乃梨子は悩んでいた。
この前、体調が悪い時、祐麒には世話になった。
山百合会のメンバーの余計な世話焼きにより、望まずそんなことになったとはいえ、助けてもらったことには変わりない。だから、何かお礼をするべきだと理解はしているのだが、ではどうすればよいのか分からない。
「やっぱり何かご馳走するのが無難かしらね」
食事の面で世話になったのだ、同じ方面でお礼をするのが自然であろう。
フードコート、ではさすがに安っぽすぎる気もするから、どこかファミレスとかパスタ屋とかどうだろうか。
でも、誘って二人で食事に行くなんて、変な勘違いをされても困ってしまう。
そんな風にしばらくもやもやしていたのだが、いつまでも放置しておけないし、時間を空けすぎるのもイマイチだ。
さっさとすませて楽になってしまおうと、乃梨子は決断した。
「乃梨子さん、今日は山百合会の活動がない日でしたわよね。よかったら『わくわく節足動物ランド』に遊びに行きませんか?』
午後の授業が終わると、クラスの友人が謎の誘いをかけてきた。席が隣になって最近よく話すようになった子だ。
「ごめん、今日は用事があるから」
「そうですか、残念です」
しゅんとしてしまう彼女に申し訳ない気持ちも浮かぶが仕方ない。てゆうか、二人で一緒に遊びに行くほど仲良くなった記憶はないのだが。
「乃梨子さんでしたら分かち合えるかと思ったのですが、そこまで大事な用事があるなら仕方ありませんわね」
彼女に挨拶をして学園を後にして、向かうは花寺学院。
とりあえず、祐麒を捕まえないことにはどうにもならない。
しかし、いざ花寺学院の近くまでやってきたところで躊躇する。正門の前で待ち構えて仮に祐麒を見つけたところで、話しかけるところを他の花寺の生徒に見られたらまた面倒くさいことになる。
考えた乃梨子はくるりとターンして戻り、祐麒が乗り換えで使用する駅で待ち構えることにした。
はたして、しばらく待つと祐麒がバスから降りてくる姿が見えた。それも、ちょうどよいことに一人である。祐麒はすぐには電車に向かおうとせず、どうやら寄り道をするようにみえて、それも丁度良かった。
祐麒が歩く姿を見失わないように後を追う。
さっさと声をかけてしまおうと思ったが、よくよく考えてみればなんで乃梨子がここにいるのか説明が難しい。わざわざ待っていたなんて言うと、また変に誤解を持たれかねない。
「う……むむ……」
ラーメン屋の看板の陰に身を隠し、こっそりと祐麒を見ながら唸る乃梨子。
そこで思いついた。
祐麒が行きそうな店に乃梨子の方が先にいて、たまたま出くわしたようにすればよいのだ。それであれば、むしろ乃梨子がいる場所に祐麒の方が後からわざわざやってきたようにも見えるし、優位に立てる。
そう考えると、祐麒が行きそうな店はいくつか思いあたる。
本屋、ゲームショップ、ゲーセン、音楽ショップなど。今の歩く方向から考えれば--
と、そこで気が付いた。
乃梨子よりやや前方に同年代くらいと思える女の子がいるのだが、その女の子の様子がどこかおかしい。
電柱の陰に隠れるようにして前方の様子を見ており、その視線の先にいるのは祐麒だった。
祐麒が歩を進めると、その女の子も追いかけるようにしてそそくさと進んで次は床屋のぐるぐる回っているアレの陰に身を隠す。
あやしい。
こんな風にこそこそ物陰に身を隠しながら人の後を追うなんて、怪しい人物に違いない。
もしやストーカー?
いやいや、あの男に、そんなことあるわけがない。
そう思いつつも放っておけず、乃梨子は祐麒を追う女の子の後を追いかける。
そして。
祐麒がいきなり振り返り、女の子を見つめた。
どうやら気が付いたようだったが。
(……はぁ? なんでその女の子には気が付いて、私には気が付かないの? バカなの!?)
と、乃梨子は内心で憤る。
が、そんなことをしている場合ではなかった。逃げようとする女の子に、祐麒が手を伸ばそうとしているのを目にして、乃梨子は咄嗟にその場を飛び出していた。
「こっちです、馬鹿!」
言いながら、祐麒の頭をチョップする。
「痛っ! な、なんだっ」
叫びながら体を反転させた祐麒に、乃梨子はすかさず言い放つ。
「なんだ、じゃないですよ、変態ですかあなたは?」
「え、に、二条さん?」
「まったく……性犯罪者にでもなりたいんですか? いきなり見ず知らずの女の子を捕まえようとして」
危ないところであった。
謎の女の子の正体は分からないが、きっと危なかったに違いない。そんな予感がするのだ。
きっと変なストーカーかもしれないし。
「そういや、二条さんは何でここに?」
「え! そそ、それは、偶然、偶然に決まっているじゃないですか」
当初の予定と違ってしまい歯噛みするが、仮定は異なるものの結果オーライとするしかない。
借りを作ったままなのは嫌だから、さっさと済ませてしまおう。
だから乃梨子は、さっさと去ろうとする祐麒に向かって。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
などと口走ってしまったのであった。
★
「乃梨子の作ってくれた肉じゃが、美味しいよ」
「ありがとう、董子さん」
夜、董子が帰宅すると、乃梨子は肉じゃがの残りを暖めて董子に振る舞った。
董子は冷蔵庫からビールを取り出し、飲みながら全部を食べた。
更に残ったビールできんぴらごぼうをつまむ。
「そういえば、そのきんぴら作ったの董子さんだよね?」
「そうだよ、秘伝のレシピでね、隠し味があってね、あたしはきんぴらだけはコレじゃないとイマイチでねぇ」
と言いながらきんぴらを齧り、美味しそうにビールを喉に流し込んでいる。
「……ね。その秘伝のレシピ、私に教えてくれたりはしない?」
「ん、どうしたんだい、そんなに好きだったか?」
訝しむように乃梨子を見つめてくる董子。
「あー、別に、なんとなく。別にいいよ」
「そういや、料理なんて今まで殆どしていなかったのにいきなり……あぁ、そういうことかい」
ビールの泡を拭いならが董子はにやりと笑った。
「ち、違うし、別に、そういうのじゃないし!」
「んん? あたしはまだ何も言っていないけれど、乃梨子は何を思ったのかな?」
「うるさいな、なんでもないし!」
「いいよ、教えてあげるよ、レシピ」
「え?」
部屋に戻ろうとしていた乃梨子だったが、その一言に足を止める。
「……その代わり、彼に食べさせてあげたら、その感想をあたしにも教えておくれよ?」
「だーかーらー、そんなんじゃないし!」
乃梨子は董子に背を向けて自分の部屋に入った。
「違う、っていうのに、もう」
頬を膨らませる。
なんでこう、うまくいかないのだろう。
中学まではずっと優等生でうまいことやって、困惑するようなことなんて記憶にない。それが、リリアンに入ってからは戸惑うことばかりだった。
「もうっ」
何の罪もないぬいぐるみに軽く八つ当たりをしてから、乃梨子は机に向かって予習を始めるのであった。
おしまい