<1>
「ふふ、祐麒さん、髪の毛が乱れていますよ」
「さ、さーこさん、うわ」
寝癖のついている髪の毛を、清子が優しく手で撫でつけてくれている。
くすぐったくも心地よく、思わずうっとりと目を閉じてしまいたくなる。
嘘をついて学校を早退して、小笠原家にやってきたのは、もちろん清子に会うため。
平日の日中でもないと、二人で会うなんて機会、そうそう得られないから。清子には、学校が午前中で終わったなんて言っているが。
後ろから頭を撫でてくれている清子は、何を思っているのだろうか。こうして会いに来ている祐麒の気持ちを分かっているのか。
意識してかいないのか、清子の胸が肩口あたりに当たって、気になって仕方がない。
こうして逢瀬を重ねて何回目だろうか、当たり障りのない話をして、お茶を飲んで、時に手と手が触れ合うくらい。
そろそろ祐麒の我慢も限界に近づいていた。
「祐麒さん……」
頭を撫でていた清子の手がゆっくりと動き、祐麒の頬を、そして首筋を細く綺麗な指がなぞった。
「さ、さーこさんっ!」ざわざわとした刺激が走り抜け、咄嗟に祐麒は体の向きを変えて清子に抱き着いていた。
「きゃっ!? ゆ、祐麒さん?」
ブラウスにあしらわれたリボンが頬をくすぐる。豊かな清子の胸に顔を押し付ける形になっている。
「あの、分かっていたと思いますけれど、俺、さーこさんのことが……」
「祐麒さん、私はこんなおばさんなのよ? 祐麒さんにはもっと若い女の子の方が」
「さーこさんは、若いですよ。ほら、若くなければ、こんなに滑らかで綺麗な肌をしているわけないじゃないですか」
言いながら祐麒は緊張しながら手を伸ばし、スカートの裾の下に手を這わせ清子の太ももを撫でる。
実際、手の平に吸い付くような肌は弾力もあり、非常に若々しく感じられる。
「……本当に、若いと思ってくださるのかしら?」
顔をあげると、ほんのり赤くなった頬の清子が見えた。
「もちろんです、さーこさんは誰よりも若くて、綺麗で、素敵です」
見つめて言い切ると、清子の瞳が潤んだように光って見えた。
「……それじゃあ、本当かどうか確かめてくださる? 足だけじゃなくて……他の場所も」
と、清子は軽く顔を俯け、目をそらしながら言った。祐麒は唾を呑み込み、震える手を清子のブラウスに伸ばした。清子は逃げない。
ボタンを一つ外すと、清子の胸の膨らみが僅かに見える。白くて汚れのない肌だ。
「本当に私が若いか、確かめて……祐麒さんご自身の体で……」
ボタンを外すのに手間取っている祐麒の指に自らの手を添え、一緒にボタンを外す。露わになる、下着に包まれた肌。
清子の上気した顔を見て。祐麒は手を胸に伸ばしながら、そっと清子に顔を近づけるのであった。
<2>
「こら祐麒くん、遅いっ! 私を待たせるなんて、どーゆーことかしら?」
「すみません美月さん、生徒会の仕事が伸びちゃって」
「あら、祐麒くんは私よりも生徒会の方が大事なのね。悲しいわ、私」
「そ、そんなわけないじゃないですか。俺にとって一番大事なのは、美月さんですからっ」
泣く真似をする美月を見て、慌ててご機嫌をとる祐麒。この辺、冗談だと思って放っておくと美月は後でしつこいのだ。
可南子の母親である美月と、正式に付き合いをしている。美月は独身とはいえ、高校生の娘を持っている。
対して祐麒はいまだ高校生という身であり、周囲にも可南子にも二人の関係は秘密にしているしかない。
「ふーん、まあいいか、許してあげましょう。せっかく久しぶりのデートだしね」
すぐに機嫌を直した美月が、祐麒の腕に自分の腕をからめてくる。胸を押し付けてくるのは、いつものこと。
