心地よいまどろみの中、祐麒は二度寝を堪能していた。すでに、けたたましく鳴る目覚まし時計の活動は停止している。「これなら、アンタも起きるでしょ」と、得意げな顔をして由乃が、いつだったかの誕生日にプレゼントしてくれた物だ。
確かに、まるで由乃みたいにけたたましい音が鳴るが、慣れてしまえばどうにでもなるもので、今では二度寝のスイッチくらいにしか感じない。
朦朧とした意識の中、誰かが部屋に入ってくる気配を感じた。
今の状態であったなら、気合を入れれば起きられると理解していたが、起きることは放棄した。正直、毎度毎度の由乃の暴力的な起こし方には色々と言いたい事があるが、自力で起きたら起きたで、何故か不機嫌になるのだ。
これはアレだ、由乃は先天性のサド属性で、祐麒をいたぶらないことには気がすまないのだ。そう考えると、祐麒を起こそうとしているときの由乃は、やけに嬉しそうに見える。そういうことだったのか。起きるも地獄、起きぬも地獄。ならば、束の間の快楽を選ぶ。
ということで祐麒は、寝ることを選択した。
しかし、それでも毛布を通して聞こえてくる、自分のことを呼ぶような声。無視をして寝ることを決め込んだが、そこで一つ考えが浮かぶ。いつもやられてばかりいるが、たまにはやり返してやろうではないかと。
どうせこの後、体を揺さぶって起こそうとしてくるのだろう。ほら、ため息をついて、手を伸ばしてくる気配が感じられる。そのタイミングを見計らって……
腕をつかみ、ぐいっと引っ張った。
「……きゃっ?!」
「ぐふっ!!」
―――あれ?
本当だったら、腕を引っ張ると同時に起き上がり、そのままベッドに転がして位置を入れ替えてやろうと思ったのだが。
小柄で細い由乃だから簡単に転がせると思ったのだが、予想外の重さというか、抵抗というかにあい、思ったようにはいかなかった。むしろ、押し潰されている格好であり、ちょいと息苦しい。
しかし由乃のやつ、いつの間にか随分と大きくなったというか、肉付きがよくなったというか、この顔にあたるモノはなんだ? ちょっと苦しいのでどけようと手を伸ばし。
「―――っ、や、あ、ゆゆ、祐麒くんっ?」
「……え?」
そこでようやく、相手が由乃ではないことに気がついた。
令だった。
長身で、武道をたしなんでいることにより力もある令は、咄嗟のことにも抵抗をして、結果、引っ張られて倒れはしたものの、なんとか踏ん張ろうとしていた結果、中途半端に祐麒の体と交差するような形で、祐麒の上に乗っかる格好となっていた。
祐麒がどかそうと掴んだものは、令の胸であり。制服に身を包まれながらも、なかなかにふくよかな感触は、筆舌に尽くしがたく。
すぐ目の前に、頬を朱に染めた令の顔がある。目を見開き、祐麒のことを見つめている。
「ああああの、ゆ、祐麒くんっ、だめよ、こんな朝からいきなり……。こ、心の準備とか、し、下着だって」
「え?」
「あああうあぅ、なな、なんでもなな、ないから」
更に赤くなり今にも熱が出そうな勢いで、目をぐるぐる回している令。こうして目の前で見ても、やはり令の顔はとても整っていて綺麗だ。わずかに乱れた髪の毛が、どこかちょっと可愛らしい。
すると。
「―――令ちゃん、祐麒まだ起きないの? 本当に祐麒は」
焦れたのか、部屋の扉を開けて顔を見せたのは母親。その動きが止まる。
それもそうだ。実の息子と幼馴染の少女がもつれあうようにベッドの上で抱き合い、加えて言うなら、倒れこんだときの拍子に令の制服のスカートは捲れ上がり、下着が見えそうになっている有様。
「ゆっ、祐麒、令ちゃんっ?!」
「か、母さん。いや、これは」
「駄目じゃない二人とも。時間無いのに朝の情事に耽ったりして……するなら、帰ってからにするか、もっと朝早くにすませて……」
それを聞いて。
「お、小母さま、違うんです私たちはあのその別にっ」
