例え夜になって日が落ちたとて、真夏は真夏であり、蒸し暑さが解消されるというわけではない。ギラギラと焼き殺さんばかりの太陽が顔を隠しただけマシだが、周囲は徐々に暗くなってきているのに日中とあまり変わらない暑さを感じるので、それはそれで非常に不快な気分になる。
しかし、これから先のことを考えると、祐麒の気持ちは浮かれてくる。
今日は夏祭りである。
結構大きな祭りで、夜店は多く賑やかで、花火も打ち上がるということで人出も多い。もちろん祐麒は、ごく普通に夏祭りが楽しみだというのもあったが、今年の場合は追加要素が非常に大きい。
何せ女の子と、それも祐巳ではない女の子と一緒に遊びに行くことになっているのだから、テンションだって上がろうかというもの。
浮かれ気分で自転車を飛ばし、目的地である可南子の住むアパートの前へと到着する。夏祭りの場所へ向かうのに、ちょうど、可南子の家が途中なので待ち合わせ兼、迎えに来たわけである。
前回のプールの時に約束し、今日までにもバスケの練習の時や、メールでも念押ししているが、ちゃんと浴衣を着てくれているだろうかと期待する。バスケの時は露骨に面倒くさそうな顔をするし、メールの返信でも嫌そうな雰囲気を滲ませているので不安もあるが、きっと大丈夫だと思うことにした。
細身で長身で綺麗な長い黒髪を持つ可南子は、きっと物凄く浴衣姿が似合うだろうと、何度も想像したが、現実の姿がようやく拝めるのだ。
自転車を停め、可南子の家のドアの前に立ち、一呼吸置いてから呼び鈴を押す。
「……はーい」
「あの、福沢です」
「はいはい、ちょっと待ってね」
可南子の母親である美月の声に続いて、扉が開かれる。
「いらっしゃい、もうすぐ可南子、着替え終わるから上がって待っていてくれる?」
お辞儀をして、室内に上がらせてもらう。
居間に腰を下ろすと、麦茶を出された。暑くて汗もかいていたので、ありがたくいただくことにする。
「ふふ、期待して待っていてね」
軽くウィンクして、美月は隣の部屋に消えて行った。
話しぶりからして、当然、浴衣に着替えているのであろう。でなければ、美月が一緒にいる意味がない。
期待に胸を膨らませながら待つこと数分、正直、隣の部屋から聞こえてくる衣擦れの音や、母娘の会話にドキドキして仕方なかった。
「ほら可南子、恥ずかしがってないで、早くユウキ君にみせてあげなさいよ」
「別に、そんなんじゃないし」
「じゃあ、はい、お待たせしましたー」
扉を開いてまず姿を見せたのは、美月。そして続いて登場した可南子。
白にごくわずかにピンクを混ぜたような優しい色合いの布地に、麻の葉柄をあしらった少しレトロなデザイン。ピンクや薄い紫を基調とした柄の中、白や水色の花が咲き、さらにところどころゴールドが入って華やかさを見せている。
黒髪はアップにされているが、それも随分と凝っているように見える。両サイドは三つ編みに編み込まれ、その編み込み部分はアップにした部分にねじ込まれている。前髪は左から右に向かってまとめられ、耳下の髪は軽くウェイブをえがいて細く垂れている。
正直、想像なんかしていたのが失礼だと思うほど、綺麗だった。
「な……何よ、何か言いなさいよ。どうせ、私みたいな無駄にデカい女、似合わないとか思っているんでしょう」
声もなく見上げているだけの祐麒を見て、可南子は苛立ったように口を開いた。
「いや……すげー、綺麗で見惚れてた。ごめん」
「は、はぁっ!? 何、お世辞なんて似合ってないし」
「お世辞じゃないって、ホント、凄い似合ってる」
「良かったじゃない、可南子。張り切って美容院に行った甲斐があるわね~」
「ちょっ、お母さん!」
美月に茶々を入れられてムキになる可南子。
