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ノーマルCP マリア様がみてる 栄子

【マリみてSS(栄子×祐麒)】恋せよ乙女

更新日:

~ 恋せよ乙女 ~

 

  十二月に入ってすぐのこと。
  高校生時代の女子仲間たちとの同窓会が開催され、ちょうど仕事の都合もついた栄子は参加をすることが出来ていた。
  さすがにこの年齢になると、高校時代からは考えられないくらい変わってしまった者達も多い。丸々と太ってしまった者、逆に痩せ細った人、整形したと思えるような人、雰囲気や性格が別人じゃないかと思えるような人、やたら老けた人、逆にやたら若々しく美しい人など、さまざまだ。
  それでも、ある程度親しかった友人とは、ちょっと話せばすぐに高校時代のノリに戻ることが出来る。
  多くの女性達は当然のように結婚をして、子供がいて母親になっている者が多い。結婚せずに独身を貫いている女性が少なく、ただの思い込みだろうがなんとなく肩身が狭く感じてしまいそうになる。
 「保科さん、久しぶり。今、何してんだっけ?」
 「ああ、高校の養護教諭だよ」
 「そうなんだ、バリバリ働いているわけね。私も働きたいけれど、おちびちゃんがいるからなー」
 「今、いくつなんだ?」
 「上の子はもう小学校だけど、下は二歳だからね。元気なのはいいけれど、目が離せなくってね」
  子供がいるのも沢山いるし、子供がいれば共通の話題とすることもできる。栄子は相槌をうつことくらいしかできないが、それでも話をするだけでも楽しめるし、話を聞くこと自体は嫌いではない。相手がよほど自慢話だったり、嫌味なことを言ってきたりしない限りは。
 「栄子ってまだ結婚してないんだよね? 独身を謳歌してるのかー」
 「いや、別に謳歌というほどでは」
  いやな感じで絡んでくる同級生がやってきた。
 「いいじゃない、栄子、見た目凄く若いし、男には苦労しなさそうだし」
 「そういえば、彼氏とかはいるの?」
 「そ、それは」
  どうこたえるべきなのか迷う。
  いると答えたら当然、相手はどういう人なのかと尋ねられるだろうし、それに答えたらまた騒ぎになりかねない。
  かといって、いないと答えるのも何となく癪である。
 「もしかして栄子、まだ"喪女"続けていたりしないよねー?」
 「なっ」
  栄子はそこでようやく思い出す。数年前に開催されたやはり同窓会の中、彼氏いない歴=年齢ということをうっかり口にして、皆にそのことがバレてしまったのだが、その時も今目の前にいる相手に聞き出されていたことを。完全なる悪意、栄子を陥れるために言っているというよりも天然なのだろうとは思うが、言われる方にとってみれば傷をつけられて尚且つ広げられて抉られるようなものだ。
  だが、やはり高校生男子と付き合っているなどと口にすることはできない。そもそも、本当に付き合っているのかも怪しいし、キスこをしたけれどそこまでで、処女であることに変わりはないわけで、そこを突かれたりでもしたら痛い。
  そんな風に思い悩む栄子であったが、悩みなどあっさり吹き飛ばしてしまう声が横から飛び込んできた。
 「それが栄子ったら、実は今、年下の男の子とラブラブなんだから~」
 「ちょっ、美月、いつの間にっ!?」
  遅れてやってくると言っていた美月がいつの間にか到着していたらしく、会話に割り込んで勝手に言ってしまった。
 「えーっ、嘘、マジで!?」
 「年下って、いくつくらい下なの?」
 「意外、栄子が年下なんて!」