更に顔を赤くしてパニック状態に陥る令。令が上になっているのだから、冷静になれば簡単に体を離せるはずなのに、混乱している令はじたばたともがくように動き、結果、余計にまずい体勢になってゆき、ドツボにはまってしまうのであった。
朝の混乱を済ませ、支度を終えてリビングに入ると、話をしていた母と令が同時に祐麒の方を見る。
「いつもありがとう、令ちゃん。祐麒ったら、母親の私が起こしにいってもなかなか起きないのよね。令ちゃんならお料理もお裁縫も上手だし、早く祐麒のお嫁にきてちょうだいね」
「あはは、は、はぁ……」
「母さんはもういいから。ほら行こう、令ちゃん」
母親の戯言を聞き流し、玄関に向かう。というか、この前は由乃に対して同じことを言っていたはず。いかに、いい加減な性格か分かるというものだ。
靴を履いて外に出ると、後ろから慌てたように令が追いかけてきた。
「あれ、今日は由乃は?」
「日直当番だから、早く行くって」
「あ、そっか」
令は朝練がたまにあるので、朝は大体、祐麒と由乃と令の三人か、祐麒と由乃の二人で登校することがほとんどだった。今日みたいに、令と二人で登校というのは、さて、いつ以来だったか。
「あ、新しいクラスはもう慣れた?」
「うん、まあ新しいといっても、由乃も小林もいて、あまり新しいって気はしないかな」
朝の一件が尾を引いているのか、会話もどこかぎこちないものになってしまった。微妙に居心地の悪い雰囲気を打破するため、祐麒はわざとらしく、冗談めかして口にする。
「や、でもさっきはゴメン。つい、由乃だと思って」
「え、よ、由乃とは、朝からあんなことをしているのっ?!」
何を妄想したのか、口元をおさえ、真っ赤になる令。
「そ、そうじゃなくて。いつも由乃には酷い起こされ方しているの、令ちゃんも知っているだろ? だから、ちょっと仕返ししてやろうとして」
「な、なんだ、そうだったんだ。あはは、ちょっとびっくりしちゃった」
「俺も驚いたよ。だって、あんなに柔らかくて」
「えっ」
祐麒は失言を悟った。
慌てて打ち消そうとするも、手の平に確かに感じたモノを思い出してしまう。隣を歩く令も、目をそらし、どこか腕で胸を隠すようにしてしまう。
またしても空気が悪くなりそうなところを、今度は令が無理矢理に戻そうとする。
「あ、少しゆっくり歩きすぎちゃったかな。ちょっと急ごうか」
腕時計を見て、令が軽く走り出す。
このままのんびり歩き続けていたら、確かに遅刻してしまいそうだった。後を追い、祐麒も駆け出す。
脚が長く、運動神経の良い令は、軽く走ってもそれなりの速度になる。遅れないよう、祐麒もギアを入れようとした。
すると。
「うわっ?」
曲がり角で、急に誰かが飛び出してきた。
前を走っていた令は、剣道で培った反射神経と、生まれ持った身体能力で、咄嗟に身をひねってかわした。
しかし、飛び出してきた人影は突然のことにバランスを崩し、そして祐麒はといえばごく平凡な運動神経の持ち主だった。
結果―――
「うわっと!」
「ぎゃはっ!」
正面衝突を起こし、祐麒は地面に倒れた。
「だ、大丈夫、祐麒くんっ?!」
令の声が、頭に響く。
どうやら、思いっきり額をぶつけてしまったようで、頭がぐらぐらする。かなり硬いものに当たったから、ひょっとすると相手も額をぶつけたのかもしれない。
大丈夫かと、声をかけようとしたが。
「ったいわね……どこ見て走っているのよっ!」
と、相手から攻撃的な言葉を先にくらってしまった。
こうなると、祐麒だって頭にくる。そもそも、不注意はお互い様であろうに。謝ろうかという思いはたちまちに消え去り、代わりに出てくるのは対由乃で鍛えられた、憎まれ口。
「なんだよ、それはこっちの台詞だ。いきなり飛び出してきたのはそっちだろ」
「うわ、女の子を怪我させといて、それ? 少しは悪いと思わないの?」
「だから、そっくりそのままお返しするよ。大体、女の子って……」
