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ノーマルCP マリア様がみてる 三奈子

【マリみてSS(三奈子×祐麒)】オレンジ・ミステリー その3

更新日:

 

~ オレンジ・ミステリー その3 ~
<番外編:絆ちゃんの時間旅行!>

 

 

 さてさて、絆ちゃんのタイムトラベル第三回目の始まりです!

 なんて言いたくなってしまうほどに私は困惑していた。
 なぜかって?

 なぜならそれは……
「お待たせ絆ちゃん、ここが私の家だよ」
 目の前で笑っているのは、若かりしお母さん。
 そして連れてこられたのはお母さんの実家。うん、知っている。お父さんの実家程じゃないけれど、お母さんの実家にもちょくちょく行っていたから。場所は同じだけれど、外見が違っているのは、これから何年か後にリフォームするからなんだよね。
 で、どうしてお母さんの実家に私が一緒に来ているかというと、流れでそうなったとしか言いようがない。
 落としたお金を拾ってもらったことで今のお母さんと知り合い、同じバスに乗ってなんとなく話をしているうちに、うっかり今日帰る場所がないことをこぼしてしまった。
「うーん、何々、もしかしてお母さんと喧嘩しちゃったとか?」
 真面目に訊いてくるお母さん。いやー、お母さんの口にしたお母さんというのは今目の前にいるんだけどね。ただ、私自身も適当な言い訳が思いつかずに口ごもっていると、どうやら勝手にそのようなことだと納得したみたい。
 それはいいのだが、何を考えたのかお母さん、
「それだったら、とりあえずウチに遊びに来る?」
 なんて気軽に提案してきたのだ。
 呆れつつも、私は他に選択肢も特に保有していなかったので、こうしてついてきた。
 いや、実のところ他にも理由がある。それは――

 最初に若いお母さんを見た時、間違いなくお母さんだと思った。若くしたらこうなるだろうなって、思った通りの姿をしていたから。
 同時に、本当にお母さんだろうかとも思った。
 だって、なんか違うのだ。いや、そりゃあ私が知っているお母さんと根本的に歳が違うわけで当たり前なんだけど、そうではなく。
 お母さんは、美人だ。性格や言動が色々とアレな人ではあるけれど、間違いなく美人だと思う。それは、先ほど会った山百合会のメンバーと比べてみても同様のことが言える。
 祐巳ちゃん、由乃さん、志摩子さん、祥子さん、その辺のメンバーと比べてみても、負けずとも劣らないと思っている。贔屓目なしで。
 ところが今、目の前にいるお母さんは、確かに綺麗だとは思うけれどなんか物足りない。少なくとも、今日会った山百合会のメンバーの中に入ると埋もれてしまう。
 単なる気のせい、時代や年齢の違いだろうけれど、なんとなく気になってそのままついてきてしまったのだ。
「おかえりなさい三奈子……って、あらお友達?」
「うん、今日お泊まりしていくからよろしくね」
「また急にそんな……」
「す、すみません突然お邪魔して」
 困っているお祖母ちゃんに向かって私はぺこりと頭を下げる。うーん、やっぱりお祖母ちゃんも若い。さすがお祖母ちゃん、ということで私には甘くて優しいので好きだ。
「いいのよ、遠慮しないでゆっくりして……へぇ、絆ちゃんっていうの、可愛い名前ねぇ」
「ど、どうも」
「こっちこっち、絆ちゃん」
 案内されて二階へと上がる。
「ここが、私の部屋。遠慮しないで入ってー」
「お邪魔します……って、うあっ!?」
 扉の開かれた室内に一歩足を入れて、立ちすくむ。なぜならそこはまさに人外魔境。
 しまわれることなく散らかったままの洋服、下着類が恥ずかしげもなく見え、雑誌は各所に積み重ねられながら所々で雪崩を起こし、お菓子や飲み物の入れ物があちらこちらに置かれている。
「ちょっと散らかっていてごめんねー、でも大丈夫、生ごみとかそういうのはないから、適当にどかして座って頂戴」
 予想していたよりも幾分かマシだったので驚いた。
 何せお母さんときたら、お父さんが高校時代のお友達と旅行に行ってしまった時、ほんの二泊三日だというのに、その間で部屋は酷いことになっていたのだから。そう、今目の前に展開されている部屋の二倍くらいは散らかっていた。やはり、ビールの空き缶やお酒のつまみなどが酷さを倍増して見せていたのであろう。
 お母さんは洗濯はやるし、お料理もまあなんとかできるけれど、壊滅的に掃除が出来ない人なんだよね。お父さんの苦労が忍ばれるけれど、でも、「いつもため息ついていたけれど、祐麒くんてば掃除しながら私の下着とか見るの楽しみにしているんだからねっ」なんて嬉しそうにお母さんに暴露されて、ちょっとばかりお父さんに失望した。
「とりあえず、制服だと窮屈だし着替えちゃおうか。あ、私の服でいいよね?」
「あ、お構いなく」
「いーからいーから、綺麗な制服が皺になっちゃうよ」
 有無を言わさず、適当に部屋着を選んで私に押し付けてくるお母さん。まあ、確かにいつまでも制服というのも堅苦しいので、ありがたく私も着替えることにした。
「…………はぅあっ!?」
「ん? どうしたの、変な声出して」
「い、いえ別に……」
 堂々と着替えるお母さんの下着姿は、分かっていたけれど私に衝撃を与える。そうかあ、もうこの頃からナイスバディなんですねお母さん……私が成長する可能性は果たして残されているのだろうかと、がっくり項垂れる。