今日も午前中はバスケの練習をしていたから、午後から行ったということだろうか。確かに、かなり手の込んだヘアスタイルになっている。
「さてさて、可南子がせっかく浴衣で決め込んでいるのに、ユウキ君がそんな格好というのは、どうなのかしら?」
美月の目が、祐麒に注がれる。祐麒はといえば、ごく普通にシャツにジーンズという格好である。
「ふっふっふ、私に任せておいて。さぁユウキくん、覚悟なさい」
「え、ちょっと、ええ!?」
「はい、お待たせ、どうかしら可南子? 格好いいでしょう」
可南子の前に立たされた祐麒もまた、浴衣姿になっていた。綿麻素材の藍色の亀甲絣織り縞柄は、シンプルながらも洒落ている。
「別に」
素っ気ない反応の可南子。
「またまた、ユウキくん聞いて、この子ったらこの前一緒に買い物に行ったとき、散々に悩んでこの浴衣セットを選んでいたのよ~、可愛いでしょう?」
「お母さん、でまかせばかり言わないで! これは家にあったお古でしょう!?」
「まあ、そうなんだけどね。別れた旦那のなんて嫌かもしれないけれど、寝かせておくだけなのも勿体ないし、せっかくだから貰ってちょうだいよ」
「はあ、しかし……」
何といったら良い物か、非常に困る。離婚して家を出て行った父親の浴衣など着られて、可南子は嫌な気分にならないだろうか。祐麒のせいでないとはいえ、不安になる。ちらりと、可南子の様子を窺うと。
「……別に、浴衣に罪はないし」
一応、了承は得られたようだった。
「さ、それじゃ、そろそろ行ってきたら?」
浴衣姿で並ぶ二人を満足そうに見て、美月が言う。
そこで祐麒は――
B.美月も一緒に行かないかと誘った
「――あれ、美月さんは一緒に行かないんですか?」
ふと気になって尋ねてみた。
美月は浴衣を着ていなかったが、もちろん浴衣を着ていなければ祭りに参加していけないなんてことはないわけで。プールのチケットを貰ったのも美月だったし、今日もせっかくの祭りに一人で留守番させるなんて申し訳がない。いや、他に一緒に行く友人でもいるのであれば余計なお世話かもしれないが、ここは礼儀として誘っておくべきだろう。
「私? さすがに娘のデートを邪魔するようなことはしないわよ、申し訳ないでしょう」
「だから、別にデートとかじゃないって言っているじゃない!」
「あら~、それじゃあ私が一緒に行っても、いいの?」
「いいに、決まっているでしょう」
「本当に?」
「ほ、本当だってば、もうっ」
しつこく聞いてくる美月に、ぷいとそっぽを向いてしまう可南子。
美月はしばし、そんな愛娘のことを見ていたが、やがて頷くとにっこりと笑い。
「それじゃあ、お言葉に甘えてご一緒させてもらおうかしら。ええと、ユウキ君も本当に良いのかしら?」
「はい、もちろん」
断るべき理由など何もない。可南子と二人きりというのも捨てがたいが、賑やかな祭りである、人数が多い方が楽しくもあるだろう。
「OK、それじゃ申し訳ないけれど、支度するからもうちょっと待っていてね」
軽い足取りで、美月は隣の部屋へと消えて行った。
「あー、夏祭りなんて久しぶり、楽しみだなー」
隣を歩く美月が、浮かれた様子でそんなことを言う。
「もう、お母さん時間かかりすぎ、三十分も待たせてー」
「可南子に比べたら全然早いじゃない。待ち合わせ時間だって早すぎたんだから、丁度良いでしょう。それに待っている間、二人だって楽しそうにお喋りしていたし」
「別に、楽しそうになんてしていないし!」
祐麒を挟んで、美月と可南子の母娘が言い合う。
左側を歩く美月もまた、浴衣に着替えていた。濃紺の布地、蝶の中に花が咲き誇る華やかなデザイン。髪の毛はざっくりとアップにして巻いた感じだが、絶妙な感じに仕上がっていて美月によく合っていた。元々若々しい美月だが、こうして浴衣で隣を歩く姿は二十代にしか見えず、可南子とは姉妹としか見られないであろう。
