このところ、どうにもふと"あのコト"が頭に思い浮かんでしまう瞬間がある。それ即ち、江利子にキスされたときのこと。
いや、あれは別にキスなどではない。実際に江利子の唇が触れたのは聖の首筋で、それもキスというよりは噛みつかれたと言った方が正しい。だというのに、どうしてこうも思い出してしまうのか。
肌に軽く刺さる江利子の堅い歯の感触、同時に触れてきた柔らかくてほんのりとひんやりした唇、さらに押し付けられる江利子自体の体の柔らかさ。胸が大きいことは分かっていたけれど、体ごと押し付けられて改めて感じさせられた。
「……いったい、何のつもりなのよ」
聖のことを、好きだなんて言ってきて。
分かっている。どうせ、いつもの好奇心からに決まっている。全方位に優れた能力を持つがゆえに、どんなことでも満足しきれなくなってしまった彼女。日常に飽き、たまたまつまらない日々を忘れさせてくれるかもしれないと、それだけで寄ってきたに違いない。
大体、江利子が聖を好きだなんてこと、あるはずがないのだ。ずっと昔から敵対してきた。今でこそ適度に付き合っているものの、他の人が言う『親友』なんてものとは程遠い関係だと聖は思っている。近すぎず遠すぎず、それが適した距離だと思っている。
実際、江利子だってあの日以来、特に何もしてこない。学校で会えば普通に挨拶したり、軽く会話をしたりするけれど、それ以上のことはない。やっぱり、江利子もあの場の勢いというか流れで言っただけなのだろう。
そんなわけで聖もようやく落ち着きを戻しつつあり、不意に思い出してしまうあの時のことも、もう少しすれば自然と忘れてしまうだろうと考えている今日この頃のこと。
群れるのが嫌いな聖は、うすら寒い日だというのに一人でぶらぶらと校内をふらついていた。さっさと帰宅すればよいものだが、ゴロンタを見かけて追いかけているうちにフラフラしていたのだ。
「――うわぁっ、最悪っ!」
猫を追いかけるのに夢中で、空の変わり具合に目がいかなかったのは不覚だった。ふと気が付いた時には、冬の冷たい雨が降り注いできていた。校舎内に逃げ込むよりも薔薇の館の方が近いと判断して駆け込んだが、結構濡れてしまっていた。
「ううっ、さぶっ! このままじゃあ、風邪引いちゃうなぁ」
雨をしのげたのはよいものの、よく考えたら薔薇の館に来たところでどうしたらよいのか。震える体を抱きしめるようにしながら、聖は何かないだろうかと、半ば物置になっている一階の部屋を物色した。
「…………っと、お、これは」
しばらくして、良いものを見つけた。
幸い、今日は山百合会の活動はなく、おまけにこの雨であるから他のメンバーが来ることもないであろう。聖は濡れてしまった制服をざっと脱ぎ始めた。
聖が見つけたのは、学園祭か何かの時にでも用意されたと思われる服だった。といっても仮装とか変なものとかではなく、白いブラウスにチェックのプリーツスカートというごく普通のもの。おそらく、他の学校の制服か何かで、演劇にでも使用したのだろう。体の方はさほど濡れていなかったので、ハンカチで軽く拭いてから着替える。
リリアンのワンピースの制服に慣れていると、ごく普通のブラウスにスカートという制服が少し変に感じてしまうが、この際文句など言っていられない。スカートと同系のジャケットも見つけたので羽織り、寒さも軽減された。
あとは、リリアンの制服が乾くまで待つだけ。さすがに完璧に乾くのは難しいかもしれないが、着られる程度に乾いてくれれば良い。 「ふーっ、やれやれ。一時はどうなることかと……」
一息ついて部屋から出て、二階で暖かい紅茶でも飲もうかと思っていると。
「――っと! うぅ、寒いっ、何かここにないかしら」
勢いよく出入り口の扉が開き、姿を見せたのは見慣れたヘアバンド。両手で持った鞄を頭の上にかざしたままの体勢で、髪の毛から水滴を垂らしながら江利子の瞳が聖をとらえる。
「あら……奇遇ね」
「ほんと……奇遇」
苦笑するしかなかった。
温かい紅茶を飲んで、人心地つける。
