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マリア様がみてる 百合CP

【マリみてSS(江利子×聖)】不意打ち

更新日:

 

~ 不意打ち ~

 

 

 もうすぐクリスマスも近いという、十二月のある日のこと。
 薔薇の館は古いので、夏は暑くて冬は寒いという、快適に過ごすには適さないような建物である。
「うー、さっむいねぇ」
 大仰に体を震わせながら、カップに注がれたコーヒーを口にする聖。
「寒いのは分かっていたでしょう」
 優雅な仕種で紅茶を口にするのは江利子。
 今、薔薇の館には二人しかいない。そのせいで、寒さも五割増しのように感じるのかもしれない。
「でも、聖も随分と積極的に出席するようになったじゃない」
 カップを静かに置き、からかうように江利子が言うと、聖は肩をすくめて応じる。
「祐巳ちゃんのおかげかしら?」
「いやー、あれは本当に拾いものだよね」
 くっくっと、声を殺して笑う聖。

 

 ひょんなことから祥子の妹の座を巡って山百合会の演劇に加わることになり、あっという間に皆の心の中に入り込んできた。
 一見すれば平凡な少女にしか見えないが、他の誰も持っていない何かを秘めていると、他の誰もが感じている。
「それとも、今までさんざんサボっていたことの罪滅ぼしとか?」
 片目だけでちらりと聖を見る江利子。
「そうそう、色々と迷惑をかけたからねー」
 うんうん、と殊勝に頷く聖。
「嘘おっしゃい、そんなこと全く思っていないくせに」
「思っているってー、蓉子に対してはね。江利子はどちらかというと、同じように蓉子に迷惑かけていた方じゃん」
「あら、失礼ね、このくされ外人」
「……ほっほう、随分と酷いこと言いますわね、凸ちんが」
 口元を引き攣らせながら、江利子の悪口に聖が応じる。
 挑戦的な聖の目つきに対し、江利子はあくまで表情を変えることなく、椅子にたたずんでいる。他に誰かが居たら、元々寒い室内の温度が、さらに下がっていくような錯覚さえ覚えるような空気が両者の間にたゆたっている。
「まあ、私は額の形が美しいと祖母に」
「そんなこといっているとそのうちハゲるよ。そういや昔と比べて額が随分と広くなったような気も。後退してない、生え際が」
「ふ、ふふっ、言ってくれるじゃない、ヘタレのくせに」
「あぁ? 誰がヘタレだって?」
「聖意外に誰がいるってのよ、ヘタレ臭がうつるから近寄らないでちょうだい。あ、何か臭うと思ったら、聖のヘタレ臭とバタ臭さが交じったものだったのかー」
「あんですとコラ、乳にばっかり栄養いって脳みそ足りてないんじゃないの? 大体ねぇ、江利子がいつも座っている席 、太陽の光が凸に反射して眩しすぎるからやめてほしいんだよね」
「なんですって?」
「なにさ?」
 立ち上がり、睨みあう二人。
 そしてそこからしばらくは、二人ともとても全学園生徒憧れの『黄薔薇さま』、『白薔薇さま』とは思えない、熾烈で苛烈で容赦ない、時には汚い言葉も混じるような激しい舌戦が繰り広げられた。