祭りの会場に近づくにつれ、どんどんと人の数は多くなってくる。賑やかな声、きらきらと光る店の明かり、漂ってくる屋台の食べ物の匂い、走る子供たち、どこを見ても楽しそうで心躍らせられる。
「どのお店から寄ってみる?」
「お母さん、あまりはしゃがないでよ、恥ずかしい」
「なんでよ、楽しまないと損じゃない」
祐麒たちもまた、賑やかに祭りの中を歩いていく。
最初に足を向けたのは、定番の射的。
「ユウキ君、私はあれ欲しい、取ってー。可南子はどれがいい?」
「…………じゃあ、あれ」
楽しそうに美月が指差したのはジッポーで、面倒くさそうに可南子が指定したのはペンギンの泥人形。どちらも小さくて狙いのつけづらい、非常に難易度の高い景品だった。
「兄ちゃん、随分と綺麗なお姉ちゃん二人も侍らせて、羨ましいね」
店のおっちゃんが笑いながら銃を渡してくれる。
「ちなみに、私が本妻でこの子が愛人です」
「なんでそーなるのよっ!?」
美月がふざけ、可南子が噛みつく。付き合いがそこまで長いわけではないのに、既にもう慣れてきている祐麒は、二人のやり取りを耳にしながら台で構える。
射的なんてそうそううまくいくものでもないが、それでもやるからには成功したい。せめて一つくらいは景品を取得したい。そのためには、下から上に向かうように狙いをつけ、なるべく景品の近くから重心より少しずれた部分を狙うべし。
などと分かっていても、おもちゃの鉄砲とコルク弾は思った方向に飛ばず、何の成果もないままに最後の一発。
「まったく、だらしないわねー」
後ろから、そんな可南子の声が聞こえる。
文句を言うなら自分でやってみろと思いつつ、最後の一発を詰め込んで狙いをつける。目指すは、良く分からない玩具の箱。二人の指定した商品は難しいし、うまいこと落とせたとして、どちらのを狙えば良いのか困るので、全く関係ない物にしたのだ。
引き金にかけた指に力をいれる。
「――ユウキくん、お願いした景品落としてくれたら、ご褒美に可南子がほっぺにちゅーしてくれるって!」
「えっ??」
「なっ――そんなこと言ってない!」
美月の声に驚いた拍子に、引き金を引いてしまった。銃口がぶれた弾丸が向かった先には景品があり、コルクの弾の勢いに押されて揺れたそれは、見事に台から落っこちた。
店のおっちゃんから受け取った景品は。
「えっと……これ、いる?」
「いりません。てゆうか、それ狙っていたの? うわー」
美少女フィギュアだった。 「違う!」
「んー、でも景品を落としたわけだし、可南子からご褒美のちゅーでも」
「しません!」
ぷりぷりと怒り、射的の屋台から離れていく可南子を、祐麒と美月は慌てて追いかける。
次は遊びではなく、食べ物に向かうことにした。やはり可南子も美月も女性、食べる物の方に興味が強いようだ。
綿菓子、りんご飴、焼きトウモロコシと、一つずつ購入しては三人で食べあうというスタイルは、色々なものを食べたいという二人の要望によるもの。間接キスだよなぁと思わなくもないが、その程度のことを気にすることはない様子で、祐麒一人、りんご飴の二人が齧ったあとを見て微妙に意識してしまった。
「可南子、これ食べない?」
「え? 食べたいけど、今は両手がふさがっているし、ちょっと待って」
可南子は今、右手に飲み物の入ったコップ、左手にたい焼きを持っていて、既に余裕がない状態だ。
「じゃあ、私が食べさせてあげるから」
「い、いいわよ、そんなの」
「いいから、さっさと食べちゃいなさいって」
そう言って美月が可南子に向けているのは、アイスキャンデー。口元に突き出されては断ることも出来ず、口を開ける可南子。その口がアイスキャンデーを食べようかというところで、美月が手を引いてわずかに可南子から距離を取る。