 着替えた後はお母さんとお喋り――相変わらずよく喋るなこのヒト。この時代の流行なんて良く分からないので、適当に相槌を返して誤魔化していたけれど、お母さんは自分が喋ることに夢中であまり気にしていないみたい。お母さんは私の時代でも確かによく喋るけれど、私達家族と話すときはちゃんと私たちの反応も気にしているから、この辺はやはり家族と友達(?)の違いなのかもしれない。
 夜になってお祖母ちゃんの料理をいただき(今より味付けが少し濃いめだ!)、仕事から帰ってきたお祖父ちゃんとも挨拶して(今より髪の毛がふさふさだ!)、お風呂をいただいて(途中でお母さんが入ってきてまたしてもショックを受けた!)、今はお母さんの部屋のベッドの上でゴロゴロしている。
 さすがに部屋も少しは片づけられて、どうにか落ち着いている(見かねたお祖母ちゃんが片づけてくれたようだ)
 そうして就寝しようかという頃になり、一緒に寝ようという母に対し私は一応遠慮する。
「あの……私は別に床で構いませんけれど」
「そんなつれないこと言わないで、添い寝してよー。ほれほれ、近う寄れ」
「…………はぁ」
 母のノリに抵抗しても無駄であることは分かっているので、仕方なく同じベッドの上で隣に並んで横になる。
「あの、先輩」
「ん?」
 ちなみにお母さんのことを呼ぶのに、まさか「お母さん」とは呼べないし、だからといって「築山さん」、「三奈子さん」なんてのも照れくさいやら呼びづらいやらなので、苦慮の結果単に「先輩」と呼ぶことにしたのだ。
「なんで、私みたいな初対面でどこの馬の骨とも知らない人を簡単に信用して、あまつさえ家に呼んで泊めてくれたりするんですか?」
 これは純粋な疑問。まあ、お母さんのことだから……
「ん~、なんかね、不思議と他人のような気がしなかったのよね。昔から知っている仲の良い友達みたいな気がして」
 と、予想通りの回答。
 お母さんは仰向けの体勢から体を横向きにして私のことを見つめてきた。といっても既に明かりは消しているから、表情はぼんやりとしか分からないけれど。
「ねえねえ、絆ちゃんは今、付き合っている人とかいるの?」
「な、なんですか、いきなりっ?」
「何って、ガールズトークの定番じゃない」
「そ、そうかもしれませんけど」
 大体、お母さんとガールズトークなんてと思ったけれど、よくよく考えれば家でもお母さんとはそういう話をするような気がする。若いというか、精神年齢が幼いのだ。
「そんな人がいたら、泊まる場所に苦労しません」
「それはそうか、あはは」
「むっ。そういう先輩はどうなんですか?」
 お、これは自然な形でお母さんに肝心なことを質問することが出来た。既にお父さんとは知り合っているはずだけど、現時点で果たしてどのような関係なのか。なんなら、二人の仲を邪魔して……って、それじゃあ私が生まれてこなくなっちゃうし! ああ、なんというジレンマ。
「私はねぇ……えへへ、まあ、いるかな~?」
「どんな人……なんですか?」
「どんな、かぁ。うーん、小動物系?」
「はぁ」
 いやまあ、言いたいことは分かるけれど。
「どうやって知り合ったんですか?」
「えー、聞きたい? 聞きたい?」
「そ、そりゃあ、気になりますし」
「そうかぁ、じゃあ、話しちゃおうかな。実は、まだ誰にも話したことないんだけどね、祐麒くんのこと。なんでかな、絆ちゃんには話してもいいって気になるんだよね」
「祐麒くん、っていうのがお相手ですね」
「うん、そう。祐麒くんと会ったのはねぇ……」
 楽しそうに話してくるお母さん。
 なれ初めというか、その辺の話は聞いたことがあるけれど、改めて聞いてみると随分と印象が異なる。
 私が前に聞いたのは、既にお父さんとお母さんの間で何年も一緒にいる時間を積み重ねた中での話だけど、今のお母さんはまだお父さんとそれほどの時間を過ごしていない。出会ったのも最近のこと。だからだろうか、話す一つ一つの内容がずっと濃くて、前に聞いた以上に楽しそうで、恋する乙女という感じがこれでもかというくらいに出ていた。
 そんなお母さんに、悔しいと思いつつも羨ましいと思う自分もいる。いつか私も、お母さんみたいな素敵な恋が出来るのだろうか……