「サービスよ、サービス。嬉しいでしょう?」
その通りなので、無言でサービスを受け取っておく。美月とのデートは、映画やゲームセンター、カラオケに買い物。
若くして可南子を生んだ美月は、あまり遊んだという記憶がなく、学生っぽいデートも楽しんでくれた。
夜ご飯を食べて、遅い時間に帰宅することもままある。
そして
「あ……か、可南子が隣で寝ているのに……はぁ……」
恥しそうにしながらも、美月は祐麒の前で服をはだけていく。スカートを落とし、下着の上にブラウスという格好。
「本当は、可南子ちゃんに気付かれるかもしれないと思うと興奮するんでしょう、美月さんは?」
「そ、そんな……私は……」
「美月さんは本当に変態だね。それで、これからどうしたいのか言ってごらん?」
「あ……ご、ご主人さまに、ご奉仕させてください……ご主人様の、欲しいです……」
祐麒の前に跪いた美月が、うっとりとした表情のまま祐麒のベルトを外してズボンをおろし、トランクスに指をかける。
物欲しそうな顔を見上げてきて、口を開けて舌を出し、荒い息を吐き出す。
美月がドMだと知り、こうしてほしいと言われて夜はこんな関係性になっているが、美月が悦んでいるのでよしとする。
一方の美月は、自分の嗜好を満たしてくれる祐麒に満足しつつ、更なる先を考えて、また陶酔する。
(ああ……可南子に見られたら……でもそうしたらきっと祐麒く……いいえご主人さまは口封じのために可南子にもてをかけて)
母娘ともどもM奴隷調教されるのだ。母娘ですることを強要され、見られ、責められる。
そんなことになったら、自分は、可南子はどうなってしまうだろう。
うっとりとそんな考えに陶酔しながら、美月はご主人様の許可を得て、熱心に奉仕するのであった。
<3>
本当に、偶然だった。
学園祭の打ち合わせでリリアン学園に来て、劇の稽古なんかもするようになって、熱が入って。
そんな中で、ちょっとした不注意で怪我をしてしまった。大したことはないけれど、一応、保健室に連れて行かれた。
そこで出会ったのが、保科栄子。リリアンの養護教諭。
出会ったなんてたいしたものではない、相手にしてみればたまたま花寺の生徒が怪我をしてやってきただけということ。
小柄な体に、清潔な白衣をまとい、セミロングの髪の毛をバレッタでまとめた姿は格好よく、そして綺麗だった。
大人っぽい雰囲気を漂わせつつ、容姿が子供っぽいというアンバランスさもまた、絶妙に感じられた。
だから、怪我をしてから次の劇の稽古の時も、気分が悪くなったといって保健室まで来てしまった。
疲れているだけだろうから、少し休めば大丈夫だと言って付き添ってきた乃梨子を返し、一人で残る。
といっても、ベッドで横になって休むだけなので、栄子と何があるわけでもない。
ただ、同じ空間で、栄子の空気を感じ取っていられるだけで祐麒は満足だった。
そして三回目。
保健室を訪れると、さすがに栄子も苦笑しながら祐麒を出迎えてくれた。
「今日は一体、どうしたのかね?」栄子はなぜかこういった蓮っ葉な話し方をする。
「す、すみません、足を捻ってしまって」
今日もまた、少し休んでいくからと、付き添ってくれた由乃を薔薇の館に返す。
手当てをしてくれる栄子に話しかけると、栄子も応じてくれた。特別な意味などないだろうが、それでも嬉しかった。
「保科先生は、『栄子ちゃん』って呼ばれて親しまれているんですね」
祐巳から聞いた話をすると、栄子はまた少し笑った。
「親しまれているのはいいんだけれどね、やっぱりちゃんと先生って呼んで欲しいところだ」
