「なんかさ、パジャマパーティみたいだよねっ!」
とりあえずテンションをあげて話しかけてみたものの、やっぱりというべきか乃梨子ちゃんの纏っている空気は重いまま。
「――ごめんね、なんか迷惑かけちゃって」
ベッドに腰かけた乃梨子ちゃんは、俯いたまま沈んだ口調で言う。
「そんなことないよ、乃梨子さんとお泊まりなんて嘘みたいだけど、意外性があって面白いじゃん」
喋りながら机の引き出しを開け、あたしはとっておきを取り出す。
「じゃじゃん、せっかくだからお菓子食べちゃおう! ポテチにポッキー、チョコレートもあるよん」
「…………こんな時間に、太るよ?」
「うっ……い、いいの、ちょっとくらいなら平気だって。ほら、何食べる?」
「私は、その胡麻煎餅を」
「し、渋いね。あたしも好きだけど」
ということで胡麻煎餅を取り出して乃梨子ちゃんに渡し、二人してバリバリと音を立てて食べる。美味しいけれど、確実にお茶が飲みたくなるが、残念ながら手元にあるのはペットボトルの紅茶だけ。
「紅茶に煎餅かぁ、ちょっとイマイチだけど、我慢してね」
「私、紅茶と煎餅、好きだけど」
「あ、そなんだ」
再び黙ってバリバリむしゃむしゃとおせんべいを齧る。乃梨子ちゃんは今までのあたしの友達とはタイプが違い過ぎて、何を話したらよいのか正直困る。だけど、ここで躊躇していたって仕方がない、眠るにはさすがにまだ早すぎる時間だし、ここは色々なボールを投げて見極めていくしかない。
ファッション。
ドラマ、俳優、映画。
音楽、ゲーム。
美味しいもの、お菓子、ケーキ、スイーツ。
うん、我ながらありきたりなものしか思い浮かばないけれど、だからこそ話題だって共通になるかもしれないわけで、とにかく思いつくままに色々と話しかけた。そして案の定、どのジャンルもなかなか趣味があわなかったが、食べ物についてだけ話が少しだけ弾んだ。好きな系統は違ったけれどお互いに女の子、和のスイーツも洋のスイーツも好きなことに変わりはないし、知っている。それに、あまり詳しくなかったことを知ることが出来るのも楽しい。
乃梨子ちゃんはそんなに話さず、頷いたり、首を振ったりとそれくらいだったけれど、それでも少しでも気が紛れてくれればと思う。
小一時間ほどお喋りすると、少し眠くなってきた。乃梨子ちゃんも疲れているだろうし、まだあたしが普段寝る時間には早いけれど、寝てしまおう。
「……私、別に下でもいいよ」
「またそんなこと言って、大丈夫だよ、あたし達二人くらいなら」
確かにシングルベッドだから余裕があるわけではないが、あたしと乃梨子ちゃんの女の子二人くらいなら一緒に眠ることはできる。まあ、どうしても体が触れ合ってしまうことにはなるけれど。
電気を消して、毛布にくるまる。
乃梨子ちゃんは、あたしに背を向けるようにしていたけれど、そんな乃梨子ちゃんを強引にあたしの方に向かせた。
「ちょ……な、何よ?」
「せっかく一緒に寝ているんだから、そっぽを向いているなんて寂しいじゃん」
「……笙子さん、私のこと、嫌いじゃないの?」
「えっ!? なな、なんでっ」
「学校での態度を見たら、そうとしか思えないし。それに、私だってそういう態度をずっと笙子さんにとってきたし……」
暗くなってお互いの顔が見えなくなったからだろうか、先ほどまでよりも少し突っ込んだ話も意外としやすくなっていた。いや、先ほどまでの雑談で緊張が緩んだということかもしれない。
「別に、嫌いなんかじゃないよ。そりゃ、ちょっと苦手だなとは思っていたけど……勉強ばっかの真面目っこだなって」
「真面目っこって……」
暗闇の中、乃梨子ちゃんが苦笑いしたようだった。
「でもでも、今日でちょっと見る目変わったかな。乃梨子さんも、甘いものが好きな普通の女の子だって分かって」
「そう……」
布団の中で身じろぎする乃梨子ちゃん。
ちょっと動くだけでお互いの体が触れ合うような距離、でもお互いに気を遣って触れないような微妙な距離を保っている。
うーん、でもこれじゃあ駄目だとなんとなく思ったあたしは、思い切って腕を伸ばすと、乃梨子ちゃんの体をギュっと抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、何するのっ!?」