「――――でね、でねっ」
「ああもうっ、一体何時まで話す気なんですかっ!?」

 

 翌朝、食事をいただいて築山家を出る。
 さすがにもう一泊なんてわけにはいかないから、今度こそは祐巳ちゃんにお願いするしかないかもしれない。
 しかし、本当にどうしたら帰れるのだろうか。
「どうしたの絆ちゃん、さえない表情して」
「え、あ、いえ別に」
「大丈夫? 別に、今日もウチに泊まって行ってもいいんだよ?」
「いやホント、大丈夫なんで」
 確かに親族ではあるけれど、今のお母さんたちにとって私は単なる余所者なわけで、そういうわけにはいかない。
 今日は土曜日ということで隣にいるお母さんは私服、こうして見ると若いころから結構なお洒落さんだったことが分かる。まあ、私の時代のお母さんは単なる若作りといえなくもないけれど、それが似合ってしまっているから頭にくる。
 それに対して私は着替えなんかないから相変わらず制服だ。下着だけは申し訳ないけれど、替えのものを貸してもらった。
「それじゃあ私、こっちだけど」
 お母さんがポニーテールを揺らして振り返る。
「ああ、はい、それじゃあこの辺で」
「またね、絆ちゃん。今度、連絡ちょうだいね」
 メールアドレスを貰っているけれど、さすがに使うことはないだろう。私は手をふってお母さんと別れて歩き出す。
 というフリをして、こっそりとお母さんの後をつけることにした。
 そりゃそうでしょう、きっとこれからお父さんとデートに決まっている。一体、どんなデートをしていたかバッチリ目撃して、帰ったら赤裸々に報告して辱めてやろうという魂胆なのだ。「え、絆ちゃん、な、なんでそんなこと知っているの!?」なんて驚くお母さんの顔が目に浮かぶよう……いや、「え~、実はそうなのよ、もう恥ずかしいじゃない絆ちゃんったら~!」とか言って全く恥じらう様子のないお母さんの方が目に浮かんだ。
 あの、万年バカップル!!
 などと一人で馬鹿なことを考えながらも、お母さんの尾行を続ける。休日の街は人も多いし、お母さんも尾行されているなんて思ってもいないようで、気付かれる気配はない。制服姿だから少し不安だったが、これだけ人が多ければさほど目立たないだろう。
 しかしお母さん、今年は受験生のはずなのにこんな風にフラフラと遊んでいていいのだろうか。まあ、受験には成功したようだから平気なんだろうけれど。
「だけどお母さん……デートじゃないのかしら?」
 尾行して歩き回っているのだが、それ即ち一か所にじっとしていないということで、待ち合わせの気配が全くない。
 気ままにショッピングやらを楽しんでいるという感じで、もしかしたら単なる受験勉強の息抜きではないだろうかとも思える。
「外したか、これは……?」
 となると、尾行しているのが馬鹿らしくなってくる。
 さっさと祐巳ちゃんの家に向かった方が良いかもしれない。幸い、お金もお母さんから貸して貰えたので、電車賃で困ることもない。
 と、考え事をして少し目を離しているうちに、うっかりお母さんの姿を見失ってしまった。慌てて周囲を見回し、お母さんがいた方に歩いて行く。
「あちゃ~、どっか行っちゃった?」
 なかなか見つからず、それでもあきらめきれずにウロウロしていると。

