「ああもうっ」
帰宅するなり、乃梨子は唸り声のようなものをあげた。
そして髪の毛に、服に少しばかり付着していた水滴を払い落とす。
きちんとタオルで拭いた方が良いのだろうけれど、そういう気になれなかった。
「どうしたの乃梨子、傘はちゃんと持っていったんだろ?」
機嫌の悪そうな乃梨子の声を耳にして、董子が不思議そうに尋ねてきた。
「ああ、うん、でもいきなり降ってこられて。ほら、やっぱりそれは気分が良くないというか」
「ふうん」
「……なにか?」
「何が? 何も言っていないけれど」
「そ、そう……」
神経過敏になっているのだろうか。
何も悪くない董子に少し強めの口調になってしまい、自己嫌悪に陥りながら自室に入る。
なんでこう、色々とタイミングが悪いのだろう。
変な所を変な人に見られて、変な風に誤解されて。
精神的に疲れてぐったりとしているところ、メッセージを受信する音が響いた。
なんだと思って見てみると。
『乃梨子さんに、元気になるモノをお送りします』
瞳子からだった。
メッセージのあとに添付ファイルがあったので、少しばかり不審に思いながらも、さすがにスパムではなかろうと開いてみると。
「--はぁっ!? な、何よこれっ!?」
思わず声をあげる乃梨子。
すると、続いてもう一つメッセージを着信。
『オリジナルはちゃんと消去しましたのでご安心を』
「いやいやいやありえないでしょ、ちょっ」
添付の画像ファイルは、まさに乃梨子から傘を受け取ろうとした瞬間を後ろから切り取ったものであり。
祐麒と乃梨子の横顔、少し傾いた傘、触れそうで触れない互いの指、降り落ちる雨の雫。
小説のワンシーンを映像化したような、奇蹟のような一枚の画像だった。
「こんなんで、元気になるわけないでしょ、まったく」
もちろん乃梨子はこのファイルを削除した。
……PCにコピーした後に。
おしまい