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【マリみてSS(加東景)】加東景の阿鼻叫喚

更新日:

~ 加東景の阿鼻叫喚 ~

 

 とある休日、加東景の自室にはなぜか水野蓉子さんの姿があった。
 ちゃぶ台をはさみ、お互いに正座で向かい合っている。無言でたたずみ、ときおりお茶を口にするだけで、ただ心地悪い沈黙の時が流れていく。
 蓉子さんは時折、何か言おうかと口を開きかける素振りを見せるものの、結局、何も言わないまま時間だけが過ぎていく。言うべきか言わないべきか迷っているようで、どこか思いつめた表情をしている。

 景は嫌な予感を抱いていた。

 ……まあ、この期に及んで良いことなどあろうはずもないが。
 半ば達観した気持ちで、そわそわとどこか落ち着かない様子の蓉子さんを見る。
 もういい加減、疲れてきた。自分から危険物に手を触れたくはなかったが、かといっていつまでも膠着状態を続けているわけにもいかない。
 根負けして景から話しかけようとした直前、蓉子さんが意を決したように正面から景をじっと見つめて口を開いた。
「―――景さん、私、今日は友達の家に泊まってくるって言ってあるの」
「ぶっ!!」
 思わず噴き出した。
 勢いで唾が蓉子さんの顔にかかったが、蓉子さんは気にした様子もなく言葉を続けた。
「だから、その、今日は私……何されても逃げないから。ちゃんと、その、覚悟というかしてきたから」
 覚悟って、なんの覚悟だ?!
 何されてもって、何をされると思っているのか?!
 蓉子さんは一人、羞恥で肌を朱に染めながら、一世一代の告白とでもいうような雰囲気で景に告げてきたが、景はといえば口からエクトプラズムを吐き出しながら目の前のボケ薔薇さまの戯言を聞き流していた。
「だから景さん……今日こそ最後まで!」
 最後ってどこが最後だ?で、始まりはどこにあるんでしょうか?
 蓉子さんはちゃぶ台を回り込み、景の隣に擦り寄ってこようとする。
 ああ、逃げたい。気分はもう大脱走。めちゃ格好いいよスティーブ・マックィーン。スティーブばりにバイクに乗っていざグレイトエスケイプだよ。
「蓉子さん、お、落ち着いて……あ」
 押し返そうと手を出したら、思いっきり蓉子さんの胸の双丘を掴んでしまった。うう、いつ触っても心地よい柔らかさと弾力……ではなくて。
「景さん、積極的……」
「ちち違ーーーーーーうっ!」
「そんな、今さら恥ずかしがらなくても」
 誰でもいいから助けてくれ。心の奥底から沈痛なる願いを発信する。
 すると、その願いが果たして届いたのか、来客を告げるノックの音が入り口の扉から聞こえてきた。
 これ幸いと立ち上がり、蓉子さんから離れる。もうこの際、新聞の勧誘だろうが宗教だろうが大歓迎だった。
「――――――ちっ」
 後ろからの舌打ちは聞かなかったことにしよう。
「はい、どちら様でしょうか?」
 ドアを開けるとそこには、髪の毛を左右で結わいた可愛らしい女の子の姿があった。
「ごきげんよう、景さま」
「あら、祐巳ちゃん」
 よくよく考えれば、新聞の勧誘や宗教が景の部屋までくるわけがない。
「あの、ひょっとして取り込み中でしたか?」
「いえいえとんでもない、さあさあ中へどうぞ」
 ここで帰すわけにはいかない。景は祐巳ちゃんの背を押すようにして室内に招き入れた。いくらなんでもこの祐巳ちゃんのいる前では蓉子さんも変な真似はするまい。仮にも元紅薔薇さま、リリアンの言葉を借りて言うならば、確かそう、祐巳ちゃんは蓉子さんの『孫』にあたるはずなのだから。
「あれっ、蓉子さま?」
「あら、祐巳ちゃん?」
 二人は顔を見合わせて驚いていた。
「どうして蓉子さまがこちらに?景さまとお知り合いだったんですか?」
「ええ、お知り合いというか、そうね、最も近しい仲とでもいいましょうか」
 ちょっと待った水野蓉子、なんてゆう危険なことを口走るのか。
「祐巳ちゃんこそ、景さんと知り合いだったの?」
「はい、実は前に…………そうそう、景さま。これ、返しに来たんです」
 言いながら、祐巳ちゃんがバッグから取り出したものは……なんでしょうか。見覚えがあるようなないような。
「前に借りた、景さまのぱんつです」
「ぶほっ?!」
「な、ぱ、ぱんつ?!」
 いきなり何を言い出す祐巳ちゃん?!
 そして何を赤面して色めき立つのか水野蓉子?!
「どどどどど、どうして祐巳ちゃんが、けけ景さんの、ぱ、ぱんつを?」
「ええとそうか、あれよね。あの日の……」
 初めて祐巳ちゃんと会った日。祐巳ちゃんが雨でびしょ濡れになっているのをそのままにしておけず、佐藤さんとともに景の部屋まで連れてきたあの日の……でも、それについてはもう返してもらったはずだったけれど。
「……はい、あの日、私がしとどに濡れそぼってしまいどうしようもなくなって、景さまから借りたものです。私、あのときの温もり、決して忘れません……景さまの脱ぎたてほかほかぱんつの温もり」
「ぬっ、脱ぎたて?!」
「は、はい。……あ、でもほかほかでしたけれど、ちょっとだけ、しっとりもしていたかも……」
 ちょっと待てーーーーーーーーーーーーーーっ?!
 祐巳ちゃん、あなたは一体何を言っているの?
