<1>
今日はクリスマス・イブである。
楽しいパーティ、プレゼント交換、愛の告白、そんな温かで楽しそうなイメージが浮かぶ日。
街は喧騒に包まれ、笑顔に溢れている、そんな日。
祐麒もまた、にこやかで美しい笑顔に囲まれ、幸せなひと時を過ごしている、かのように見える。
「ふふっ、さあ祐麒さん、召し上がれ」
「あら静さま、まずはこちらのカルパッチョの方から先に食べていただくのが順番かと」
「でも志摩子、祐麒さんはいつもサラダを先に好んで食べられるのよ?」
美女二人に挟まれ、もてなされてのディナーは、傍目から見たら羨ましい限りだろうが、張本人はまた異なる。
美味しいはずの料理の味もよくわからず、温かい室内のはずなのにまるで極寒の地のような冷気を感じる。
そんな、胃が引きつりそうなディナーをどうにかこうにか終わらせて、ようやく解放のときがきた。
なぜ、こんなことになってしまっているのか、今考えても分からない。二人の美女に同時に好意を寄せられるなんて。
だが、とにかく今は帰って心を癒す方が先である。精神的にかなり疲弊しているのだ。
「いや、今日はどうもありがとう、二人の料理、堪能させてもらいました」
「どういたしまして、でも、お礼はまだ早いですよ。まだ、コースは終わりじゃありませんから」
優雅に微笑む静を見て、さらに嫌な予感が広がっていく。
志摩子と静がほぼ同時に立ち上がり、一瞬、目を合わせてから祐麒のことを見る。
「……私、和室の部屋でお待ちしていますね」と、志摩子。
「私は、二階の洋室でお待ちしております」と、静。
ここは今日のために借りた、別荘のような場所。祐麒の部屋は別にあてがわれていたが、そこに逃げるわけにはいかないのか。
まあ、そういうわけにはいかないだろう。
クリスマスだというのに、なんという仕打ちか。サンタが本当にいてプレゼントをくれるなら、今の状況をどうにかしてほしい。
本気でそんなことを考え、新たな年を迎えられるか真剣に不安になる祐麒であった。
<2>
小笠原家のクリスマス・パーティということで、それは豪華で絢爛なものであった。
だが祥子に訊いたところ、今年はこれでもかなり控えめだというから驚きである。庶民と感覚が完全に異なっている。
根っからの小市民である祐麒はなかなか落ち着かなかったが、それでも料理が素晴らしいものであることは分かった。
そして調子に乗ってすすめられるままアルコールにも手を付け、少し酔ってしまい、酔い覚ましに部屋を出た。
相変わらず広い屋敷内、迷いそうになりながらふらふらと彷徨っていると、不意に横から手を掴まれ、引っ張られた。
引き込まれた部屋、薄闇の中に浮かび上がるのは、ドレスで身を飾った清子だった。
「祐麒さん、ようやく……こうして二人きりの時間が取れましたわね」微笑む清子の姿は、闇の中でも美しい。
身を寄せてくる清子を抱きしめる。相変わらず、若々しい肌だった。
「……待って、祐麒さん。今日はクリスマスプレゼントを用意してあるのよ」
清子は、すっと身を離すと、部屋の反対方向を腕で指し示した。隣の部屋へと続く扉が開き、そこから姿を現したのは。
「さ、祥子さんっ!?」
やはり、パーティに参加していたはずの祥子であった。清子同様、パーティの時のドレス姿のままである。
二人を見て、まずいと思った。また、修羅場が始まるのではないかと身構えるが、今宵は様相が違った。
「大丈夫です、せっかくのクリスマスくらい、仲良く、気持ちよく過ごそうと祥子さんと話しましたから」
見ると、祥子はどこか気まずいような表情を見せながらも、清子の言葉にうなずいていた。
「ふふ、夫と父親の目を盗んでなんて、悪い妻と娘ですよね……」
そんなことを言う清子、そして無言の祥子は、示し合わせたように祐麒の前後でゆっくりと床に膝をついた。
そして、祐麒のズボンのベルトに手を伸ばしてくる。
「……でも、私の方がずっと祐麒さんを喜ばせてあげられると思いますけれど」
「なっ……わ、私の方に決まっています! お母様より私の方がずっと若いですし、お母様には負けません!」
「それじゃあ、勝負しましょうか?」
「の、望むところですっ」
ズボンをおろし、パンツ姿になった祐麒を挟んでいつものように激しい火花を散らしあう母と娘。
「え? あ、あの二人とも、ちょっと!?」
これから先に起こることを想像し、喜んでいいのか恐れるべきなのか、いずれにしろ泣きそうな祐麒であった。
<3>
「クリスマスといえば私の誕生日でもあるわけで、当然、私を祝ってくれるわけだよねー」
「あら、でもクリスマスには良い思い出がないから、そんなのなくても良い、なんて言っていたと思うけれど」
「嫌なこと以上に良いことがあったからねー、それはもうおしまいということで」
「ま、それは来年以降ということで。今年は、私との約束があるわけだし」
穏やかそうに見えて、激しい火花を散らしあう妙齢の女性が二人。
「佐藤さん、お仕事忙しいんじゃないの? 無理しない方がいいわよ、今、軌道にのってきたところでしょう」
「いやいや、会社づとめじゃないから時間の自由はきくから大丈夫。それをいうならカトーさんの方が大変でしょう、年末」
「大変だけれど、ちゃんと仕事は全て終わらせているから全く問題ありません、ふふ」
翻訳家の卵として働いている聖、会社勤めでバリバリ働いている景、二人とも大人の女性へとすっかり変わっている。