「…………はぁっ、はっ」
「くっ、ぜぇっ」
 やがて言葉が尽きたのか、あるいは荒い呼吸が示すとおりに疲れたのか、お互いの舌鋒が止む。
 最後の方はぐだぐだで、子供の口喧嘩以下としか思えないような内容だったが、それでも二人とも引くことなく、言われたら言い返しあっていた。
「あー……ったく」
「無駄な体力使ったわ」
 疲労しきったのか、二人はぐったりとお尻から落ちるように椅子に座りこむ。
 俯いた江利子の顔は髪の毛に隠れ、天井を仰ぎ見るような格好の聖は呼吸もまだ荒い。二人の息遣いだけが静かな室内に響いていたが。
「…………くっ」
「……ぷっ、ははっ、は」
「っ、あははははははははっ!」
 何がおかしいのか、二人とも大爆笑。
 笑い声は重なり合い、奇妙なハーモニーを奏でる。
「あ~っ、何これ、馬鹿だあたし達」
 右手で顔を覆い、それでもこぼれてくる笑いを口元に滲ませながら、聖が言うと。
「ホント、何してるのかしらね」
 髪の毛をかきあげ、もう一方の手で苦しそうにお腹を抑えつつ江利子も応じる。
 目じりに涙すら浮かべながら、二人はまだ笑っている。
「あー、しかし江利子と二人でこんな風に話すなんて、昔は絶対に考えもしなかったわー」
「それはこっちの台詞。まさか、こんなくされ縁なんてね」
 反発しあってきた。
 そりが合わないと思っていた。
 そんな二人が、今こうして一緒にいて、罵り合って、馬鹿笑いして。
「――そういえばさー、聖、一つ訊きたいことがあったんだけど」
「何さ、今さら改まって?」
 ようやく落ち着いてきたところで、不意に江利子が問いかける。
「聖はさ、蓉子のこと、好きなの?」
「…………は?」
 きょとんとする聖。
「とぼけないで。蓉子が聖のこと好きなのは知っているでしょ?」
「ちょっと江利子、からかおうったって駄目だよ、どうして蓉子があたしを? いっつも迷惑かけて、怒られてばっかで、むしろ呆れられているんじゃないの」
「……本気でそれ、言っているの?」
「え? だってさあ、実際に怒らせるような事ばかりしてるしねぇ」
「はぁ……あ、そう」
「な、なんだよぅ、そんな呆れた様なため息ついて」
 口を尖らせている聖に対し、江利子は脱力する。様々なことに野性的な勘を働かせられるくせに、どうして自分のことになるとこんなにも鈍くなるのかと。これでは、蓉子も可哀想だなぁと、思わず内心で同情する。
 行儀悪く椅子をガタガタと揺らしながら、聖はぶつぶつとまだ何か言っている。
「ま、じゃあそれはそれとして。聖はどうなの。蓉子のこと。私の問いには答えてもらってないわよ?」
「そっ、そんなこと訊いて、どうするのさ」
「別に。知りたいだけ」
「蓉子のことって言われても……さっきも言った通り、蓉子があたしのことなんか好きになるはずないし。そりゃ、蓉子は可愛いし、その、好きになってくれたら嬉しいかもだけど、現実的に考えて」
 ぐだぐだと、うにょうにょと、要領を得ないことをもごもごと言う聖。心なしか、頬もほんのりと赤くなっているようにも見えて、聖の心の中が透けているようだ。セクハラ大王の割には、随分とまあ純情乙女のような姿を見せるものである。
 反応を見る限り、やはり聖は蓉子のことを憎からず想っているようだ。
 それを理解した途端、何とも言いようのないもやっとした感情が江利子の中で発生した。
「……そんなわけで、蓉子のことを好きかと言われても、それは即ち」
 まだ一人で言い訳がましい言葉を吐き続けている聖。
 なんだろう、これは。
 聖のことを見ていると、苛々してくる。同時に、自分でも理解できない気持ちにも包まれる。
「もう、いいわ。聖」
 立ち上がり、ゆっくりと聖の方に歩み寄る。
「聖、立って」
「は? なんなの、一体」
「いいから。スタンダップ」
「よくわからんよね、江利子は……」
 文句を言いながらも、とりあえず立ち上がる聖のことを正面から見据える。江利子の方が身長が低いため、わずかに見上げる形となる。
 そりが合わなかった。
 お互いに気が強いため、折れるということもなかったし、言いたいことも言い合ってきた。恐らく、今まででもっとも喧嘩をした相手。
 だけどそれは同時に、もっとも本音を吐露した相手ともいえる。
 整っているけれどアクが強く、好みの分かれそうな容姿。
「で、何さ?」
 腕を組み、僅かに不機嫌そうに江利子のことを見下ろしてくる、彫りの深い顔立ち。