聖の目の前には、聖と同じ格好をした江利子が座っている。江利子もまた制服を濡らしてしまい着替えたのだ。
ちらと、江利子を見る。
なぜ、濡れながら薔薇の館にやってきたのは不明である。尋ねてみたもののはぐらかされてしまった。聖自身、ろくな理由でもなかったのでそれ以上突っ込んで聞くのも躊躇われ、こうして黙って座っている。
「……なんか間抜けね、こうして薔薇さま二人が濡れ鼠になって駆け込んで、雨宿りしているなんて」
「濡れ鼠、ってほど濡れていたわけでもないけど」
言いながら、またしても江利子に視線を向ける。どうしても見てしまうのは、ブラウスを大きく膨らませているバストが目立からだ。
リリアンの制服だと、たとえ夏服になったとしても半袖になるだけなので、このような姿を目にすることはない。普段着ならあるかもしれないが、プライベートで江利子と会う機会は決して多いとはいえず、記憶にも無かった。
ボタンを上までかっちり止めず、そのせいで首筋、さらに鎖骨の一部が覗いて見えるのがどこか少し色っぽい。
「…………暇ね」
紅茶を飲み終えてぼーっとしていると、不意に江利子が呟いた。
「仕方ないじゃん、雨はまだやまないし、制服もまだ濡れている。やることもないし」
「やることは作ればいいのよ。そうねぇ……あ、そうだ」
何か思いついたのか、江利子は床に置いてあった鞄を取ってあけると、中から何やら取り出した。
「何ソレ?」
「これはグミよ。もらい物なんだけど」
まだ封の空けられていない新品のそれは、何種類もの味のグミが入っているタイプのものだった。
「これをお互いに食べさせて、何を食べさせられたか当てっこするの」
「そんなの、すぐに分かるじゃん」
「そうとも限らないわよ、これ見ると、結構似たような味のものがあるし」
袋に描かれたフルーツを見て、江利子がふむふむと頷く。
「それとも聖、自信がないんじゃない? 聖って結構、変な味覚しているし」
「むっ。失礼な。いいよ、つきあってあげる」
確かに、あまり他の子達が好まないようなものを好むことは多々あるが、それと味当ては全く別の問題だ。
「それじゃあ、私が言い出しっぺだし、先行は聖に譲るわ」
グミの詰まった袋を渡される。封を開けて中を見てみると、個包装されているタイプのもので、それぞれの包装にフルーツ名が書かれているので間違いや誤魔化しも起こりそうになかった。
「それじゃあ……どうぞ」
「…………っ!」
江利子が目を閉じ、口を「あーん」と開ける。その姿を見て、思わずドキッとしてしまった自分を責める聖。なんで、変なことを考えてしまうのか。江利子は普段通りで変わらないというのに。
「……聖、まだぁ? はやくぅ」
なぜか甘えるような声をだし、ちろりと舌を出す江利子。
震える指で包装を破りながら、指でつまんだグミを江利子の口の中にそっと押し込む。その際、指先をちょっぴり唇で触れられてドキドキする。
江利子はゆっくりと口の中で咀嚼した後、目を開いて答えを言う。
「……りんご」
「…………正解」
「さすがに、分かりやすいんじゃない?」
「最初だから、分かりやすいのにしてあげたの」
「はいはい。それじゃあ、次は聖の番よ」
攻守交代し、今度は聖が目を閉じて口を開く。しばし待つと、口の中に放り込まれるグミ。舌の上で転がし、歯で噛んで味を確かめる。
「…………オレンジでしょ」
目を開けて答えると。
なぜか不満そうな顔をしている江利子。
「正解じゃないの?」
「正解だけど……今、聖、ちょっと薄目あけて見ていたでしょ?」
「はぁ? そんなことしていないって」
とんでもない濡れ衣だった。
「えーっ、ホントにぃ? なんか、見ていたようなんだけど」
「見ていないっての」
「ちょっと信じられないなぁ……そうだ、もう一回、今度は目隠ししてやってよ」
「はぁ? なんでそこまで」
「次は私も目隠しするから、ね?」
と、江利子は鞄からターバンヘアバンドを取り出して聖に手渡してきた。
「もう……仕方ない」
