<後編>
園内は、物凄く広いというわけではないし、動物も大きな動物園に比べたら数も少ないけれど、それでも十分に楽しめた。そもそも、動物園に来るということ自体が久しぶりであったし、今見ると、子供の頃には見なかったようなところまで見たりするし。また隣で一緒に見ているのも、同年代の男の子ということで意識も少し違っていたかもしれない。
カモシカ、ヒツジ、アライグマ、リス、といった動物たちのかわいい姿を堪能し、売店で購入したドリンクをベンチに座って飲みながら、スポーツランドで戯れる子供たちの様子に笑って。
さほど広くはない動物園をまわって、私たちは池の方にやってきた。私はそこで、あるものを目にして、少し恥しかったけれど思い切って祐麒くんにお願いしてみた。
「ねえ祐麒くん、ボートに乗ってみない?」
と。
ボートはゆっくりと、ちょっと揺れたりしながら水面の上を滑ってゆく。見渡せば、周囲には同じようなボートや、スワンボートがたくさん浮かんでいた。
目の前では、祐麒くんがオールを漕いでいる。最初はちょっと、思うように進めなかったけれど、今はもう慣れて自由自在に……とまではいかないまでも、それなりにボートを操縦している。
デートでボートに乗るなんて、なんかくすぐったかったけれど、一度、やってみたかったのだ。
オールが水面を薙いで、水しぶきを撥ね上げる。
「わっ」
「あ、す、すみません。大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとはねただけだから」
頬についた水滴を手で拭う。
そこでふと、気が付いた。目の前の祐麒くんも、同じように頬に、額に、水滴が浮かんでいる。でもそれは、汗によるもので。夏の日差しの下、ボートを漕いでいるのだから汗もかくというものだろう。いや、それ以上に心配なのは。
「大丈夫、祐麒くん、暑くない?日射病とか今の時期、怖いから」
「え、うーん。確かにちょっと暑いけれど、大丈夫ですよ」
「だめよ、そういうのが一番、危険なんだから。そうだ、良かったらこれ、使って」
私はバッグの中から、スポーツタオルを取り出して手渡した。祐麒くんはそれを、頭にかぶる。これなら少しはましだろう。汗も拭けるし。
「ふふっ、祐麒くん、格好いいよ」
「ひどいなあ、支倉さんがしろって言ったのに」
「ごめん、ごめん」
二人で笑う。
うあ、まずい。何か、すごくいい雰囲気になってきているような気がする。私自身、今の状況に酔っているという気がしている。
周りに、幸せそうなカップルのボートがたくさんあることも、一因かもしれない。
そっと、スカートの裾を直す。
いつもはパンツスタイルだからあまり気にすることはないのだけれど、今日はそんなわけにもいかない。ちょっとばかり、正面の祐麒くんから下着が見えないように気を払う。
「祐麒くん、すごい汗。なんかごめんね、代わろうか?」
両手で膝を抱えるようにして、ちょっと前屈みになって祐麒くんに申し出てみる。
「いやー、これくらい問題ないですよ。夏ですから、汗が出るのは当然ですし」
言いながら手を動かし続ける祐麒くん。汗も流れ続け、光っている。
「それに、ちょっとは男らしいこと、させてほしいし。やっぱりこういう場面で、こういう労働は女の子の役割じゃないと思うし」
「え……」
思わず私は驚いたような声を上げてしまった。
「あ、すみません。別に、男女差別するつもりとか、そういうんじゃないですけど」
「うん、私もそういうつもりじゃないから……」
少しずつ、夕方に近い時間帯になりつつあるけれど、夏の太陽はまだまだ高く。ボートは緩やかに池の上、不規則な線を描いて進んでゆく。
水面ではカモがぷかぷかと浮かんでいたり、亀が日向ぼっこをしていたりする姿が目に入ってくる。
うなじを撫でる髪の毛は妙にくすぐったくて。