  途端に蜂の巣をつついたような騒ぎになる。結婚して安定している皆は、新たな恋愛の話題に飢えているのかもしれないが、話のタネになる栄子にしてみたらたまったものではない。
 「いや、ラブラブとか、そんなんじゃないから。勝手に付きまとってきているだけで、付き合っているわけでも、ないから」
  そう、まだ卒業したわけじゃないから、正式に付き合っているわけではないと内心で言い聞かせ、嘯く。
 「何よー、デートだってしているくせに」
 「美月! な、何を勝手に暴露しているっ!?」
  調子に乗りやすい性格とはいえ、本来なら人のプライベートを平気で言いふらすような美月ではないが、顔が赤いところをみると既にアルコールが相当に入っているのだろう。おまけに同窓会という場で昔の雰囲気を感じ、口が軽くなっているのか。苦々しく思いつつも、実は内心、そこまで嫌ではない自分がいることに気が付く栄子。それどころか、皆から囃し立てられてちょっと嬉しく感じている自分がいることにも気が付き、そんなんじゃないと慌てて否定しようとするも、自然な心の動きを消せるものではない。
  昔から友人や知り合いの恋愛話、惚気話を聞かされる身で、栄子にはこの手の話はなぜか縁遠いよね、なんて言われては苦笑いを返すことしかできなかった。そうやって、友人たちがくっついたり別れたり、喧嘩したり仲直りしたり、そんなのを見続けて35年も経ってしまったが今、逆に自分が友人たちに見せつける立場になっているのだ。しかも今は、他の友人たちはほぼ結婚しており、この手の話をするとしたら不倫話になるわけで、平気で出来るわけもない。即ちこの場では、栄子だけが自慢げに恋愛話をすることができるのだ。
 (――――って、いやいや! 別に、他の人に余計なことを見せつけたいわけじゃないっ)
  慌てて頭を振るが、だからといって誰にも知られないのはなんだか寂しい。
  でもまあ、そういう、栄子に好意を抱いている男性がいるということくらいなら知られても構わないかと思いなおす。
 「――そうそう、あたしなんか呼び出されて惚気話聞かされてさー、しかも中学生みたいな可愛い恋愛で、聞いているほうがむず痒くなっちゃうっていうかー」
 「……って、な、何を話しているかぁっ!?」
  美月の肩を掴んで睨みつける。
 「だ、大体、クリスマスとか海とか夏祭りとか、私が誘ったわけじゃないし、あ、あ、あいつ……彼が勝手に誘ってきているだけだし、が、学校にまで押しかけてきて、こっちは大変なんだからな」
  と、ぼそぼそと言い訳がましく言うと。
 「あ、あたし、別に具体的なことは言ってないけど? 単に飲み屋で惚気られたって言っただけで」
 「――――え」
 「え~~っ、何々っ、クリスマスに、海に、夏祭り? 定番って感じじゃん」
 「いいじゃん、私なんかもう、そういうのは子供のお守りになっちゃうし」
 「っていうか、学校まで押しかけてくるって、どういうこと? お出迎え?」
  栄子自身の余計な発言によって、さらに友人たちの好奇心を刺激してしまったようだ。どうするべきかと戸惑っていると。
 「だったらもう、結婚も秒読みってとこじゃないの?」
 「あ、もしかしてクリスマスあたりでプロポーズじゃない?」
  周囲はさらに突っ込んでくる。
 「そ、そ、そんなのまだ先だっ…………だ、大体、相手はまだ高校生……」
  と口にしたところで、周囲の声がぴたりと止む。
  あ、しまった、と思ったが既に手遅れ。
 「ええええええええっ!!? 何々、保科さんの彼って高校生なんだってーーー!?」
 「ちょ、え、いいの、アンタ現役教師でしょ。ってことは、生徒をこましたのっ」
 「でも保科さんて確か女子校だよね」
 「話を聞くと彼の方が夢中みたいだから、ガンガン押してきているんじゃない?」
