休日、志摩子さんと一緒に、乃梨子は街を歩いていた。二人で出かけるときは、教会や仏像を観に行くことが多かったが、こうしてたまにはごく普通にショッピングをすることもあった。
二人とも、特別、流行とかに興味がある方ではなかったが、それでもお年頃の女の子。可愛い服とか可愛い雑貨を見ていれば、それだけで楽しいし、何より大好きな人と一緒に過ごす時間は、たとえ何をしていようと嬉しいものである。
そうして楽しい休日を過ごしている中、その人と会ったのは本当に偶然だった。
佐藤聖さま。
志摩子さんのお姉さま。
聖さまは、せっかく会えたのだから、どこかでお茶でもしていかないかと誘ってきた。乃梨子と志摩子さんのことを色々と聞きたいと言って。
久しぶりに会えたということで、志摩子さんもすごく嬉しそうで、乃梨子としても特に断る理由もなかったので、三人で近くの喫茶店に入った。
そこでの志摩子さんは、よく喋った。
聖さまが上手いというのもあるだろう、志摩子さんが喋るように話を誘導していく。志摩子さんもそれに乗って、嬉しそうに色々なことを話した。そして、聖さまとお話しているときの志摩子さんは、乃梨子が見たことないような、輝いた笑顔を見せていた。
乃梨子は嫉妬した。
志摩子さんに、こんな表情をさせることの出来る聖さまに対して。
もちろん、聖さまも志摩子さんも、乃梨子のことを無視して二人で話していたわけではない。特に聖さまは、よく乃梨子に話しかけてくれた。席だって、志摩子さんの正面に座らず、二人がけの席の中央に位置して、乃梨子と志摩子さん、二人を均等に見られるようにして。
しかし、そんな風に気を遣われると、余計に乃梨子は自分が惨めになっていくようだった。
久しぶりに聖さまに会えて、志摩子さんが喜ぶのは当然なのに、乃梨子は一人で聖さまに嫉妬して。にもかかわらず、聖さまは優しく乃梨子のことまで気遣ってくれていて。
自分自身が、なんてあさましい人間なんだろうと思えてくる。
だから、隣で本当に嬉しそうに微笑んでいる志摩子さんを、乃梨子は見ることができなかった。
あっという間に時は過ぎ去り、お店を出ると既に夕方になっていた。志摩子さんはこの後、家のお手伝いがあるとかで、慌てて帰っていった。志摩子さんの姿が消えると、当然だけれど聖さまと二人きりになる。確かに、志摩子さんのお姉さまだし、乃梨子にとってはおばあちゃんにあたるのだろうけれど、同時期にリリアンに在籍していたわけではないし、それほどの思い入れはないのが本当のところだ。
でも、だからといって、いきなりさよならというわけにもいかず、なんとなく二人で並ぶようにしてぶらぶらと歩いていた。
夕暮れの公園、最近は外で遊ぶ子供たちの数が減っているというけれど、何人かの子供が走り回っている姿が見える。
「はい、乃梨子ちゃん」
その声に振り返ってみると、いつの間に買って来たのか、聖さまが紅茶の缶を手に持って乃梨子に差し出していた。思わず、受け取ってしまう。
「私は、こっちね」
そう言って聖さまは、ブラックのコーヒー缶を振って笑ってみせる。そして、乃梨子が何も言わないうちに、蓋を開けると片手をジーンズのポケットに突っ込んだまま、豪快に缶を傾ける。
そんな、何でもないような仕種までが絵になる。
思わず見とれていると、聖さまは乃梨子の視線に気がついたのか、缶から口を離すと、にっ、と笑って口を開く。
「どうした?私の奢りじゃ、飲めないかな」
「あ、いえ。いただきます」
乃梨子も缶の蓋を開けて、ちびりと一口飲む。適度に熱い紅茶が、淡い香りとともに喉を通り過ぎてゆく。流れ落ちた紅茶が身体の中から乃梨子を温め、ほんわりと息をつく。
「ありがとう、乃梨子ちゃん。志摩子の妹になってくれて」
