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マリア様がみてる 中・長編

【マリみてSS(由乃)】黄薔薇小夜曲 1

更新日:

 友達なんか必要ない。ずっと、そう思っていた。

1.閉ざされた心

 

「由乃さんも、そう思わない?」
 と、いきなり、というわけでもないがクラスメイトの話が由乃にふられた。一瞬、何のことを話していたのだったかと思ったが、何かを考える前に口が勝手に動いていた。
「ええ、そうね。私もそっちの方が好きだわ」
 いつもの笑顔で、ごく自然にそう答える。それによって、クラスメイト達の話は途切れることなく、流れるように進んでゆく。
 ああ、そういえばクラスメイトの梢さんが、お姉さまの誕生日プレゼントに贈る花の話をしていたのだっけ。しかし、花のことを言われたって由乃には正直なところ薔薇とか百合とか、その類のメジャーな花しか良く知らない。それなのに、みんなは自分が花に詳しいとか勝手に思い込んでいるらしい。お手製の膝掛けに編みこまれた花の柄、確かビオラとかいっていた気がするが、そういうのを見て連想するらしい。この膝掛けを編んだのは、姉である支倉令だということも知らずに。
 それでも由乃は、わざわざそんなことを説明したりしない。言ったところで誰も信じないか、聞き流されるかのどちらかだと分かっているから。みんな、由乃を刺激しないようにあたりさわりのない反応をするのだ。
 もちろん、クラスメイト達は由乃の心臓が悪いことを知っており、それを気遣ってくれていることは分かっている。休みが多い由乃がクラスで浮かないよう、こうして話の輪に加えようともしてくれる。
 でも、そのように接せられるたびに、由乃の心は乾いていく。
 みんなが悪いんじゃないことくらい、由乃にもわかっている。それでも、壊れ物のように特別扱いされると、どうしても気持ちが灰色に染まっていくのだ。
「それでね、この前お姉さまが……」
 小さい頃からずっとそうだった。だから、自然と心を守る術も身についた。
「由乃さんはいいわよね、素敵なお姉さまがいて」
「そうかしら。ありがとう」
 作り物の笑顔と、作り物の言葉で、心の扉を閉じる。

 そんなときの自分自身が、由乃はあまり好きではなかった。

「手伝うわ、志摩子さん」
「ありがとう、由乃さん」
 薔薇の館に入り、先に来てお茶の準備をしていた志摩子さんに声をかけ、並んで流しに立つ。今、薔薇の館にいるのは紅薔薇さまである蓉子さまと、黄薔薇さまである江利子さまだけなので手伝うほどではないが、志摩子さんに任せて座っているわけにもいかない。
 カップを手にしながら、横目で志摩子さんを見る。いつ見ても綺麗だなと思うが、由乃は志摩子さんと接することがあまり得意ではなかった。何を考えているのかわからないし、時にはそんな志摩子さんに苛つくことさえある。もちろん、そんなことを口に出したりはしないが。
 今も、挨拶をしただけで何を話すこともなく並んで立っている。普通、同じ年頃の若い娘が一緒にいたら、自然とお喋りをしそうなものだが、志摩子さんといても何を話したら良いのか全くわからない。山百合会の仕事の話とかなら出来るが、雑談は出来ない。
 紅茶を淹れて、二人で四つのカップを持っていく。今日は、蓉子さまの好きなオレンジペコだ。
「ありがとう」
 志摩子さんは蓉子さまの前にカップを置く。江利子さまは由乃のお姉さまのお姉さまだから、由乃がお茶を渡すのが自然だろうか。そして、そのまま江利子さまの隣に腰を降ろす。
 江利子さまはやはり「ありがとう」と言って、紅茶を口にする。猫舌の由乃はすぐに口をつけることができず、そっと隣の江利子に視線を向ける。
 あいかわらず、どこか気だるそうな表情を浮かべている。それでも、由乃が見ていることに気がつくと、表情を緩めた。
「どうかしたの、由乃ちゃん?」
 優しい笑顔で、そう聞いてくる。
 江利子に限らず、薔薇の館のみんなは優しい。令から前もって由乃の体のことは言われていたのだろう、一年生だからといって雑用を押し付けるようなこともないし、由乃がちょっとでも具合が悪そうだとみると、早めに仕事を切り上げたりもしてくれる。もちろん、直接、由乃の体を理由になどはしない。まだそれほど急ぎの仕事があるわけではないから、試験も近いから、などなど。嘘ではないのだろうが、明らかに由乃に気を遣っている。
 我が侭だというのは分かっている。実際、体が弱いのは事実だし、由乃の具合が悪くなれば、みんなに心配をかけるし迷惑もかける。それでも、そんな風に気を遣われたくないと思ってしまう。気を遣われれば遣われるほど、自分が仲間から外れているように感じてしまう。
 そう、みんなは病人を見る目で由乃のことを見てくるのだ。だから、出来るだけ由乃の体に、心に触れないように遠巻きにしている。由乃を傷つけないように。
 そうじゃないのに。
 由乃は、そんな風にしてほしいわけじゃない。
 でも、みんなが自分のことを思ってくれているのも分かる。だから、由乃だってみんなに合わせて応じるしかないではないか。
「あ、いえ。美味しく淹れられているかと思って」
「ええ、とっても美味しいわよ」
「良かったです」
 こんな風に。
 もう、分かっている。由乃には、従姉であり、姉である最愛の令がいる。それ以上に何を望むというのだろう。令がいてくれれば、自分は自分でいられる。この、たった一つの絆さえあれば由乃は何も怖くはないのだ。
 そんな風に当たり障りの無い会話をしながら紅茶を飲み終えても、新たに薔薇の館にやってくる者はいなかった。
「みんな遅いわね、どうしたのかしら」
「聖はさぼりかもしれないけれど、祥子と令は何かしているのかしら?」
「さあ。令は今日、部活ではないはずだけれど」
「そう……」
 蓉子さまはそこでちらりと由乃の方を見た。
「そうだわ、由乃ちゃん。ちょっとこの書類、鹿島先生に渡してきてくれないかしら。で、ついでに祥子と令がいないか見てきてくれる?」
「あ、はい」
 立ち上がり、書類を受け取ろうとすると。
「私、行ってきましょうか。環境整備委員会の用具を持ってきてしまって、返しにいかなければならないので」
 志摩子さんが立ち上がりながらそう言い、軍手を見せる。
 まただ、と思う。
 志摩子さんの言っていることは嘘ではないのだろうが、由乃を行かせるのを悪いと思ってのことに違いない。体調だって今日は悪くないし、それくらいのお使い問題ない。そもそも、志摩子さんが手にしている軍手だって今日返さなければならないものでもないだろう。優しい志摩子さんだから他意などあろうはずはないけれど、それでもちょっと由乃は苛ついてしまう。
「そう。じゃあ、二人で行ってきてちょうだい」
 蓉子さまのその言葉に、ちょっと驚いた。大体、こういうときはいつも、「じゃあ志摩子、お願いね」みたいな感じになるはずなのに。
 とにかく、由乃は志摩子さんと一緒に薔薇の館を後にした。