 「年下って、年下すぎでしょーーっ!?」
 「うわっ、まさかこんな身近に、とんでもない恋愛してるのがいたとはっ!」
 「てゆうか、あたしの息子、今中学生なんだけど……」
  まさに蜂の巣をつついたような騒ぎで、それまで別のグループを形成して別の話をしていた連中まで集まってきてしまった。
 「栄子……あんた、なんだかんだで自慢したいだけでしょ?」
 「ちちちちがうっ、そんなわけあるかっ。うぅっ」
  この手の話を聞くのは慣れているが、聞かれることには慣れておらず、そんなところに大人数から興味津々で攻め立てられ、うっかり口を滑らせてしまったのだ。
 「ねえねえ保科さん、彼の写真ないの、写真」
 「見せてよー、高校生の可愛い彼氏」
 「や、ちょ、それはっ」
 「いやー栄子、これはちらっとでも見せないと、この場は収まらないよ? 当たり障りのないの見せてやんな」
  美月に言われ、渋々と携帯を取り出し、画像を呼び出す。
 「ええと…………あっ」
 「うわっ、何これっ、可愛いーーーーーっ!?」
 「え、どれどれ、あたしにも見せてっ!」
 「ちょっ、こ、これは間違いっ、この写真じゃないんだっ!」
 「栄子ちゃん、顔真っ赤になって、可愛いっ」
  別の画像にしようとするも、手を抑えられてしまいそれも防がれる。
  本当は、こっそりと遠くの方から撮影した、祐麒の姿もさほど大きくない画像を呼び出すつもりだったのが、実際に画面に出てきたのは浴衣姿の祐麒と栄子のツーショット写真。夏祭りの時、周囲の雰囲気に浮かれて撮ったもので、祐麒は満面の笑みを浮かべて栄子の方に顔を寄せ、そんな祐麒を困ったように見つめる栄子の手には綿あめ。
  祐麒の笑顔が無邪気で可愛らしく撮れていたので、つい、すぐに呼び出せるようにしておいたのが仇になった。
 「と、とにかく、これじゃなくて……」
  遅きに失しているが、それでも画像を切り替えようと操作すると。
  次に現れたのは、やや太陽の落ちかけた海をバックにした二人。海水浴の帰り、車に寄りかかって撮影したもので、泳いだせいで祐麒の髪はややワイルドに乱れ、栄子も前髪をピンで留めたいつもと異なる髪形。何より、遠い場所で見知った人もいないだろうという安心感、油断、そして久しぶりに海を堪能して遊んだ開放感から、祐麒だけでなく栄子まで珍しくカメラ目線で微笑み、胸の前でピースサインなど出している。
  祐麒はシンプルなTシャツ、栄子はノースリーブシャツに日焼け対策のショールをかけた、夏らしい感じのする一枚。
  撮影した後に祐麒が大げさなくらい絶賛し、栄子は興味なさそうな顔を見せたものの、内心では、自分自身の可愛さに満足した会心の一枚だった。
 「え、何、栄子ってばこんな顔も見せるんだー」
 「か~~~わ~~~い~~~い~~~っっっっっ!!!!!!」
 「超ラブラブな青春まっただ中って感じが出まくりね」
 「うわーうわーうわーうわーーーーっ!!! みみみ見るなっ、も、もういいだろう、ちょ、こらっ!!」
  真っ赤になってじたばたと手を振り回し、携帯を必死に取り返す栄子。
 「やばい……栄子、あんた楽しすぎる……」
  隣では美月が苦しそうに腹を抱え、ひきつったような笑い声をあげている。美月が何かを話すよりもよほど詳らかに、自ら二人の関係を暴露するという豪快な自爆をしてしまっているのだから、笑われても仕方ない……とはさすがに栄子は思えず、羞恥で泣きそうだった。
 「――あ、そうだ。ねえ、じゃあ次はさ」
 「な、なんだ、まだ何かする気かっ!?」
  栄子は身構えるが、この流れ、勢いに逆らう術はなかった。