慌てた様子で逃げようとする乃梨子ちゃんだけど、逃がさないよう力を入れる。
「せっかく一緒に寝ているんだから、いいじゃんこれくらい。離れると寒いしさ、これならあったかくて気持ちいいし」
実際、一人用の布団を二人でかぶっているので、距離が離れるとその分の隙間があいてひんやりとするのだ。
ああでもこれ、乃梨子ちゃんの柔らかさがダイレクトに感じられてヤバい。暗くて顔が見えなくて助かるけれど、恐らく今のあたしは茹だったタコさんのように真っ赤な顔をしているに違いない。
「……こうしていると、良くわかるけれど」
「うん?」
「笙子さんの胸って凶器だね」
「な、なんだよそれーっ、あたしのおっぱいは最高だって、日出美ちゃんは言ってくれてるのに」
布団の中で頬を膨らませつつ、乃梨子ちゃんの頭を手で抱いて胸の方に押し付けてやる。
「ちょ、苦しっ……って、もう」
「やん、変なとこ触らないで、くすぐったいっ」
「笙子さんが押し付けてきているんでしょうがっ」
いやいやするように頭を振られてくすぐったかったけれど、そのまま強引に抱きしめていたら、やがて乃梨子ちゃんも動くのをやめた。二人でぴったりとくっつきあって、ちょっと動いて暖かいどころか少し暑くなったくらいだ。
「――ねえ」
「ん~?」
「笙子さんって…………日出美さんと、付き合っているの?」
「――――ふえぇっ? な、なんでそうなるの?」
「だ、だってほら、日出美さんに胸を触られているようだし、それに、キスだって」
「キス?」
「携帯の待ち受け画面……見えたの」
「あぁ~~、あれ、ね」
そういえば、そんな場面もあった。
だけど、日出美ちゃんと付き合っているなんて思われるとは。
「違うよ~、日出美ちゃんは仲の良いお友達で付き合っているとかじゃないよ」
「でも、じゃあなんでキスなんて……」
「仲の良い友達同士なら、ちゅーくらいするって。友チューだよ」
「そう、なんだ……」
心なしか、乃梨子ちゃんの声色が沈み込む。そして、あたしのパジャマを握る手に力が入る。
よくわからないけれど、あたしは乃梨子ちゃんの頭に置いた手で、そのサラサラな日本人形のような髪の毛を撫でる。
「………………」
乃梨子ちゃんは無言であたしの胸に顔を埋める。
「そろそろ、寝よっか?」
「…………うん」
「おやすみ、乃梨子さん」
「…………おやすみ、笙子さん」
そうして。
あたしと乃梨子ちゃんは抱きしめあって眠りにつく。
こんな状況であれば、普通ならそう簡単に眠れないものだと思うが、残念ながらあたしはそこまで繊細じゃなかったらしく、あっさりと寝てしまった。だから、乃梨子ちゃんがどのくらいの時間まで、どんな思いをして起きていたのかわからない。
ただ、明け方に目を覚ますと、乃梨子ちゃんは既に起きていて、ベッドの上で上半身を起こし、朝日に照らされたカーテンを見つめていた。まだ薄暗い部屋ではあるけれど、乃梨子ちゃんの目は充血しているし、隈も出来ているし、ロクに眠れていないであろうことは分かった。
それにもかかわらず、物凄く綺麗に思えてしまった。
あたしはまだ寝起きでぼーっとした感じで乃梨子ちゃんを見上げており、乃梨子ちゃんはそんな風にあたしが起きていることには気が付いていないよう。むしろ、心ここにあらずといった感じだ。
「…………」
唇がわずかに震えるように動いたみたいだけど、何を口にしたのかは分からない。ただその直後、乃梨子ちゃんの瞳からぽろぽろと透明の滴が流れ落ち始めた。
はっとするほど、美しく、そして切ない涙だった。
そして乃梨子ちゃんは、ぐしゃぐしゃに乱れた髪の毛をかきむしり、膝を抱えて背を丸め。
「…………志摩子さん…………なんで………………?」
あたしにも聞こえる大きさで呟き、手で口もとを隠して嗚咽した。
もう、居ても立っても居られなかった。
「乃梨子ちゃん――」
身を起こして呼びかけると、乃梨子ちゃんはハッとしたようにあたしに顔を向ける。頬には涙が流れた筋、乱れた髪の毛の絡んだ首、はっきりいって酷い状態だったけれど関係ない。
あたしが起きていると思っていなかった乃梨子ちゃんは、驚きのあまりか硬直して動けないでいた。だから、鈍いあたしでも乃梨子ちゃんが逃げる前に手を握ることができた。
「やだっ、離して――」
顔を背け、逃げようとする乃梨子ちゃん。