「――――!」

 ピンときた。
 背筋を稲妻が貫いていったような衝撃。
 目を見開き、手で口を抑えて悲鳴が出るのを堪える。
「……やばっ。ね、聖、私、とんでもないことに気がついちゃった」
「とんでもないこと? どうせロクでもないことでしょ」
 不審げな聖に向けて、首を振る江利子。
 その瞳は、キラキラと輝いている。聖は、嫌な予感がした。

 

「私、聖のことが好きみたい」

 

「…………はぁ!?」
「いやー、自分でもびっくりだけど」
「変な冗談、よしてよね」
「冗談なんかじゃないわよ、ほら」
 言いながら江利子は、ごく自然と聖の右手を掴むと、自分自身の左胸にその手の平をあてがわせた。
 聖の手の圧力を受けて、制服の上から形を変える江利子の胸。
「――――っ!!??」
「ほら、心臓、ドキドキしているでしょう?」
「なっ、ちょっ、お、おっぱぃ……っ」
 手の平から零れそうなほどのボリュームを受けて、目を白黒させる聖。
「なんでだろう、こんな天の邪鬼で面倒くさい女……あぁ、でもそうか、だからこそ好きになったのかも。私のことを飽きさせず、それに面白いから。喧嘩するほどっていうのは本当だったのね。それとも、好きな子を虐めたくなる心理?」
「え、江利子っ、やめなって」
 どうにか江利子の胸から手を離した聖であったが、その表情に余裕はなく、江利子の迫力に押されるように後退する。しかし狭い室内、すぐに背中は壁に当たり、目の前の江利子に挟まれるようにして逃げ場を失う。
 江利子は自らの体を聖に押し付けるようにして迫る。特に意識して、胸をあてる。江利子の胸と聖の胸が互いに押し合い、なんともいえない柔らかさがそれぞれに跳ね返ってくる。
「聖は私のこと、嫌い?」
「あ、当たり前だ、この変態凸ちん……っ!」
「そんなこと言われると、悲しいじゃない」
「ふあっ!?」
 逃げようとする聖をおさえて、首筋に顔を埋めると、そのまま江利子は軽く歯を立てた。聖の体が震え、僅かに甘い声を漏らす。
 相変わらずぎゅうぎゅうと押され、胸は苦しい。だけど、首筋からは痺れるような、快感ともいいがたいモノが聖の全身に押し寄せる。
 一旦、江利子は口を離す。
 顔を寄せてくる。
「江利子、そんな、いい加減にっ」
 体格、体力を考えても、聖の方が単純な力なら強いだろうし、はねのけることもできるはずなのに、それができない。柔らかな江利子の体に押されて、自由を奪われている。
 江利子の唇が近づいてくる。
 聖だって、キスしたことがないわけじゃない。だというのに、初心な少女のごとく見動きすらとれない。
「……ふぅ」
 しかし、そこで江利子がすっと聖から離れる。
「やっぱり、無理矢理っていうのは、嫌だものね」
「江利子……本気じゃないでしょう? どうせ、からかっていただけなんでしょ」
「さ、どうかしらね?」
 さらさらの髪の毛を揺らして、微笑む江利子。
 口をぱくぱくとさせている聖。
 聖のことなどお構いなしに江利子が元の椅子に腰を下ろすと、直後に部屋の扉が開いた。
「ごきげんよう……って」
 入ってきたのは、一年生トリオ。
 椅子に座っている江利子と、壁にへばりついている聖を交互に見て、首を傾げる。
「何か、あったんですか?」
「あら祐巳ちゃん、気になる? 実はね、聖と」
「なっ、何もないよっ、別にっ!」
「お姉さま、どうしたのですか、そんなに慌てて」
「なんでもないぞー、志摩子、あははっ……」
「そうね、今のところは……ね」
 意味深な言葉を呟き、意味深に片目を瞑る江利子。

 寒かったはずの薔薇の館内だったが、聖も江利子もいつの間にか気温が上昇しているように感じられたのであった。

 

おしまい

 

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