9月も終わるというのに、まだまだ暑い日は続いており、日中は半袖でも問題なく過ごすことが出来るような陽気。
伊達眼鏡をかけた祐麒は、駅前の広場をよく見渡すことのできる場所に位置取り、かれこれ30分ばかり何をするでもなく突っ立っている。街路樹の影にいるので汗を流すほどではないが、暑いことには変わりない。到着後に購入したペットボトルのドリンクも、既にぬるくなっている。
「お待たせー、祐麒くん」
後ろから声をかけられ、振り返る。
「…………蔦子?」
「当たり前じゃない、誰だと思ったのよ?」
「いや、すまん……」
謝りつつも、登場した蔦子の姿をまじまじと見つめてしまう。
クロップドパンツの上にチュニックをあわせ、日差し対策か帽子をかぶっている蔦子の姿はどこか新鮮で、思わずまじまじと見つめてしまったのだ。
「何か?」
「なんつーか、あまり見慣れない格好というか、蔦子はいつももっとアクティブな私服のイメージがあったから」
カメラを携え、いつでも決定的瞬間をとらえられるよう、身軽で動きやすい格好をこのんでいた様な気がしたのだ。いやもちろん、今の服も動きやすいとは思うが、なんとなく違うような気もするのだ。
「ほら、今日は一応、『デート』なわけだし、それっぽいのを意識してみたというか?」
肩をすくめながら、とぼけるようにして言う蔦子。
「あのな、今日の目的、分かっているんだろうな」
「分かっているわよ、私だって由乃がどうなるかちょっと楽しみ……いえいえ、心配だから、こうして来ているわけだし。それで、由乃はまだ?」
「ああ」
頷くと、再び駅前に目を向ける。
そう、今日は由乃がデートをする日だった。
体育祭で田沼ちさととの賭けに負けた由乃は、約束通りにちさとの再従兄弟とデートをする運びとなった。
「由乃のことが気になって、一緒に来てくれだなんて、祐麒くんも可愛いことあるよね」
「ちっげーよ、あれだ、由乃の真の姿を知ったら相手の男が可哀想だから、なんつーかただそれだけというか」
「まあ、別にいいけどね、私は。と、なんだ東方くんはもう来ているじゃない」
「え、どれ? てゆうか俺、そいつのこと知らないし」
「ほら、あそこ、銅像の右横に立っている、ストライプのシャツを着ている」
蔦子の目を追っていくと、一人の男に突き当たった。どうやらその男が由乃のデート相手である、東方明嗣らしい。男としては少し細身のようだが、バランスが悪いわけではない。なかなか整った顔立ちは女子からも好印象を持たれそうで、身長も祐麒よりかは高そうだ。微妙に落ち着かない感じで時間を気にしているのは、由乃とデートすることに緊張しているからか。
「ほう……あれが哀れな犠牲者か」
「結構、格好いいわよね。地味で目立たないけれど、女子からの評判は悪くないわよ」
確かに、実際に話したことはないが、第一印象としては男の祐麒から見ても悪くはない。だが、だからといってどうだというのか。
「それにしても由乃のやつ、これだけ待たせるとは、いい度胸しているな」 「あのね、まだ約束の時間前でしょ。祐麒くんが早く来すぎているのよ」
由乃と時間が重ならないよう、早めに家を出てきたのだが、そのせいで暑さに体を蝕まれながら無駄に待つことになっている。
ペットボトルのお茶を飲み干し、自販機の横のゴミ箱まで歩いていき、捨てる。由乃はまだ現れておらず、そもそも約束の時間まではまだ十五分ほどある。かれこれ一時間近く待っている祐麒としては、勝手ではあるが、いい加減にして欲しいと思い始めていた。
うっすらと額に浮かび始めた汗を拭いつつ、蔦子の方に戻ろうとしたところで。
「あ、祐麒くんっ。良かったぁ、まだ居て」
そんな声が飛び込んできた。
