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マリア様がみてる 百合CP

【マリみてSS(乃梨子×可南子)】私だけが知っていること

更新日:

 

~ 私だけが知っていること ~

 

 相変わらず乃梨子は悶々とした日を送っていた。
 とりあえず、可南子とはそれなりに普通に接することができるようになったが、完全とまではいかない。だが、それは仕方のないことだろう。誰だって、好きな相手がすぐ近くにいれば、意識しないはずがないのだから。
 そして更に言うならば、艶やかな紅色の唇に、どうしても目がいってしまう。あの可憐な蕾に、二回もキスをしてしまったのだと。
 しかし、と乃梨子は思う。
(……本当に、私の方からキスしたのか?)
 可南子は、二度とも乃梨子の方からされたと言い、あくまで可南子は受動的立場であったというのだが、本当にそうだったのか。乃梨子も、そうだと認めてしまったから今さらなのだが、どうにも腑に落ちない。どちらも、可南子の誘い水があって、吸い込まれるようにキスしてしまった。正直、アクシデントとしか思えず、自分がキスをしたという感覚が非常に薄い。というか、無いという方が正しい。
 キスというのはこう、もっと違うのではないか。
 お互いが向かい合い、そっと手で頬に触れ、惹かれあうように近づき、自然とどちらともなく目を閉じ、唇を触れ合わせる。唇の感触を刻みつけ、甘い吐息を胸に嗅ぎ、柑橘系のほのかな味を舌に残す。
 ところがどっこい、乃梨子が経験したキスといえば、血の味と、不意打ち。全くもって、想像とかけ離れている。
「……というか、今考えると、一回目のは可南子さんがしたんじゃない!」
 まあ、お願いしたのは乃梨子だが。
 乃梨子は首を左右に振り、余計な思念を追い払う。重要なことは、これからである。今まではどうも、可南子にいいように振り回されているようにしか思えない。今後は、乃梨子が主導権をとるのだ。
 だが、どうすればよい。乃梨子だって、初めての経験なのだから。
「うーん……何か妙案でもないものか」
 ぶつぶつと、一人で呟く乃梨子。
 そんな乃梨子を、ジト目で見ているのは、瞳子。
「全く、先ほどから何をブツブツ、一人で唸っているのやら」
 ため息をつく瞳子。
 薔薇の館には今、乃梨子と瞳子の二人だけであった。二年生と三年生は何やら打ち合わせとかで、少し遅れるという連絡を受けていた。
「……ねえ、瞳子」
「はい、何でしょう」
 特に仕事もなく、瞳子と二人で宿題なんかを片付けていたのだが、先ほどから乃梨子は宿題を諦めて、色々と考えていた。
 そしてふと、目の前にいる友人に尋ねてみた。
「瞳子ってさ、キス、したことある?」
「なっ……! なんです、いきなり?」
 瞳子の目が、見開かれる。
「いや、単に好奇心として」
「そ、それは、その……そ、そういう乃梨子さんは、どうなのですか?」
「え、私? 私は、その、えーと、ほら」
「ああ、そういえば、可南子さんと?」
 逆に問い返されて、乃梨子もまた頬が熱くなっていくのが分かった。可南子とキスしたことを思い出すと、どうしても自然とそうなってしまうのだ。
 普段のクールさなどどこへ行ったのか、一度口にしてしまった乃梨子は、思っていたことをつらつらと瞳子に語った。
「――そう、分かりましたわ」
 一通り乃梨子の話を耳にした後、瞳子が何かしたり顔で頷いていた。
「何が、分かったの?」
「要は乃梨子さん、キスの練習をしたいのでしょう?」
「えっ? そっ、そういうわけじゃ」
 否定しつつも、否定しきれない。
 今までのキスは、偶発的なもの。今度、そういった場面に出くわしたときに、果たして上手に出来るだろうかという不安。そして、次は可南子を慌てさせたいという思い。乃梨子の気持ちが、瞳子に語っている中で出てしまったのかもしれない。
「分かっていますわ、ええ、何も恥じることはありません。それで、その、わたくしで良ければ、練習のお相手をしてあげますけれど?」
「――は?」
 思いもかけない提案に、間抜けな声が出てしまった。
