~ リリアン株式会社! ~
この会社に入社して二年目となった祐麒。仕事にも慣れてきて、後輩も入ってきて、そんな頃である。
仕事は忙しいけれど楽しくもあるし、充実していると思う。
自席で端末に向かって仕事をしていると、不意に誰かに背中をつつかれた。
「やほー、祐麒くん。仕事の調子は、どう?」
振り返ると、手をひらひらとふっているのは同期の由乃だった。
「まあ、ぼちぼちかな。由乃さんは? こんなところで手を抜いていて、鳥居さんに怒られない?」
「あの人、絶対わたしのことわざと苛めているとしか思えないよねっ。あー、いやだいやだ」
「ちょっと、聞こえるよ?」
「大丈夫だって、それよりさ、今日仕事速く終わる? 終わるよね? 終わったらヒマ? 暇だよね? 飲みにいこう!」
祐麒の横に身を乗り出して、覗き込んでくる由乃。大きな瞳がくりくりと動き、期待に満ちた目で見つめてくる。
ふんわりと、フローラルな香りが漂ってきて、顔が熱くなる。同期としての親しさかもしれないが、ドキドキする。
今だって、腕と腕が触れ合っている。服の上からとはいえ、やっぱり女の子と触れ合っていることに変わりないわけで。
「それってもう決定事項にしてるよね? メンツは? 小林とか蔦子さんとか?」
いつものメンバー、同期仲間の顔を思い浮かべる。
「うーん、それがさ、今日はなんか、みんな都合が悪いらしくてさ、今のところ、私と祐麒くんだけ、かな」
「え、そ、そうなの? でも、そんなに集まり悪いなら、日程を変えれば……」
今まで、二人きりで飲みに行ったことなどない。由乃と二人で行ったなどと知られたら、なんと思われることか。
「私は今日飲みに行きたい気分なの! なによー、わ、私と二人じゃ飲めないっていうの?」
「いや、そうじゃないけれど、由乃さんアルコール弱いじゃん」
カクテル一杯で、あとはソフトドリンクというのが由乃のいつものパターンのはず。そこまで酒好きでもなかろうに。
「雰囲気が好きなのっ。とにかく、決まりだから今日は早く仕事終えてね。あと、他の皆には言わないこと、もう皆断られたから」
「わ、分かったって。それじゃあ、早めに切り上げるようにするから」
「ホント? う、うん、それじゃあ、お店とかはあとで決めようね」
嬉しそうに笑い、自分の席に戻っていく由乃。可愛くて、同期の中でも人気を二分する由乃。
今まで誰かと付き合っている、なんて話も聞かないが、もしかして……
「福沢君、何をニヤニヤしているの。仕事は終わったのかしら?」
「あ、いえ、すみません、すぐにやりますっ」
アフターファイブに向け、気合いをいれて仕事を再開する祐麒なのであった。
~ リリアン株式会社! ~
休憩時間、休憩室として使われている談話室で、同期の小林と顔をあわせた。
「いやー、ユキチはいいところに配属されたよなー、羨ましいよ」
「何がだよ? 仕事は結構、きついぞー」
「きつくても頑張れるだろ? 何せ『ハーレム課』だからなー」
からかいの口調で笑ってくる小林。『ハーレム課』などと揶揄されるのもそれには理由がある。
何せ祐麒が配属された課は、祐麒以外のメンバーが全員女性なのだから。
伝統的に女性ばかりで構成されていたところに、唯一の男として祐麒が配属されたのだから、噂にもなるというもの。
「馬鹿、女性の中に男が一人って、すげー居づらいっての。飲み会とかでもさー、なんてゆうかさ」
「まー、そうだろうなー。男もいないと、ちょっと辛いよな……っと、藤堂さん、元気っ?」
「こんにちは、祐麒さん、小林さん。はい、元気です」
休憩室に入ってきた志摩子を見て、小林が手を挙げて挨拶すると、志摩子は女神のような微笑みを見せる。
同期の中でもひときわ目立つ美少女だが、美しすぎて男たちもなかなかアタックかけられないらしく、いまだフリーらしい。
先輩社員たちは何人か突撃したらしいが、それらは全て撃沈とのこと。噂では、女神のように微笑んだまま辛辣に断るとも。
「……申し訳ありません、私、○○さんのこと全く好みではないのです。そもそも、存在も知りませんでしたので」
と、ある先輩は断られたらしい。あくまで上品におしとやかに、にっこりと。
「お隣、良いですか?」自販機で紅茶を買ってきた志摩子が、祐麒のソファの隣に目を落とす。
「あ、うん、どうぞどうぞ」もちろん、断る理由などない。祐麒が座席の埃を払う仕草を見せると、笑いながら志摩子が腰を下ろす。
すると、座った衝撃でか、志摩子の胸が、ぽにゅん、と揺れる。