同時に視界に飛び込んでくる人の姿。
「あれ、令ちゃん」
「良かった、もう移動していたらどうしようかと思っていたけれど、間に合って」
走ってきたのか、ほんのりと上気した頬に、光る汗。
「どうしたの、今日は確か部活が抜けられないから、来られないとかって」
由乃のデートが決まった時、一緒に様子を見に行こうと誘った相手は、当然のごとく令であった。幼馴染で、由乃ともにもっとも多くの時間を過ごしてきた令を選んだのは、ごく自然な流れだった。
だが、デートの当日である今日、部活の用事でどうしても抜け出せないと断られてしまった。最上級生であり、副部長でもあるだけに、仕方がないことだった。だからこうして、蔦子に声をかけて一緒に来てもらったのだが。
「あ、うん、そ、それがね、急に中止になって、それで慌てて駆けつけてきたの」
「へえ、そうなんだ」
素直に頷いていると。
「ちょ、ちょっと祐麒くん、そちらの女性は……もしかして、令先輩?」
眼鏡の位置を直すようにしながら、驚いた表情で令を見つめる蔦子。
祐麒は、きょとんとしながら口を開く。
「は? 何言ってるの、見りゃ分かるだろ」
「いやいやいや、だって! 髪の毛! それに服装!」
目を見開き、失礼にも指さしながら叫ぶ蔦子。
指された方の令が、その勢いに怯えたように一歩後退すると、背中まで届くさらさらのロングヘアーがふわりと揺れた。
服装は、ボーダーのカットソーの上にジレをあわせ、ミニスカートのようなデザインをしたキュロット。
「何、言ってんだよ。いくらカツラをつけてたって、令ちゃんは令ちゃんだし、見りゃわかるじゃん」
「わ……私のことは、一瞬、迷ったくせに」
「ん、何が?」
「はいはい、なんでもありませんよ……とゆうか令先輩……」
ちらりと、蔦子が目線を令に向けると。
「ぅえ、つ、蔦子ちゃんっ!? な、なんでここにっ」
なぜか動揺しまくっている令がいた。
「ははぁ……気合い、入れてきましたね、先輩」
ぼそりと、蔦子が言うと。
「こっ、これは、由乃にばれないよう変装してきただけで、べ、別に他意はないからっ。それより、蔦子ちゃんの方こそ、力が入っているみたい」
「ちち、ちがっ、そんなんじゃないですよっ?」
言い返してきた令の言葉に、今度は蔦子の方が少し慌てる。
「わわ、私はですにゃー、単に由乃のことが心配といいますか、それだけですからー」
「それなら私もー、にょ、にょ、由乃をみにきただけだからー」
なぜか二人の発音がおかしくなっている。挙動も、表情もだが。
不審な蔦子と令を救ったのは、姿を現した待ち人だった。即ち、由乃である。ゆっくりとした足取りで、どことなく落ち着かない様子で周囲に顔を向けながら歩いている。
ワンピースにレギンス、いつも通りのお下げという格好の由乃を目で追う。すると、本日の由乃のデートで相手である東方が由乃を見つけ、緊張した面持ちで由乃に向けて手を上げた。
ぎこちなく挨拶を交わしているようだが、とりあえず由乃は笑顔だ。社交辞令だろうか。
「ふむぅ……やっぱりお互いに緊張しているようですなぁ」
指を唇にあてて呟く蔦子。
「あ、移動するみたい」
「追いかけましょう」
蔦子と令、二人に挟まれるようにして、祐麒は由乃たちの後をつけていった。
デートは、取り立てて言うことのないような無難なコースで進行していった。初めに向かったのは映画館で、二人はハリウッドの大作映画を選んで中に入っていった。そして映画が終わった後は近くにあったコーヒーショップでティーブレイク。祐麒達は二人から死角になるような位置に席を取り、様子を窺う。
