<1>
とうとう、この時が来たのだ。令は、高鳴る胸を必死に抑えながら、目の前に立つ祐麒の姿を見据える。
出会ってから、どれくらいの日を数えたのか。デートをしたのは何回か。今日で会うのは何回目か。
おそらく今日これから、祐麒が告白してくる。令だってそれは感じ取れる。そして、令が出す答えも決まっていた。
心臓の動きが激しすぎて、破裂してしまうのではないかと思えた。
目の前の祐麒も、同じくらい緊張しているのではないだろうか。きっとお互い、顔は真っ赤だ。
「あ、あの、令さんっ」
いよいよ、くる。きっと今日は、忘れられない日になる。ああ、どうしよう。告白のあと、キスとか求められちゃったりしたら。
大学も決まって、卒業の前にこうして桜の舞う中での告白とファースト・キスなんて、ロマンチックで素敵すぎる。
容姿的に、乙女な恋愛なんて無理なんじゃないかと思っていたこともあったが、こんな幸せな展開だなんて。
「俺、令さんのこと」
唾を飲み込む。次の一言を聞き洩らさないように、集中する。祐麒の口が、次の言葉を紡ごうと開かれる。そして。
「祐麒くん、大好きっ、私とつきあって!!」
いきなり飛び込んできた影が大声で告げたかと思うと、いきなり祐麒に抱きついた。
「え、え、えええええっ!? ななななに、あの、お、お姉さまっ!? い、い、一体、なにごとっ!?」
祐麒の首にしがみついているのは、令の姉である江利子だった。祐麒も突然のことに目を丸くし、動けないでいる。
「ああ、令じゃない。どうしたの?」
「そ、それはこっちの台詞ですっ! な、なんで祐麒くんにそんな抱きついているんですっ! それにさ、さっきのは!?」
「うふ、実は先日、不良にからまれているところを助けてもらったの。傷つきながら、私を必死に守り戦う祐麒くんの姿に、私は一気に恋に落ちたのよ」
「は?」
「身も心も傷ついた私を、祐麒くんは優しく介抱してくれて……初めての男性の肌の温もり、あの一夜は私にとって記念日にもなったの」
顔を赤くして、くねくねと体をくねらせる江利子。その間も、祐麒に自分の体を押し付けるようにして離れない。
「え、ちょ、ゆゆ祐麒くん、ほ、ホントなのっ!?」
「あ、う、うん。いやっ! 一夜のこととかそんなことはなかったです! それに、ただ逃げただけで戦ってなんか」
「もう祐麒くんたら謙遜して、奥ゆかしいところも好きっ。もう私の心もカラダも貴方だけのものなのにっ」
「え、え、えええぇっ、お、お姉さまっ!? 祐麒くんっ!?」
泣きそうな悲鳴をあげる。どこまで本当でどこから嘘なのか。祐麒を巡る江利子との慌ただしい三角関係は、ここから始まった。
<2>
今すぐにでも逃げ出したいところだが、逃がしてくれそうもない。
何せ、両隣で鉄板のガードを決められているのだから。
「祐麒さんたら、意外と積極的な片だったんですね、知りませんでした」
右隣から聖母のような微笑みで見つめてくるのは、志摩子。
「そうかしら。イタリアまで来てくれるくらいだもの、結構、積極的よね祐麒さんは」
左隣から天使のような声で語りかけてくれるのは、静。
走ってしまえば二人が追い付いてくるとは思えないが、それでも捕獲されたようで、まったく身動きがとれないのはなぜか。
志摩子とは、学園の行事活動を通して仲良くなった。志摩子が携帯電話を持っていないということで、旧式な手紙のやりとりなんかをしていた。
そして静とは、ほんの偶然から知り合った。やはり手紙のやりとりをしたり、ごくたまに国際電話で話したりもした。
別に二股をかけているとかそんなつもりは全くなく、二人とも仲の良い友達感覚というかでいたのだ。
「でもまさか、静さまから紹介したい人がいる、と聞かされてその人が祐麒さんとは思いませんでしたわ」
「私も、志摩子から会わせたい人がいる、と言われて来てみて、それがまさか祐麒さんだったなんて」
二人ともにこやかに話しているが、間に挟まれている祐麒は冷や汗ものというか、妙な緊張感で心がすりきれそうだ。
「でも、静さまが祐麒さんとお知り合いということで、紹介の手間も省けてしまいましたね」
「そうね、私も志摩子と祐麒さんがお友達ということで、ふふ、これから仲良くしてもらいたいから良かったわ」
「あら、それはどういうことでしょうか静さま」
