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マリア様がみてる 中・長編

【マリみてSS】BATTLE LILIAN ROYALE <10.撃鉄>

更新日:

 

 テーマパークの入場ゲートを抜けてすぐに広がるのが、『ワールドターミナル』。テーマパーク内の各エリアへと行くためには、必ず通る場所であり、帰る際にも必ず通過しなくてはならない。
 それだけに、単なる入場口にとどまらない豪華さを誇っている。
 異国の豪壮な宮殿でも参考にしたのではないかと思われるような、それだけでも観光地になるのではないかというような造り。
 入場口から見て、正面、左、右と、背の高い二階建ての建物が並び、囲まれるようにして作られた広場には、テーマパークのキャラクターを用いた記念碑が建立されている。三つの建物は当然、見せかけなどではなく、中にはキャラクターショップ、休憩所、預り所、迷子センター、軽食店など、様々な店が入っていた。
 更に、完全に観賞用の建造物が幾つかある。これらは、世界各国の有名な建造物やその一部をリアルに再現しているもので、アトラクションを体験するのが厳しいお年寄りや体の弱い人でも、充分に楽しむことが出来るようになっている。
 テーマパークに入場すると、それぞれの建物によって視界が遮られる格好となるが、趣の異なる様々なエリアの姿を、入った瞬間から晒さないようにするため。初めて訪れる客は、建物を抜けて目にする各エリアの豪華で、幻想的で、華美な姿に、まずは圧倒されるというのが常だった。
 そんな場所も、打ち捨てられ、時の流れた今は、廃れて逆に寂寥といくばくかの恐ろしさを感じさせるだけに過ぎない。
 宮殿などは、人が存在してこそ華やかさを増し、輝きを増すというのに、誰もおらずにただ空虚さだけが広がっていては、不気味さも倍増するというもの。
 そんなエリアの一角を、井川亜美は歩いていた。
 元々は『ウォーターゲート』のエリアにいたのだが、前の放送で自分のいた付近が禁止エリアになると聞いて、移動をしてきた。
 亜美はまだ、誰とも戦闘をしていないが、可南子が走る姿を目撃している。声をかけようと思ったが、肩から提げている大きな銃を目にして、呼び止めるだけの勇気が持てなかった。
 これからどうすればよいのだろうか。悩んでも、考えても、良い考えなど浮かばなくて、泣けてきそうである。放送を信じるならば、既に何人もの死者が出ているわけで、誰が信じられるのかも分からない。
 友人の江守千保はどうしているだろうか。
 そして何より、志摩子はどうしているだろうか。
 千保が、そして亜美自身が大ファンである、藤堂志摩子。白薔薇さまとして、絶大な人気を誇る志摩子だが、無事でいるだろうか。とてもじゃないが、このような殺伐とした雰囲気、殺し合いなんて場が似合うような人物ではない。もっとも、殺し合いが似合う女子高校生なんて、日本で現実にいるはずもないが。
 リュックを背負い、とぼとぼと歩く。
 昨夜来、口にしたのは支給されていたブロックタイプのバランス栄養食と、ペットボトルの水だけで、味気ないことこの上ない。お腹が減っているわけではないが、楽しくない食事は気分を盛り下げる。
 東側の宮殿二階の通路を、音を殺すようにして進んでいく。二階にいるのは、上にいた方が他の人を見つけやすいからと考えたから。とは言うものの、亜美が歩いている場所からだと、入場後に足を踏み入れる入口前の広場しか見渡すことはできないのだが。
 やがて、休憩所と思しき部屋に足を踏み入れた。椅子やテーブル、壊れた自動販売機などが置かれている。ベンチは誇りをかぶっていたが、汚れを払うこともなく腰を下ろす。既に、制服はかなり汚れていたし、今さら気にするほどの心の余裕があるわけでもない。
 ため息をつきつつ顔をあげて、亜美は驚いた。
 亜美が今いる建物の正面、もう一つの宮殿内に動く人影を見つけたから。慌てて姿を隠しつつも、亜美は天に感謝した。
 念のため、通路の柵に身を隠すように移動して、人の姿が見えた宮殿を目指して移動する。三つの建物はつながっているので、真っ直ぐに向かっていく。西側の宮殿に辿り着いたところで、階段を下りて一階へ。