「ぶふっ!!」口をつけていたコーヒーを、思わず噴いた。
「うわっ、汚ねーなぁ、何やってるんだよ」
「まあ、大丈夫ですか? あ、じっとしていてください、今、拭いてあげますから」
と、志摩子が綺麗なハンカチを取り出し、祐麒が断る間もなく身を乗り出して口元にハンカチを当ててきた。
同時に、志摩子の大きな胸が腕に押し当てられ、志摩子の胸に包まれた。
「ちょ、あのっ、と、藤堂さんっ!? だだだ大丈夫ですから、えと、あのっ」
「駄目ですよ、ほら動かないでください、拭けないじゃないですか……」
更に身を乗り出してくる志摩子。圧力の増す腕。周囲からの何とも言いようのない視線。
「……ふふ、綺麗になりましたよ」
評判通り、女神のような微笑みにも関わらず、祐麒はなぜか志摩子の笑顔から恐怖を感じたのであった。
~ リリアン株式会社! ~
「あーーーーーーっ、わかんねーっ!」
思わず、そんな風に叫んでしまいたかった。しかしオフィス内、さすがに大声を出すわけにいかず、小さな声にとどめた。
とはいえ、近くの席の人には聞こえてしまう。隣の席から、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
「わ、笑わなくてもいいじゃないですかー、支倉さん」
令は、祐麒が新人の時のOJT担当である。優しくて、頼りがいがあって、とても素敵な先輩である。
「だって、祐麒くんの声が絶望感に苛まされている感じがよく出ていたから」
「うわ、酷いですよ、そんなんでしたか俺?」
「そうそう。それで、どこが分からなかったの?」
言いながら令が椅子を近づけてくる。こうして令に教えてもらうことを、密かにOJT期間中から楽しみにしていたのは秘密だ。
さすがに今は昔ほど聞けないが、それでもたまにこうして教えてもらうこともある。
「……こら、令は祐麒くんに甘過ぎよ。自分で考えさせ、苦しむことも重要な経験なんだからね」
「あ、す、すみません」
さらに先輩である江利子に注意され、身を小さくする祐麒と令。とはいっても、江利子もそれ以上厳しく言うことはなかった。
「それじゃあ、ヒントだけあげるね。えーっと、どれどれ……あー、これねー、私も最初は引っ掛かったなー」
「へー、令さんもですか。よし、じゃあ待ってください。ヒントなしに出来たら、俺の勝ちってことですよね」
「え、何ソレ、勝負ってこと?」
「そうです、だから、俺が勝ったらどうしようかなー」
「え、え、ななな何それ、賭けとか私、していないからっ」祐麒の言葉に焦る様子を見せる令であったが。
「そうだな、あ、そうだ! 俺が勝ったら今度、弁当作って来てくれませんか?」
「…………へっ?」
「いや、令さんのお弁当、いつも手作りなんですよね。女子の間でも凄い評判良いの知ってて、一度食べてみたかったんですよー」
無邪気に喋る祐麒に対し、令はほんのりと顔を赤くしている。
「そ、そんなのだったら、別に勝ちとか関係なく、いつでも作ってきてあげるのに……」
「ん、何か言いましたか?」
「あ、わ、な、なんでもないよ、うん。そそ、それより、じゃあ私の勝ちだったら、どうするの?」
「そうですねー、それじゃその時は、俺は料理とかできないんで、令さんの好きなもの何でもご馳走しますよ」
「ふぇっ!? そ、そそ、それってデートってことじゃ……あわわわ」
赤面してあわあわしている令。勝っても負けても、令には願ってもない展開であった。
そして、そんな令のことを楽しそうに江利子が見つめているのであった。
~ リリアン株式会社! ~
後輩に対しては優しい先輩であろう。絶対にそうしようと心に決めていた。
もちろん、無条件で優しくするわけではなく、厳しくするべきところでは厳しくする。そのはずだったのだけれども。
「あ、ここはこうすればいいんですね、分かります。それで……なるほど、そっちは」
「あー、うん、そうね、その通りですね」
目の前にいる後輩は、優秀すぎた。新人だというのに、まるで新人だとは思えない仕事っぷり。
なんでも高校、大学を首席で卒業しているとか。なんで、うちみたいな会社に来ているのだろうか。
もちろん、仕事だから教えることはあるけれど、片っ端から覚えていくし、自分で色々と掴んでもいくし。
「いやー、凄いね二条さん、あははは」乾いた笑いしか出てこない。
「……そうですか? これくらい、普通ではないでしょうか」