可南子は首を伸ばして追いかける。小さな口を開け、舌を伸ばしてアイスキャンデーに這わせ、ぺちゃりと舐める。
「んっ……ちゅぱっ、ちゅ」
音を立てて吸う。
美月が僅かに手を持ち上げると、口から離れたアイスキャンデーを追うように上を向き、舌でちろちろと舐める。
かと思うと、次に美月は手を前に突き出し、可南子の口内にアイスキャンデーを押し込む。そして素早く引き抜き、また中に入れ込む。
「んっ、んむっ、ちょっ、くはっ……」
抜き差しされて目を白黒させる可南子、その口元から溶けたアイスキャンデーが伝って零れ落ちる。ちなみにもちろん、味はバニラであり、白い液体が可南子の口元から溢れている。
「ちょ、ちょっと、何するのよっ!?」
声を荒げながら、手で口元を拭う可南子。
「んふふ、サービスサービスぅ♪」
「は? 全然っ、サービスになってないし」
「なっているのよ、ふふ」
言いながら、美月は残ったアイスキャンデーを美味しそうに舐め始める。
「全く、意味わかんな……どうしたのユウキ、もう食べ過ぎた?」
傍らでしゃがみ込んでいる祐麒見て、首を傾げる可南子。
自らの行為が祐麒に及ぼした影響を微塵も理解していないようであった。
更に美月はフランクフルトを購入して自ら頬張り、「あぁ、この肉棒、太くて長くて美味しぃわぁ~」なんて言いながら口の中に出し入れし、さらに「あ、垂れちゃう、可南子ほら舐めとって」なんて言って可南子と二人で一本のフランクフルトに唇を寄せ、舌を這わせるものだから、またしても祐麒はその場に屈する、なんてことを繰り返して祭りを楽しんでいく。
祭りは佳境を迎えつつあるのか、更に人の数は増えていき、ちょっと目を離すとはぐれてしまいそうだった。
「うわ、これは油断してると迷子になるよ、可南子」
「なんで私なの、それを言うならユウキでしょ」
「そうねえ、それじゃあ、こうしちゃおうかしら」
不意に、左腕にかかる重さ。
見れば、美月が腕をからめてきていた。
「えっ、ちょ、あの、美月さんっ?」
「これなら、離れないでしょう」
「お、お母さん、何をしているのよ、何をっ!?」
「何って、羨ましいなら可南子もすれば?」
「羨ましくなんてないわよっ、そんなことより、は、はしたない」
「迷子にならないためよー、可南子だってさっき、ユウキくんが迷子になるの心配していたでしょう? それとも、違う意味にとらえちゃった?」
「ちがっ……わたっ……」
可南子は美月を見て、祐麒の左腕を見て、右腕を見て、祐麒を見て、祐麒と目があって目を吊り上げて。
「……し、仕方ないわね」
祐麒の浴衣の右腕部分を指先でつまんできた。
「可南子ちゃん?」
「高校生にもなって迷子にさせるのが忍びないからよ」
「いや、どうせだったらもっとこう、がっつり腕を組んでくれても」
「馬鹿じゃないの? なんで、そこまでしなきゃいけないのよっ」
「とゆうかさ、私とユウキ君が腕組んでいるから、迷子になるのはむしろ一人の可南子の方よね」
「なっ、なんで私がっ」
可南子が反論しかけたとき、人波に押されて体が流された。袖をつまんでいただけの可南子の指先はいとも簡単に離れ、間に人が入り、距離が開きそうになる。可南子が長身で見つけやすいとはいえ、大勢の人の中で離ればなれになってしまったら面倒である。可南子を捕まえようと手を伸ばすと、合わせたように強く腕を握られた。
「あ……っと」
「し、仕方ないでしょう、これだけの人なんだから」
不機嫌そうに横を向く可南子。
「素直じゃないわねぇ、全く」
「うるさいなぁもう、お母さんは」
「でも、傍から見たらどうなのかしらね、ユウキくんてば二人の美女を両手に侍らせて、何者と思われているかしら」
「ただのサイテー男でしょう」