祐麒も大学卒業を控え、学生生活最後のクリスマスを楽しく過ごそうとしたのだが、なんだかとんでもないことに。
聖と景、二人と仲良くなってから数年間、はっきりしないまま楽しく過ごしているうちに、いつしかこんな状態に。
祐麒がどちらかを選べば良いのだろうが、それが出来ていたらこんなことにはなっていない。
「祐麒、今日はほら、部屋を取ってあるから」
と、ホテルのルームキーを取り出して見せつける聖。
「それって立場が逆じゃない? それより祐麒くん、これは私からの贈り物」
そう言って景が手渡してきたのは、景の部屋の合鍵だった。
「祐麒は当然、私のことをいわってくれるよね?」
「それなら今、おめでとう、とでも言ってあげればいいわよね。さ、それじゃあ行きましょうか祐麒くん」
「ちょっと待った、何それ、そんなわけないじゃん!」
「しつこい女は嫌われるわよー?」
クリスマスのイルミネーションに飾られた街の中、祐麒は二人の美女の言い合いを見ているしか出来なかった。
<4>
高級とまではいかないけれど、ちょっと背伸びしたお店でクリスマスディナーを楽しんだ。
料理は美味しかったし、クリスマスプレゼントも、まあ、喜んではくれたみたいなので良かった。
満足して、店を出る。
「今日はありがとう、凄く楽しかったよ」
「まあ、私もちょうど空いていましたし、こんな日に一人は祐麒さんも寂しいでしょうから、仕方ないですね」
憎まれ口を叩きながらも、乃梨子の手は祐麒のコートの袖をつまむようにして握ってきている。
いつもより可愛らしいお洒落な服を着て、ナチュラルメイクもして、とても可愛いと思う。
しかし、そんな心温まるような時間は、長くは続かなかった。
「……あれ、祐麒さま?」
店から出て歩きかけたところで、横合いから声をかけられた。聞き覚えのある声に、まさかと思いつつ顔を向けると。
「やっぱり祐麒さんに……の、乃梨子!? なんで、乃梨子が」
「えっ、と、瞳子っ!? 瞳子こそ、なんでこんなところに」
そこにいたのは、相変わらずの縦ロールを垂らした瞳子だった。驚いていた瞳子だが、すぐにその顔つきが変わる。
「祐麒さま、確か今日はご友人とクリスマス・パーティがあるから私のお誘いを断られたはずでは?」
「いやっ、えと、それはあの」
「だから、今日ではなく明日お会いする約束になったのではなかったでしょうか」
瞳子がそう言うと、今度は乃梨子の顔つきが変わった。
「明日は朝から友達と遊ぶんじゃなかったんですか? だから、私の家に泊まりに来るのを拒んだんじゃなかったでしたっけ?」
「ちょ、ちょっと、それはつまり、あの」
非常にまずい状態だった。Wブッキングしないように日にちをずらしたんい、まさか鉢合わせしてしまうなんて。
「……祐麒さま?」縦ロールを揺らし、吊り上った目で見つめてくる瞳子。
「祐麒さん?」いつしか祐麒から手を離し、キツイ表情で睨みつけてくる乃梨子。
「「いったいどういうことなのか、説明してもらいましょうか??」」
重なる声が、祐麒にとっては死刑宣告に聞こえたのであった。
<5>
「ちょ、ちょっと、どういうつもりよお母さんっ!?」
可南子は目を剥いて母親である美月に向かって叫んだ。一方の美月は、涼しげな顔をして娘の声を受け流す。
今日の可南子はなんと、真っ赤なサンタコスチューム、ベアトップワンピースで肩から上がむき出し、外には寒くて出られまい。
一方で美月も、上着とスカートのセパレートタイプのサンタコスを身に着けている。
それだけならまだしも、可南子を美月が組み敷いている体勢になっており、それに可南子が文句を言っているのだ。
本来、可南子の方が若いし力もあるのだが、ベッドの木枠に腕を縛られており、自由がきかないのだ。
「どういうつもりって、クリスマスプレゼントにサンタ母娘をプレゼント♪、ってことで」
「ってことで、じゃないわよっ!? ななな、何考えているのよ、変態なの!?」
「ごめんねぇ可南子、でも私、ドMだから……実の娘との羞恥プレイとか……はぁ……燃えるの」
紅潮した顔で、うっとりとしたように可南子を見下ろしてくる美月。その手が、可南子の胸に伸びる。
「やだやだやめてよお母さんっ!! ちょっと、おかしいってこんなの!」
「大丈夫大丈夫、可南子もエッチなこと好きでしょう? それに私の娘だもの、Mの素質はあると思うの」
「そんな素質いらないからーーーーっ!!」
「うふふ……さあ祐麒くん、高校一年生の女の子と、その母親の二人を好きにしていいのよ。これが私のプレゼント」
「よくなーーーーいっ!」
「あら、でも可南子だって、そんなサンタさんの格好をしたのは、祐麒くんを喜ばせてあげるためでしょう?」
「そ、それは……って、ちょ、やめ、おかあさっ……!」
目の前で繰り広げられる痴態を、唖然としてみるしかない祐麒。クリスマスパーティに呼ばれ、まさかこんなことになるとは。
母と娘、同時に好きになられ、同時に好きになったとはいえ、想像を斜め上にいく展開である。
「ゆっ、ユウキ、あんた覚えていなさいよっ!?」
「そんなこといって、今に自分からおねだりするようになるわよ? だって祐麒くんの……ぽっ」
「だああああああっ!? ぽっ、とかやめてーーーっ!」
母娘の住まうアパートの一室、聖なる夜はいつしか更けてゆくのであった。