そこでようやく祐麒は、目の前の女の子を注視した。祐麒と同様に倒れ、道路に尻餅をついている格好。膝を立てて脚を開く形になっており、短めのスカートの下のソレは、はっきりと祐麒の目に飛び込んできた。
祐麒の視線を感じて、その女の子も気がついたのか、慌てて脚を閉じてスカートを手でおさえる。
「サイッテー! 変態! スケベ! 何、凝視しているのよっ!」
「馬鹿、誰が見たくてそんなもん見るかっ! 俺は……げふっ!!」
なんとその女の子は、素早く立ち上がるなり祐麒の脛にローキックをぶちかましてきた。なかなかに体重の乗った、重いキックであった。
そして、目の下を指でおさえ舌を出すという、絵に描いたような『あかんべー』を投げつけて駆けていってしまった。
「痛ててて……な、なんだよ、あれ。暴力女だな」
蹴られた脛をさすりながら、汚れた制服をはたく。
リリアンの学生服を着ていたが、知っている人間ではなかった。
「酷い目にあった……あー、行こうか、令ちゃん」
気を取り直して学園に向かおうと、幼馴染の長身の少女の方を見ると。
なぜか令は、微妙に冷たい目で祐麒のことを見下ろしていて。
「……祐麒くんの、えっち」
と、言ったのであった。
一日の授業が終わって放課後、祐麒は力なく歩いていた。
とにかく今日は、ついていなかった。
数学の授業では課題の範囲を勘違いしていて答えられず、体育の授業では他の生徒と接触して転倒するし、昼食のときは購買に紅茶を買いに行ったら売り切れていて、挙句の果てに渡されたのは椰子ジュース。一部、熱烈的ファンの生徒が存在するが、基本的に祐麒は苦手だったし、令の弁当にあうはずもない。
思い返してみれば、朝の一件が全てに尾を引いているのではないかと疑ってしまう。
「しけた面するなって。この後楽しくすりゃいいだろ。終わり良ければ全てよしってな」
隣を歩く小林は、いつもの調子で足取りも軽い。
何が一体そんなに楽しいのだろうかと聞いてみれば、その理由もまたくだらない。部活勧誘のこの時期、新一年生の可愛い女の子達が放課後、色々な場所で見られるのだと。
共学になったとはいえ、いまだにリリアンは女子の生徒の方が多い。割合にしたら、7:3くらいだろうか。そして、リリアンの女子はレベルが高いし、今でもお嬢様は多い。
「なんだよ、もう枯れてるのか? まあ確かに、由乃ちゃんというお相手がいるから、そんな気にもならないんだろうけどさ」
「だから、由乃とはそういうんじゃないってのにさ」
毎回のように言われているのに、条件反射のように言い返してしまう。由乃と令とのつきあいは、それこそ生まれたときからという感じだ。祐麒の家の隣が由乃の家で、そのまた隣が令の家。それでも、由乃とのことばかりがクローズアップされてしまうのは、やはり由乃と同学年だから。
なぜかクラスが同じになることも多いし、不器用なくせに世話をやこうとして人に構ってくる。一緒にいることが多いうえに、由乃自体が目立つ存在であるから、いつのまにか周囲からそんな風に思われるようになっていた。
加えて言うなら、どうやら由乃は美少女らしい。だから余計に目立つということみたいだった。
「お前はいかに恵まれているかということを、理解していない。由乃ちゃん一人だけでなく、令先輩までいるというのに」
小林の説教だか愚痴だか分からない小言を、右から左に受け流しながら校庭に出る。小林の『美少女リスト』を作るためという、実にくだらない理由ではあるが、友人づきあいというのも大切である。ちなみにそのリスト、裏で高値にて取引されているとかいないとかいう噂も流れているようなシロモノである。
「まだ全員見たわけじゃないけれど、今年の一年もレベル高いぜ。この前、超可愛い子を見たんだよ」
「へえ」
祐麒も男である。可愛い子がいると聞けば、興味が湧かないわけでもない。
「名前はまだ知らないんだけど、すげえ可愛いの。やばいよ、あれ」
「ヤバイのは、お前の頭だろ。あまり興奮するなよ、変な人間だと思われるぞ」