「―――え?」
突然、聖さまがそんなことを言った。
横を見ると、聖さまは乃梨子に横顔を見せたまま、特に表情を変えるわけでもなく、言葉を続ける。
「やっぱりね、心配ではあったんだよ。志摩子はああいう子だからさ。でも、君みたいな子が志摩子の傍に居てくれて、安心した」
その言葉だけで、この人が何を言いたいのか分かったような気がした。やっぱり、この人は志摩子さんのお姉さまなのだ。
もう一口、紅茶を啜る。
「……でも、乃梨子ちゃんも可愛いところあるね」
「はあっ?」
缶から口を離しながら、聖さまを見上げると。
聖さまは、本当に嬉しそうな顔をして乃梨子のことを見ていた。
「今日、志摩子と話していた私に、嫉妬していたでしょう」
「っ!!」
「だって、すっごい目して睨んでくるんだもん、お姉さん怖かったー」
「そ、そんなこと……」
あるのだけれど。
でも、そんなに分かるくらい、顔に出ていたのだろうか。自慢ではないけれど、ポーカーフェイスにはそれなりの自信がある。確かに、志摩子さんが聖さまと楽しそうにお話しているとき、あまり嬉しくはなかったけれど、それを顔に出すようなことはしなかったはずだ。少なくともそう、気をつけていたのに。
「まあ、大好きな人が自分以外の人と仲良くしていたら、そう思うのも当然だよね。特に私と君は、一緒にすごした時間があるわけでもないし」
「す、すみません。そういうつもりでは」
「あはは、いいって。そんな乃梨子ちゃんも可愛かったしね」
笑いながら聖さまは缶を傾けると、残りのコーヒーを一気に飲み干す。空になった缶をゴミ箱に投じながら、髪の毛を無造作にかきあげる。
そんな、なんでもない仕種が物凄く絵になる人だと思った。日本人離れした顔立ちといい、そのスタイルのよさといい、悔しいけれども見惚れてしまう。
「あ、乃梨子ちゃん」
見とれていて隙が出来たのだろう。名前を呼ばれて無防備に聖さまの方を向いてしまった。
次の瞬間――――
「っ?!」
唇に、暖かくて柔らかい何かが押し付けられた。
さらに、唇を押し割って生暖かい何かが口内に入り込み、艶かしく動きまわる。時に激しく、時に優しく、時に乃梨子の舌を絡めとるようにして縦横無尽に。
キスされた、と思うだけの余裕もなかった。
力が抜け、脳がとろけそうになる。意識がどこか遠くへいってしまうような、そんな感覚にとらわれる。
そのまま流されそうになるのをとどめたのは、やはり脳裏に浮かんだ志摩子さんの顔だった。
「―――っ!」
力を振り絞って、体を突き放した。
唇が放れると、唾液が糸を引いて二人の間に妖しい橋を作りあげる。
「な、な、何するんですか、いきなり?!」
口元を手の甲で拭いながら、裏返りそうな声で叫んだ。
しかし、聖さまは悪びれる様子もなく。
「あ、ごめん。乃梨子ちゃんがあまりに可愛かったものだから、つい」
などと言って苦笑いしている。
「ど、ど、ど、ど」
「あら、乃梨子ちゃんも道路工事?」
全く反省の色が見られない。やっぱり、この人は苦手だ。ああ、なんてことだろう、よりにもよってこの人に、大事な大事な……
「あ、ごめん、ひょっとしてファースト・キスだった?」
「――――っ!」
かあっと、顔が熱くなる。 頭の中に、色々な考えとか思考とかが一気に溢れ出して混ざり合い、訳が分からなくなってくる。
「いや、ホントごめん、そうとは思わなかったから……ああ、でも、じゃあ」
聖さまが顔を近づけてきて、耳元で囁いた。
「志摩子のファーストは、乃梨子ちゃんに任せたから」
「っ?!」
思わず、体が硬直する。
何が嬉しいのか聖さまは、にやにやとしながら乃梨子を見ている。軽く口笛なんかを吹いたりして、余裕の態度だ。
