色々とあって、ようやく寮に戻ってきた。
変質者からの被害に遭ったというのもあるし、捕らえた変質者を見張っていたというのもあって警備員から簡単な事情聴取みたいなものも受け、時間がかかってしまったのだ。
そうして辿り着いた寮内に入ると、なぜかアンリがメイド服に着替えて掃除をしていた。
「え、あ、あれ、アンリ? 何しているの」
思わず問いかけると、日中はリリアンで学生として過ごし、寮に戻ってきたら寮の使用人として働く契約になっているとのこと。それでは一日中、休まる時間がないのではないかと思ったが、小笠原家でも一日中働いているわけで、むしろ日中は学校で授業を受けるから体は楽だとのこと。どちらかといえば、授業を受ける方が嫌だと、顔を顰める。
掃除を続けるアンリに一声かけ、部屋へ戻ると桂がにじり寄ってきた。
「ね、ね、祐紀ちゃん、杏里さんとお知り合いなの?」
「あー、そ、そう、昔からお世話になっているお姉さんなんだ」
「そうなんだー、杏里さんって格好いいよね、ね、今度あたしにも紹介してね」
思わずアンリに普通に話しかけてしまったため、桂に興味を持たれたようだ。今後のことを考えると、アンリとは色々と接する機会も多いだろうから仲が良いとしておいた方が無難だろう。桂には曖昧に頷いておく。
制服から部屋着に着替え、くつろぎながらのお喋り。一人になれないのは落ち着かないが、相手が桂だとそれでもなんとかやっていけそうだ。授業も始まったばかりで宿題などもないので、今はのんびりとすることができる。
「たっだいまー」
「ただいま」
やがて、三奈子が元気よく、静が静かに帰ってきて、部屋の住人が全員揃う。困るのは、当たり前だが制服から着替える時に肌や下着が目に入ってしまうということ。それでも幸いだったのは、部屋内であまりだらしない格好は見せないところ。この辺はさすがにお嬢様学校の寮なのか、下着同然の格好で部屋をうろつくとか、そういうのはないようだ。
時間が経ち、夕食を終えて部屋に戻ってからが、次なる試練である。
「さ、祐紀ちゃん、今日こそ一緒にお風呂入ろうねっ」
笑顔でにじり寄ってくる桂。
昨日までは疲れて体調がすぐれないからとか、なんとか言い訳をして逃れてきたのだが、さすがにそろそろ無理が出てきたのかもしれない。
「で、でもわ……私、そういうの恥ずかしくて」
「だいじょーぶ、祐紀ちゃんお肌すべすべじゃん!」
言いながら、祐麒の腕に触れる桂。
例え腕や足がすべすべでも、人には無理なことがあるのだ。どうやって今日は断ろうかと考えていると、部屋の扉をノックする音が耳に入る。
「はーい、って、あれ、杏里さん?」
「すみません、祐麒さんはいらっしゃいますか?」
姿を見せたのはアンリ、ということでアンリに呼び出されて寮内の使われていない部屋に入る。
「ほらよ」
入るなり、アンリが何やら投げ渡してきて、咄嗟に受け取る。
「えと……なんですか、これ?」
「お前を助けるアイテムだよ。偽乳だ」
「え?」
広げてみると、それはなんと女性のバストを体現しているもので、質感といい手触りと言い、非常によくできているように感じた。
「この特殊ジェルを縫って装着することで、完全に肌と一体化したように見えるようになる。そしてこいつが下半身用だ。こっちは胸ほど精巧に作られていないが、風呂程度ならそこまでジロジロとみるやつもいねえだろ」
「おおぅ……」
「感謝しろよー、小笠原家の関連する会社の技術部署が総力を挙げて作り出した、会心の作品だからな。まったく、あたしまでコレにつきあわされたんだぜ、くそ」
なんという技術と人と金の無駄遣い、だがそれこそが小笠原家。
「た、助かりますっ!」
「いいから、とりあえず付けてみろって」
アンリに言われ、服を脱いでいく。アンリは背中を向けてくれているが、どこか気恥ずかしい。それでも、上半身と下半身、順次にアイテムを装着していくと、我知らず声が出てしまった。
「うわ、これ、凄いですね……」
胸はささやかな膨らみではあるが、つぎはぎ部分など見えず自然な肌に見える。祐麒の肌の色と同じで、その辺もきっちり調べつくされているようだ。下半身については、どうしても多少の違和感は付きまとうものの、タオルや手で隠せば十分に誤魔化せると思える出来栄えだ。
「言っとくけど、興奮しておっ勃てたら、剥がれちまうかもしれないからな」
「気を付けます……」
