もはや、見慣れた光景になりつつあったので小林もアリスも特に驚くことも無く平常心で迎え入れた。
校門を出て、ちょっと離れたいつもの場所に佇んでいる人影。スパンコールのあしらわれたホワイトキャミにミントグリーンのパンツをあわせたなんとも爽やかな格好。お決まりのポニーテールを揺らす姿は、いつものごとく学院生達の目を奪って仕方がない。
だけど、あえて声をかけるような生徒は存在しない。
それは、花寺の学院生が女性に慣れない奥ゆかしい者ばかりとか、女性が声をかけるに値するような容姿をしていないとか、そういう訳ではない。ではなぜかというと、彼女は"生徒会長の彼女"として彼らの中では認識が定着されているから。知らぬは生徒会長本人のみというような状況。
ということで、彼女に声をかけるのは、生徒会長の友人であり、その関係で以前に話をしたことがある小林やアリスくらいに限られるのだ。
「あ、小林くんにアリスだ。ごきげんよう」
歩いてくる二人に気が付き、三奈子の方から先に声をかけてきた。
「こんにちは、三奈子さん」
「大学はもう終わったんですか?」
「へへー、大学生は高校生と違って夏休みの期間が長いのだよ」
「あ、そうか。いいな」
「いやいや、その分、試験とか大変なのだよ」
他愛もない会話を挨拶代わりにしてから、本題に切り替える。
「ユキ……祐麒ですか?」
「先生と面談やってるけど、もう少ししたら来ると思いますよ」
なぜか分からないが、三奈子と会うとき祐麒が一緒にいないことが多い。なので、三奈子が待ち時間を退屈しないようお喋りをする時間が増えるのだ。
「ん、ありがと。だいじょうぶだよ、待っているから」
「今日は、何か約束ですか?」
「ううん、渡し損ねていた写真を渡そうと思って」
言いながら、三奈子はバッグから写真の束を取り出した。
「わあ、写真?あの、もしよろしかったら見せていただいてもいいですか?」
「いいわよ」
アリスの申し出に、気前よく写真を手渡す。小林も隣に立って、アリスが手にした写真を覗きこむ。
「おおっ、これはまた……」
「あ、三奈子さん、かっこいい!」
映し出されているのは、車の運転席でハンドル片手にした三奈子の姿。もちろんそれだけでなく、三奈子と一緒に照れた表情をした祐麒の姿もある。セルフ撮影をしたのだろう、二人はアップで映り、枠におさまるために密着した格好となっている。
他にも、車をバックにしたものや、海、砂浜などを背景にした写真もある。三奈子のみ、祐麒のみ、二人一緒、風景のみ、様々な写真が次々と現れる。
「それはねえ、夏休みに海に行ったときのやつね」
「いいですねえ……二人で行ったんですか?」
「そうよ」
てらいなく頷く三奈子。揺れるポニーテール。
爽やかな夏空から夕陽に変わったところで海の写真は終わり、続いて出てきたのは浴衣姿の三奈子。青地に金魚の描かれた浴衣は三奈子によく似合っていた。
「三奈子さん、可愛い!」
「ありがと、アリス」
ここでも無論、三奈子の傍らには祐麒がいる。祐麒はシャツにジーンズといういつもの格好であるが、変わらずに二人並び、綿飴を頬張り、お好み焼きのソースと海苔を口の端にくっつけ、金魚の入ったビニール袋を手にしていたりする。
「これはお祭りのときね。花火大会の」
言葉通り、夜空に輝く大輪の華が何枚か続く。
写真はそれで終わるわけではない。有名なアミューズメントパークで遊ぶ二人、どこかの山林や川での二人など。
「……やー、なんていうか、もう言うことがないというか」
「仲良いですね、お二人」
写真を三奈子に返しながら、そんなことくらいしか言えない。写真とはいえラブラブなところを余すところ無く見せ付けられ、まだ残暑厳しい中、熱さが余計に増すようだった。
「くそっ、ユキチのやつめ、夏休みに何があったのか全て吐かせないとな……三奈子さん、ひょっとして夏休み中、毎日会っていたりしたんですか?」
「まさか、いくらなんでもそんなわけないじゃない。この前会ったのは、一週間くらい前だし……って、ああそうそう思い出した。一週間前のときといえば」
何かを思い出したのか、三奈子は腕を組んで一人頷く。
「何か、あったんですか?」
話の流れで聞いてみる小林。
「うん、そう、もう凄かったのよ祐麒くんてば。もう、ガンガン突いて、ガンガン入れて。連続で、全然止まらないんだもん」
「ガっ?!」
こればかりは慣れた、とはいえない三奈子の爆弾発言に、小林は絶句した。
三奈子は構わずに続ける。
