え、してあげるって、何をですか?」
「わ、私だってね、勉強してきているんだから……ま、任せなさいよ」言いながら手を伸ばしてくる克美。
「勉強って……克美さん、実は最初からエロエロ……いや色々とやる気満々だったとか」
「うるさいわね、折るわよ」
「ぎゃひーーーーーーっ!!!?」
<4>
「で、祥子。祐麒くんとは最近どうなの?」
「ど、どう、って?」
久しぶりに令と会っている休日。メールなどでの連絡は行っているが、直接会う機会はぐっと減った。仕方ないことだろう。
お互いの近況などを話していると、ふと、令がそんなことを尋ねてきた。
「何よそれ、素っ気ないなー。『そ、そろそろ口づけくらい許した方がいいのかしら?』なんて相談してきたくせにー」
「れれれ、令っ。そ、そういうことは口にしないでちょうだいっ!」
怒ったように言ってくるが、照れが混じっているので怖くない。令は笑いながら流す。
「親友として、祥子の恋の行方が気になっているだけだよ。だって男嫌いの祥子だよ、心配じゃない」
「心配は御無用……と、いいたいところだけれど、正直、こ、困っているのよ」
ごにょごにょと、声が小さくなる。こんな祥子は、祐麒と付き合い始めるまでは見たことがない令であった。
親友の変わりぶりが、なんだか可愛らしくて微笑ましい。
「で、今度は何に困っているの?」紅茶を口に含みながら、気軽に尋ねてみる。
「ええと……ね。れ、令は、お口でしてあげたことって、ある?」
「ぶふーーーっ!?」思いがけない内容が祥子から飛び出してきて、紅茶を噴出させる令。スリッピングでかわす祥子。
「え、ちょっと、祥子何、そんなことするまでに至ったの? いつの間に?」
「だ、だって、その、性行為までいくのは恥しいけれど、殿方はそれだと色々と欲求不満になるのでしょう?」
「いや、充分に恥しいというか、その」しどろもどろになる令。いやそりゃBL本や同人誌で読んだりは見たりはしているけれど。
「欲求不満で風俗に通われたり、浮気されたりするくらいならと思って調べてみたのだけれど、それならそうしたらどうかって」
誰がそんな知恵を祥子に、と思っていたら、どうやらネットの掲示板での相談で得られた回答らしいが。
「……ああ、でもやっぱり分からないわよね、殿方とお付き合いしたことのない令では」ため息をつく祥子。
「なっ……そ、そんなことないわよ、私だってそれくらい知っているし」同人誌情報や妄想の中で。
「そ、そうだったの? じゃあ、教えてちょうだい。そ、そもそもお口でするって、何をどうすればよいのかしら?」
「ええっ、そ、そこからっ!? そ、それはその~、だから、男性のアレをね、こう、もにょもにょと……」
「それじゃあ良く分からないわよ。令、はっきり言いなさいよ、男性の何をお口でどうすればよいの??」
「だ、だから、ナニをって、ナニをねっ」真っ赤になって、あわあわと説明にならない説明をする令。
昼下がりのカフェで、リリアン出身のお嬢様が人目も憚らずにそんなトークをする平和な日であった。
<5>
「ただいま帰りました、祐麒さん」
「お帰りなさい、静さん」
空港のロビーで出迎えると、静はいつも通り、穏やかに微笑んだ。あまり大きな感情表現をしない静だが。
近づくなり、祐麒に抱きついてキスをする。大勢の人がいるまん前だというのに、照れる気配もなく。この辺は外国生活が長いせいか。
祐麒の方は、どうしても恥しさが先に立つ。もちろん、嬉しくはあるのだが。
声楽家の静は、オペラの公演でイタリアに行っていたのだ。声楽の道は険しく、それだけで生計を立てるのは厳しい。
そんな静を日本で支えているのが祐麒だった。
結婚をして二年、半分は外国にいる静だけに、寂しいと思うこともあるが、それも分かっていたこと。
「今日は久しぶりに、俺が腕をふるって料理するから。日本食が懐かしいんじゃない?」
「わあ、楽しみ。祐麒さんの料理、大好きです」手を叩いて喜ぶ静。
付き合っている時も、結婚した今も、静は変わらずに祐麒のことを『さん』付けで呼ぶ。
だからだろうか、付き合っている期間も含めるとそれなりの年月になるのに、今でも初々しく感じるのは。
静のトランクを受け取り、反対の腕には静の腕が絡まる。腕に当たる感触が感じられない胸の薄さも久しぶりだ。
「……祐麒さん、今、物凄く失礼なことを考えていませんでした?」にっこりと、微笑む静。
「い、いやー、とんでもない! 可愛い奥さんが帰ってきてくれて嬉しいなーって思っていただけだから!」
「そうですか。ふふ、でも祐麒さん、私がいない間に志摩子と食事に行かれたとか?」
「あああ、あれはこの前のお礼をしただけで、静さんにも断ったじゃないですかっ! な、なんにもなかったですよ、食事以外」
「焦るところが怪しい……うふふ、私、浮気は許しませんからね?」笑っているが、なぜか物凄い凄身を感じさせる静。
「う、浮気なんて考えてませんから! 静さんが不在のこの二カ月だって、ずっと我慢していたんですから!」
「あら、やっぱり浮気を考えていたんですか?」
「違いますよ、我慢していたのは、えと、あう……」真っ赤になって口ごもってしまう祐麒。
そんな祐麒を見て、くすくすと笑う静。二人は並んで、空港のロビーから出る。
「ごめんなさい、冗談です」
静の声は、普段から綺麗だ。小さな声でも、よく通って聞こえる。祐麒にだけは、絶対に届く。
「ねえ祐麒さん、私、イタリアに行くたびに小父さまと小母さまに言われるの。それでね、私も思ったの」
「何をですか?」ちらりと横の静かに目を向けると。ほんのりと、恥しそうな笑みを湛えて、祐麒の耳元で魅惑的な声で囁く。
「……そろそろ、子供が欲しいです」