「だって、祐麒さんと私は将来を誓い合った仲だもの。志摩子とも仲良くなってほしいから」
なんか、とんでもない爆弾発言が飛び出したが、志摩子も静も変わらぬ様子で微笑ましく話し続ける。
「祐麒さんがイタリアにきたとき、小母さんや周囲の皆にも私のフィアンセだということで伝わっているのよ」
「私の父も祐麒さんがいらして、花寺の学生だしこれで小遇寺も安泰だ、なんてと喜んでいたんですよ」
なんか知らない間にとんでもないことになっている。誰も住職になるとか、婚約するとか、話したことも聞いたこともないのに。
「「ねえ、祐麒さん。そうですよね?」」 同時に、そう訊かれ、祐麒は身震いする。にこやかな笑顔を崩さないだけに、二人から圧倒的なオーラを感じるのであった。
<3>
「ユキチ、お待たせー」
体の前で手をひらひらと振りながら向かってくるアリスを見て、思わずくらっとする。
高校を卒業して大学に入り、制服がなくなったところで、アリスは遠慮なく私服で日常を生活するようになった。即ち、女の子の格好で。
カットソーにティアードスカートという組み合わせで、髪の毛も伸ばしてきて、女の子ではないと言われて誰が信じるだろうか。
「おまえ、ちょっとスカート短すぎるんじゃないのか?」
スカートの裾からのびる脚も、男と思えないほどにほっそりとしていて、肌もすべすべだ。
「う、うん。ちょっと恥しいけれど、ユキチのために頑張ってみた。えへへ」
少しだけ恥しそうにはにかむアリス。女装男子というか、男の娘というか、色々とやばい。
そしてそんなアリスのデートでドキドキしている自分も、どこかやばい。
歩き始めると、アリスがおそるおそる、祐麒の腕に手を絡ませ、身を寄せてくる。肘に、なぜかほのかに柔らかな感触があたる気がするのが不思議だ。
「あはは、あのね、ブラジャーにパッドいれて、つけてみたの、ユキチが喜ぶかなーって思って」
「ば、バカ野郎、そんなことで喜ぶかよ」
つっけんどんに言ってアリスの腕を放すと、悲しそうな、寂しそうな笑みを見せるアリス。
「そ、そうだよね。わたしなんかじゃ、嬉しくないよね……」
「馬鹿、そんなんじゃなくて、そんなことしなくたって、アリスは可愛いし、むしろ貧乳万歳だろ!」
混乱のあまり、とんでもないことを口走ってしまった。だが、ここ数カ月アリスと一緒にいて、限界に突入しかけている。
特に暑くなってきて薄着になってからは、中身は男だと分かっているのに、こう、ムラムラとくるものを抑えるのが大変だった。
小振りな胸(当たり前だ)、細い腰、すらりとした太もも、すべすべの肌、とびきりの美少女。
もう、男だとか女だとか、あまり気にしなくてもいいんじゃないかと思えてくる。後ろから抱きしめたときのこの感触。
カットソーの胸ぐりからちらと見える薄い胸。パッドをいれたといっても、それが変わるわけでもなく。って、後ろから抱きしめて!?
「やだユキチ、そんないきなり……それに、な、なんか凄いのがあたっているよ……」
赤くなりながら、小さな声で言うアリスだが、いやがる素振りはみせていない。それどころか。
「ねえユキチ……パッドなんていらない、っていうなら、ユキチが外してくれる……?」
頬を朱に染め、瞳を潤ませて、見上げてくる。ここは公園の木陰で人目も少ない。祐麒は震える手で、そっとアリスのカットソーの裾に触れた……
<4>
「ちょ、ちょっとやめなさい笙子っ!」
「えー、いいじゃないお姉ちゃん、えへへ~」
抱きついてくる笙子を、引っぺがそうともがいている克美。
そしてそんな姉妹を、声もなく眺めるしかない祐麒。いや、この状態でどうすればよいのか、分からないのだ。
笙子に呼ばれて内藤家にお邪魔して、食事をごちそうになった。その後、笙子の部屋でお喋りをしていたのだが……
「笙子、あんたお酒くさいっ! お酒なんて飲んじゃ駄目じゃないっ!」
そう、笙子が持ってきたお酒を飲んだ途端に状況は変わった。酔ってテンションがあがったのか、笙子は大きな声で祐麒にからんできた。
すると、隣の部屋から克美が、「うるさいから静かにしなさい」と文句を言いに部屋に入ってきた。
入ってきた克美を見ると、笙子はにんまりと笑ったかと思うと、おもむろに克美に飛びついて行ったのだ。
「何をするの、やめなさい、変なところ触らないでよっ、ちょっと!」