丁度見てきた映画の話でもしているのだろう、パンフレットを見て、楽しそうにしている由乃の顔が見える。東方も含め、緊張は随分とほぐれたようだ。有名な娯楽映画を見て、ネタにして話すというのは、ある意味デートの基本テクニックだろう。良く知らない相手でも共通の話で盛り上がることが出来るのだから。
東方がパンフレットを指さして何か言うと、おかしそうに由乃が笑う。
「……なんだ、随分と楽しそうじゃないか、由乃のやつ」
「え、そう?」
アイスコーヒーを飲んでいた蔦子が、ストローを離して見つめてくる。
「そうだろ?」
「まあ、つまらなくはないと思うけれど」
令もまた、どこか曖昧な言葉。
改めて由乃の方を見てみれば、手で口元を抑えながらまたしても何やら笑っている。どうしてみたところで、楽しそうにしか思えない。
「……ところでさ、なんでこんな窮屈に座っているの?」
ずっと前から思っていたことを、ようやく祐麒は口に出した。
何がといえば、四人がけのボックス席なのに、なぜか方側の席に蔦子、祐麒、令の順番に詰めて座っているのだ。三人とも太っているわけではないが、さすがに窮屈で仕方がないし、他の客や店員に時折変な目で見られたりしている。あまり注目を集めると由乃に見つかる危険性が高まるし、そもそもとして意味が分からない。
「そ、そうだね。ちょっときついかな~、つ、蔦子ちゃん」
「そうですね、苦しいですね令先輩。でも、この向きじゃないと由乃達の姿が見えないから」
「そうなのよね、うん」
確かに、反対側の席に座ってしまうと、振り返らないと由乃が座っている席を見ることが出来なくなってしまうが、だからといって無理に詰めて座るほどだろうか。いっそのこと祐麒が席を替わろうかとも思ったが、挟まれている状態ではそうもいかなかった。
微妙に令と蔦子が牽制しあっているようにも感じられ、妙な三人組になって店内で浮いているとしか思えない。
「てゆうか……」
当たり前だが両隣の二人とは体が触れ合ってしまい、なんとも落ち着かない。意外と肉感的な蔦子の腕とか、令の長い足とか、色々と気になってしまう。
「二人とも、もうちょっと離れられないかな?」
「え、えー、それは無理だよ、席が狭いし」
「そ、そうよ、これでも遠慮しているくらいだし」
とか言いながら、祐麒の体はさらに強く左右から押される。由乃のことを見張らなければいけないのに、それどころではなくなってしまう。圧力と誘惑に耐えながら、由乃のいる方の席を見てみれば。
「……って、あ、店から出て行くじゃん!」
「え、本当っ?」
いつの間にか由乃達は席を立ち、レジに向かっていた。
「追わないと、って、ちょっと令ちゃん」
「わ、わ、祐麒くん、押さないでっ」
「祐麒くん、な、何をしているのよっ?」
通路側に座っていた令の体が邪魔になり出ることが出来ず、後ろからは蔦子に押され、三人で押しあい状態になりつつようやく脱出し、急いで会計をすませて店の外に出る。左右に視線を巡らすと、幸いなことにすぐに由乃の後ろ姿を見つけることが出来た。
距離を置いて、再び尾行を続ける。
「だいぶ、二人とも肩の力が抜けてきた感じね」
蔦子が言う通り、会った時と比べてみると、二人とも表情にぎこちなさが無くなってきて、それなりに会話も進んでいるようだった。東方の方も、何を口にしているのかは分からないが、由乃を退屈させないようにと色々と話を振っているように見える。そして由乃も、笑顔で応じている。
傍から見ていれば、まだ付き合い始めたばかりの二人の初々しいデート、という感じだろうか。そんなことを考えて、なんだか祐麒は苛々してくる。
「今度は、ウィンドウショッピングかな」