「白薔薇さまっ」
 呼びかけると、相手はびくっと肩を震わせて、ゆっくりと振り向いた。
 遠くからでも見間違えるはずがないのは、亜美が大ファンである現在の白薔薇さまこと藤堂志摩子。
 いきなり声をかけてきた亜美に驚いたように、慌てて柱の影に身を隠す。ちょっとショックだったが、状況が状況だけに仕方がないと亜美は思った。
「驚かせてすみません、あの、私、一年の井川亜美と申します。白薔薇さまの大ファンなんです」
 安心させようと、想いをこめて話しかける。
「井川……亜美さん?」
「はい、その、白薔薇さま、お怪我とかしていないですか?」
 生死を争う状況だというのに、志摩子は変わらずに聖母のような美しさを誇っていた。もちろん、制服には汚れもあるし乱れもある。それでも、ふわふわの髪の毛はまだ健在だし、何より放っているオーラが異なる。ファンとしての贔屓目だとしても。
「私は、今のところ大丈夫だけれども」
 言う通り、特に外傷は見られなかった。
 ここで志摩子と会えたのは僥倖であった。亜美が志摩子の大ファンであるということもあるが、何より志摩子なら安心できる。実家がお寺とはいえ、敬虔なクリスチャンであり、芯の強い女性であることも、今までの学園生活から証明されていること。
 しかし、亜美が安心するほどに、志摩子が安心できないことも理解した。有名人の志摩子と異なり、亜美のことなど志摩子は知らないだろうから。
「白薔薇さま、あの、良かったら一緒に行動しませんか? 一人よりは二人の方が安全だと思うんです。あ、私のこと信じられないかもしれませんけれど、ええと」
「ううん、大丈夫。亜美さんね、信じるわ」
 志摩子の言葉に、亜美は感動した。やはり志摩子は、このような異常な中にあっても、志摩子以外の何物でもないのだ。
 喜んで亜美は志摩子と合流し、まずはお互いの情報交換をする。
「えと、情報というほど大したものはないんですが、私が見かけたのは細川可南子さんです。『ウォーターゲート』から、『ファンタジーランド』の方へ走っていく姿を見かけました。肩から、大きな銃を提げていたと思います」
「そう……私は『マジックサークル』の方から来たのだけれど、途中で瞳子ちゃんと笙子ちゃんらしき姿を見かけたわ。ただ、二人とも走っていたので、声をかける前にどこかへ行ってしまった。私は走るのは遅いし、大きな声を出すわけにはいかなかったし」
 結局、二人しても大した情報は集まらなかったが、亜美は気にしていなかった。そんなことよりも、こうして志摩子と一緒にいられるし、誰かと一緒にいるということが大きな安心感を与えてくれていたから。
「でも、可南子ちゃんはちょっと怖いわね。そんな大きな銃を持っているのでは」
「そうですよね、もしも攻撃とかされたら、私なんかじゃとても太刀打ちできないです」
 言いながら、亜美はリュックから自分に支給されていた武器を取り出した。怖くてあまり見ないようにしていたのだが、間違いなく拳銃である。一緒に入っていた使用説明書には、ニューナンブM60と記載されていた。
 ひんやりとした手触り、そして意外なほどの軽さに、最初は戸惑ったものだ。拳銃というのは、もっと重いものだという思い込みがあったが、持った感じでは1kgもないだろう。
 亜美が取り出した拳銃を見て、志摩子が怯えた表情を見せた。
「あ、す、すみません」
「ううん、ちょっとびっくりしただけ。初めて、見たから」
「そうですよね、私も最初はびっくりしましたもん」
「本物なんだ……」
 驚き、怯えの表情を見せていた志摩子も、おそるおそるといった感じではあるが、実物の拳銃に興味を覚えたみたいだった。普通に生活していれば本物にお目にかかれることなどまずないわけで、そういった意味では当然なのかもしれない。
「ちょっと、私も持ってみていいかしら」
「えっ!?」
 意外な申し入れに、亜美も少し戸惑った。志摩子を疑うわけではないが、武器を渡してしまうということに不安を覚えてしまう。
「あ、そうよね、危険だし渡せないわよね……そうだ」
 志摩子は何を思いついたのか、拳銃を持つ亜美の両手を自らの手で包み込んできた。柔らかでしなやかな感触に、思わず頬を赤らめる亜美。
「あ、危ないよ、白薔薇さま」
