11月12日
新潟での戦いを終えて帰還したその日、結局はヴァルキリーズの面々(乃梨子を除く)と夜遅くまでのどんちゃん騒ぎに巻き込まれた、というか晴子に祷子と麻倉のことをネタにからかわれ、無駄に絡まれ(主に水月に)、酷い目にあった。夕呼が差し入れてくれたとっておきのお酒も入り、決して酒に強くない祐麒は途中からの記憶が無かったが、どうやら自室のベッドまでは戻れたようで、今は毛布にくるまっている。
アルコールが残っているせいか頭が重くて痛みもあるが、気分が悪いほどではない。むしろ、温かな毛布に包まれて心地よいというか、こんなにあたたかくて柔らかくてもっちりとした毛布などこの基地にあっただろうかと疑問に感じる。
"――むにゅっ"
「…………あンっ」
手の平に伝わってきたマシュマロのような感触、そして小さいが悩ましげな声を耳にしてようやく、なんかヤバい状況らしいことに気が付いてきた。
そうして少し落ち着いてきた脳みそで考えてみれば、この心地よさは女体の肌触りというか、直接的な表現をするならば女性の乳房が押し付けられているということではないだろうかと推察する。
即ち、昨夜酔った勢いで誰かを部屋に連れ込んで、そういう展開に持っていってしまったのではないだろうか。由乃と令のことがあるとはいえ、祐麒とて若く健康的な男子であり、酒が入って勝利に浮かれた戦乙女たちに囲まれた状況、諸々のことを考えれば決して不思議なことではないが、自分はそんなに軽い男だっただろうか。
「……は……ぁ……」
吐息が胸板に吹きかけられ、ぞくぞくする。
とりあえず、この状況をどうにかしなければならないと体を動かしたところ、相手を起こしてしまったようで、肌を密着させていた女性が顔を上げてぼんやりとした瞳で祐麒を見つめてきた。
「…………え、っ、うえええええええええっ!?」
「ん~~~っ、何よもう、うるさいわねぇ大きな声で……」
もそもそと毛布の中で身を動かし、乱れた髪の毛をかきあげた下に現れたのは、眠たそうな江利子の顔だった。
更に身を起こすと、ブラウスの下が裸ということに気が付き目を背ける。いや、見る限りパンツは履いているようなので、昨夜に二人の間で何か過ちがあったと決めつけるのは早計だ。
「な、な、なんで江利子先生が俺のベッドに一緒にいるんですか!?」
「なんでって……あら、覚えていないの? あんなに激しく愛し合ったのに」
上半身を起こした江利子が艶めかしく髪の毛をかきあげ、独特の愁いを帯びた目つきで見つめてくる。ボタンの外れたブラウスの下では豊満な乳房が揺れ、大胆なショーツから伸びる太ももがまた言葉にならないほど色気を放っている。
「いや、嘘ですそれは。さすがにそんなことしたら、覚えています」
「――何よ、もうちょっと慌ててくれないとつまらないじゃない」
肩をすくめる江利子だったが、どうやら本当に何もなかったようで内心でほっと安堵する祐麒。
「あ、でも、なんなら今からでも、しちゃう? 私は構わないけれど」
しかし、江利子が祐麒の脚の上に跨り、その細い指を胸板に這わせながら顔を近づけてくると、安堵感も一気に吹き飛ぶ。ヴァルキリーズの女性陣にはない、退廃的で濃密な色香と性的な匂いを放つ江利子の誘惑を振り切るには、強靭な精神が必要だった。
「――――何を、するんですか?」
と、そこで不意に横から声をかけられた。
目をむけると。
「え……あ、か、霞ちゃん!?」
ウサ耳をつけた少女がベッドの脇にいつの間にか立っていて、軽く首を傾げて祐麒と江利子のことを見つめている。
「仲間外れは嫌です……私も、一緒に遊びたいです」
「あら、霞ちゃんったら幼い顔して意外と大胆なのね。いいわよ、それじゃあ一緒に、三人で楽しいこと」
「だああああああっ!! 江利子先生、なんてこと言うんですかっ!? 霞ちゃん、この人の言うこと聞いちゃだめだからねっ」
江利子の体を跳ねのけ、ベッドから飛び降りて霞の細い肩をつかんで首を振る。
「はい…………あ」
「ど、どうかした、霞ちゃん」