 

  自室の机に向かって数学の問題に取り組んでいる。ずっと同じような姿勢でいるから、肩やら腰やらが凝り固まってしまい、お蔭で問題もなかなかうまく進めることができず、立ち上がって伸びをする。
  時計を見れば、午後の八時半。夕食を終え、勉強を再開したのが七時半だからまだ一時間ほどしか経っていないのだが、日中の勉強の疲れもあるのだろう。勉強も大事だが、健康管理はそれ以上に大事で、体を崩して寝込んだりでもしたら、それまで頑張って勉強してもあんまり意味がなくなってしまう。
  そういう意味では、祐麒は適度に休息をとりつつうまくやれているなという自覚はある。月に一回くらいの栄子とのデート。そして、勉強の合間には勝手にメールを送る。祐麒からのメールに対し、内容は素っ気ないけれど栄子は必ずレスをくれる。だから、それがYる気にもつながる。
  あと四か月ほどすれば、大手を振って栄子と会うことが出来るのだと思えば、耐えられないことなどないと思えた。
 「――よし、やるか」
  再び椅子に腰を下ろしてペンを取り、問題に向かったところで。
 「ん、電話? ――って!!」
  枕元に置いてあった携帯から着メロが流れ出し、なんだろうと思ったのもつかの間、栄子に設定した着メロだということに遅まきながら気が付き、慌ててとろうとして椅子に足を引っかけベッドにダイブする。
 「あいたたた……って、電話、電話っ!」
  ベッドに頭をぶつけてしまったが、そんなことはさておいて重要なのは電話。そもそも、栄子からメールでなく電話がくるなんて殆どないので、反応が遅れてしまったのだ。
 「――はいっ、もしもし、えーこちゃん!?」
  切れたらやばいと焦りながら通話ボタンを押して出ると。
 『――――うわーーーっ、"えーこちゃん"だって!?』
 『高校生の彼から"えーこちゃん"なんて呼ばれてるのっ!?』
 『何それ、可愛い~~っ』
 『うわ、超ラブラブじゃん!!』
 「――――っ!?」
  耳をつんざくような甲高い声に、思わず携帯を耳から離して顔をしかめる。
 「……え? あの、えーこちゃん? の携帯じゃあ……」
 『あ…………ごめんなさい、うふふ、間違いなく"えーこちゃん"の携帯です、これ』
 『私達、"えーこちゃん"のお友達ですーっ』
 『あなたが"えーこちゃん"の噂の年下の恋人ですかー?』
 「え? あ、えと、はい……」
 『そうだって、肯定したよーーーーーっ』
 『ってゆうか、声が幼い、可愛いっ!!!』
  何だかわからないが、色々な女子の声が重なるようにして聞こえてくる。皆が皆、やたらとテンションが高い。
  どうしたものかと、携帯を耳にしたまま戸惑っていると。
 『……す、すまない祐麒……』
 「あ、えーこちゃん? 大丈夫ですかっ?」
  力のない栄子の声がようやく届いてきた。
 『あ、ああ……その、実は今日、学生時代の同窓会だったんだが、そこで君の存在を知られてしまい、その、こんなことに……』
 「あ、ああ、なるほど……」
 『――違うよ祐麒くんっ、えーこちゃんが自分で、貴方のこと惚気だしたんだからねっ』
 『そうそう、ラブラブエピソードと写真を自慢げに見せてー』
 『ええええいっ、う、煩いぞ皆っ!! ち、違うからな祐麒、私はそんなことしてないぞ。だ、大体、私と君がラブラブなんて……』
  よくわからないが、なんとなく理解できた。確かに、栄子が自ら自慢するようには思えず、きっと何か手違い、ミスからバレてしまったのだろう。
 『……と、とにかくだな』
 『祐麒くーーーーんっ、えーこちゃんはとってもいい子だから、末永くよろしくねー』
 『二人で、お幸せになってねーっ』
 『ちょーっと頑固で、融通きかないところもあるけど、我慢してねっ』
 「そ、そんなことないです、頑固で融通きかないところが逆に可愛いっていうか」
 『ばばば馬鹿者っ!? 真面目に反応するなっ!!』
 『ひゅーひゅーっ、愛されてるねーえーこちゃんっ!』
 『頑固で融通きかないところが、男から見ると可愛いんだって』
 『いいなぁ、私も格好いい高校生の男の子から可愛いって言われてみたいー』
  どうやら余計なことを口にしてしまったようだ。
 「えと……あ痛っ」
  先ほどぶつけた頭がズキンと痛んだ。
 『――ん、どうした?』
 「ああ、いえ、たいしたことないです。ちょっと頭をぶつけて――」
 『――なっ、何をしているんだ、こんな大事な時期に頭を!? おい、大丈夫なのか、どこにぶつけた、痛みはどれくらいでだ? 血は出ているか? 色は変わって――』
 「大丈夫です、ちょっと滑ってぶつけただけで」
 『馬鹿者っ、そういう素人判断が危険なんだ、頭なんだぞ。もっと大事に』
 「すみません、でも、えーこちゃんから電話が来たと思ったら慌てて、携帯取ろうとして勢いよくダイブしちゃったんですよ、はははっ」
  笑い話で流そうとしたのだが。
 『わ、私の電話など、どうでもいいだろう』
 「――どうでもいいなんてことないですよ。俺にとっては、何よりも大事なことなんですからっ」
  ムキになって言い返すと。
 『…………あ~祐麒くん? ちなみにこの通話、スピーカーになってて丸聞こえだからねー?』
  美月の声が聞こえてきて、自分の発言が美月を含む栄子の同級生たちに聞かれていたと知り、事ここに至ってようやく恥ずかしくなる。
 『そ、そ、それじゃあ、そろそろ切るぞ? いいか、ちょっとでも具合が悪いと感じたら医者に行くんだぞ』
 「はい、分かりました。それじゃあ――」
  通話が切れる直前にも、向こうでは何やら騒いでいたようだったが、祐麒が気にしても仕方がない。
  とんでもないことに巻き込まれたものだが、嫌ではなかった。少なくとも、同級生たちに対して栄子は祐麒とのことを否定はしていないということなのだから。

 