「なんで、いいじゃん、祐麒さんにサービスして、色っぽいところ見せちゃおうよぉ。祐麒さんも、見たいでしょう?」
「やだ、ふざけるのはいい加減に、きゃああっ!?」
おもむろに笙子が克美のスカートをまくりあげた。細い脚と、薄ピンクの下着が祐麒の目に眩しく映り、赤面する。
「笙子、あなた酔っているのね!? ちょ、祐麒くんも、見ちゃダメっ!」
必死に笙子に抗っているが、酔った笙子は手加減もせず、克美にからむ。克美のブラウスのボタンがはずれ、ほんのりと胸元が覗いて見える。
「いいじゃん、姉妹でいいことしてあげるなんて、エッチな漫画みたいでさー」笙子の含も当然、乱れている。
「いいわけないでしょう、大体、祐麒くんと付き合っているのは、笙子でしょう!?」
「お姉ちゃんとならねぇ、いいよぉ。それにお姉ちゃん、よく祐麒さんの名前言いながら、えっちな声を部屋で出しているじゃん」
「な、な、なっ……!!」笙子の言葉に、瞬時に顔を真っ赤にする克美。動揺した克美を見逃さず、手をスカートの中に入れる笙子。
「ほらー、素直になりなよ、およ、身体は素直じゃのぅ……なんつて」
「だめ、馬鹿、見ないで祐麒くん……や、あ……」とにかく、恥じらい、身体をくねらせる克美がエロい。慌てて後ろを向く。
「何、逃げてんのよ祐麒さん、このへたれー! こんなチャンスにー」
「ぎゃー!?」克美に抱きついたまま笙子が、祐麒に突撃してきて、三人もろとも倒れ込む。そして三人とも頭をうって目を回してしまった。
翌朝、何も覚えていない笙子は、克美にこっぴどく怒られた。
<5>
「さすがにちょっと、寒いわね」体を抱きしめるような格好で、わずかに身震いする蔦子。
「そ、そうですね……っくしゅ」少し青ざめた顔をして、小さなくしゃみを発する真美。
二人の女子を従えて、祐麒は困っていた。花寺とリリアンで合同キャンプに来て楽しく遊んでいた。
その途中、真美と蔦子の姿が見当たらず、探しに出たところ、斜面で足を滑らせてしまった真美と、助けようとしていた蔦子を見つけて。
下手なことはせず、誰か助けを呼んでくればよかったと今となっては思うが、女の子二人を前にして、去るわけにはいかなかった。
その結果、祐麒ももろともに足を滑らせて、三人で仲良く滑落し、下に流れていた川に転がり落ちた。
川の深さはたいしたことなく、流れも急ではなかったのでよかったのだが、三人ともびしょ濡れで、おまけに帰り方が分からない。
気候が良いとはいえ、濡れたままでは体が冷えるし、日が落ちればなおさらである。三人は途中で見かけた古びた小屋で休息をとることにしたのだが。
何が困るって、目のやりどころ。しっとりと濡れたシャツが蔦子の肌に張り付き、思いのほか立派なバストの形と下着のラインが鮮明に見える。
直接に見るよりエロティックで、下着の色はどうやら水色で、見るなという方が無理で。強引にでも視線を転じると、真美の姿が目に入る。
同様にシャツが濡れて透けているが、ボリュームはないがなだらかな中に微妙な曲線があり、そこに目を奪われる。
更にショートパンツが濡れてぴっちりと張り付き、微妙にショーツの線と思しきものが見えていそうな、気のせいのような。
「なんとか、温まりたいですね。こういうときの温まる方法といったら……」
口にした真美だったが、言ったそばから顔を赤くして、口をつぐんでしまった。きっと、アレを考えてしまったからだろう。
「ああ……でも、そうね、最終手段は、それしかないかもしれないわね」
「えええっ、つ、蔦子さんっ!?」
蔦子の言葉に、祐麒ならずとも真美も驚きの声をあげる。蔦子の体がわずかに動き、真美に見えないよう祐麒にくっついてくる。
濡れたシャツを通して伝わってくる肌の感触が、祐麒の鼓動を速くする。
「蔦子さん、ほ、報道協定を破る気っ?」真美が、思いのほか強い口調でかみつく。いきおいで祐麒の体に触れてくる。
「それとこれとは別でしょう? 真美さんだってここにいるわけだし」身を乗り出す蔦子の胸が、腕にあたる。
「じゃ、じゃあなんですか、まさか3人で……」
言いかけて、またも赤面する真美。蔦子も、首のあたりまで赤くなっている。
そして祐麒はといえば、口を開かずにじっとしていたが、実は先ほどから体(特にある一部)が熱くて、寒さなど気にならないのであった。