悲しそうな表情をする霞に、やはり何か悪い影響が出てしまったのかと心配する祐麒であったが。
「……私が起こす前に、起きちゃいました…………」
「あ、ああ……」
とりあえず、BETAの侵攻を防ぎ平和な朝が訪れたことに間違いはなかった。
☆
ノックをして中からの応答を受けて指令室に入ると、ちょうど振り返った伊隅みちると目があった。
「あれ、伊隅大尉……ああ、報告ですよね」
部隊長であるみちるが報告のため指令室にいることは不思議でもなんでもない。頷き、無言で出て行くみちるとすれ違いに夕呼の前に立つ。室内には他にピアティフの姿があったが、夕呼は端末に向かっていて祐麒のことなど構おうとしない。これは、まだ他に誰か来るのだろうと思っていると、扉が開いて武が入って来た。
「ちぃ~~っす、と」
「白銀、あんたノックくらいしなさいよ」
「サーセン……と、さすがだな、祐麒」
「任せとけって」
歩いてくる武が拳を突き出してきたので、祐麒も拳を出してぶつけ、応える。
さらに続いて扉が開いて江利子が入ってくると、ようやく夕呼が椅子をくるりと回転させて皆の方を向いた。
「ようやく来たわね」
真面目な表情、真面目な口調の夕呼に、室内の空気がピリッと引き締まる。
「――鳥居」
「はい」
「どうだった?」
「はい、さすがといったところで、耐久力、回復力、質も量も素晴らしいと思いました。ただ、弱点がないわけではありません」
何かの報告をしているようだが、具体的には分からず武の方を見るが、同じような表情をして見返された。ピアティフに目をむけても、良くわかっていない様子。
「ふぅん、随分と具合が良かったみたいね。満足できた?」
「はい……これでもう、私の身体はアレの虜……」
ぽ、と頬を赤らめて恥じらいを見せる江利子に、なんだか不穏なものを感じる。
「ちょっと夕呼先生、何の話なんスか?」
たまりかねたのか、武が質問を発すると。
「ああ、昨日の夜、鳥居に福沢のところ夜這いにいかせたのよ。その結果を聞いたわけだけれど、なかなか良かったみたいね?」
ニヤリと笑う夕呼に対し。
「はっ? じゃあ江利子先生がベッドにいたのって、香月博士の差し金……」
「え、マジ? 祐麒と鳥居博士ってそういう関係……」
武がまじまじと見つめてきて、ピアティフが恥ずかしそうに目をそらした。
「差し金って、昨日の活躍に対する慰労とご褒美を兼ねてよ。それに、鳥居に無理矢理行かせたわけじゃないわよ、むしろ鳥居が自ら進んで」
「ええ。なぜか彼には惹かれるものがありまして」
「いやいやちょっと待ってください! 武、ピアティフ中尉、誤解ですから、確かに朝起きて気が付いたら江利子先生がいて驚きましたけれど、その、ヤッてはいないですからね!? 俺は疲れて寝ちゃっていたし、それは江利子先生も認めましたよね」
「そうね……でも、寝ている間にも出来ることはあるのよ? 労ってあげたり、癒してあげたり、採取したり……」
「最後のおかしいですよね!? 何を採取するっていうんですか!?」
「別にそこまで恥ずかしがる必要もないでしょう、あ、それとも何、本気で好きな女でもいるんだっけ」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
そう、別に女を抱くくらいで罪に問われることなどない。互いが合意できているのであれば、今の世の中では数少なくなってきている若い男だ、複数の女と関係を持ったところで一方的に非難されることはないのだが。
「と、とにかく、その話はいいでしょう。俺たちを集めた用事を済ませましょう」
「――――ま、いいわ。アンタ達を呼んだ理由なんて一つに決まっているでしょう、昨日のことよ」
そう言って夕呼がピアティフに視線を向けると、書類を抱えたピアティフが歩いてきてテーブルの上に置く。
読めということと受け取って手をのばすと、横から武もまた書類をつまんで目を落とす。昨日の新潟での戦いにおける報告書、そこには事実のみが記載されており、特に祐麒の認識と異なることはない。