渋々とヘアバンドで目隠しをする。
「それじゃあもう一回。はい、あーんして」
「あーー」
口の中に入ってくるグミ。
「……グレープフルーツ」
「ぶっぶー、外れー」
「えー、嘘! 絶対にグレープフルーツでしょ!?」
「正解はピンクグレープフルーツでしたー」
「そんなの同じじゃない」
「違います。実際、普通のグレープフルーツ味もあるし」
「嘘だ、そんなの同じ…………げ」
ヘアバンドをずらしてグミの袋を見てみると、確かにグレープフルーツとピンクグレープフルーツの2種類があった。ずるい。というか、本当にどんなふうに味が違うのか。
「何よソレ、そんなのあり?」
脱力して、椅子の背にだらんともたれかかる。
「ありよ、もちろん」
江利子が立ち上がり、食べたグミの袋をゴミ箱に捨てる。再び元の位置に戻るのかと思いきや、なぜか江利子は聖の後ろにやってきた。
「……江利子?」
戸惑う聖をよそに、椅子の背の後ろで組んでいた聖の両手を素早く布のようなもので縛り上げる江利子。
「ちょっ!? な、何するのよ江利子っ」
「外した方には罰ゲーム。定番でしょう?」
「そんなの聞いてな……」
言い終わる前に、ヘアバンドを下ろされて再び視界を奪われる。
「それじゃあ、もう一回、チャンスをあげるわ」
「江利子、ふざけてないで外しなさいよっ」
「ほら、じたばたしないで口を開けて」
「だから、こんなの……んっ」
口の中にグミを押し入れられる。
「さ、何味?」
「これは……また、グレープフルーツ……」
「ふふ、だから、ピンクグレープフルーツって言ったでしょう?」
おかしそうに言う江利子の声が耳に入る。視覚を奪われているせいか、その声が直接脳に届けられているように錯覚する。
「もう、連続で外すなんてやっぱり味覚音痴なんじゃない?」
右の太腿の上に重みがかかり、江利子が足の上に座ってきたのだと分かる。
「さ、次よ」
「いい加減に、やめ……んんっ!?」
またしてもグミが押し入れられたが、今度は押し入れてきた江利子の指が抜かれず逆に口の奥に侵入してきた。
「んむっ……ふぇ、えりっ……んちゅっ……んっ」
舌の上に乗せられたグミを、江利子の指がころころと転がす。
「今回は……聖の口に入れられた私の指は、何指でしょうか?」
「んもっ……あ、ふぁっ、ちゅ」
そんなの人差し指に決まっていると言いたいが、指を入れられては言葉をうまく出すことが出来ない。
「…………時間切れよ、聖。ふふ、ほら、どんどん罰ゲームが進むわよ?」
指がさらにもう一本、入り込んできた。
江利子の指はすべすべとして、舐めるとわずかにしょっぱいような味がした。手を封じられ、足の上に乗られて逃れることも出来ず、苦しくなってきた口の端からは唾液が溢れて零れ落ちはじめた。
「はぁっ……ん……れろっ……んちゅ……」
ゆっくりと江利子の指が抜かれ、ようやく一呼吸つけると思ったのもつかの間。ぞわりとした悪寒のようなものが、不意に体を駆け抜けた。
「ちょ、江利子、やめ、何するのっ!?」
お腹のあたりがスースーすると思ったら、どうやら江利子がブラウスのボタンを下から外しているようだった。
「聖のお腹、けっこう引き締まっていていいわね……あと、可愛いお臍」
露わになったお腹を江利子の手の平が撫で、さらにお臍を指の腹でくすぐられると、ぞわぞわと快感にも似たものが聖を襲う。
ブラウスのボタンは胸のところの一つを除いて全て外されてしまった。江利子の指がブラジャーの下のあたりに置かれたと思うと、ゆっくりと、聖の中心線をなぞるようにして下降し始める。
「ひっ……ふぁ……あ、んっ……」
くすぐったさに身をよじろうにも、動かすことも出来ない。
江利子の指はお臍に到達すると、臍を中心にして円を描いて回り、やがてスカートへと到達した。
着替えたスカートは膝上丈のミニスカートで、その裾の部分をそろりと上の方にずらしていく江利子の手。
「ちょっ、え、江利子、やめて……」
足を閉じようにも、右太ももの上に乗った江利子の右足が間に入っているために出来ない。