「志摩子のは奪っていないから、大丈夫だから」
それだけを言うと、ウィンクを投げつけながら聖さまは背中を向けて歩き出した。乃梨子は、声をかけることも出来ずにただ見送っていた。
「……な、な」
なんたる失態か。
二条乃梨子ともあろう者が、こともあろうに志摩子さんのお姉さまである聖さまに対して。
屈辱と羞恥に打ち震えていると、公園で遊んでいたのか、小学生くらいの子供が駆け寄ってきた。何かと思って少年を見下ろすと。
「ねえお姉ちゃん、さっきの人カレシ?チューしてたよねー」
「何、言うのよっ……」
「あ、赤くなってる、てれてるんだー」
「こら、マセたこと言っていないで、もう家に帰りなさい!」
子供に対して行き場のない怒りの声を出しながら。
内心、とろけるような口付けの味を思い出して立ち尽くす乃梨子であった。
そして翌日、薔薇の館。
議題は学園祭で行う山百合会主催の劇についてだったが、乃梨子の頭には全くといっていいほど話が入ってこなかった。
それもこれも、全ては昨日の聖さまのせいだ。初めて味わった、口付けの感触。柔らかな唇、甘くもすっぱいような魅惑の味。視線をちょっと横にずらせば、隣に座っている志摩子さんの唇が目に飛び込んでくる。
あの唇に触れたらどんな気持ちになるのだろうか。あの唇を味わうことができたら、どんなに幸せだろうか。あの唇を―――
「―――ちゃん、乃梨子ちゃん」
「……えっ?!あ、は」
名前を呼ばれて我に返る。
「どうしたの、しまりのない顔して、よだれ垂らして」
由乃さまが眉根をひそめて顔を覗き込んできた。
由乃さまだけではない。祥子さまも、令さまも、祐巳さまも、そして―――志摩子さんも乃梨子のことを不審の眼差しで見ている。
「な、何がですか。どうもしていません」
制服の袖で口元を拭いながら、慌てて言い繕うが説得力が無いことこのうえない。しかし、だからといって本当のことをいえるわけもない。志摩子さんとのキスシーンを妄想していて垂らしてしまいました、なんて。
「そう?それじゃあ引き続き予算についてだけれど……」
しかし、結局その後も全く打ち合わせに身が入らなかったのであった。
打ち合わせが終わったあと、頭を冷やす意味もあって乃梨子は一人、薔薇の館に残っていた。英語の宿題をやっていくとの口実であったが、もちろんそんなものは出ていない。
「――ああ、だめだめ。どうしても思い出しちゃう」
頭を抱えて、机に突っ伏す。
何をどうしようとも自然と思い出してしまう、聖さまとのキス。そして連想する志摩子さんとのキスシーン。
「うう、どうすればいいんだろう」
静かになった薔薇の館で一人、もだえていると。
「どうしたというの、乃梨子?」
扉がゆっくりと開き、志摩子さんが姿を現した。
一人、思いに入り込んでいたせいか、階段を上ってくる音も完全に聞き逃していたらしい。全く気がつかなかった。
「し、志摩子さん?か、帰ったんじゃなかったの」
「乃梨子の様子がおかしかったから、ちょっと心配になって。どうしたの、一人頭を抱えていたようだけど、何か悩み事?」
心配そうに眉をひそめながら、乃梨子の隣に座る。
正面から顔を見られないですむのはありがたかったけれど、逆に距離は近くなって、制服の袖が触れ合ったりしてそれだけで胸がどきどきしてくる。
いつもはそれほど意識していない、志摩子さんのほのかに甘い香りとか、ふわふわの髪の毛とか、すべすべのお肌とかとにかく気になって気になって仕方がない。
まるで媚薬のように志摩子さんの全てが乃梨子を包み込む。
ふわふわと、誘蛾灯に誘われる蛾のように吸い寄せられ、自然と動いてしまった。
唇に伝わってくる、柔らかでなめらかな感触。
