「二人ともちゃんとお掃除とか食事、大丈夫だった?」
「もちろん、問題なし。私がしっかりしていたからね」
「コンビニとかお菓子とかばかり食べていたんじゃないでしょうね?」
「私がいなかったら、祐麒はそうなっていたかもね」
「そんなことねーよ」
祐巳からいわれのないことを言われ、ソファから身を捩って反論する。
すると祐巳は「んべーっ」という感じで舌を出してみせてきた。
「…………っ」
祐麒は顔を背けた。
別に、可愛いから見ていられなくなったわけではないぞと、自分自身に言い聞かせて。
キッチンの方では変わらずに祐巳が母と話しをしながら、お土産を仕分けていたりする。
見る気もないテレビの画面を眺めながら、祐麒は内心でため息をつく。
結局、こうして両親が帰ってくるまで特別なことは出来ずにいた。
いや、まあ、キスはしたし、そこまで進めばかなり良いともいえるかもしれないが、両親が不在の間にきちんと恋人同士としての絆を結んでおきたかった。今のままでは、両親がいなかった間の恋人ごっこ、でしかないのではないかと思うから。
果たして祐巳は、本当にどう思っているのだろうか。
どう考えても、祐麒をからかって楽しんでいたとしか思えないが、だからといってそれでキスまで許すだろうか。
考えても結論が出るわけもなく、もやもやが残るばかり。
「お父さんもお母さんも今日は疲れているでしょ。今夜は、私がご飯、作ってあげる」
「あらまあ、祐巳ちゃんが?」
「本当か? それは楽しみだな!」
父親が心底嬉しそうに言う。
愛娘の手料理を食べられるとなればそれは嬉しいだろうが、ちょっとむかっとしてしまった。この一週間は、祐麒が独占できていたのに。
「もちろん、祐麒も手伝うんだからね?」
「えー、なんで俺まで」
いきなり言われて反論をする祐麒だが。
「なーに、文句あるの?」
祐巳が腰に左手を当て、右手で祐麒を指さしてくるのを目にして。
「……わかったよ」
ソファから腰をあげた。
「あら、どうしたの祐麒。この一週間の間に、すっかり祐巳ちゃんのお尻に敷かれちゃったの?」
「そ、そんなんじゃないし」
からかってくる母の言葉にそっぽを向く。
実は少し嬉しかったりもした。
「このために、祐麒には荷物持ちで買い物についてきてもらったんだから」
「重かったんだからな」
ぶつくさ言いながら祐巳の隣に並ぶ。
祐巳の言う通りではあるが、実際は別にいやいや行ったわけではない。最終日ということでむしろ最後のデートのつもりで出かけ、一緒にランチをして、買い物帰りでは手も繋いで歩いた。
楽しくはあったが、あれが最後と考えるとちょっと寂しくもある。
「何を作るか、楽しみに待っているわね」
「えへへー、楽しみにしていていいよ」
母が入れ違いでリビングに戻る。
「それじゃあ、祐麒はねぇ……」
祐巳に指示されて調理に入る。
たいしたことは出来ないが、簡単な皮むき、具材を切ったりすることくらいは出来る。
そうして料理をしながら、どうしても隣に立つ祐巳のことをチラチラと見てしまうのは仕方ないだろう。
買い物から帰ってきたあと、祐巳は少しラフな服に着替えている。やや首周りがゆるく、上からだと胸元が気になる。
あとちょっとで谷間とか見えるかも、なんて考えていると、いきなり祐巳が顔を動かし真剣な目を向けてきた。
「な、なにか?」
「……祐麒ってさ、本当にむっつりだよね。視線がぐさぐさ突き刺さってきているよ?」
ジト目をしつつ、胸元を指さす祐巳。
「なっ……と、わぁっ」
祐巳に図星を刺されて慌て、うっかり銀杏を床にばら撒いてしまった。
「もー、何やっているのよ」
「す、すまん」
慌ててしゃがんで回収をする。祐巳も仕方ないなぁといいながらその場に膝をつく。
「どうしたの二人とも、大丈夫?」
「あ、うん、落としちゃっただけだから大丈夫、座ってていいよ」
母が心配そうにソファから腰を浮かせかけたが、祐巳の言葉に再び腰を下ろす。
「ちゃんと全部拾ってよ」
「分かってるよ……っ」