「すべてわかっています、ええ、何も言わなくても。いざ、キスをするというときに失敗してはいけないから、私と練習したいのでしょう、名女優でありキスシーンも豊富な経験のある、この私と」
「えーと……じゃあ瞳子って、キスしたこと、あるんだ……」
「えぇと、キスシーンといってもしたフリだけで、本当にしたことは……」
 瞳子が横を向いて小声で何かごにょごにょと言っていたが、瞳子のキス告白に衝撃を受けていた乃梨子の耳には届いていなかった。
「――で、何だっけ?」
「だ、だから――っ、と、瞳子がキスの練習のお相手になってあげますと言っているのです。べ、別に瞳子が乃梨子さんとキスしたいわけじゃないんですのよ、そこのところは変な勘違いしないでくださいね」
 顔を赤くして、口を尖らしている瞳子が、なんだか物凄く愛らしくて、胸をうつ。
 しかし、瞳子とキスとは、なんか妙な方向に話が進んでしまった。ちらりと、瞳子の小さなピンクの唇に目をうつす。
 可愛らしい瞳子の口元を目にとどめると、急速に、その唇が欲しいという気持ちが膨れ上がってくる。
 だけどいいのか、この前は可南子として、今日は瞳子とキスするなんて、節操がないのではないか。好きなのは、可南子のことなのではないか。いや待て、だが瞳子は間違いなく友達であり、友達同士なら、キスをすることは確か許されているのでは。そうそう、今時、友キスなんて当たり前の時代風潮。むしろ、しない方がおかしいといっても過言ではないのではなかろうか。そうに違いない。
 考えているうちに自然と席から立ち上がり、瞳子の座っている前まで歩いていた。
 乃梨子が歩いてくるのを見つめていた瞳子は、乃梨子に目の前に立たれるなりギュッと目をつむり、体を硬くして乃梨子を待ち受ける体勢となった。
「……えーっと、キスシーン経験、豊富なんだよね。なんか、ものすごく、ガチガチに見えるんですけれど」
「あ、相手も初めてという設定ですの。初めての相手の緊張をほぐすのも、大切なことですわ」
「な、なるほど」
 そう言われれば、瞳子からは、まさにその通りの緊張感が伝わってきていた。しかし、既に可南子とはキスしたことあるのだが、という突っ込みはやめておく。
 立ったまま乃梨子は少し考え、瞳子の両頬を手のひらでふんわりと挟むようにして撫でた。瞳子の体がビクリと震える。頬を優しく撫でながら顔を近づけ、まずは額に軽く唇を触れる。
「あ……」
 小さな声があがる。
 ゆっくりと口を離し、次は瞳子の小さくてかわいらしい鼻の頭にキス。
「ふわ……」
 またも瞳子の体が震え、肩の力が抜けた。
「瞳子」
 耳のそばで、囁くように名を呼ぶ。
「あ、ぁ」
 うめくような、喘ぐような声を出す瞳子。さすが、台詞なんてなくても、こんな官能的な雰囲気を出せるなんて。乃梨子の気持ちも、応じて昂ってしまう。
 息をのみ、瞳子の唇を見定める。近づいていく。口から漏れ出る甘い吐息を感じる。やがて、二人の唇がゆっくりと重なり合う。
 ほんのりと触れあうだけ、なんとも拙いキスであったが、キスであることに間違いはなかった。
 ゆっくりと口を離すと、上気し、瞳を蕩けさせた瞳子の顔。
「乃梨子さ……」
 瞳子が何かを言いかけた瞬間。
 ギシギシと、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
 慌てて、元の席に戻る乃梨子。乃梨子が席についてシャーペンを手にしたとほぼ同時に、ビスケットの扉が開かれて、二年生トリオが姿を見せた。
「ごきげんよう、遅れちゃってごめんなさい」
「二人とも、宿題をしていたの?」
 言いながら、それぞれがいつもの定位置である席に向かう。
 すると。
「あれ、瞳子ちゃん、なんか顔が赤いけれど熱でもあるの? 大丈夫?」
 正面に座る由乃が、首をかしげて聞いてきた。
「だ、大丈夫、ですわ」
 答える瞳子の顔は、やっぱりまだ赤い。たぶん、乃梨子の顔も赤いと思うけれど、瞳子の方に皆の意識が集中していたので、その間にクールダウンさせる。
 しかし。
 得たものはといえば、瞳子の唇の心地よい感触、そしてキスはやっぱり気持ちよいものだという認識。
 果たしてこれで良かったのだろうかと、内心でまた頭を抱える乃梨子なのであった。

