今年もあと数時間で終わろうとしている。
佐藤さんに色々と邪魔されながらも、なんとか大掃除も終えた。買い出しもすませ、あとはゆっくりと年越しするだけであった。
景は年越しのイベントに出向いたり、初日の出を見に行ったり、早朝から初詣にいくようなつもりはない。静かに、テレビでジョニーズの年越しライブでも見ながらぬくぬくとするつもりだった。
邪魔さえ、入らなければ。
「ねーねー加東さーん」
炬燵に入って丸くなっている佐藤さんが、食べ終えた蜜柑を片付けながら景のことを見ている。
とりあえず、一通りやることが終わった景も炬燵に向かいながら聞き返す。
「なに?」
「ねえ、いいこと思いついたんだけど」
「却下」
「何も言っていないのに?!」
「どうせロクなことじゃないでしょ」
軽くあしらって、炬燵の上に置かれた煎餅に手を伸ばす。佐藤さんがすかさずお茶をいれてくれる。こういうところは、気がまわるのだけれど。
適度な温度でいれられたお茶を一口すすり、ほっと息をつく。
「ねーねー、いいことなんだけどー」
「…………じゃあ、言うだけ言ってみなさい」
冷たい視線を向けながら、景は言い放つ。
佐藤さんはそんな景の視線など気にする素振りも見せず、能天気な笑顔を見せながら口を開いた。
「あのさ、今夜は年越しエッチしない?」
聞いた瞬間、景は右ストレートをお見舞いした。
「殴るわよ?」
「も、もう殴っているから!しかもグーパンチで顔を!!」
殴られた部分をおさえながら、佐藤さんは非難めいた目を景に向ける。
しかし、景の方こそ非難したいというか、呆れたというか。大したことを言うとは思っていなかったが、まさかあそこまで下らないことを言い出すとは。
「殴られるようなことを口走るからよ」
「いや、待って。まだ続きがあるんだって」
「続き?聞きたくないわ」
「そ、そういわずに、聞くだけでも」
ここで拒否したところで、どうせ言ってくるのだ。景は無言で続きを促す。
「あのね、ただするだけじゃないの」
「…………」
炬燵の中で、佐藤さんの足が景の足に絡むようにして擦り寄ってくる。景は素っ気無くその足を押し返した。
「年越しの瞬間に、二人で同時にイ」
最後まで聞かずに、景は裏拳を顔面に叩き込んだ。
「今度同じこと言うようだと、次こそ殴るわよ」
「だ、だからもう殴っているって!お約束好きっ?!」
炬燵から倒れ、顔をおさえながら床を転がる佐藤さん。しばらくしてようやく起き上がると、涙目で景の方を見てくる。
「ねー、いいじゃんかー、嫌なのー?」
「大体、そんな都合よくいくわけないでしょう?」
「あ、じゃあ嫌ってわけじゃなくてそっちを心配してるんだ。大丈夫、私と景さんなら」
「嫌よ」
「えー、なんでーなんでー」
ごろごろ転がりながら問いかけてくる姿は、本当に高校時代は白薔薇さまとして生徒達の憧れだったのかと疑いたくなる。
「あのねえ、そもそも除夜の鐘ってのは百八つの煩悩を打ち消すためのものでしょう。それが貴女ときたら、煩悩、欲望の塊じゃない、この淫魔が」
「そ、そこまで言いますか……」
がっくりと、力なく動きを止める佐藤さん。
しかし景は冷ややかな態度のまま、湯飲みに残ったお茶を飲み干して立ち上がる。
「ほら、そんなところで死んでないで、夕飯の支度、手伝って。今日は鍋焼きうどんよ」
「はぁ~い」
のっそりと起き上がる佐藤さん。
景は目を閉じ、首を左右にふる。
窓の外に目を転じれば、日はとっくに落ち、周囲は闇に包まれていた。
「……で?」
目の前にいる鳥居さんが、綺麗な額を輝かせ、それに負けないくらい目と表情を輝かせて尋ねてきた。隣に並ぶ水野さんは、特に何を言うでもなく白い息を吐き出しているが、興味深そうに耳を傾けているのが分かる。
新年初日は、多少くもってはいたものの大きく天候が崩れることもなく、そこそこの初詣日和であった。
「結局、年越しエッチはしたの?」
「~~~~~っ」
景は自分でも分かるくらい顔を紅潮させながら、でも何も言うこともできずにただ俯いた。
「ねえねえ、加東さん?」
すました笑顔で訊いてくる鳥居さん。景の態度を見れば、答えなどあえて聞かずともわかっているくせに、本人の口から言わせるまではしつこく尋ねてくる。佐藤さんは最初からアテになどなるわけもなく、後ろで眠そうに欠伸を噛み殺しながら体を左右に揺らしている。まだ、半分くらいは夢の中かもしれない。
「……し、したわ」
「あらー、それで、つい時間も省みず熱中しちゃって、遅刻したというわけね。ねえねえ、ちなみに何時まで?」
「……四時」
本当は六時だけど。
そう、まあ、そういうわけで寝坊して、四人で約束していた初詣の集合時間に一時間以上遅刻してしまったのだ。