「何か話でもあるの?」
 薔薇の館に二人残されたあと、江利子は蓉子に聞いた。
「話があるのは江利子の方じゃないの?」
 あっさりと、そう切り返された。本当にこの友人は、憎たらしいほどに色々なことに気がつくものだと江利子は感心する。そのくせ、自分自身のことには結構、気がつかなかったりするくせに。
「由乃ちゃんがね」
 隠すようなことでもないので、素直に口にする。正直、江利子自身、困っていることなのだ。
 蓉子も大体わかっていたのか、軽く頷く。
「そうねえ」
 江利子が気にしているのは他でもない、令の妹であり江利子の孫となる由乃のことである。
「二人で一緒にいたのに、全然話さなかったわね」
「そうね、ホントに」
 由乃は最初に薔薇の館に来たときから心を閉ざしていた。しばらくして、漠然ながらその理由らしきものにも感づいた。しかし感づきながらも、どうすることも出来なかった。由乃の体が弱いのは現実であり、江利子達はどうしても由乃に気を遣う。そんな、腫れ物に触るかのような態度が彼女の心を頑なにしているのだとしても、どうしようもなかった。
 病弱さと外見から、由乃は大人しく素直で可憐な薄幸の美少女、と周囲からは見られているようだが、それはおそらく違うのだろうと江利子は思っている。薔薇の館で、特に江利子に対して向けてくる強い眼差しこそが、由乃の本来の意思。あれは多分、令に対する強烈なまでの独占欲と、そして江利子に対するある種の敵意。自分だけの従姉だった令を妹にした江利子に対する由乃の想い。
 それでも江利子は、何もできなかった。由乃の体のことを考えれば、強い刺激を与えられない。だから江利子は、優しいおばあちゃんとして由乃のことを適度に可愛がる。江利子もまた、自分自身を欺きながら。
 そんな折、志摩子が薔薇の館に来るようになって江利子は密かに期待していた。学年も違う江利子に対しては無理でも、同学年の子であれば少しは由乃も心を開いてくれるのではないかと。一緒に仕事をしたり、同じ目的を持ったりして、何より薔薇の館では一年生は二人しかいないのだから。
 江利子は、自分のためにも、由乃のためにも、令以外の人に対して由乃に心を開いてほしかった。
 しかし、志摩子もまた心を閉ざした少女だった。
 心を閉ざした、というと少し表現が違うかもしれない。志摩子の場合は心を隠しているとでもいうか。そして感情を表に出すのが苦手でもあった。そんな志摩子だから、由乃と打ち解けるどころか、逆によそよそしく、二人とも上級生達を相手にするほうがごく自然に話せるという具合だった。
 だから江利子達は心配している。
 自分達よりも年下の少女達が、心を閉ざし、友達もないような学園生活を送っているのではないのか、と。
 もちろん、杞憂かもしれないし、余計なお世話かもしれない。それでも心配せずにはいられない。
 そして厄介なことに、どんなに優秀な人間だとしても、人間関係や心の内面の問題となると、必ずしもどうにか出来るようなものでもない。江利子と蓉子は、自分達だけではどうにもならないことを、悟っていた。
「何か良い考えでもないかしらね、紅薔薇さま」
「こればっかりはどうしてもね、黄薔薇さま」
 二人の薔薇さまは、同時に息を吐き出した。

 外から聞こえてくる運動部の元気なかけ声も、今はただ虚ろに薔薇の館に響くのであった。

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