「―――え?」
「…………あ……」
志摩子さんの頬に、口付けをしていた。 驚いて、目を丸くして乃梨子のことを見ている志摩子さん。
「乃梨……子?」
「あ……あ、あ、ご、ごめん!」
いまさらになってようやく、自分の行為の意味に気がついて慌てる。いきなりキスしてきた乃梨子のことを、志摩子さんは一体どのように思っただろうか。
とにかく、このままでは自分自身がどうなってしまうかわからず、乃梨子はとりあえず立ち上がり、志摩子さんと少し距離を取った。
「……大丈夫、乃梨子?本当に、何があったの?」
あんなことがあったにも関わらず、志摩子さんはいつもとほとんど変わらない口調で問いかけてくる。
「それ……は……」
口ごもる。
本当のことを言ったら、志摩子さんはどう思うだろうか。軽蔑するだろうか。
それでも、もうこれ以上はどうしようもなかった。この先、ひょっとしたらもっととんでもないことをしてしまうかもしれない。それで志摩子さんを傷つけてしまうくらいなら、今、この場ではっきりと拒絶してもらったほうが志摩子さんのためにも、乃梨子のためにもなるのではないか。
「ご、ごめん、志摩子さん!実は私、今日ずっとさっきみたいなことばかり考えていたの」
目をぎゅっと瞑って、叫ぶようにして告げた。
とてもじゃないけれど、志摩子さんの顔を見ながらなんて言えるわけもないから。
「さっきみたいなこと……って?」
「だ、だから、その……志摩子さんと…………キ、キスしたいとか、そんなこと。け、軽蔑する……よね、そんなことばっかり考えていたなんて」
自嘲気味に言う。
志摩子さんは今、どんな顔をして乃梨子を見ているのだろう。どんな気持ちで乃梨子のことを見ているのだろうか。
「……それで、乃梨子はよかったの?」
「―――――え?」
言葉の意味が分からず、顔を上げると。
乃梨子の唇が触れた頬を手でおさえながら、志摩子さんはちょっと上目遣いで乃梨子のことを見つめていた。
「キスしたいって思っていたのでしょう?それは、ほっぺでよかったの?」
「え……えっ?!」
思いもかけない言葉に乃梨子が絶句していると、志摩子さんは音もなく立ち上がり、しずかに乃梨子のすぐ目の前までやってきた。
窓から差し込む夕日が、志摩子さんの白い肌をオレンジ色に染め上げて。
「しし、志摩子、さん?」
「ほっぺで、乃梨子の望みはかなえられたの……?」
心なしか、志摩子さんの瞳は潤んで見えた。
「か、かなえられ…………なかっ……た」
言葉が震える。
「じゃあ……どうすれば、乃梨子の思いをかなえられるの?」
手が震える。
「それは…………」
震える指で志摩子さんの手をそっと包み込むように握る。
ピンク色に光る、少し濡れた志摩子さんの唇。
「んっ……」
その唇に、自らの唇をゆっくりと重ねた。
暖かくて柔らかくてしっとりとして。
それは、この世のものとは思えないほど美味な果実。
「んふっ…………」
ゆっくりと、唇をはなす。
頬をほんのりと赤く染めた志摩子さんと目があう。
「……これで、乃梨子の思いはかなったの……?」
「う……ん……」
でも。視線は志摩子さんの唇に吸い付いたまま離れなくて。
「……まだ……かも」
「そう…………じゃあ、仕方ないわね……」
そう言って、志摩子さんは目を閉じた。
もはや、自分を抑えていることなどできなかった。乃梨子は、夢中で志摩子さんの唇に吸い付いた。
「んっ……ん」
「ん……」
不器用だけれども、想いを込めた口付け。
体の奥からとろけてしまいそうな快感、脳髄を電撃が貫くような衝撃、雲の上でも歩いているんじゃないかと思いそうな浮遊感。
「……んっ……?!」
不意に、乃梨子の口内に異物が侵入してきた。