 

 瞳子とキスの練習(?)をした翌日。
「今日の体育、マラソンだって」
「うそーっ、いやだーっ!」
 体育の授業のため、更衣室に向かう移動途中、そんなクラスメイト達の話声が耳に入ってきたが、乃梨子の頭の中は全く別のことで占められていた。
 即ち、体育の着替えって、すごい特権じゃないかって。
 今まで当たり前だと思ってあまり意識していなかったけれど、可愛い女の子達の着替え、下着姿が見放題なわけである。
 ちらりと右隣に目を向ける。
 長身の可南子のすらりとした肢体が目に入る。着やせするのか、制服姿の時はあまり目立たないが、ブラジャーに包まれている胸はとてもきれいな膨らみを見せている。白のごくシンプルなデザインのブラジャーが、可南子が身につけているというだけで、まるでどこかのブランド物のように見えてくる。
(……おぅっ、ハラショー!)
 乃梨子は内心で快哉を叫ぶ。
 続いて、左隣に目を向ける。
 丁度、瞳子が制服を脱いだところで、瞳子らしく可愛いデザインの下着が目に入ってきた。薄いピンクでフリルのあしらわれたブラジャー、そしてほんのりと膨らんだささやかな胸。
 乃梨子の視線を感じたのか、瞳子は大きな瞳をわずかに吊り上げ、ほんのりと頬を赤くして唇を尖らす。
「な、何を見ているんですの、乃梨子さん」
「べ、別に、見てなんかいないよ(やばい、瞳子かわいい瞳子かわいい瞳子かわいい)」
 慌てて、自分自身の着替えに戻ると、今度は右から声をかけられた。
「乃梨子さんは、食い入るように瞳子さんの着替えを見ていましたね」
 既に着替えを終え、長い髪の毛をゴムで縛りながら、可南子が言う。
「ええっ、そ、そんなことしてないよっ」
「い、いやですわ、乃梨子さんたら」
 急いで体操服を着る瞳子。
「……そうかしら?」
 ちょっと不満そうな表情を見せて、頬を軽く膨らませる可南子。
 そんな可南子を見て、乃梨子は驚く。今まで、見たことのないような仕種で、それはまるでヤキモチでもやいているかのようで。
「えと、か、可南子さ」
「ほら瞳子さん、行きましょう。乃梨子さんも早く着替えた方がいいですよ」
 乃梨子の言葉を遮るように言うと、可南子は着替えをちょうど終えた瞳子の手を取って、更衣室を出て行こうとする。
「わ、わ、ちょっと待ってよ」
「か、可南子さんっ?」
 あたふたと着替える乃梨子と、困惑する瞳子の声が重なった。

 

 体育の授業でなぜ、マラソンなんてやるのだろうか。走り、荒い呼吸の中で乃梨子は考える。
 運動に関しては可も不可もない感じの乃梨子は、おそらく中間よりちょい後ろあたりに位置して走っている。トップを悠々と走っているのは可南子。体が大きくて、中学時代はバスケをやっていたということもあり、速くて体力もある。
 可南子の走る姿を後ろから見て、ブルマだったらよかったかも、などとつい考えてしまう。スパッツでは、太もももお尻も目におさめられないではないか。あーでも、ぴっちりとしたスパッツだったら、それはそれで良いかもー、などと煩悩に突き動かされるようにして走り続ける。
 瞳子は、乃梨子と同じような位置だ。足は速くないが、演劇のために体力作りは昔からしているようで、スタミナは意外とあるらしい。
 周囲の他の生徒を見てみると、皆、苦しそうな表情をしながらも真面目に無駄口も叩かずに走っている。なんだかんだいって、リリアンの生徒は真面目なのだ。
 黙々と走り続けていくと、集団はどんどんとばらけていく。そして、トップを走っていた可南子は遅い生徒を抜かして周回遅れにさせていく。やがて、その可南子が乃梨子たちの後ろにも迫ってきた。
 近づいてきた可南子に気がついたのか、瞳子が走るスピードを上げた。既に大きく差が付いているというのに、それでも周回遅れにされるのはいやなのだろう。負けず嫌いの瞳子らしいと思い、苦しいながらも可笑しくなる。
 しかし、次の瞬間、唐突に瞳子が、躓くように地面に膝をついた。
「瞳子っ!?」
 慌てて駆け寄る乃梨子。
「ごほっごほっ! はぁっ、はっ、はっ、かはっ!」
「ちょっと、大丈夫!?」
「だ、大丈夫、ですわ、少し、はぁっ……気持ち悪く、なった、だけです」
 気丈なことを言う瞳子だったが、あまり大丈夫そうには見えない。瞳子の背中をさすっていると、急に影が差した。
 見上げると、可南子が見下ろしてきていた。