  電話を終えて振り返ると。
  ニヤニヤとしか言いようのない表情を浮かべた連中が、栄子のことを見つめていた。
 「…………な、なんだ。まだ、文句でもあるのか?」
  と、言うと。
 「文句? まさか! 保科さん……えーこちゃんが可愛いなぁって思っていただけ」
 「えーこちゃんからの電話に慌てて頭をぶつけちゃうなんて、祐麒くんも可愛いわねぇ」
 「そうだえーこちゃん、保健室の先生よね。すぐに行って手当してあげた方がいいんじゃない?」
 「あぁ~~、でも祐麒くんの真っ直ぐな感じ、いいよね。えーこちゃんに対する迸る愛情が言葉から滲み出ていて、あんなふうに迫られたら、私も落ちちゃうわぁ」
 「おいおい、旦那さんいるでしょ」
 「でもぉ、またそれとは別じゃない? 下腹部が熱くなるっていうか、女としての自分を思い出しちゃうっていうか」
 「確かに、その気持ちも分かるかも。あたしも……」
 「こ、こらっ、何を言っているんだみんな! ゆ、ゆ、祐麒は、私のものなんだからっ!」
  あちらこちらから聞こえてきた声に、そもそも先ほどの電話でテンパって余裕をなくしていた栄子は、またとんでもないことを口走ってしまった。
  当然、同窓会が終わるまでひたすら弄られ続けたのであった。

 

 「……うううぅ、くそっ、とんでもない目にあった」
  帰り道、疲労困憊した体を引きずるようにして歩く栄子。
 「そうなの? あたしには、栄子が嬉しそうに見えたけれど」
  隣を歩く美月があっけらかんと言う。
 「そんなわけあるか……ったく、いい晒し者だったじゃないか」
 「馬鹿ねぇ、みんな、栄子の幸せを喜んでいたじゃない……そりゃあ、ちょっとは調子に乗ったかもしれないけれど」
 「ちょっとどころじゃなかったぞ」
 「でも、ほとんどは栄子の派手な自爆だったじゃない。栄子が美味しすぎる餌を与えるから、飛びつかずにはいられないでしょ」
  それに対しては言い返せないので、栄子は押し黙る。
 「栄子も、もっと素直になればいいのに。嬉しいから、なんだかんだいって皆に見せたい、知らせたいって気持ちがあるんでしょうに」
 「そ、そんなことは……」
 「いいじゃん、今じゃあ他の皆にはできないような恋愛を見せびらかせちゃえば。栄子だけの特権だよ。それにほら、ありきたりだけど、恋せよ乙女、ってね」
 「――乙女って歳でもないだろう、35だぞ」
 「あのね、恋すると女は幾つになっても乙女になるものよ。大体、今の栄子はどこからどう見ても、乙女だし」
 「そ、そうなのか? 自分では良くわからないが、どこか……って、ちがうちがうっ、だ、だから私は、恋などして……」
 「ふーん、じゃあ、あたしが乙女になっちゃおうかな。栄子だけの特権っていったけれど、よく考えればあたしも独身だし」
 「だから駄目だといっとろーがっ、祐麒は私がっ」
 「相手が祐麒くんとは言ってませんけどー?」
 「ぐっ……ひ、卑怯な」
 「素直に認めれば、楽なのに」
 「わ……私は教師で、アイツは今は学生だ。そんなこと、認めるわけには……」
  まあ、そんなことを口走っている時点で認めているも同然というか、言動をどこからどうみても間違えようもないのだが、本人だけが頑なに違うと思おうとしている。本人も既に分かっているだろうに。
  そういう頑固で融通のきかないところが、祐麒が言うところの『可愛い』ところなんだろう。もっとも口だけで、実際には祐麒といちゃいちゃしては嬉しそうに報告してくる栄子が可愛いと、美月なんかは思うわけだが。
 「――ふふ、それは、祐麒くんは知らない私だけが知る栄子の可愛さよね」
 「ん? なんのことだ?」
 「なんでもない、っと。よーし、この勢いで祐麒くんちに夜這いかけにいこうかっ」
 「行くか馬鹿者っ! 祐麒は受験生なんだぞ、邪魔できるか……た、ただ、頭をぶつけたというのが心配だから、様子を聞いてみるくらいは…………な、なんだその顔はっ!? 別にお休みコールをするわけじゃないぞ、怪我の様子をだな、この時期に頭をぶつけるなんて不安に……っておい美月、聞いているのかっ!?」
  響く栄子の声。楽しそうに笑う美月。
  宵闇に 月より星より輝くは 誰ぞに恋する 乙女かな――

おしまい

 

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