それは最初はおずおずと、次第に大胆に乃梨子の口の中を動き回り、歯茎や舌を刺激してくる。
志摩子さんの舌だと理解したとき、乃梨子の中にわずかに残っていた理性はどこかにはじけとんだ。
入ってきた志摩子さんの舌を絡み取るように自らの舌を動かす。生暖かい二つの舌が自分の口内で艶かしく蠢いている様を想像するだけで、乃梨子の興奮度は上昇した。
「ん、んんっ……ふぁっ?!」
突然、背筋をぞくぞくとするような刺激が襲ってきた。
それが、志摩子さんの手が乃梨子のうなじに触れたせいだとわかったところでどうしようもない。志摩子さんの細い指は乃梨子の首筋を撫でるように動いている。
「んふっ、ん」
それでも唇は離れない。
二人の口から溢れた唾液が志摩子さんの口の端から流れ落ちる。なんともいやらしい様に乃梨子は興奮し、自分の唾液を志摩子さんの中に送り込んだ。
「んっ……んっ」
志摩子さんの喉が上下し、それを嚥下する。
それでも飲みきれなかった分が溢れ出し、志摩子さんの口からさらに首筋を伝ってゆく。
「ふあ、志摩……子さん」
キスだけでは我慢できなかった。
もっと志摩子さんの全てを感じたい。
自分の全てを感じて欲しい。
だから乃梨子は、そっと手を動かして、志摩子さんのその豊かな胸に触れた。そして同時にもう片方の手で志摩子さんの腕をつかみ、自らの胸に触れるようにした。
自身にはない、柔らかく弾力のある感触が制服越しでも手のひらに伝わってくる。
ゆっくりと円を描くように動かそうとしたそのとき。
鐘の音が鳴り響いた。
もうすぐ、校門が閉められる時間であることを、その音は示唆していた。
ごく自然に、二人はそっと離れた。しばらくは黙って立ち尽くしていたけれど、そのうちどちらからともなく帰り支度をし始めた。
もし、今の鐘が鳴らなかったどうなっていただろうか。そんなことを考えながら、乃梨子は志摩子さんと並んで薔薇の館を出た。
バス停まで無言で歩き、バスに乗ってからもなんとなく話しづらく、無言でいた。
色々と言いたい事はあるのだけれども、何も言うことが出来ず、そうこうしているうちに駅に着いてしまった。ここから先は、二人は別々の方向に向かうことになる。
「……それじゃあ、志摩子さん」
口を出たのは結局それだけで。
情けない自分を歯がゆく思いながらも、とりあえず今日のところは帰宅して冷静に考えようと思ったら、志摩子さんが袖を握って引き止めてきた。
「な、なに、志摩子さん」
「……さっきので、乃梨子の思いはかなったのかしら」
「えっ?!そっ……そう、なの、かな。どうなんだろう、あはは」
しどろもどろに答えると。
「まだなの?もう、乃梨子はしようがないわね。それじゃあ……」
「志摩子、さん?」
小首を傾げる志摩子さんにどぎまぎしていると。
志摩子さんは乃梨子の耳にそっと口を寄せて、ささやくように言った。
「……つづきは、またこんど、ね……」
「っ?!」
「じゃあ、さようなら。気をつけて帰るのよ」
手を振って志摩子さんは帰っていく。
遠くなっていく後ろ姿を見つめながら、機械的に手を振りつつも乃梨子は。
(――つ、つ、つづきってーーーーーーーーーーーーーーっ?!)
心の中で絶叫する。
(またこんどって、いつなのーーーーーーーーーーーっ?!)
"つづき"を脳内で想像した乃梨子は、鼻血を噴出してその場に昏倒した。
「お、おい、君、大丈夫か?!」
誰とも知らない声、集まってくる人の気配を感じながら乃梨子の意識は遠ざかっていった。
それからしばらく、いつくるのか分からない"今度"を身悶えながら待ち、"つづき"の妄想と薔薇の館での現実を反芻しては眠れない日々を過ごすことになる乃梨子なのであった。
おしまい