「――――だ~~れだっ!?」
「うわっ!? ちょ、やめてくださいよっ」

 なんて見知った声が聞こえてきて顔を向けると。
 いた。
 お母さんが背後から目隠しをしている相手、間違いなくお父さんだ。
「ちょ、三奈子さん、なんなんですかいきなりっ!?」
「あはは、びっくりした? いや~、祐麒くんを見かけたからつい」
「ついで、こんなこと街中でいきなりしないでくださいよっ!?」
 人も多い中でいきなりかましたのだろう、お父さんは顔を赤くしているし、周囲の人達からも注目を浴びてしまっている。
「ねえ、祐麒くん暇そうだねぇ。だったらさ、私と少し遊んで行こうよ」
「いや、三奈子さん受験勉強は?」
「息抜きも大事じゃない」
「なんか、息抜きばかりしているように思えるんですが……」
 そんな会話を耳にする。
 しかしお母さん、あなたは一体どんなアンテナを装備しているというのか。まさか、何のアテもなく出かけて、偶然にお父さんと出くわしたとでもいうのだろうか。
「……まさか…………いつも探して出歩いているとか……?」
 ありえないと思いつつ、あのお母さんなら滅茶苦茶なこともやりかねないとも思う。でも、まさか、出会えるかも分からない相手を探して毎週のようにアテもなく歩き回るなんて効率の悪いこと、するだろうか。携帯電話でもメールでも、なんでも連絡をとればすむことなのだから。
 何やら話していた二人だが、やがて結局はお父さんの方が折れて、デートをすることになったみたいだ。
 お父さんは、「仕方ないなぁ」みたいな仕種をしているけれど私には分かる、あれはデレているのを隠しているのだ。
 さて、このまま二人がどんなデートをするのか、どんなこっ恥ずかしいことをするのか、見届けてあげようか。
「…………あ」
 そう思ったのだが、
 やっぱり、やめよう。
 私は踵を返し、その場を離れる――
「あ、絆ちゃんじゃない」
「うぇっ!?」
 呼び声に振り返れば、私の方を見つめるお母さん、つられてこちらを見て驚いているお父さん。
 なんで、このタイミングで見つけるかな!?
「絆ちゃ……って、何で逃げるのっ?」
 私は走り出していた。だってなんか、気恥ずかしいんだもの。人の群れの間を縫うように走り、私は逃げる。それでもお母さんとお父さんが追いかけてくる。
「ああもう、なんで追いかけてくるのよーっ!?」
 足には自信があるけれど、さすがに人の多い街中で全力で走るのは難しい。なかなか二人を引き離すことが出来ず、私は焦り出す。
 本来であれば捕まったところでなんら問題はないのだが、もはや引くことが出来ない状態になっていた。私は人と人の間をすり抜けるようにして飛び出す。
「……あっ、ちょ、絆ちゃん危ないっ!?」
「えっ? て、あ!?」
 知らないうちに、目の前に道路が。勢いのついていた私の脚はそう簡単には止まらず、道路へと飛び出していく。横からは、スピードのついた大型トラックが突っ込んできている。運転手の顔が驚愕にかわるが、間に合うわけがない。その瞬間、私の体はトラックに弾き飛ばされて――

 