ボートの上には、私と祐麒くんがいて。
まだ厳しい真夏の光線を受けながら、のんびりボートに揺られての小一時間は、瞬くうちに過ぎ去っていったのであった。
最初のボート乗り場に戻り、船から上がろうと腰を浮かしかけると。
「はい」
と、目の前に手が差し出された。
見上げると、祐麒くんが私に向けて手を伸ばしていた。もちろん、先にボートから上がった祐麒くんが、私を引き上げるために手を貸そうとしてくれているのだけれど。
最初に乗るときは、こんな場面はなかった。それは、私の方が先にボートに乗ってしまったからだと思い出す。
私は、差し出された手を掴もうとして、一瞬、躊躇してしまった。
そんな私の様子を見て、祐麒くんは慌てて手をはたいて、タオルで手のひらを拭いた。
でも、私が躊躇ったのは、手の汚れとかを気にしてではない。差し出された祐麒くんの手に問題があるのではなく、私自身の手に問題があるのだから。それでも、これ以上躊躇うのは失礼なので、素直に祐麒くんの手を握る。
思ったよりも強い力で体が引っ張られ、地面に足をつける。
「あ、ありがとう」
一言、お礼を述べて、私はそそくさと手を離した。
剣道によって鍛えられた、女の子にしては無骨な手を握られるのが無性に恥しいと思ったのだ。
「あ……いえ、こんな汚れた手じゃあ、やっぱり迷惑でしたよね。俺こそ、なんか無理矢理だったみたいで、すみません」
祐麒くんはそんな私の行動を誤解して、謝ってきた。
「あ、ち、違うの」
私は焦って否定する。
「ほら、私ずっと剣道やっていたから、指とか手とかごつごつして硬いし、女の子らしくないから。ちょっと恥しくって」
胸の前で両手をひらひらと動かしてみせる。内心、ちょっと悲しいけれど、それを見せたら祐麒くんがまともに受けちゃうかもしれないから、私はわざとおどけるようにして言った。
それで、この件に関しては流してしまうつもりだった。
だけれども、祐麒くんは私が想像していなかった行動を取る。
「恥しくなんて、ないですよ」
「えっ」
こちらがびっくりするくらい、祐麒くんは力を込めて言った。
「それだけ、支倉さんが真剣に剣道に打ち込んできたってことじゃないですか。恥しいことなんて、全然ないですって。別に、細くて柔らかい手をしているから女の子らしい、なんて決まっているわけじゃないですし。支倉さんは、すごく可愛いくて、女の子らしいと思いますよ」
と、祐麒くんは真剣な瞳で告げた。
「ああ……あ、ありがとう」
正面切って言われて、照れくさくて恥しくて、私はまともに祐麒くんの顔を見ることもできずに、ただそう答えるしかできなかった。
「ええと……そろそろ、帰ろうか」
「えっ。あ、もうそんな時間ですか?」
「うん、あの、今日私、食事当番だから。帰って夕飯の支度とかもしないとならないし」
「そうなんですか、わかりました。じゃあ、帰りましょうか」
残念そうな顔をしたけれど、すぐに笑顔になって祐麒くんは返事をする。私は、嘘をついてしまったことを内心で謝る。臆病な私は、これ以上、祐麒くんと一緒にいることがなぜか怖かったのだ。
「じゃあ、ちょっとだけ待ってもらってもいいですか。俺、手洗ってくるんで」
言うなり、五、六段ほどの階段を飛び降りるようにして、水飲み場の方に向かって駆けてゆく祐麒くん。
私はその背中を見つめる。
夏だから、まだ陽は高く十分に明るい。でも、子供たちの姿も段々と減っている。鳥たちは、頭上を通り過ぎてどこかへ消えてゆく。
目を戻せば、祐麒くんが水飲み場からこちらに向かってくるのが見えた。
風が吹く。
祐麒くんの首にかかっているスポーツタオルが飛ばされそうになる。私も、風で飛ばされないように慌てて帽子を手でおさえた。
今日、なんの偶然か突然伸びた私の髪の毛が横に流される。
その瞬間。