「それと、ジェルによる接着はあまり長時間付けたままにしておくと、逆に剥すのが大変になるからな、肌と本当にくっついちまうぞ」
ぞっとするような注意点を与えながら、剥離用の薬を渡してくれる。風呂を終えたら、トイレにでも行ってさっさと剥してしまうのが得策のようだ。
「前に言ったように、風呂から出ても、寝る時も、下着はつけているか? 相部屋なんだから、油断して見られたらお終いだぞ」
「それは、うん、一応スポブラをするようにしている」
パッド付きのものだ。
個室ならともかく、三人もの同居人がいる状態でだらしない格好など出来ない。だから、部屋にいるときも、寝る時も、露出の少ない格好を心がけているし、下着にも注意を払っている。男としては悲しいことだが、仕方がない。
とにもかくにも、これで当面の危機は乗り切れそうだった。祐麒は胸を撫で下ろし、部屋に戻った。
「お待たせ、桂ちゃん。えと、それじゃあお風呂、行こうか」
「お、ようやく心を決めた? あ、分かった、杏里さんと一緒だからでしょう」
「えっ? いや、別にそれは」
部屋までついてきたアンリが、桂の言葉に目を見開く。
「そうだ、杏里さんも一緒にお風呂、入りましょうよ。同じクラスですし、私、杏里さんと仲良くなりたいと思っていたんです」
「あの、べ、別にそれはお風呂じゃなくても」
「やっぱりこう、裸の付き合いっていうのも、大事だと思うんですよね。さ、それじゃあ行きましょう、行きましょう!」
桂は強引に、アンリですら引っ張って浴場へと突き進んでいった。
さすがリリアン、学生寮のお風呂とはいえ広くて、綺麗で、上品な感じの漂う浴場であったが、祐麒はお風呂を楽しむ余裕など全くなかった。
何せ周囲には裸の女子高校生がうろうろしているのだから。しかも、リリアンの女の子は非常にレベルが高く、普通に可愛い子がごろごろしているし、美少女、美人と言って差し支えない女の子だって結構な数にのぼる。
そんな女の子たちの裸体が目の前にちらつかされて、どうにかならないわけがないのだが、どうにかなったらお終いだし、物凄いズルをしているような気がしていたたまれない。
「わー、やっぱり祐紀ちゃんの肌、すべすべで綺麗だねー」
「あああ、ありがと、桂ちゃん」
隣で体を泡立てながら、桂が微笑んでいる。桂の方に目を向けないようにしているのだが、そうすると。
「……おい、こっち見んじゃねえぞ」
小さな低い声でアンリに脅される。
両隣を桂とアンリによって占拠され目のやり場所に困るし、祐麒自身だって他者からの目が気になって全く落ち着けない。
小笠原家特性とはいえ偽乳がばれないか不安だし、股間が反応を示さないよう必死に関係ないことを考えて気を紛らわし、それでも桂と話はしないと不自然に思われるし、アンリは今にも殺しそうな目で睨みつけてくるし、疲れをとるどころか余計に疲れが体に溜まっていくようだった。
「どう、気持ちいいでしょう、ここのお風呂! 私、一回ですごく気に入っちゃったの」
「そ、そうだねっ」
おまけに桂はあまり隠そうとしないので、全く目に入れないなんてことは不可能で、ちらちらと何度か胸も視界に入ってしまった。
(うう……ごめん、桂ちゃんっ…………)
こうなっては、絶対に正体がバレるわけにはいかない。女装して女子校に通っているだけでも十分に変態なのに、お風呂にまで入っていたなんて世間に知られたら、今後の人生は真っ暗だ。
「こうやって、皆で一緒にお風呂に入るのって、楽しいよねー」
にこにことご機嫌な桂に対し、非常に申し訳ないとしか思えない祐麒であった。
「うぅ……つ、疲れた……」
風呂から出て、着替えを終えて廊下に出るまでに、気力も体力も相当に消費していた。いつの日か、慣れるときがやってくるのだろうか。いや、こんなことに慣れてしまってはいけないのだが。
「どうしたの祐紀ちゃん、もしかして具合悪かった?」
「う、ううん、そうじゃなくて、ちょっと湯あたりしたのかも」
「それじゃあ、早く部屋に戻ってすこし休もうか」
桂と共に部屋に戻り、自分のベッドの上に転がって目を閉じる。
風呂で見たことは全て忘れるのだ、そうでなければ桂にもアンリにも申し訳がないし、もちろん他の女の子達にもあわせる顔がない。
今後お風呂に入る際は、周囲の人がまともに見えなくなるコンタクトレンズでも小笠原家に開発してもらおうか、なんて考え出してしまう。