「大丈夫よ、撃鉄は起きていないもの」
 銃口は、志摩子に向けられているが、志摩子は気にせずに指を動かす。
「こうすれば……」
「あ」
 弾倉を銃から外すと、弾薬を抜いてしまった。志摩子が手を開くと、鈍く光る弾薬が乗っていた。
「これなら大丈夫じゃないかしら」
 と、天使の微笑み。このような状況であっても、つい見惚れてしまう。
「それじゃあ」
 手に、ひやりとした感触。志摩子から弾薬が引き渡されたのだ。弾薬さえ装填されていなければ、拳銃といえども危険はない。手のひらに乗った弾薬を、亜美は抑える。
 その時に、ふと気がついた。
 今、亜美の手のひらに乗っている弾薬は、四発だった。確か、装弾したのは5発だったはず。説明書にも装弾数は五発と書いてあったし、亜美自身が装弾したのだから間違いはない。
「白薔薇さま、待ってください。まだ一発、残っていると思います。危ないので」
 言った時、金属の鈍い音がした。
 亜美には分からなかったが、撃鉄が起きた音だった。
 顔を上げると、変わらぬ柔和な表情で亜美のことを見つめている志摩子。その手には、似合わぬ無骨な拳銃。
 その銃口が、自分に向けられているのを、ぽかんとして亜美は見つめる。
「白薔薇さま、危ないですからご冗談は」
「ごめんなさい、冗談ではないのよ?」
「え?」
 相変わらず、志摩子は聖母のような微笑みで、温かなオーラを放っているように亜美には見える。
 だが、その指に力が込められるのが分かり、亜美の表情が引きつる。
「ちょ、白薔薇さま、なん――」
 次の瞬間、亜美の眉間には穴が開いていた。
「きゃあっ!?」
 銃の発射音とともに、反動で後方に転がる志摩子。
 亜美もまた、ゆっくりと後ろに体が倒れていく。だが志摩子とは異なり、見開かれた目は何も見ておらず、開いた口からは何も発せられず、無言で大地に崩れ落ちた。
「痛い……結構、衝撃があるのね。びっくりした」
 体を起こし、目を丸くして銃を見つめる志摩子。
 続いて、物言わぬ躯となった亜美の体を見て、亜美の横に落ちている弾薬を見つけて拾い上げる。無言でニューナンブに装弾し、スカートのポケットに入れる。少し重くなるしかさばるけれど、我慢できないほどではない。
 更に志摩子は、亜美のリュックから予備の弾薬を探し出して、自分のリュックに入れ替える。
「ふぅ、これでどうにかまともな装備になりました。良かったわ、私に支給された武器、折りたたみ傘だったから、雨降った時にしか役に立ちそうもなかったし」
 自分のリュックを背負い、忘れ物がないかを確認して、亜美の亡骸に目を留める。
「亜美さん、『なんで?』って訊こうとしたのよね。なんで、って、それは仕方ないことなのよ」
 頬に指をそえ、残念そうに目を閉じて細く息を吐き出す志摩子。
「……だって、亜美さんはお姉さまでも乃梨子でもないんですもの」
 亜美の遺体にその言葉を置いて、志摩子は歩き出す。

 

 悪夢のゲームに巻き込まれて、志摩子の精神が狂ってしまったというわけではない。テーマパーク内に放り出されてから、ずっと考えていたのだ。どうすればよいのか、何をすればよいのか。
 だけど、事態を打開するような策を、一介の女子高校生である志摩子に思いつけるはずもない。
 それでも悩み、迷い、最終的な決断を志摩子は下した。
 例え誰が勝ち残るにしても、その手が血に汚れていることは間違いない。生きて戻れたとして、ただの女子高校生がそんな重い罪を背負って生きていくのは困難だ。もしかしたら、生きて帰ったとしても、精神に破綻をきたしてしまうかもしれない。
 ならば、ならばだ。
 その罪を全て、志摩子が被ろうと。
 死んでも償いきれない罪は、志摩子が背負う。友人や、先輩や後輩、リリアンの仲間を手にかけるという、巨大な十字架を自らの体に貼り付けよう。
 そう、決心したのだ。

 

「ごめんなさいね、亜美さん。でも、あなたを殺した罪を、私は間違いなく背負っていく。あなたの重みを両肩に常に感じながら、歩いていく」
 ふわふわの髪が揺れる。

 その後ろ姿は、変わらずに美しかった。

 

【残り 24人】

 

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