「――――――――ッ!!!??」
 私は飛び起きた。
 呆然としつつ周囲に目を配る。
 見慣れた私の部屋だった。

「…………って、夢オチかいっ!?」

 愕然としつつ、私はベッドの上に立ち上がり。
「あれ……私、なんで制服のまま?」
 自分が学校の制服姿であることを認識する。
「――――まさか!?」
 思い立ってスカートの裾を掴んで捲り上げる。陸上部で鍛えられたしなやかな太もも、その付け根から大事な部分を覆うショーツは。
「わお……」
 間違いなく、お母さんに貸してもらったやつだった。
 混乱する。混乱しつつ部屋の中を漁り、携帯を確認したりPCを立ち上げてみたり、色々と確認した結果、やはり間違いなく私が生きている世界だと分かった。私は、戻ってきたのだ。
 原理は分からない。トラックが間近に迫ったところまでは覚えているが、その後、気が付いたら自室のベッドだった。
 ベッドの上で仁王立ちして首を傾げるが、どう考えたって答えなんて出るわけがない。まあ、トラックに撥ねられて死んでしまうよりよほどよいけれど。
 なんて悩んでいると、部屋の外から賑やかな声が聞こえてきた。どうやら、お母さんが仕事から帰ってきたようだ。
 私はスカートの裾を直しながら部屋から出てリビングへと向かった。
 そっと扉を開けて、中の様子を窺ってみると。
「ただいま祐麒くん~~お仕事疲れたよ~っ」
「こら三奈、体重を預けてきて重いだろ」
「えーっ、何よ、そんなこと言うと上に乗って気持ち良くしてあげないよー? 祐麒くん、あれ好きでしょ」
「アノ時は軽いからなぁ」
 ……年頃の子供がいるっていうのに、何てきわどい会話をしているんだろうか、このバカップルな年中お花畑夫婦は。
 馬鹿馬鹿しくなって、部屋に戻ろうかとしたその時。
 お父さんとお母さんの二人の姿が、私が此処に戻ってくる前にデートしていた二人と重なって見えた。

(…………ああ、そうか…………)

 納得できた。
 どうして、初めて会った昔の若かりしお母さんに違和感を覚えたのか。
 お父さんが隣にいなかったからだ。
 それは、二人が並んでいるという物理的な絵柄のことを言っているのではない。お父さんがいるときのお母さんは、物凄く生命力に満ち溢れ輝いているのだ。結婚して夫婦になっている今は、お母さん一人だけの時でも変わらない。それはきっと、二人がそれだけ強く結びついているから。
 だけど高校生のお母さんは、まだそこまでお父さんと強い関係を築けていない。だから最初の時は普通の女の子のようにしか思わなかったけれど、お父さんと街で出会い、仲良くしている時から急に、私の見慣れているいつものお母さんになったのだ。
「あー、悔しいなぁ……」
「ん? あれ絆ちゃん、まだ制服のままだったの?」
 声を出したことで、お母さんに気付かれた。
「え、あ、うん、ちょっとウトウトしちゃってた」
「何、疲れているの?」
「ううん、なんでもない……ん?」
 バタバタと手を振り、なんとなくポケットに手を突っ込むと、何かが触れた。取り出してみるとそれは。
「――――あら、昔のお金じゃない」
 私が取り出したのは、しわくちゃになった二枚の旧千円札だった。お母さんから電車賃として借りたお金で、今の時代では既に新札に切り替わっているので既に発行されていないもの。
「どうしたの、古いお金のコレクションでもしているの?」
「そういうわけじゃ……」
「あ、そういえばなんかそれ見て思い出したわ。ずっと昔、お金を貸したままいなくなっちゃった子がいたのよ。確かその金額が二千円だった!」
「え、ど、どんな子だったの?」ギクリとして尋ねる。
「よく覚えていないけれど……まぁ、いい子だと思う。そうだよ思い出した、お金を貸したのだって、これで返しに来るという口実を与えられるからまた会える、って思ったのに。なんか不思議な子だった、なんで今まで忘れていたんだろう?」
「あははっ、む、昔のことなんて、そんなもんじゃないの? ほら、お母さんも、もういい歳だし――」
「ほほう、絆ちゃん。いけないことを言う悪いお口はここかしら?」
「いひゃいっ!? や、ひゃめへっ」
 いきなり口の両端を掴んで横に引っ張ってきたお母さん。痛みに眉を顰めながらも、黙ってやられている私ではない。反撃とばかりにお母さんのほっぺをつまんで引っ張る。
「にゃっ、にゃにひゅるの、い、いひゃい、ひゃない」
 お互いに負けじと引っ張り合う。涙が出てくるが、負けるものか。お母さんの瞳にも涙が浮かんでいる。
「……ったく、二人とも相変わらず仲がいいなぁ」
 お父さんが肩をすくめ、苦笑しながら私たちのことを見ている。
「あ、また二人で喧嘩している。もー、お姉ちゃんもお母さんも子供なんだからぁ」
「亜優お姉ちゃん、放っときなって」
 更に、いつの間にかやってきた亜優と由香利が、私たちのことを呆れたように見ている。
 私とお母さんはお互いに引くに引けず、どちらが我慢できなくなるかチキンレースの様相を呈してきている。
 痛いが、気合いをいれて頑張る。
 と、踏ん張っているとなぜかいきなり下半身が涼しくなった。
「うわ、何お姉ちゃん、こんなエロいパンツいつの間に買っていたの!?」
 悪戯好きの由香利が、隙をついて私のスカートを捲っていた。
 スカートの下は、お母さんがかつて貸してくれたショーツなのだが。
「うわっ、オレンジのTバックとか、どんな趣味!?」
「え、何々、お姉ちゃんがそんな下着を!?」
「うああああああああっ!!!!! こ、こっ、これは違うからーーーーーっ!!」
 お母さんとの勝負を諦め、慌ててスカートを抑えて隠して由香利の頭を叩く。
「き……絆が……?」
「絆ちゃんも大人になってくのね……」
 眩暈がしたかのように揺らめくお父さん、引っ張られて腫れた頬を手でさすりつつそれっぽいことを言うお母さん。
「だ、だ、誰のせいだと思ってんのーーーーーーーっ!!?」
 真っ赤になりつつ叫ぶ私。