そんな風にぐだぐだしているうちに、三奈子や静も入浴してきて就寝時間となった。この辺、相部屋というのは夜更かしなんか簡単には出来ないから、規則正しい生活を送るのにはよいのかもしれない。
「――――ん? はい、どちら様ですか」
もう寝る時間だというのに、部屋をノックする音がして、桂が出る。
「あれっ、アンリさんどうしたんですか、こんな時間に」
「ん?」
アンリと聞いて、祐麒もベッドから出て扉に向かうと、確かにアンリの姿があった。アンリは居心地悪そうに立って、出てきた祐麒のことをちらちらと盗み見するようにしている。何か、重要な事でも言い忘れたのか。
「実は、その、ちょっとお願いがありまして……申し訳ありませんが今日一晩、こちらの部屋で泊めていただけないでしょうか?」
しかしアンリが口にしたのは、そのようなことだった。
「は? え、なんで?」
「それが……」
と、言いにくそうにしながらもアンリは説明した。
どうもアンリが今日から入力することがきちんと伝わっていなかったらしく、部屋の準備がされていないとのこと。朝、アンリは学校に直接行き、寮に帰ってきたら更衣室を使用してそのまま掃除などの仕事に入り、食事、そして桂に連れられて行ったお風呂の後も仕事をしていたので、今まで気が付かなかったらしい。
どこかベッドの余っている部屋があるかもしれないが、就寝時間が過ぎた今、寮長などを起こすのも忍びなく、今日一晩くらいであればと祐麒のいる部屋を訪れてきたとのこと。
祐麒は困惑する。部屋を見直すまでもなく、四人部屋で四つのベッドは埋まってしまっていて、空きはない。
かといってアンリを追い出すのも可哀想だし、どうするべきか。そんな風に思案していると、いとも簡単に桂が言った。
「いいですよ、それじゃあたしのベッド使ってください。あたし、今日は祐紀ちゃんと一緒に寝ますから」
「――――え?」
「ね、お喋りして、ぎゅーってして寝ようよ」
「桂ちゃん、あまりうるさくしないようにね」
「あ、はーい」
「いや、ちょっと、それは駄目です!」
一緒に寝る流れになっているのを、慌てて止めようとする。
「えーーっ、なんで? あたしと寝るの、イヤなの?」
しゅん、とする桂。
「そ、そうじゃなくて、えと、あの、ホラ、アンリとは昔からの知り合いだって言ったでしょう? 久しぶりに話したいこともあるし、桂ちゃんとは同じ部屋だしこれからいくらでも一緒にいられるじゃない、ね」
桂を傷つけないよう、でも一緒に寝るなんてことにならないよう、一生懸命に理屈をこねて説明すると。
「そっかー、うん、わかった。それじゃあ今日はアンリさんに譲るけれど、今度はあたしと一緒に寝ようね、祐紀ちゃん」
「う、うん……あ、はは……あれ……?」
結局、桂ともいずれ一緒に寝る流れになってしまった。
「はいはい、それじゃもう消灯時間だから、電気消すよ? ええと、アンリさん、もいいかしら」
「は、はい」
三奈子によって部屋の電気が消され、各人がめいめいのベッドに横になる気配が伝わってくる。そんな中、祐麒とアンリは無言で立ち尽くしていたが、やがて諦めたようにアンリは祐麒のベッドへと先に入り込んだ。
わたわたとしていた祐麒だが、暗闇の中で一人立ち尽くしていても仕方ないので、ベッドに入ることにした。
「し……失礼します……」
二段ベッドの下段、シングルサイズでは二人で寝ると余裕はあまりない。驚くほど近くにアンリの体があって、しかも凄く良い香りが漂ってきて、ドキドキ感が半端ない。
「――いいか、今夜だけだからな。それから、変なことしたらブッ殺スからな?」
「わ、分かっております」
闇に僅かに慣れてきた目が、鬼の形相のアンリを見て取って震える。自分の命の方が惜しいので、妙なことをする気など毛頭ないが、この状況下で安眠できるかどうかの方が心配になってしまう。
「体は疲れているはずだ、目を閉じていればすぐ眠れる。余計なこと考えないで、さっさと寝るんだよ」
それだけ言うと、アンリは体を回転させて背中を向ける。祐麒も、アンリに背中を向ける格好になって目を閉じた。お尻のあたりが触れているような感じがして気になったが、アンリの言った通り体の疲労は誤魔化すことが出来ず、すぐに睡魔が襲い掛かってきた。
結局、アンリのことを意識する時間など殆ど無く、祐麒は眠りへと落ちた。