二人が向かっている先にあるのは、大型のショッピングモール。様々なテナントが出店しているので、歩いて見て回っているだけでも退屈しないだろうし、女の子であれば何かしら興味のある店も出ていることだろう。そういった意味では、非常に無難なのかもしれない。
色々な店を見て回り、それなりに楽しそうにしている二人を、ただ黙々とこっそり追いかけていると、自分はいったい何をしているのだろうかとも思ったりする。なぜ、ここまで気にしなくてはならないのか。
「なーんか、フツーのデートねぇ」
蔦子の声も、少し退屈さを感じさせるものになってきている。由乃達を注意するばかりで、せっかくショッピングモールにいるというのに自分達は殆ど楽しめていないことも、テンションを下げている原因かもしれない。
由乃と東方はその後、フードコートで休憩してからショッピングモールを後にした。
「そろそろ、終わりかしら」
蔦子が呟く。
外に出ると既に夕暮れ時であり、確かに、デートを終えるには丁度よい時間かもしれない。夕食にはさすがに家に帰るであろうから。
祐麒達三人もすっかりダレた感じで二人の後を追う。気づかれる様子もないので、当初の緊張感は完全に失われている。
そこで気を抜いたのがいけなかったのか、東方と話をしていた由乃が、不意に振り返ったのだ。
由乃の気配に真っ先に気がついたのは令で、慌てて祐麒の背中を押して脇道へと隠れようとする。
「わっ、ちょっ!?」
「きゃあっ?」
ところてん式に押される蔦子。
脇道になだれこんだと思った祐麒だが、そこは脇道ではなく、ビルとビルの間と言った方が正しいような狭い通路で、人一人がようやく通れるかというような幅しかない。当然、三人の体は建物の間にひっかかるようにして行き詰る。
「ちょ、ちょっと、祐麒くんっ!?」
「あ、あぶなっ」
「ぐふっ!?」
押された祐麒は蔦子にもたれかかるようになったが、頬を柔らかなクッションに包まれてどうにか倒れるのを免れる。しかし、さらにのしかかるように倒れかかってきた令に、蔦子とは異なるクッションで挟まれる。即ち、蔦子と令、二人の胸に顔面を挟まれた。
「ぐ、くるひっ……」
「やだっ、ゆゆ、祐麒くんっ、変な風に動かないでっ」
真っ赤になり身を捩ろうとする蔦子だが、狭い道に体の自由を奪われ、どうにもこうにも祐麒を離せない。むしろ令の体が圧力を増してきて、より一層祐麒の顔が蔦子の胸の谷間に埋没していく。
「ゆ、祐麒くん、大丈夫っ!?」
令の胸に圧迫されて大丈夫じゃないと叫びたかったが、口を開くことができない。密着する二人からは、どこか甘酸っぱい匂いがして、くらくらする。
「な、なんとか体を離して……ん、や、なんか変な感触のもの触ったー!?」
「ちょちょちょ、蔦子ちゃん一体何をして……ひゃんっ、ゆ、祐麒くん、そんなところ触っちゃだめーっ」
「令先輩こそ何を、きゃあっ、ちょっと、祐麒くんそこは駄目っ!」
もがけばもがくほどに絡まり落ちていくような泥沼にはまり。
どうにかこうにか、ほうほうの体で抜けだしたときには、当然のように由乃と東方の姿はどこにも見られなかったのであった。
「おはよっ、祐麒っ」
翌朝、由乃はいつもと変わらぬ様子で祐麒のことを迎えに来た。隣にいる令も、昨日の変装から元に戻っていつもの女装した美少年的スタイルになっている。
「おう……おっす」
「何よー、週初めっから暗いなー」
ぶーぶー言う由乃と、穏やかな笑みを浮かべている令と一緒に、いつものように学校へと向かう。
普段通り、と思っていたのは初めの頃だけであった。歩いているうちに、どうにも由乃のテンションが高くなっていっているように感じるのだ。
それに比して、祐麒の気分は全く高揚しない。
「ちょっと何なのよ祐麒、今日は変じゃない? 暗いし、ぶすっとして、怖い夢でも見ちゃったとか?」