 止めなければと思いながら、まさか純真そうな祐巳ちゃんからそのようなことを言われるとは予想もしておらず、ただ大口を開けて呆然としていることしかできなかった。
「シャワーを浴びて体を温めたときも、景さまは自らの手で、指で、私を綺麗にしてくれました。私が逃れようとしても、『ヤリたいの、ヤラせて』って……でも、そんなちょっと強引な景さまに、私は身を委ねるしかありませんでした」
 いや、景がしたことといえば、シャワーで濡れた祐巳ちゃんの髪の毛を乾かして整えてあげただけですけれども?聞いていると、物凄くイヤラシくて猥褻で淫靡なことを景が祐巳ちゃんにしたようにしか思えないんですけど。
「はい、景さま、こちらお借りしていたぱんつです。愛称『ほかぱん』です。長い間、ありがとうございました。色々とお世話になっちゃいました、てへっ」
「…………」
「景さま?あ、まさか私、間違えちゃいました?!」
「い、いえ、た、確かにこれは私の下着だけど……」
 見ると、見覚えのある柄に色。景のお気に入りの一枚で、しばらく前から見かけなくて、どこで失くしたかと思っていたのだが、まさかそんなことになっていようとは。というか祐巳ちゃん、いつの間に人の下着を持って行ったの?!そして景のパンツで、一体、何をお世話になっていたというのか?!
「けっ、けけけけけ景さんっ、どういうことなの、これは?」
「や、蓉子さん、私にも何がなんだか……」
「ゆ、祐巳ちゃんにだけずるいわ。私にもください。むしろ今履いているやつ脱いでくださいっ」
「なんじゃそりゃーーーーーっ!!」
 とか叫んでいる間に蓉子さんは景に飛びついてきた。そして、ジーンズに手をかけずり降ろそうとしてくる。
 降ろされまいと必死に抵抗しているところに。
「ずるいです、蓉子さま。じゃあ私は今度は上の方を……」
 とか言いながら祐巳ちゃんが、背後から景のシャツの中に手を突っ込んできた。
「祐巳ちゃんはもういいでしょう?それに、祐巳ちゃんには大きすぎてサイズあわないわよ」
「それでもいいんです、景さまの温もりさえあれば」
「よくないっての!放しなさい、この、色ボケ紅薔薇コンビ!」
 抵抗しても悲しいかな二人がかり、ジーンズのジッパーは下ろされ太もものあたりまで脱がされかけている。
「景さん、イ、イエロー」
「言わんでいいっ!ええい、いい加減に目を覚ましなさい!」
 このままでは貞操の危機(?)と感じ、景はさらに力を入れて暴れた。下半身にしがみついている蓉子さんを引っぺがして転がし、体を揺すって背中に張り付いている祐巳ちゃんを振り落とすと二人は重なり合うようにして床に倒れた。
景はそんな二人が起き上がれないように体を押さえつけようとした。
 するとその時、背後で部屋の扉が突然、開いた。
「ちょっと景さん、随分と騒がしいけれども、一体何を……して……」
「ゆっ、弓子さんっ?!」
「こ、これは……景さん、昼間からなんて破廉恥な……」
「ちちちち、違うんです弓子さん!」
「何が違うというんですか、こんな、可愛らしい女の子二人を抱き合わせて、さらに上からのしかかろうとして―――」
 いや、確かに景ともつれあっているうちに、いつの間にか蓉子さんも祐巳ちゃんも服が乱れ、肩がむき出しになっていたり胸元が露出していたり、スカートがめくれあがって太ももがあらわになっていたり、シャツがまくれておへそとかが見えたりしていて、そんな格好で仰向けの蓉子さんの上に祐巳ちゃんが抱きついている状態になっていて。
 さらにその二人を上からおさえるような形で景がのしかかっていて、しかもその景ときたらシャツのボタンは外されて前がはだけ、ジーンズが膝まで落ちて、ぱんつ丸出しの姿なのだから、そんな風に見えてしまうのかもしれないけれど、間違いなくこれは誤解なのだ。
「ご、ごめんなさいっ」
「し、失礼しますっ」
 どうしようもないシーンを弓子さんに見られた蓉子さんと祐巳ちゃんは、さすがに気まずさを感じたのか、服装の乱れを直すのも適当に、そそくさと部屋を出て行った。
「ほ、本当に違うんですよ、弓子さんっ」
 こんなことで追い出されでもしたら洒落にならない。景は露出した肌を隠しつつも必死に訴えかけた。
 すると。
「はぁ……私ももう一回り若ければ……」
 頬に手を当てて、憂いを秘めたため息をつく弓子さん。
 もう一回り若かったら、なんなんでしょうか。
「弓子、さん?」
「あら、なんでもないのよ、おほほ。そうそう景さん、随分と大変な状況のようだけれども、悩みがあったらいつでも相談してね。私の身も心も貴女を受け止める準備はできているから、いつでもいらっしゃい。ふふ」
「ゆゆゆゆゆゆゆゆゆ、弓子、さんっ?!」
「うふふ、どうしたの震えちゃって。そんな格好で寒いのかしら?そうね、私が温めてあげましょうか……お布団の中で」
 あくまでも上品に微笑む弓子さんだけれど。

 ブルータスおまえもかあぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ?!

 恥ずかしい格好のまま、景は力を失ってその場に突っ伏した。

 

 加東景に安息の日は訪れない。

 

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