「うるさいな、俺ほど真っ当な人間も、他にいないぞ……っと、おおお、噂をしていれば、まさにその子が」
「え?」
小林の声のトーンと目の輝きが変わる。
つられて祐麒も周囲に視線をめぐらすが、放課後となってまだ時間も大して経っていないため、部活動に励む生徒、帰宅しようとしている生徒と、結構な数の生徒の姿があり、誰のことをさしているのかすぐには分からない。
「ほら、あの子だよ。こっちに向かって歩いてくる……」
「ん~?」
見ると。
一人の女の子が、確かにこちらに向かってきている。更に、途中でこちらのことに気がついて、小走りで寄ってくる。というか、あれは――
「な、なんだ。俺達の方に駆け寄ってくるぞ……ひょ、ひょっとして、俺に一目ぼれ?!」
「いや……」
祐麒が小林に対するコメントを発する前に、その女の子が目の前にやってきて、口を開いた。
「祐麒お兄ちゃん、やっと見つけたー」
「よう、笙子」
「お、おにいっ?!」
隣の小林が引いている。
正面に立ち、大きな瞳でこちらを見ているのは、内藤笙子。一学年年下の女の子。祐麒との関わりは、小学生の頃に所属していたボーイスカウトでの仲間。一つ年下の笙子は、なぜか祐麒に懐いていた。最初、活動中に転んで怪我をした笙子の手当てをしてあげたせいかもしれない。
それ以来、ボーイスカウトではいつも祐麒の後ろをくっついて歩くようになった。ボーイスカウトは小学生のうちにやめてしまったが、(その頃、体の弱かった由乃が、休日に祐麒がどこかに行ってしまうと滅茶苦茶機嫌が悪くなり、暴れだすからだ) 笙子とのつきあいはそれ以降も、つかず離れずといった感じで続いていた。長期休みなどの時にイベントで会ったり、手紙のやり取りをしたり。
「ちょっと待て、ユキチ。俺はそんな話、聞いたことないぞ! だ、大体、中学のときだって見かけたことないし」
「笙子は、別の学区だったからなぁ」
「そうよ。せっかく同じ学校に入ったのに、今までずっと見かけなかったなんて、あたしのこと避けていたんじゃないでしょうね?」
小首を傾げ、口をとがらせ、笙子は可愛らしく怒る。本気で怒っているわけではないのが分かるので、笑いそうになる。
「偶然だって。これだけ広い学園なんだし、学年も違うんだから」
「本当に? あたし、リリアンに入るって教えたよね。祐麒お兄ちゃん、ちゃんとあたしが本当に入ってきたか捜してくれた?」
「無茶いうなって」
「ちょ、ちょ、ちょっと待てユキチ」
小林に制服の袖を引っ張られ、笙子に背を向ける。
「お前、由乃ちゃんがいながら、こんな可愛い子にまで手を出していたのか」
声をひそめて聞いてくる小林。
そんなんじゃない、さっき説明したとおりだ。いや、とてもそうは思えない。お前の考えすぎだ、などと、小声でやりあっていると。
「お待たせ、笙子。何しているの?」
また新たな声が聞こえてきた。
「あ、うん、あのね……」
「……へぇ、笙子が言っていた例の『お兄ちゃん』? あたしにも紹介してよ」
「うん、いいよ。ねえ、祐麒お兄ちゃん」
その声に、振り返ると。
「……げ」
「あ、朝の水玉ぱんつ」
口にした瞬間、しまった、と思ったが遅かった。途端に目の前の女の子は怒りの形相に変わり、祐麒のことを睨みつける。
「あれ、乃梨ちゃん、お兄ちゃんと知り合い?」
「知り合いなわけないでしょ、こんな変態と。朝からいきなり、人の下着を覗き見るような人間と」
笙子に"乃梨ちゃん"と呼ばれた女の子は、間違いなく朝ぶつかった子だった。切り揃えられた黒い髪の毛、気の強さを現しているかのような瞳、外見だけを見れば日本人形のようであるが、古風な日本人形にしては気性が荒いし、言葉遣いが悪すぎる。
「そりゃないだろ、飛び出したのはお互い様だろ。こっちだって下手すりゃ大怪我していたかもしれないんだぞ」
「ああそうですか、そりゃ残念でした。怪我してくれた方が、全世界の女性のためにもよかったのに」