「確かに凄かったけど、ちょっとは私のこと考えてくれてもいいと思わない?女の子なんだから。そりゃ、それだけ祐麒くんが夢中になってたってことだろうけど」
「ええと」
「祐麒くんは気分いいかもしれないけど……まあ、私も凄いとは思ったけどね、興奮したし。でも、ずっと続けられるとさすがにねえ……そうよ、今日はあのときのカリを返さないと。今日は私が攻めるんだから!」
「あの、ほら、ええと祐麒も若い男なんで、許してやってください」
何と言ったらいいのか分からず、とりあえずフォローといえるか分からないけどそんなことを言っておく。
「うーん、そうなの?じゃあ、小林くんやアリスも同じなの?」
「えっ?!いや、お、俺はそんな、経験ないからっ」
顔を赤くしながら答える小林。
「あら、そうなんだ。それなら今度、二人でやってみたら?」
「え、ええっっ?!いやややや、さ、さすがにそれは無理っす!出来ないっす!!」
狼狽して、激しく首を振る小林。
「そんな、やだ、いきなりなんて私、心と体の準備が……」
一方、なぜか頬を赤らめて体をくねくねとさせるアリス。
「な、なんだよアリス、寄るなって……ああほら、ゆ、祐麒が来ましたよ」
小林が指差す先を見てみると、確かに祐麒が校門から出てくるのが見えた。祐麒のほうもまた三人の姿を見つけたのか駆け足でやってくる。というよりむしろ、全速力で向かってくる。
「み、み、三奈子さんっ?!」
「やっほ、祐麒くん」
「あー、全速力で駆けてくるなんて、いつも熱いねぇユキチくん?」
「そんなんじゃないから!」
なぜか焦っている祐麒。暑さのせいもあり、額から汗を流しながら三奈子の肩をぎゅっと掴む。
「三奈子さん、こいつらに変なこと、言わなかったでしょうね?」
「べ、別に言ってないわよ?」
「本当ですか?」
「本当だってば、どうしたのよ祐麒くん」
肩を掴んだ祐麒の手をほどきながら、眉をひそめた三奈子は、そのまま小林とアリスに視線を向ける。
「う、うん。別に、なあアリス?」
「え、ええ」
「なんか怪しいなあ」
「いやいや、そんなことよりユキチ。お前、若さに任せて突っ走るのは少し抑えたほうがいいんじゃないか?自分さえ良ければいいのか?また前と同じ轍を踏むようなことするなよ?」
「そうよ、ユキチ。パートナーのことも思い遣らないと。二人とも一緒に良くなったほうがいいでしょう?それから、三奈子さんのことを考えるなら、ちゃんと付けなさい。そりゃ、付けないほうがいいのかもしれないけれど……」
「待て待て二人とも。やっぱり、何か言われたな?何を言われた?!」
「なんでもないの。ほら三奈子さん待たせちゃっているわよ」
「そうそう……ああ、そういや今日の三奈子さんには覚悟しておけよ……っていうか、畜生、羨ましいぃぃっ!俺も攻められてぇっ!!」
「小林、落ち着いて。もし良かったら、わたしだったら攻めても……」
「うわわわっ、アリスっ?!」
問い詰めようとしたが、小林は逃げるように駆け出し、それを追ってアリスも行ってしまった。
結局、いつものパターンで、祐麒と三奈子の二人が残されたのであった。
「……で、結局、何の話をしていたんですか?」
「夏休みに撮った写真のことと、あとは先週のビリヤードの話だけど。そうそう、今日は私がリベンジするから覚悟しときなさいよ」
「う~っ、絶対にそれだけで終わってない気がする」
頭を抱える祐麒。
隣を足取りも軽く進んでゆく三奈子は、いつものとおり邪気のない笑顔を浮かべて祐麒のことを眺めている。
「ねえねえ、それより先生と面談って、ひょっとして進路のこと?」
「ええ、まあ」
「ふーん、もう決めているの?大学進学?だとしたら花寺の大学?」
「いや、どうせ進学するなら花寺じゃないところに行きたいと思っているんだけど」
「へー、じゃあどこらへん狙っているの?あ、ひょっとして私と同じ大学に来たいとか考えていたり?」
「そ、そんなわけないでしょうっ。な、なんで三奈子さんの」
「あれーっ、なんか赤くなっているよ?」
「な、なってません」
説得力なく赤くなった祐麒の頬を、にやにや笑いながら指先でつんつんする三奈子。
二人の姿は街の中で、特に変わったこともない普通のカップルのように溶け込んでいて。太陽は相変わらず真夏を思わせる陽射しを投げつけ、雲は巨大な姿で宙に浮き、空は変わらずに存在している。
三奈子の笑顔も、揺れるポニーテールも、弾むような口調も。
そんな、いつもと変わることない、ある日の午後だった。