 

 結局、可南子と二人で瞳子を保健室に連れていくことになった。可南子と両脇から瞳子を支えるようにして歩くが、身長差があるので微妙に歩きづらい。
「……まったく、大げさですわ。ちょっと、苦しかっただけですのに」
 強がっているが、瞳子の顔色はまだ悪く、青ざめている。
「保健室は、結構ですわ。少し、休めば、よくなりますの」
「でも、ちゃんと診てもらった方がよくない?」
「大丈夫ですから」
 困ったように可南子を見ると、可南子は瞳子を支えたまま、器用に肩をすくめてみせた。仕方なく、更衣室に入って休むことにする。更衣室内に置いてあるベンチに腰掛けさせると、瞳子は大きく息を吐きだした。
 そんな瞳子を見つめ、乃梨子は口を開く。
「瞳子、今、生理中でしょ? まったく、無理するから」
「なっ……!」
 乃梨子が指摘すると、瞳子はわずかに顔を赤くした。
「よ、余計なお世話ですわっ。そ、それになんで乃梨子さんが、私の生理のことを知っているんですかっ。私、言ったこともありませんのに」
 瞳子は普段、生理のことを言ったりしない。演技力のなせるわざなのか、表情に出すこともないのだが、乃梨子は微妙な違いをなんとなくいつも感じていた。
「いや、それは瞳子が」
「ふぅん……乃梨子さんと瞳子さんは、随分とお互いのプライベートな部分まで、分かりあっているんですね」
 そこで可南子が割り込んできた。
 表情は穏やかだが、なぜか怒りのような波動を感じる。
 少し休んで落ち着いてきた瞳子が、可南子のそんな表情を見て、にやりとする。
「あら可南子さん、ひょっとして、やきもちですの?」
 瞳子の言葉を受けて、可南子の頬に、さーっと朱みがさす。
「ち、違いますっ。私、やきもちなんか」
 照れたように、怒ったように、ぷいと横を向く可南子。大きな体で、子供じみた仕草が乃梨子のハートを撃つ。
「うふふ、そうですの? まあ、私と乃梨子さんはリリアンに入学して以来の仲ですから、可南子さんより多少はお互いを親しく知っていますし。可南子さんがご存じないのも、仕方ないことですわ」
 ここぞとばかりに、たたみかける瞳子。
「それなら、私だって」
「あら、私だって、なんなんですの?」
 瞳子が人差し指を唇にあて、可愛らしく、且つわざとらしく、小首をわずかに傾けて可南子のことを見上げる。
 両の拳を握りしめ、小刻みに震える可南子。
 唇をかみしめている。
「どうしました、何か仰りたいことでも、あって?」
 瞳子のこの言葉に、とうとう可南子は口を開いた。
「私だって、瞳子さんが知らない乃梨子さんのこと知ってます! 好きな音楽とか、俳優とか、それに、唇の感触とか……っ!!」
 と、自分で言った後。
 可南子は自身の発言に真っ赤になり、瞳を潤ませたかと思うと、脱兎のごとく更衣室から逃げ出して行ってしまった。
 言葉もなく、可南子が消えていった扉を見つめる乃梨子。
 今まで、乃梨子に対してずっとすましたような態度で、クールな感じでいた可南子の思いがけない姿を見せられて、乃梨子の思考はスパークした。
「ああ可南子さん、黒髪ストレートをポニーで体操服でスパッツで恥じらい顔を赤らめるなんて反則的カワユスすぎだよ~」
 骨を抜かれ、瞳子に抱きつく乃梨子。
「ののの乃梨子さん、心の声がだだ漏れしていますわよ」
「うん、あんな可南子さん見せられたら色々と、も、漏らしそう」
「ええっ、ちょっと、乃梨子さん、そんなプレイ、私はやぶさかではありませんけれども……の、乃梨子さんのお漏らし姿……はわぁ」
「可南子さん、可愛かったなぁ」
「乃梨子さん、その、なさるなら、他の方が戻ってこない今のうちに……」
 幸せそうな顔をして呆けている乃梨子と、顔面を真っ赤に染め、必死に鼻血をこらえている瞳子。
 二人は更衣室の中、授業が終わり、クラスメイト達が戻ってくるまで、抱き合ったまま妄想の海にトリップしていたのであった。

 

 一方の可南子は。

「私だって……私が、乃梨子さんのこと……」

 裏庭で校舎の壁にもたれかかりながら、一人、呟くのであった。

 

つ・づ・く

 

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