しかも、非常にクールで可愛げも足りないと来ている。きっちり切りそろえられた髪の毛は、真面目さを表しているようにも見える。
笑えばもうちょっと可愛いだろうにと思うものの、男をはねつけるようなオーラに、そんなこととても口に出して言えない。
このままでは、追い越される日も近いかもと思うが、ここまで優秀だと呆れて納得してしまいそうだ。
「いやでもホント、二条さんに教えることなんて、もうすぐになくなっちゃいそうだね」
そう、冗談とも本気ともいえずに口にすると。
「……そんな。ふ、福沢さんにはもっと色々と教えていただかないと、困ります」
思いがけず強い口調で、そんなことを言われた。
「いやー、でも二条さんの優秀さは、皆が口をそろえて言っているし、俺くらいじゃ……」
「でも、私、知らないこともいっぱいありますし。こ、この前の飲み会のこととかも」
そう言って、ほんのりと頬を朱に染める乃梨子。
乃梨子が言っているのは、新人歓迎会のことだろう。乃梨子はお酒を沢山飲まされて、酔いつぶれてしまったのだ。
乃梨子のOJT担当である祐麒が、皆から冷やかし半分に対処を任されたのだが、途中で乃梨子が吐いて、動けなくなり。
仕方なく、祐麒のマンションに連れて行ったのだ。もちろん、天に誓っていやらしいことはしていない。
ただ、朝気が付いたら乃梨子が素っ裸で寝ていたのには驚いたが。寝ながら脱ぎ散らかしたのか。
「わ、私、知らないうちに初めて経験とか……そ、そういう男女のすることとか知らないので、お、教えていただかないと……」
真っ赤になりながら俯きブツブツと呟いている乃梨子。優秀な後輩の考えていることは、良く分からないのであった。
~ リリアン株式会社! ~
残業、残業、残業続きである。
今日も、週末だというのに深夜残業になりそうである。週末ということで、他の人は飲みに遊びに行ったりしているのに。
仕事も少し出来るようになり、後輩に教える必要もありと、忙しいのは仕方ないのかもしれないが。
見回してみても、フロアにはもう誰も残ってい無いようで、わびしさを覚える。ため息をつきつつ、端末に向かう。
節電ということでエアコンも切られ、フロア内は蒸し暑い。誰もいないからつけてもよいかもしれないが、躊躇ってしまう。
「あら、まだ残っていたの?」誰もいないと思っていたが、フロアの扉が開いて誰かが声をかけてきた。
「あ、鳥居さんこそ、帰られたんじゃなかったんですか?」顔を上げてみると、先輩の江利子がいた。
同じチームの先輩で、チームリーダーの江利子。色んな意味で、同期に限らず男性社員の噂の的である。
「ふふ、出来の悪い後輩の仕事が気になっちゃってね~」なんて言いながら、近づいてくる。
「申し訳ありませんね、出来の悪い後輩で」ちなみに今残業している仕事は、江利子から割り振られたものである。
難しいが、かなり頑張ればできないことのない、そんな仕事。江利子はそういった意味で、仕事の与え方がうまかった。
「ま、祐麒くんの残業は私のせいでもあるしね、少しは責任も感じて、気になっているのよ?」
江利子の気配を背後に感じる。気にしないようにして、キーボードをたたき続ける。
「あ~、それにしてもこのフロア、本当に暑いわねぇ」
手で扇いでいた江利子だが、我慢できなくなったのか、ブラウスのボタンを一つ、二つと外した。
「どこで手間取っているのかしら? うふふ」妖艶な笑みを浮かべながら、江利子が体を寄せてきた。
後ろに目を向けるとブラウスからはみ出した胸の谷間と、零れ落ちそうな胸の膨らみ、それを包み込むピンクのブラが視線に入る。
さらに江利子は体を寄せ、祐麒の首を挟むように、肩に胸を乗っけるようにしてきた。
「ととととと鳥居さんっ! あの、な、何をするんですかっ!?」真っ赤になって叫ぶ祐麒。
「あら、ここまで黙っていたのに、今更何を言っているのよ。色々と教えてあげようと思ってね」
いつの間にか手にしていたのか、差し棒の先端で祐麒の股間を差す江利子。
「明日は会社お休みだし、フロアに他に人はいないし、遠慮する必要はないんじゃないかしら~?」
「ややや、やめてください」甘い声に、何も考えられなくなりそうになる。
「あら、この前、私を押し倒してぱふぱふしてきた勢いはどうしたのかしら? 私をその気にさせた責任はとってくれないと」
飲み会で酔っぱらった時の失態である。
「……ね、私、ふざけているわけじゃないのよ? 祐麒くんなら、って……ダメ?」
急に、甘えたような声を耳に吹きかけてくる江利子に、祐麒は陥落寸前であった。