「駄目、離さないもん!」
いやいやをするように抵抗する乃梨子ちゃんの腕を掴み、逃さないようにする。それでも暴れ出しそうなので、あたしは思い切って乃梨子ちゃんを抱き寄せて顔をおっぱいに埋もれさせるようにした。あたしのおっぱいには、何か落ち着かせるものがあるって日出美ちゃんも言っていたから。
布団の中では大人しくおっぱいを堪能していた(?)乃梨子ちゃんだったけど、今は逃れようともがく。
「……離して……見ないで……っ」
凄い力で押し返してくる乃梨子ちゃん。
このままでは逃げられてしまう、だけど、今の乃梨子ちゃんから手を離しては駄目だと直感的に思う。
でも、どうすればいい。必死になっている乃梨子ちゃんの力は凄まじい。
「……っ、の、乃梨子ちゃんっ」
あたしは乃梨子ちゃんの肩を掴むと強引に体を寄せ、そして。
「――――――っ!!?」
乃梨子ちゃんの動きが止まる。
「んっ…………」
乃梨子ちゃんの唇はカサカサに乾いていて、冷え切っていた。
そう、あたしは乃梨子ちゃんにキスをしていたのだ。
逃れようとする乃梨子ちゃんの頭を手で抑え、更に強く押し付ける。
「ん…………は、ぁっ」
息をしていなかったので苦しくなり、いったん、口を離す。
同じように息継ぎをした乃梨子ちゃんの唇を、もう一度塞ぐ。
あたしも寝起きで唇が荒れ気味だったけど、キスしながら舌で乃梨子ちゃんの唇を舐めて潤いを与えてあげる。
「はぁっ……ちょっ、な……」
今一度、口を離す。
荒い息を吐き出した乃梨子ちゃんが、口の端から垂れかけた涎を手の甲で拭いながら見つめてきたけれど、それ以上何かを言う前にまたしてもあたしは唇を奪う。
くちゅくちゅと唇を舐めていると、それまで抵抗するようだった乃梨子ちゃんの体から力が抜けた。
「は、ぁ……ん」
そして、むしろあたしの動きに呼応するように乃梨子ちゃんも舌を出してきて、あたしの舌と触れ合った。
生暖かくてにゅるりとした感触に驚いたけれど、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、あたしももっと夢中になってしまう。
「ちゅ……ん、は、っっ!?」
不意に、ビクッと乃梨子ちゃんが痙攣して身を離した。どうしたのかと思ったら、あたしの手がパジャマのうえから乃梨子ちゃんの胸に触れていた。
「あ、ごめ…………」
手を離し、顔を上げると。
乃梨子ちゃんと、正面から目があう。
「あ………………」
途端に、急に先ほどまでのことを思い出し、顔に熱があがってきて真っ赤になるのが分かる。
「ぅ…………っ」
一方で、乃梨子ちゃんの方も頬に朱が差し、さらに耳から首のあたりまで赤くなっていくのが目に入る。
え、なんだこれ、なんであたし、いきなり乃梨子ちゃんにキスなんかしちゃったんだろうか。それに、キスだったらお姉ちゃんや日出美ちゃんともしたけれど、なんかその二人のキスとはまた異なる、下腹部が熱くなるようなキスにあたしは戸惑う。
「あ、あの、い、今のは…………」
「…………っ」
「あ、の、乃梨子ちゃんっ!?」
乃梨子ちゃんはベッドから降りると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「ああ…………あ、あたし、なんてことを……」
頭を抱えてベッドに倒れ伏す。
よりにもよって、なんでキスなんてことを選択してしまったのだろうか。あれ絶対、乃梨子ちゃんに引かれた。どうやって言い繕えば良いものか、頭を悩ましつつベッドの上をごろごろと転がって身悶える。
しばらく悶えていると、廊下から足音がひたひたと聞こえてきて動きを止める。その足音は部屋の前で止まり、数分ほど時間をおいてから扉をそっと開けて中に入ってきた。あたしは最早どうすればよいかわからなくて、壁の方を向いてひたすら寝たふりをするしかなかった。
乃梨子ちゃんは、あたしが寝ているかどうか調べるような雰囲気で、果たしてあたしの嘘寝を信じたのかどうか分からないけれど、何も言わずにベッドに入ってくると、あたしにも布団をかけて横になる。二人、背を向けるように。
心臓ドキドキバクバクしているあたしとは裏腹に、乃梨子ちゃんはしばらくすると寝息をたてはじめた。
(ううううううっ、うわぁあああんん、どうすればいいのーーーーっ!?)