「そんなサイテー男に貢いでいる私と可南子、と」
「貢いでないし!」
祐麒をはさんで、母娘のかしましい会話だが、距離はさらに近くなっていてお互いの息を、体温を、生々しく感じる。
そんな感じでしばらく歩いたところで、可南子が首を左右に振って周囲を見回し、祐麒の腕から手を離した。
「ごめん、私ちょっとお手洗いに行ってくる」
「混んでいるわよ。我慢できないの?」
「仕方ないでしょう、ちょっと待ってて」
言い残して、可南子は簡易トイレを目指して人ごみの中に消えて行った。
「これは、当分戻ってこられないわよ」
簡易トイレは数が少なく、しかも女性であるから、相当に時間がかかることは簡単に予想された。美月と話し、少し人の少ない場所で待っていようということになり、移動をしようかと歩きかけたところで爆発音のようなものが轟いた。
驚いて振り返ってみると、夜空に花火が打ち上がっていた。
「うわ、始まっちゃった。可南子ちゃん、タイミング悪いなぁ」
「そうねぇ、本当にあの娘は……っと」
花火が始まったせいであろうか、人の流れが急速に変わり、押し流されそうになる。体を弾かれ、慌てて人波から美月を守るようにして場所を移動し、屋台通りから外れた、ちょっとした雑木林のような場所に出た。
「ここなら静かだし、人もいないですね」
一息つくと。
「ユウキくんて実は結構、大胆?」
「え、何がですか……って、うわっ!?」
無意識のうちに、美月の腰に手をまわして抱き寄せる格好となっていたからだ。即ち、美月と密着しているわけで、思いがけず近くにあった美月の顔に驚く。
「こんな人気のないところに連れ込んで……一体、ナニをするつもりなのかしら?」
「な、何って、何にもありませんよっ!」
「それはそれで、つまらないわね……あ」
美月の吐息が胸にかかり、体が震えた。
見れば、人の波に押されたせいか、浴衣がはだけてしまっており、その胸に美月が顔を寄せる格好となっていたのだ。
急いで離れようとしたのだが、その前に美月の手が肌に触れた。
「意外と、逞しいのね」
「え、ちょっと、美月さん……っ!?」
電気が走ったような衝撃が体にはしった。
はだけた浴衣の中に美月が手を差し入れ、祐麒の胸を細い指の腹で撫でていた。しかもそれだけにとどまらず美月は。
「ん、ちゅっ」
頬を寄せ、舌を這わせてきた。
「うわ、あのっ、美月さんっ!?」
祐麒の声を無視して、美月は指と舌、唇で祐麒の胸を愛撫している。もちろん祐麒は、今まで女性と性的な関係を持ったことなどなく、初めての経験に戸惑いと同時に得も言われぬ気持ち良さを感じる。
「可南子とはもう、えっちしたの?」
「えっ!? いや、してないですよっ」
「どうして?」
「どうしても何も、俺たちそうゆう関係じゃないですし……って、美月さん、やめてくださいって」
見ると、美月は顔を赤くして祐麒の胸を吸い、とろんとした瞳で見上げてくる。そういえば祭りの最中、ビールを飲んでいたことを思い出す。酔っているのか。
「そんなこといって、ユウキくんだってさっきからずっと、私のお尻を揉んでいるくせに。私がお尻弱いこと、知っていたの?」
「えっ!? あ、いやっ、これはっ」
言われる通り、右手は美月のお尻を掴んでいて、尚且つ指で割れ目をなぞっていた。浴衣越しとはいえ、その手触りは非常に魅力的で、滑らかで、引っ掛かりもない。
「……え、あれ、まさか……」
「あ~、バレちゃった? 浴衣の色も濃いし、大丈夫だと思って」
まさか、穿いてないのか。
しかし、ヤバすぎる。美月も、押し付けられている祐麒の下半身の変化にはとっくに気が付いているであろう。祐麒とて男、このような状況で何も反応しないわけないし、このままで済ませられそうもない。