朝、目が覚めた時、アンリは何事が起きているのか理解できなかった。祐麒と抱き合うようにして寝ていたから。
そこでようやく、昨夜は不意のアクシデントで祐麒と一緒に寝ることになったのを思い出した。だから、それはまだ良い。よくないのは、アンリが素っ裸になっていることだ。いやまあ、これも普段、アンリは寝るとき全裸になるので、寝ている間に無意識のうちに脱ぎ捨ててしまったのであろうと想像はできるので、仕方がない。
問題は、前述した二つが組み合わさってしまったことだ。
即ち、全裸のアンリに祐麒が抱き着いて寝ているという状況。
「こ、こら祐麒、お前、何……」
大きな声を出して同室の誰かに見られてもまずい、アンリは声を落として祐麒を起こそうとしたが。
「あっ……んぁっ!」
変な甘ったるい声が出てしまった。
祐麒の手がアンリの胸を揉んでいて、送られてきた刺激によるものだった。
「ば、馬鹿……ど、どこ触って……ふぁぁっ」
文句を言おうとするが、アンリのささやかな胸の膨らみを祐麒は離さない。先端の敏感な部分に刺激が与えられ、痺れるような快感が背中を突き抜ける。
しかも、それだけではない。今の体勢は祐麒が抱き着いてきているというより、アンリの方が祐麒の体の上におり、アンリが抱き着いている感が強い。そして、朝の生理現象によって屹立している祐麒の股間が、アンリの下腹部にあたっているのだ。
「や、やだ」
慌てて腰を浮かすアンリだったが、胸を揉まれると力が抜けて腰が落ちてしまう。おまけに祐麒がお尻を撫でてきたりもして、更に力が入らなくなる。
「こっ、この……」
刺激に懸命に耐えながら、アンリは拳を振り上げる。
そして。
「こぉんの…………へ、変態野郎がーーーーーーっ!!!!」
「ぶぼぅっ!!?」
渾身のパンチを祐麒の鳩尾にお見舞いしたのであった。
祐麒が目を覚ました時、既にアンリはベッドの中にいなかった。とっくに起きて、出て行ったようだ。
「うぅ……い、イタタタタっ、なんだこれ、お腹が超痛いんですけど!?」
お腹を抑えて丸くなる祐麒は、同時に別のことに気が付いて赤面する。
「ふぁぁ、おはよー祐紀ちゃん……」
「ふわぁぁぁっ、お、おはよう桂ちゃんっ!?」
いつの間にかやってきた桂が声をかけてきて、慌てて毛布で下半身を隠す。
「顔、洗いに行こ……どしたの?」
「な、なんでもないよ、うん」
「じゃあ、行こうよ」
「えと……ちょ、ちょっとお腹の調子がね、変でね、先に行っててくれる?」
「ん~~? ……あ、もしかしていきなりきちゃったの? あー、汚れちゃったんだ」
可愛らしく頷きながら、何やら一人で納得している桂。
「分かった、じゃあ先に行っているね」
「う、うん。ごめんね」
去っていく桂の後ろ姿を見て、ほっと一息。これから毎朝、下半身には特に気をつけなくてはならない。
「……うぅ、しかし、拷問に近いなぁ」
一人になったところで、ずぅんと落ち込む。
こっそりと着替え、朝食を済ませて桂と一緒に登校している間も、なんとなく気分は沈んだまま。学生寮で相部屋となると、もてあましたパトスを一人で処理するわけにもいかないので、この先のことが不安で仕方がない。だからといって学校で、なんてことも不可能だし。
そんな気持ちのまま教室に入ると、アンリは既に自席に座って授業の予習らしきことをしていた。
「ごきげんよう、アンリ、今朝は随分と早かったね」
近づいていき声をかける。
すると、祐麒を見上げたアンリの顔から首にかけてが一気に赤くなった。
「え、ちょ、どうしたのアンリ?」
「う、う、うるさいっ! 馬鹿、知らない!」
真っ赤になったアンリは、祐麒を避けるようにして教室を飛び出していった。訳も分からずに立ち尽くす祐麒。
「――痛っ!?」
いきなり鋭い痛みを手に感じて見てみると、桂が祐麒の手の甲をつねっていた。
「か、桂ちゃん、どうしたの?」
「……夜に、アンリさんと何かあったの?」
ぷぅと頬を膨らませ、口を尖らせ、そんなことを訊いてくる桂。
「え? 別に何もないよ、一緒に寝ただけだし」
「む~~~~っ。やっぱり、今度は私も祐紀ちゃんと一緒に寝る!」
「え、ちょ、どうしたの桂ちゃん」
「いいの、祐紀ちゃんの、馬鹿!」
可愛らしく怒る桂だが、なぜ怒られるのか祐麒は分からず、戸惑うだけ。
自席に戻る桂を見ながら祐麒は首を傾げ。
この先、どのように処理すればよいか、本気で心を悩ますのであった。