壁際に寝ているからそっと起きるというのも難しいし、もし乃梨子ちゃんを起こしたらと思うと動くことも出来ず、あたしは内心で嘆きつつ時間が経つのを待つしかなかった。
そして。
「――――ほら笙子、いい加減に起きなさい。休みだからっていつまで寝ているつもりなの、乃梨子ちゃんはとっくに起きているわよ!?」
「――――はぇ?」
次に目をあけた時、視界に飛び込んできたのはお姉ちゃんの顔だった。
「つーか、我が妹ながら、お腹出して涎垂らして、恥ずかしいわ……」
「ふぇ……んぁ……」
ぐしぐしと口元をパジャマの裾で拭きながら身を起こす。
「乃梨子ちゃんは、もうとっくに起きて下で待っているわよ。一緒に朝ご飯食べるんだから、早くしなさい」
「ふぁぁぁ、うん……」
目をごしごしこする。
「――って、くっさ!? あ、あたしの涎だ」
「……あんた、馬鹿?」
というお姉ちゃんの皮肉を聞き流し、あたしは急いで身支度を整えてリビングへと向かったのであった。
朝食を終えると、あたしと乃梨子ちゃんは、またあたしの部屋に戻ってきた。
食事の時から会話も上滑りしている感じで、なんとなく互いに目を合わせづらいけれど、あたしは我慢できなくなって乃梨子ちゃんの方を見た。
「の、乃梨子ちゃんっ」
「な、なに、いきなり」
「その…………ちょ、超、可愛いんですけど!?」
拳を握りしめ、興奮しつつ乃梨子ちゃんのことを凝視する。
乃梨子ちゃんは、リボンの付いた襟付きタンクトップの上から七分袖の透かし編ニットを着て、ボトムスはチェック柄の裾レースキュロットという格好。昨日のびしょ濡れの服は乾いていないから、あたしの服を貸しているのだけれど、それを着た乃梨子ちゃんの可愛いのなんのってばよ!
「そ、そう? 私……あんま、こういうの着ないから、似合わないんじゃない?」
「そんなことない、ない、超プリティですわよ!」
テンションが上がって、あたしは変なことになっていた。
学校ではクールで真面目で優等生な乃梨子ちゃんが、ガーリーな可愛らしい格好をしているというギャップもあるのだろう、とにかくあたしは萌えていた。
「あ、うん……ありがと」
そしてまた、ほんのりと頬を赤くして照れているというか、恥じらっているというか、そういう姿がまた堪らない。
「それでさ、笙子さん」
「うん、うん?」
「今朝のアレは…………その……」
「う…………」
まさか、蒸し返されるとは思わなかった。
このままなし崩し的に有耶無耶にしてしまおうと思ったのだが、どうやら乃梨子ちゃんは物事をハッキリさせないとスッキリしないタイプ。
「アレはさ……だから、アレだよ」
「アレ?」
「……とっ、友達、だから。乃梨子ちゃんとあたしは友達だから、お友達のチューってやつだよ!」
「友達……? 私と、笙子さんが?」
「そうだよ、だってパジャマパーティして、一緒にお菓子食べて、お話しして、ベッドで仲良く寝たんだもん。これをもう友達と呼ばずして何と呼ぶのよさ?」
「…………」
苦しかっただろうか、さすがに。朝のキスは、友達同士のちゅー、なんて可愛いものの度を越していたような気が自分でもする。
だけど乃梨子ちゃんは。
「――そっか。友達、か」
なんだか納得したみたい?
「そうそう、友達、友達。それとも乃梨子ちゃんは、そう思ってくれて内の?」
「いや……っていうか、いつの間にか私のこと"ちゃん"付けだし」
「だって友達だもん、いいでしょ? あたしのことも、"しょこたん"でいいよ」
「あ、それは遠慮しておく」
「えーーーっ、なんでー? 日出美ちゃんは呼んでくれるよ」
「いやー、さすがに"しょこたん"はないでしょ」
「アリだよアリ、むしろ親友にしか呼ばせてないんだから、誇ってよね」
「いや、昨日の今日で親友は、ない」
「やっぱり乃梨子ちゃん、クール! でも格好は可愛い!」
「じ、じろじろ見ないでよ」
「やだ、あ、写真撮る」
「嫌だってば、ちょっとやめてよ、こらっ」
「だーめー、それくらいいいでしょーっ」
携帯で乃梨子ちゃんのプリティな姿におさめようとするが、抵抗する乃梨子ちゃんが掴みかかってきて、そのままもみ合うようにしていたら二人して床に倒れてしまった。
「あいたーっ」
「イタタ……もうっ、頭打った」
大の字になって転がったまま、痛みをこらえつつもなんだか可笑しくなってしまい、笑い出す。
「何がおかしいのよ……まったく」
「だって、あははっ、乃梨子ちゃんでも、こんな風にムキになったりすることあるんだなって思って」
「誰のせいよ…………でも」
むくりと体を起こして。
「…………ありがとう、笙子さん」
そう言う乃梨子ちゃんの声は。
やっぱり、どこか元気がなく感じられるのであった。