理性が欲望に屈服しそうになったまさにその瞬間、甲高い電子音が響いた。ぎょっとして周囲にきょろきょろと視線をさまよわせていると、祐麒から離れた美月が背を向けて携帯電話を取り出していた。
「……はい、あ~ごめん、ちょっと花火が始まって人が多かったから避難していて……うん、今からそっち向かうね」
簡単に会話をして、電話を切る。
くるりと、祐麒の方を振り返って見る。
「可南子、トイレから戻ってきたら私たちがいないから、怒っているみたい。急いで戻りましょうか」
「あ、は、はい」
あっさりと、いつも調子に戻って歩き出す美月を、呆然とした顔で追いかける。
「え~~っと、ごめんね、中途半端で。私もちょっと悪酔いしちゃったみたいで……怒っている?」
「お、怒っていませんよ」
「そう? でも……」
じっ、という感じで美月の視線が祐麒の下半身に向けられた。
「だだだ、大丈夫ですからっ!」
股間を手で隠し、祐麒は誤魔化すように喚くのであった。
戻ると、可南子から随分と叱られた。合流するまでの間に随分と時間が経ち、いつの間にか花火も終了してしまったからだ。
祭りも終わりの様相を呈してきて、三人は帰途に就くことにした。
収穫は、美少女フィギュアと金魚すくいの金魚とお好み焼きの残り。祭りの余韻を味わいながら、夜の街を歩き、やがて可南子たちのアパートに到着する。
まず祐麒が借り物の浴衣から元の服に着替え、続いて可南子が着替えるために隣の部屋に消える。
リビングで座って待っていると、美月が麦茶を出してくれたので、ありがたくいただく。
今も、帰り道でも、美月の様子は変わったところはない。いつもと同じように、可南子と仲の良い母娘の姿を見せていた。
だが祐麒は、自らの目で、体で、感じてしまった。母親としての美月ではなく、女性としての美月を。今までも若くて綺麗だというのは思っていたが、あくまで可南子の母親という見方でしかなかった。それが今夜、見る目が一変してしまった。
まだ浴衣姿の美月を目で追う。形の良いお尻が目に入ってきて、どうしても意識させられてしまう。あのお尻を、触っていたのかと考えると、頬が熱くなってくる。
「――ちょっと、何あんた、お母さんのこと凝視しているの? あ、まさか、うわ」
隣の部屋から出てきた可南子が、祐麒のことを汚物でも見るような目つきで見下ろしていた。
「ちっ、違うわっ、何変なこと言うんだよっ」
「あら、あららら、あらあらあら、ユウキくんにそんな目で見られるなんて、私もまだまだイケるってことかしら」
「もー、何を言っているのよお母さん」
シャツにショートパンツという格好になった可南子が、肩をすくめる。
「あら? 私実は結構本気かもよ。一人身だし、可南子もその気ないんだったら、ユウキくんいいかなーって。ねえ」
ねえ、などと言われて隣に座られても困るが、祐麒は返事することもできない。
「だ、駄目よそんなの!」
「あら、どうして。可南子は別に、ユウキくんのこと何とも思っていないんでしょう」
「ユウキはどうでもいいけれど、お母さんにユウキなんて、ユウキには勿体なさすぎるのよ。お母さんを不幸にしたくないの」
言いながら可南子は祐麒の隣にやってきて、美月から引き離すように引っ張る。
「甘いわね。女はね、愛する人の傍に居ることが幸せなのよ」
「悪い冗談はやめてよ、ほんとにもう」
「分かっているわよ、冗談だってば」
「ほっ……」
「本妻の座は可南子で、私は愛人でいいから」
「全っ然、よくないんですけど!?」
ここでもまた、祐麒をはさんでの言い合いが展開される。つくづく、仲の良い母娘だなぁなどと思っていると。
目があった美月にウィンクされ、なぜか急速に恥ずかしくなって赤面し、俯いてしまった。
可南子と、可南子の母の美月。
なぜか知らないけれど、いつしか母娘の物語の中に祐麒は入り込んでいた。
おしまい