風のいたずらで、私のスカートが捲れ上がった。
「――――――――――――――っ?!」
私は急いで、スカートを手でおさえたけれど。
「みっ、み、見たっ?!」
まだはためいているスカートを左手で、帽子を右手でおさえながら、祐麒くんに問い詰めるようにして聞いた。
スカートはそんなに派手に捲れたわけではないけれど、位置的に私の方が上にいるわけで、階段の下にいた祐麒くんからしたら普通に私の方を見上げていれば……
「み、見てませんっ、少しだけしかっ」
「や、やっぱり、み、見たんじゃない~っ!!」
私は泣きそうになった。
顔はきっと、真っ赤になっているに違いない。まさか、こんなことになろうとは。普段はジーンズとかがほとんどだし、学園指定のスカートは丈が長いし、学園から家までは徒歩十分だし、仮に学園内で何かあっても女子高だからそこまで過敏にはならないし。こんなことは、今までで初めてだ。
「いや、でも、可愛いじゃないですか、ライムグリーンていうんですかね?」
焦ったのか、取り繕おうとして祐麒くんは余計なことを口走る。それじゃあ、ばっちり見られたってことじゃない。
「っ?!うわーん、馬鹿ーーーっ!!」
そりゃ、確かに新品の下着だけれど。可愛い柄と色のものを選んできたけれど。見られていいってもんじゃないし。
「も、もう、祐麒くんなんか知らないからっ」
「ちょ、ちょっと待ってください、お、俺のせいじゃないじゃないですかっ」
顔を真っ赤にしながらそんなことを言う祐麒くんだったけれども。
確かに、スカートが捲れたのは風のせいであって祐麒くんのせいではないけれど。そういう問題ではないのだ。
「は、支倉さん~~~。わ、忘れました。もう、忘れましたからっ」
それもなんか腑に落ちないので、ついツンとしてしまう。恥しさを隠す意味も込めて、私はそっぽを向いて口をとがらす。
「どうせ、そんなすぐに忘れられてしまうようなものだよね、私じゃ」
「そ、そんな。忘れようったって、忘れられるようなものじゃ……って、じゃあどうしろというんですかぁ?!」
こういうときは本当に悪くなくても、見てしまった男の子が悪いのだ。たとえ女の子がちょっとくらい理不尽なことを言ったとしても、受け入れてもらわなければ。見られてしまった女の子が被害者なのだから。
だから私は。
「支倉さん、許してくださいよぉ」
困った顔をして謝ってくる祐麒くんに対して。
「イーッだ!」
子供のようにそんなことを言ってしまったのであった。
風のいたずらが起こした、最後のちょっとした諍いも収まって、私たちは駅で別れる。でも、その前に。
「今日はありがとう、楽しかった。あと、祐麒くんがえっちだっていうのも分かったし」
「も、もう、勘弁してくださいよ」
「あはは、ごめん、ごめん」
内心は、もうちょっといじめたい気持ちもあったのだけれど、許してあげることにする。代わりに、本当に聞きたかったことを口にする。
「あの、さ。一つ聞いてもいいかしら」
「はい、なんでしょう」
「今日、私を誘ってくれた理由。名誉挽回って、何?」
お祭りのとき、祐麒くんが口にした一言。
「あああ、えと、それは」
なぜか口ごもる祐麒くん。
「それは、その、まあ確かに名誉挽回というのを言ったけれどどちらかというとそれは口実というかなんというか。いやだからあの日見せた格好悪いところをどうにかしたかったというか……!」
早口でなにやらまくし立てるけれど、要領を得ずに私は首を傾げる。
「とっ、とにかくっ」
「ん?」
「お、オレ、まだその名誉挽回できていないんで……ま、また今度、その機会をいただくことは出来ませんかっ?!」
「えっ?」
どういうことだ。一体、祐麒くんは何を言っているのだろうか。私の頭の中が混乱した状態のまま、祐麒くんは畳み掛けるようにして言ってくる。
私のことを見上げて、必死の表情で。