「なんだよ、朝から見たくも無いもの見せられたこっちの身にもなってくれ。お陰さまで、今日一日ろくなことが無い。朝からケチがついたからな」
「なっ、何よ。本当は嬉しかったくせに。いやらしい目して、じっと見ていたくせに」
「なんだと」
「な、なによ」
お互いに、額をくっつけあわんばかりに睨みあう。一触即発のところを、小林と笙子がそれぞれ友人の体を慌てて抑えている。
「ちょ、ちょっと乃梨ちゃん、どうしたの?」
「お、おいユキチ、落ち着けって」
ようやくのことで引き離される。
息も荒く、対峙する二人。
やがて。
「……行きましょう、笙子。気分が悪いわ」
「の、乃梨ちゃん」
「笙子も気をつけたほうがいいわよ。悪いけれど、あなたのことだって、いやらしい気持ちで見ているかもしれないわよ」
「祐麒お兄ちゃんに限ってそんなことないよう」
憤懣やるかたないおかっぱの少女と、なんとかなだめすかそうとする笙子は、色々と言い合いながら去っていった。途中、振り向いた笙子が『ごめんね』といった感じで口を動かしたが、それで祐麒の怒りがおさまるわけもない。
小林の腕を振りほどき、笙子たちとは反対方向に足を進める。
「……ったく、今年の一年には、とんでもないのがいるな」
怒りも露わに口にすると。
「でもさ、さっきの"乃梨ちゃん"て娘もさ、結構可愛くなかったか?」
「はぁ?! あれのどこが。生意気なだけじゃん」
「そうかぁ。ま、由乃ちゃんのことも何とも思わないようなユキチじゃ、仕方ないかもしれないけど」
「ちぇっ、結局、行き着く先はそこかよ」
「当たり前だろ、腐れ縁の二人は離れられない運命なのさ。ほら」
不器用に片目を瞑る小林が言いたいことは、すぐにわかった。けたたましい声で、騒がしく向かってくる、小柄だけど台風のような勢いを持つ人影。
「こらっ、祐麒。今日はあたしの買い物に付き合ってくれる約束でしょー?!」
「なんだ、デートだったのか。言ってくれればよかったのに。ごめんよ、由乃ちゃん」
「で、で、デートなんかじゃないわよっ。ただ、買うものが多いから、荷物持ちに丁度いいってだけだから、勘違いしないでよ小林くん?」
「了解、りょーかい。じゃな、ユキチ。せいぜいいちゃついてろよ。あんまり他の女の子に目を向けてばかりいると、由乃ちゃんに愛想つかされちゃうぜ」
「うるせー、さっさと行け」
憎まれ口を叩く小林を、しっしと追い払う。せっかく、放課後の時間を使って付き合ってやったというのに、友達甲斐のない奴だと思う。
由乃はというと、よく意味が分からないのか、腰に手を当て、それでも眉をひそめて首を捻っている。
「なに、何かあったの?」
「いや、別に。ただ、水玉が……」
「水玉?」
「や、な、なんでもない」
いいながら、ついつい由乃のスカートに目がいってしまう。スカートの裾から伸びた細い脚は、病弱だった頃と比べてみても随分と健康的になってきていると思う。色気というものは、感じられないが。
「……由乃は、ストライプが多いよな」
「はぁ? 何のこと?」
「んー、こっちのこと。じゃ、さっさと行こう。どこ行くんだっけ?」
「もーっ、昨日言ったでしょ? クッションが欲しいから駅前の……」
文句らしき言葉をこぼしながらも、由乃の表情はにこやかだ。由乃と似たようなタイプなのかとも考えたが、こうして同じように言い合うのであっても、由乃が相手だと心が軽くなる。先ほどとは、えらい違いだった。
それでも。
しばらく見ないうちにますます可愛らしくなった笙子。そして、上級生である祐麒に対して怯まずに食って掛かってきた少女。
二人のことが、なぜか妙に脳裏に残るのであった。
<判明ステータス>
二条 乃梨子 (new) ・・・ 強気、年下
内藤 笙子 (new) ・・・ 妹
<発生イベント>
令 『朝の抱擁』
乃梨子 『接近遭遇』
笙子 『お兄ちゃん?!』