しばらく捲って読み進めていくと、やがて他舞台からA-01部隊に対する評が出てきて読んでみると、そこには不知火の機動に対する疑問や質問、そして操縦していた衛士の情報を求めるもの、ログを求めるものなどが数多く記されていた。
「うーん、今回は新OSじゃないから、そんな目立つことはしていないと思うんだけどな」
「それでも、古い連中からしたら驚くようなことだったのよ。光線級が沢山いる中で飛び回り、レーザーを避け、従来の考えを覆す機動を見せたから」
「今回でそう思うなら、新OSの時が楽しみですね」
「気楽に言うわね。お蔭で今日……いいえ、既に昨日から色々と対応してんのよ?」
「対応……というと、ネズミでも出ましたか」
「そ。ま、予想していたから対応済ではあるけれど」
不知火に何か秘密があるのではないかと、帝国軍のスパイが侵入でもしてきているのか、あるいはもしかしたら米国やソ連あたりも手を伸ばしてきているのか。その辺も考えて、あえて今回は新OSを搭載しなかったのかもしれない。
「でも、旧OSでもこれだけの戦果を出すとはさすが、というかあたしが考えていたよりも良くやってくれたわ。正直な話、さすがに一人か二人は死ぬかと思っていたけれど」
「――夕呼先生!?」
反応したのは、祐麒よりも武の方が先だった。
「もちろん、あたしだって死なせるつもりで出撃させたわけじゃない。でも、そんな甘いものじゃないってことは分かっているでしょう、白銀?」
「そりゃ……分かってますけど」
「今回は生きて帰ったんだからいいじゃない。それよりもアンタは、今の訓練生が死なないようにするのが重要なんでしょ。A-01は福沢に任せときなさい、207Bの連中は次がラストチャンスよ」
「え……てことは」
夕呼、そして武を順に見る。
「207B分隊は明日から3日間の総合戦技演習、無事に卒業したら月末には新OSのプロモーション、トライアルを行うわよ」
その一言に、祐麒も武も身が引き締まる。
随分と早くなっていることは確かだが、クリスマスまでにオルタネイティヴ4を成功させるためには決して早すぎるということはない。
「あたしとまりも、白銀は明日から留守にするから、今日の内に現状の新OSの状況確認と改善点の確認を行い、必要があれば昨日の実戦のログも反映、あたし達が帰ってくるまでの間に完成させておくのよ」
最後の一言は江利子に向けられている。
「問題ありません。霞とも仲良くなりましたし……ね?」
「さ、報告を済ませちゃいましょう」
ウィンクをしてくる江利子に対し、祐麒はあえてスルーすることで応じる。下手に反応するから、面白がってからかわれてしまうのだ。
「何よ、つまんないわね」
不満げな江利子ではあったが、仕事に入れば真剣であり有能なことは分かっている。サポートしてくれるピアティフも、決して自ら前に出ようとするタイプではないが、逆にさりげなくフォローしてくれるし、先を読んで動くからスムーズに進んでストレスが溜まらない。
最初の戦いをA-01に犠牲者を出すことなく終えられたこともあり、祐麒は気分よく戦闘後の面倒な手続きを終わらせることが出来た。
報告を済ませた祐麒は、ブラブラと基地の中を歩いていた。今日は休暇を与えられていたのだが特にすることもなく、だからといって訓練するという気にもなれない。さすがに戦った翌日であり、余裕があるのだからリフレッシュに努めたい。オンオフの切り替えをきっちり行って戦いに向けてベストコンディションを維持する、これだって衛士に求められる重要な様相である。
「柏木さん誘ってまたバスケでもしようか……うーん、でも柏木さんも今日は休みだよな。昨日の疲れも残っているだろうし」
「――あ、あのっ。福沢大尉」
「え? あ、ああ、麻倉さん。どうしたの」
後ろから声をかけてきたのは麻倉一帆だった。Tシャツの上にジャケットを羽織った基地内ではおなじみの格好だが、一帆の場合はまだ板についていない感じがする。