「やるわね、私と蓉子は二時で切り上げたけれど」
「ええええ江利子っ」
いきなり自分のことが話にあがり、頬を赤くしてどもる水野さん。しかし景も、余裕があるわけではない。
「でも、だって、佐藤さんが」
言い訳をしようとしたが。
「だって加東さんがなかなか寝かせてくれなくてさー」
後ろに立つ佐藤さんが、余計なことを口走る。どうしてこう、タイミング悪く、口をはさんでくるのだろうか。
「嫌がっていたのでしょう?どうしたの、加東さん」
理由をきかれて、答えたくはなかったけれども、どうせ答えるまでしつこくくらいついてくることが分かっていたので、しぶしぶ口を開く。
「……だって、あれだけ言っていたくせに、佐藤さんたら何もしようとしないし……それどころか紅白の最後の方では転寝しはじめて」
「えー、だって加東さん、本当に嫌なのかと思ったし、昼間の大掃除でなんか疲れちゃったみたいでさー」
頭をかいて、誤魔化すようにふにゃりと笑う張本人。
つい、カッとなる。
「あなた、今までは私が嫌だっていっても求めてきたじゃない!だから、昨日だってそうだと思って、早めにシャワー浴びて、下着だって新しいのに替えたのに!」
「おお、そ、それでどうしたの?」
「だから私が、眠っていた佐藤さんを倒して……って、い、言わせないでよっ」
そこまできて、ようやく自分自身が恥しくなるようなことを言っていたことに気がついた。これではまるで、自分の性欲が溢れているみたいではないか。
「だからあんなに激しかったんだ……ごめん、加東さん、私、加東さんが実はそんなにしたがっていたとは今まで気づかず……」
「だああぁっ、ち、違う、違うっ!」
顔が熱い。
否定しようとするが、今の状態では全く説得力がないだろう。
「馬鹿ね、聖。あいかわらず女心がわからないのねー。ま、その点わたしなんか、最初から強引に蓉子を求めたけれど。蓉子は恥しがりやだからあまり自分から求めてこないし、最初は拒否したりするんだけど、私が求めると最後にはちゃんと応じてくれるから。昨夜だって、最初は恥らっていたけど段々と積極的に蓉子のほうから求めて」
「ちょ、ちょっと江利子っ!!」
真っ赤になって鳥居さんの口をふさごうとする水野さん。
「ところで聖。結局、加東さんとは年越しのタイミングでうまく一緒に?」
「ああ、それがね、加東さんの指が」
「やめええええいっ、新年初日からっ!!」
景も慌てて止めに入る。
すると、鳥居さんに取り付いている水野さんと目が合い、お互い同時に嘆息した。お互いに、大変な恋人を持ってしまったものだと、それぞれの心情になんとなく共感する。
「もう、ただでさえ遅れたんだからさ、さっさと行きましょう」
「そうね、行きましょう、加東さん」
水野さんと並んで、二人に背を向けてさっさと歩き出す。
「あ、ちょっと待ってよ、蓉子」
「え、加東さん浮気?!」
追いかけてくる様子が背中越しに伝わってくる。
景はわざとらしく水野さんの腕を取り、密着してみせる。
「加東さん?」
ちょっとびっくりした顔をしたけれど、水野さんも照れながらもにっこり微笑んで。
「やだ……ちょっとドキドキしちゃうかも」
「お互い、相手がアレだし……本気になっちゃう?」
「それも、いいかもね。ふふっ」
いい匂いが隣から漂ってくる。
水野さんは、いつもきちんとしていて、優しい香りがする。
と、思って横顔を見ていたら。
「……ん、どうかしたかしら?」
「いや、あの、水野さん」
景は声を潜め。
「首筋、キスマーク残ってる」
「えっ?!」
「衿をこうすればなんとかうまく隠れて……」
「あ、ありがとう……あ、加東さんも」
「うぇっ?!ど、どこにっ?!」
「今、前かがみになったときに胸元がちょっと見えて、そこに……」
「うあああぁぁ」
急いで胸元を締める。
比較的気温が高めだったのと、遅れて急いでいたこともあり、服がちょっとだらしなかったのだ。
「なんか……滅茶苦茶恥しいね」
「そうね」
苦笑する。
そこに、佐藤さんと鳥居さんが追いついてくる。
「ちょっと、ちょっとちょっと!なんで加東さん、蓉子とそんなに仲良いの?!」
「蓉子、私にはそんなに笑ってくれないのに」
四人、並んで。
「じゃ、行きましょうか」
「凄い混んでいそうね」
「加東さん、密着しよう」
「嫌よ、それなら水野さんの方がいいわ。あなたは鳥居さんとどうぞ」
「えー、なんで江利子なんかと」
「それはこっちの台詞よ」
かしましく、歩いてゆく。
一年前には、こんな年を迎えるとは思ってもいなかった。
でも、これが今。
「ねえ、初詣行ったら何を願う?」
「んー、そうねえ」
人差し指を顎に当て、少し上を向いて空を見上げ。
そしてその後、誰ともなく言う。
今年も幸せでありますように―――
おしまい