「江利子、いい加減に……」
「聖、口を開いて。次よ」
「もう、やめ……」
「開きなさい」
「うぁ……あ……」
少し強めの口調で言われると、聖はびくりと体を震わせた後、おそるおそる口を開いた。何も見えず、体の自由を奪われた今、江利子の声に逆らうことができなかった。
そんな聖を満足そうに見つめ、江利子は聖の口元に再び指先を伸ばす。触れるか触れないかという場所に止まると、気配を察したのか聖の口から舌が伸びてきて江利子の指先を舐める。首を前に伸ばすようにするとかろうじて指に届き、聖は懸命に口に含もうとした。
「あら……そんなに欲しいのかしら、これが」
軽く口内に押し込まれると、聖はちゅうちゅうと吸い、舌を絡ませた。
「可愛いわ、聖」
右の太腿に押し付けられている部分に、江利子の熱を感じる。
さらに、江利子の胸も押し付けられる。その感触から、江利子もブラウスのボタンを外して下着姿を晒していることが分かった。
下着でない部分同士、谷間を作る盛り上がった部分同士が触れ合うと、そこもまた燃えるように熱く感じる。
口に入れられていない方の江利子の手が伸び、ブラウスの下から背中を抱きしめてくる。肩甲骨のあたりをなぞられると喘ぎ声が漏れそうになるが、口を塞がれているので柔らかな指を強く噛みしめるだけ。だらだらと流れる唾液が胸元まで垂れ、汗と混じって二人の肌を濡らせて光らせる。くちゅくちゅと湿った音が聞こえるのは、聖が指を舐める音か、胸を濡らす汗と唾液か、はたまた別の個所から漏れ聞こえてきているモノなのか、聖にはもはや判断つかなかった。
江利子の顔が近づき、耳元に熱い吐息を吹きかけてくる。
そして。
「…………好きよ、聖」
その言葉を耳にした次の瞬間。
聖の体はびくびくと痙攣し、聖は意識を失った。
気が付いた時、聖の両腕は縛られてなどおらず、目隠しもなく、ブラウスもスカートも乱れていなかった。
腕を枕代わりに机に突っ伏す形で寝ていた聖は、ぼーっとする頭のまま、手の甲で口元を拭った。べったりと涎がつき、見てみれば机の上にも唾液が垂れていた。
「あ…………れ? わたし……」
きょろきょろと首を動かして室内を見ると。
「あら、やっと起きたの? 随分とぐっすりと寝ていたわよ」
文庫本を読んでいた江利子が顔をあげ、いつも通りの退屈そうな目をして聖のことを見つめていた。江利子の服装も乱れてなどいない。
「…………寝てた?」
「そうよ、そらもうグースカと」
「…………夢……?」
夢にしてはリアルすぎた。
江利子の指も、胸も、肌も、吐息も、全てが。
もう一度、江利子を見る。
ブラウスにスカートという格好は変わっていない。様子も変わらず、先ほどのことがあったようにはとても見えない。
「まあ、聖が起きるのを待っていたお蔭で、制服も大分と乾いたようだし。まだ少ししっとりしているけれど、そろそろ行きましょうか」
文庫本を閉じて立ち上がる江利子につられ、聖も立ち上がる。窓の外はすっかり暗くなっていた。
「そ、そうね」
首を捻りつつ、ジャケットを脱ごうとしたところで、手首に残されている痣に気が付いた。何かによって縛られたような跡に。
「――――っ」
まさか、と思ったら。
「…………聖って結構、いじめられるの好きでしょ? 可愛かったわよ」
気配を消して近寄ってきた江利子に肩をつかまれ、耳元で囁かれ。
途端に聖は真っ赤になって江利子から離れた。
焦る聖を見て、江利子は満足そうに口の端を上げる。
「ちょ……江利子……」
左手を熱くなった頬に当てながら、江利子を見つめると。
「やっぱり、聖は、いいわ。改めて、好きなことを確認できちゃった」
と、悪戯めいた笑みを見せられた。
「さあ、さっさと着替えて帰りましょう。体が冷えちゃうわ」
さっさとブラウスを脱ぎ始める江利子。
しなやかな体の曲線が目に入り、思わず背を向ける。
冷えるどころか、聖の体は熱暴走しそうなほどにあらゆる箇所が熱くなっていた。
おしまい