「あの、イエスか、ノーかでお願いしますっ!」
「え、えっ?」
「支倉さん」
「あ、は、はい。えと、イエス」
祐麒くんに押されるようにして、私は何も考えずにそう答えていた。
「やたっ、それじゃあ、また。さ、さようなら」
「う、うん。さようなら」
まるで逃げるかのようにして、去っていく祐麒くん。
そんな彼の背中を見つめて私は。
「えーーと……」
数十秒後に。
「―――え」
ようやく、また次回の約束を交わしたことに気が付いて。
「うわ……」
またまた、何が『うわ』なのかもよくわからなかったけれど、そんなことを意味なくつぶやいて固まったように立ちすくむ。
約束をしたことは分かった。
でも、
何が『名誉挽回』なのかは、結局、分からずじまいなのであった。
駅のトイレで、家を出たときに着ていた服に着替える。汚れは気になったけれども仕方がない、こんなワンピース姿で帰宅したりしたら何を言われるか分かったものではない。また、取り付けていたエクステンションも外す。簡単取り外しということだけれど、本当に簡単に取ることが出来た。乱れた髪の毛をざっと整え、ワンピースをそっと折りたたんでエクステンションと一緒にお店の袋の中にしまい、私は帰宅した。
「ただいまー」
家の中に上がると、良い匂いが台所の方から漂ってきた。今日の夕飯は、肉じゃがのようだった。
私は、買い物袋を脇に抱えたままキッチンの入り口の横を通り過ぎようとした。
「お帰りなさい。デート、楽しかった?」
「うん、楽しかったよ」
きわめて自然な口調で聞かれたから、私もごく普通の調子で答えてしまった。気が付いたのは、自室に戻って荷物をベッドの上に置いた後だった。
私は慌てて階段を駆け下りて、キッチンへと飛び込んだ。母が、そんな私を、顔をしかめて見つめた。
「何よ、慌ただしい。危ないから階段を駆け下りちゃダメでしょう」
「ああ、ご、ごめんなさい。そ、それよりもお母さん、さっき、何て?」
「え?だから、デート、楽しかったのって。楽しかったんでしょう?」
「うん、そりゃあ……って、そうじゃなくて!な、なんで?!」
もちろん、「なんで知っているの」という意味で私は聞いているのである。今日の祐麒くんとの約束のことは誰にも喋っていないし、朝だって部活のみんなとの約束だといって納得していたのに。
だけれども、母は笑って。
「だって、お弁当が不自然だったし」
「は?」
言われても、私はわけがわからずにいた。
「部活のお友達と遊びに行くのにお弁当も不自然だし。仮に持っていくにしても、量がね。みんなで食べるには少なすぎるし。かといって令一人分でもない。女の子二人分にしてもちょっと多い。でも、男の子と二人分だと考えると、ぴったりなのよねえ」
「そ、そんなことだけで……?」
絶句する。
確かに、お弁当の量は不自然だったかもしれないと、言われた今になっては思うけれども、そんなところを母が見ていたなんて。
母はにこやかに続ける。
「それだけじゃないわよぉ。お弁当を作っている時の令の表情が、とても嬉しそうに輝いていたから。そうね、ちょうど由乃ちゃんのために何か作ってあげているときと同じ感じだったかしら。でも、今日は由乃ちゃんと一緒じゃないっていうし。そんなことで嘘をついても、仕方ないし」
「あわわわわ……」
「そう考えるとこの一週間、令の様子もなんだか少しおかしかったし」
恐るべし、母親。
しかし、まだこれだけでは終わらない。
「……そうそう、ちょうどあの、花寺の生徒会長の福沢さん?からお電話があった日くらいから、令の様子が変わったかしら?」
「うひゃあああああっ?!」
私は奇声をあげて顔を抑えた。触れた手のひらが熱いのは、きっと顔が熱を持っているせい。
「な、な、な……」
それでは完全に、お見通しだったというのか。