「そんなんじゃねーよ」
「もー、そんなんじゃ女の子にモテないよ。それに比べたら、東方君は優しくて、すごく気を遣ってくれたのに」
由乃のその言葉に、反応する。
「あーそっか、昨日、そのなんとかってやつとデートだっけ。ふーん。まあ、由乃なんかとデートしたいなんて、物好きな奴もいたもんだよな」
素っ気ない口調を心がけて返す。由乃のデートになんか興味ないと、様子を見に行ったなんて気づかれないようにと、平静さを保つ。
「何よそれ、祐麒、しっつれいね」
気分を害したのか、目を吊り上げ、不満そうな顔をして祐麒のことを睨みつけてくる由乃。昨日は終始にこにこ、落ち着いた表情をしていたくせにと、祐麒の心の中もざわめき立つ。
「あ、何、もしかしてヤキモチでもやいているとかー? 気になるんでしょ?」
「はっ、まさか、馬鹿馬鹿しい。そんなわけないだろ、なんで由乃に」
「あーそうですか、私だって別に、祐麒がどう思ってたってどうでもいいけど」
「だったらわざわざつっかかってくんなよ、ったく、アイツにはそんな態度とる素振りもなかったくせに」
「は?」
「――あ」
思わず口走ってしまい、慌てて口をおさえるが時すでに遅し。由乃が見つめてきている視線を感じて、顔を横にそらす。
「何それ、祐麒、あんたもしかして昨日」
「べべべ、別にたまたま見かけただけだっつーの!」
由乃から逃げるように足を速めるが、由乃もすぐに小走りに追いかけてくる。
「待ちなさいよ祐麒、何、まさか昨日本当に」
「だから違うっていっているだろ、わざわざ由乃のデートを見に行って休日を潰すなんて時間の無駄、するわけないし」
「なんで逃げるのよっ!」
「逃げてない、お前の足が短くて遅いだけだ」
「なんですってー!?」
由乃の拳をかわし、身をひるがえす祐麒。
ばたばたと、いつものような喧嘩ともいえないじゃれあい。
そんな二人の様子を、令は苦笑交じりに見つめる。
「……おはようございます、令先輩」
するとそこに、蔦子が現れた。
「おはよう、蔦子ちゃん」
「由乃は……あぁ」
少し離れた場所で、何やら言い合いをしている祐麒と由乃を目にとめて、蔦子も令にならったように苦笑いを浮かべる。
「なんか、やっぱりですね」
「蔦子ちゃんも、そう思う?」
曖昧な言葉にも関わらず、蔦子も令も全てを理解しているかのように頷く。
二人の視線の先には、ぱんちを空振りしている由乃の姿。
「祐麒くんは昨日、由乃のあんな表情や顔を見たことがないって言っていましたけれど、そんなの当たり前ですよね」
「……うん、祐麒くんの前で、表情を作ったりする必要、ないからね」
「そんなことも分からないんですかね、祐麒くんは」
「そういうところが可愛いじゃない」
「……へぇ、令先輩、やっぱり」
「あ、いやっ、ちょっと今のは」
蔦子に言葉尻をとらえられ、照れて焦る令。
「今さら隠さなくてもいいですよ、てゆうかですね、大体、そうだろうなーとは思っていましたから」
「そ、そういう蔦子ちゃんは?」
「え、わ、私ですかっ」
逆に問われ、ほんのりと頬を薄桃色に染める蔦子。いつもクールな蔦子にしては珍しい変化だった。
「……よく、分かりません。でも、私は由乃の味方ですから」
「それは、私もだよ」
並んで二人は、先を歩いている祐麒と由乃に目を向ける。
由乃は怒ったような顔をして、でも実際には全く怒っていないはずで、大口を開けて、細腕を振り回して祐麒に殴りかかっている。
祐麒は困ったようにしながらも、どこか楽しそうで。
「前途多難ですね、令先輩も」
「それは蔦子ちゃんも、でしょう?」
夏の香りの残る通学路。
いつもと変わらぬ風景が、そこには在った。
おしまい