銀杏を拾いながらふと前を見てみると、祐巳が同じように銀杏を拾っているのだが、しゃがみこんでいるせいでスカートの中の下着が見えていた。
可愛らしいサーモンピンクのショーツが目に入り、思わずごくりと唾を飲み込む。
「――――」
すると祐巳が視線に気が付いたのか、膝をついてスカートで隠す。
「えっち!」
「お、俺のせいじゃないだろ」
「ふーんだ」
スカートを気にしながら銀杏拾いを再開する祐巳だったが、今度は四つん這いの格好になったせいで、緩い首周りの下にブラジャーと胸の膨らみが見えるようになる。
わざとやっているのではないかと思える姿に祐麒は情けなくも目を引きつけられてしまう。
「祐麒、ちょっと」
「な、な、なんだよ」
顔を下に向けながら言い返す。
祐巳は小さな声で、リビングの方には聞こえないように言ってくる。
「わかっているの、『恋人ごっこ』は、もう終わりなんだからね」
「…………分かっているよ」
そう答えるが、内心では拒否したくてたまらなかった。だが、祐巳から直接言われては、本当に終わりなのだなと納得するしかない。
「本当に、分かっているのかなぁ?」
祐巳が軽く小首を傾げながら言うと、結った髪がふわりと揺れる。
ささやかな胸の膨らみも、わずかに形を変える。
「だから、分かっているって」
言いながら銀杏を拾う。
その手に、祐巳の手が重なる。
そして。
「分かっていないよね」
「分かって――」
顔を上げた祐麒の唇は、祐巳の唇で塞がれた。
驚きで頭の中が真っ白になる。
「……ん……」
祐巳の甘い鼻息がかかる。
くちゅ、と唇から湿った音がする。
痺れるような、とろけるような、甘美な快感が祐麒を襲う。
手が自然と動き、祐巳の胸に触れる。
服の上から、小さな膨らみの感触を確かめるようにしてそっと握る。
「……っ!」
手の甲を、つねられた。
唇が離れる。
「……調子に乗りすぎ」
「だ、だって、お前」
文句は、またしても唇で塞がれた。
だけど、今度はすぐに離れる。
「――ちょ、ど、どういう」
「だから、『ごっこ』はもう終わり。これから先は――ね?」
僅かに頬を赤くしながら、悪戯っぽい表情を見せる祐巳。
「そ、それって」
「祐巳ちゃん、大丈夫なの?」
「ほら、怪しまれちゃう。うん、大丈夫、思ったよりも銀杏が散らばっちゃって」
立ち上がり、母親に心配ないとアピールする祐巳。
するとしゃがみ込んでいる祐麒は見上げる格好となり、祐麒にお尻を突き出す格好になった祐巳の短いスカートの下のパンツがまた見える。
「ほらー、祐麒もいい加減に立って」
「い、いや、今は、ちょっと」
「なんで立てないの?」
「いや、立ってはいるんだけど……ま、まだ銀杏が」
「全部拾ったってば、ほら」
祐巳に手を握って無理矢理に立たされるが、祐麒はへっぴり腰のままだ。
「? なんなのよ」
「気にしないでくれ……そ、それより、さっきの『ごっこ』は終わりって」
「なに、まだ『ごっこ』の方が良いの?」
祐巳に問われ、祐麒は慌てて首を振る。
「だから、そういうこと」
料理を再開しながら、祐巳は言う。
これは本当のことか、信じられない思いでいる祐麒。
そんな祐麒にちらりと顔を向け、手で口もとを隠しつつ祐巳は小さな声で言う。
「……でもさ、お母さんたちに見つからないように、って考えると、ちょっとドキドキするよね?」
上目遣いで、小悪魔のような笑み。
だけど、ほんのりと恥ずかしそうに頬はちょっと桜色。
「ゆ、祐巳、俺」
「だーかーらー、調子に乗るな、って言ったでしょう?」
詰め寄ろうとする祐麒のわき腹を手刀で突く祐巳。
わき腹を手でおさえつつ、祐巳の言葉を頭の中で反芻する。
即ち、見つからないようにすれば良い、ということか。
「さ、料理の続き」
「あ、うん」
祐巳言われて食材に向かうが集中などできようもない。
これからどのような生活となるのか、足元がふわふわと覚束ない祐麒。
「こら祐麒、ぼさっとしない!」
「お、おうっ」
とりあえず、尻には敷かれそうだが、先ほど目に飛び込んできたパンツに包まれたお尻を思い浮かべ、祐巳の尻ならいくらでもOKだと思うのであった。
おしまい