「まあ、間違いないとは思っていたけれど、一応、カマをかけてみたの」
「うわあ、ああ……そ、そのこと、由乃は」
「言ってないわよ、お父さんにもね」
ちょっとばかりほっとして、胸を撫で下ろす。
「そんなに恥しがることないのよ。令だってもう、18になるんですもの。女の子として、好きな男の子ができて、恋をして、お付き合いするのはごく自然なことよ」
「いや、そのっ」
「私は別に反対しないわよ。もちろん、相手がちゃんとした人であることは必要だけれども。まあでも、花寺学院の生徒会長さんだというし、電話でお話した限りでもとてもいい子のようだし」
「でで、電話でお話って」
「ああ、一度、令が不在のときにかかってきたことがあって。気になったので少し、お話したのよ。電話越しでも緊張しているのが分かって、ちょっと面白かったわ」
「面白かったって、いや、あの」
「今度、お家に連れていらっしゃいよ。私たちに紹介してちょうだい。あ、大丈夫、お父さんは私がなんとか説得するから。まあ、きっと大丈夫じゃないかしら、生徒会長っていうのがポイント高いわよね、真面目でお堅いお父さんには」
「ちょ、ちょっと待って」
「あ、でも由乃ちゃんの説得は自分で頑張ってね。うふふ、ひょっとして修羅場かしら」
「うふふっ、て、笑い事じゃあ」
それどころか、別にまだ祐麒くんと正式にお付き合いをしているわけでもなければ、きちんと告白されたわけでもないのに。だけど母の頭の中では、すでに状況ができあがっているようで、混乱している私はそんな母の言葉を止めたり、反論したりする余裕もなくて。
「そうだ、でも、令」
「な、なに?」
今度はいったい、何を言ってくるのかと身構えると。
「お互いまだ高校生なんだから、避妊はちゃんとするのよ」
「な――――――――っ?!」
とんでもないことを母はのたまったのであった。
母との会話を終え、疲労五割増しで自室に戻り、ぼーぜんとベッドに腰掛ける。
なんだか、今日のデート以上に、自分の知らないところで勝手に状況だけが出来上がっているような感じだった。
「うわ、もう、なにがなんだかーーーー!!」
頭を抱えてベッドに突っ伏す。
とりあえず、冷静になって状況を整理してみよう。
今日のデートは、楽しかった。映画を観て、逆ナンされて、公園に行ってお弁当を食べて、祐麒くんは美味しく食べてくれたけれど過って私の服を汚してしまって。だから代わりの洋服を買いに行って可愛らしいワンピースを買ってもらって、なぜかしらないけれどエクステンションまでつけて。公園に戻って動物園を見てボートに乗って……その後のことはとりあえず忘れることにして、また次の約束をして別れた。
そうだ、祐麒くんとはまた次回の約束をしたのだ。
で、家に帰ると母にデートのことを見抜かれていて、それどころか二人のことをなんだか応援されていて。
「な、なんか私、状況に流されているのかなぁ?」
分からなかった。
でも、祐麒くんと一緒に過ごした一日は楽しかった。それだけは、分かっていた。
目を開けると、ブティックの買い物袋が目に入る。
「あ、そうだ、出しておかないと皺になっちゃう」
私は起き上がり、ワンピースを袋から取り出してハンガーにかけた。
白地に、グリーンベースのドットでストライプの描かれている、可愛らしいワンピース。今日、私は、こんな服を着ていたのだ。
「…………」
い、いかん。なんか、顔がにやけてきてしまう。
とりあえず、着替えよう。いや、その前に汗を流してしまうか。
私は窓を開けて室内に風を入れると、クローゼットから部屋着を取り出し、部屋を出る。扉を閉める前に、室内に目を向けると。
真新しいワンピースの裾が、風に揺らいで優しくなびいている。
そして私は、なんだかやけに寂しくなった首筋に、無意識に手を当てていた。
「風の中のアクトレス」 おしまい