「昨日のこと、改めてお礼を言いたくて」
「お礼って、そんなこといいって。仲間なんだから、助け合うのは当然のこと。俺だって色々な人に助けられてここまでやってきているんだし」
「でも私、福沢大尉がいなかったらきっと」
「その時は、伊隅大尉や速瀬中尉達が助けてくれる。昨日はたまたま俺だっただけ」
気分を軽くしてやろうと、意識的に明るく気楽な感じで言う祐麒だったが、一帆は真剣な表情を崩さない。
「私……自分があんなに緊張するなんて思わなくて」
おそらくこれは、自戒なのだろう。誰かに思いを話すことで楽になれることは確かにあるわけで、それならば聞いてやろうと思った。
「最初は誰だってそうだよ、恥ずかしがることじゃないから」
「私、初めてで緊張して思っていたように動けなくて……でも、福沢大尉が上手くリードしてくれて」
「俺はちょっと手助けしただけ。麻倉さんが上手だったんだよ」
「怖かったんです。だって、あんなに大きくて、硬そうで、こんなの私どうしたら良いんだろうって」
「本物を見たのは初めてだもんね。驚いちゃったか」
「はい……気が付いたら突っ込まれていて、周りには血も流れていて、もう、私」
その時のことを思いだしているのだろう、一帆の身体が小刻みに震えている。
「でも……そうしたら、福沢大尉がすぐ目の前で、優しくリードして下さって。それで私、ようやく落ち着いて上手く動けるようになって……あ、あの後は私、比較的上手くできたと思うんですけど、どうでした?」
「うん、動きも良くなって、凄く良かったよ麻倉さん」
「はいっ。上手くできるようになって……最後の方はちょっとだけ、なんだか気持ちよくなっちゃいました……なんて言ったら、恥ずかしいですよね」
「まあ、興奮しすぎなければ大丈夫。ああいいう時には必然的にアドレナリンも発せられるしね」
戦いに酔うということはありがちだ。頭の中では冷静さを保ちつつ、適度に興奮しているくらいならば問題はない。一帆ならば、間違って殺戮に酔うなんてことはないだろうし。
「それであの、福沢大尉」
「あーそうそう、前にも言ったけれど、普段はそんなかしこまらないでいいから。福沢、とか呼び捨てで構わないからさ、同い年なんだし」
「えっ……と、じゃ、じゃあ、私のことも」
「ん?」
「……か、風間少尉みたいに……『一帆ちゃん』って呼んでほしいです」
頬を僅かに赤らめて俯きながら言う一帆。
「え……あ、麻倉さ」
「あぁぁさくらぁあああ~~~っ!!」
とそこで、それまでの空気をぶち壊す大声で横から乱入してきたのは水月だった。突撃してきて一帆の胸倉をつかみ、怪力にものをいわせて頭を激しく揺すりながら口を開く。
「さ、さっきから聞いていれば、白昼堂々と『大きくて硬くて凄い』だの、『上手く動けるようになった』だの、『最後は気持ちよくなっちゃった』だの、え、え、エロいことを話してんのよっ!?」
「は、はぁっ!? あの、速瀬中尉」
「そりゃ、べ、別に本人同士が合意してんならとやかく言うことじゃないかもしれないけれど、だからって隊の風紀ってものがあるわけで。福沢、アンタもよっ!」
よくわからないが、どうや水月が激しく誤解をしているらしきことだけは分かった。
「水月、野暮ってものでしょ」
後からやってきた遥が水月の肩に手を置き、一帆から引き離してくれた。
「それじゃあ福沢くん、麻倉さん、今日は休みだしお二人ごゆっくりどうぞ~」
「あ、あたしは、隊の風紀をね、こら遥っ、アイツは大体、風間や柏木も」
「じゃあね~」
まだ喚いている水月を引きずるようにして去っていく遥。
祐麒は一帆と顔を見合わせる。
「……なんだったんでしょうか?」
「さあ?」
首を傾げるしかない二人だった。
一方その頃、基地内の別の場所では。
「……この機体を操縦している衛士は誰だ?」
「福沢祐麒大尉なる者です」
「福沢……」
鮮やかな紅色の装束を身にまとったその人物は、表情一つ動かすわけでもなくただ鋭い視線でモニター上に映る不知火の姿を追いかけていた。
次に続く