 ああ、お母さん。

 なんで私に、あえてこんなパンツを貸してくれたの?
 そんなお母さんの思考が、一番謎だったよ!?

 

☆一方、別の場所では・・・☆

 

「そういえばさあ、なんか今、不意に思い出したんだけど」
「ん、何が?」
 休日の昼下がり、祐巳の家には由乃、志摩子が久しぶりに集まってお喋りに興じていた。
「高校生のときに、なんか『未来からやってきた』とか言っていた娘が来なかった?」
 祐巳の一言に、考える仕草をみせる由乃と志摩子。
 三人はリリアンを卒業後も関係が途絶えることなく、三人がそれぞれ結婚して家庭を築いた今も、こうして仲良く語らっている。
 さすがに祐巳もツインテールはとうの昔に卒業して、肩にかかるくらいのストレートにしている。由乃は相変わらず長い髪の毛を後ろで束ね、志摩子はふんわりとした髪の毛を綺麗にセットしている。
「あ~、そういえば来たような気がする。なんだっけ、えと」
「確か、祐麒さんの娘だとかいっていたような」
「ああそう! そんなこと言っていた!」
 志摩子の一言に、ぱちんと手を打って頷く由乃。
「じゃあ、絆ちゃんか亜優ちゃんか由香利ちゃんの誰かが?」
「ちょっと祐巳さん、まさか本気にしているの?」
「そうじゃないけれど……どんな子だったっけ?」
「どんなって……えと……覚えてないわね。志摩子さんは?」
「私も、そういう子が来たのは覚えているけれど、具体的にはちょっと……思い出せないわね」
 三人で首を傾げる。
「そういえばさ、令ちゃんや乃梨子ちゃんが真に受けて、あの後しばらく祐麒くんにアタックしていたじゃない? あれが可笑しくて」
「ああ、そんなこともあったわねぇ」
「その頃には、とっくに祐麒と三奈子ちゃんは付き合っていたんだけどね」
「しっかしタイムトラベラーって、ジョン・タイターかっての。ねえ?」
「でも、どうして急にそんなことを思い出したの、祐巳さん」
 志摩子に問われて思案するも、特に理由もない。ただなんとなく、心の奥底に急に湧いて生まれたように感じたのだ。
「うーん、分からないけれど。でも、そういうことって、なんかあるよね?」
 そう言って祐巳は。
 三奈子の祖母の家から送られてきた、甘くて美味しい甘橙を口にして微笑むのであった。

 

 

おしまい

 

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