「俺も、『栄子ちゃん』って呼んでいいですか?」
「やめないか、恥ずかしいじゃないか。君みたいに若い男の子にちゃんづけで呼ばれるなんて」
「なんでですか、可愛くていいじゃないですか。実際、『栄子ちゃん』も若いんですし」
「若くなんてない、若く、というか幼く見えることは否定しないが……だからそんな風に呼ぶのはやめなさい」
少しだけ恥しそうに顔を赤くする栄子。その様が、本当に可愛く思えて、祐麒の心臓の鼓動は一気に速くなる。
「……栄子ちゃん、可愛いです、ホント」
「え? ちょっと何、こら、駄目だぞ、冗談ならやめなさい、怒るぞ」
「冗談なんかじゃないです……栄子ちゃん、可愛いです」
「なっ……!」
真正面から、真剣に思いを込めてそういうと、栄子は一気に顔を真っ赤にした。思い切って手を握ると、熱い。
戸惑いつつ、手を振りほどけない栄子を見て、祐麒は自分の気持ちが本当なのだと思うのであった。
<4>
祐巳に声を掛けられて、珍しく、というか生まれて初めて剣道の試合を見に来た。
剣道部の試合というのではなく、一般的に開催されている剣道大会の試合である。
令も参加しているということで当然応援するが、祐巳の一年の時の担任で剣道部顧問の山村先生も出場しているらしい。
初めて生で見る剣道の試合に、祐麒は圧倒された。
響き渡る声、竹刀の音、足音、そして緊張感に包まれた空気。
「あ、山村先生の出番だよ!」
祐巳と由乃が目を輝かせて会場を指差す。面をつけているから分からないが、山村先生らしい。
祐麒も、とりあえず応援する。
試合が開始されると、一進一退の攻防が続いた。山村先生は攻めの剣道らしく、ガンガン切り込んでいく。
相手も腕がたつようで、山村先生の攻撃をいなし、かわしては反撃を試みる。
お互いが一本ずつ取り合い、やがて残り時間もわずかというところで、山村先生が攻撃を仕掛けた。
今までの攻撃とスピード、そしてパターンを変えてフェイントを入れると、見事な抜き胴が決まった。
山村先生の気合いのこもった声がまだ残響している。ビリビリと震えるような空気。
「やった! 勝った、山村先生すごーーーい!!!」
隣で祐巳と由乃が抱き合って喜んでいる。必要以上にべたべたとお互い触りあっているように見えるが、それは無視。
祐麒の視線は、山村先生に釘付けになっていた。お互いに礼を終え、戻り、面を外す。
面の下にあらわれたのは、乱れた髪の毛が汗で張り付き、上気した頬で満足そうな目をしている、凛々しい山村先生の姿。
一目見て、胸を打ち抜かれたと思った。手ぬぐいで額を、首筋を拭う姿に、見惚れてしまう。
しかし山村先生は、二回戦では健闘空しく敗れてしまった。祐麒は祐巳にトイレと断り、会場を飛び出した。
「……山村先生!」しばらくうろうろと歩き回ったところで、目当ての人物を見つけ出した。
「はい? えぇと、貴方は……」
「あ、すみません、俺、花寺学院の福沢祐麒といいます。福沢祐巳の弟です」
「ああ、祐巳さんの。なるほど、確かによく似ているものね。ええと、それで一体、どうしたのかしら?」
不思議そうに祐麒を見つめる山村先生。それはそうだろう、いくら祐巳の弟とはいえ初対面なのだから。
「あ、あの俺、今日山村先生の試合を見て、一目で好きになっちゃったんです! 凄く、格好良くて、綺麗で」
「え? ………………え、えっ、ええっ!? ちょ、ちょっと、あのっ」
あわあわとしだす、山村先生。試合の時の凛々しさが消えて、急に可愛らしく見える。
顔が赤いのは、試合した直後だからか、それとも祐麒の言葉もせいか。
「え、でで、でも、私は教師だし、あなたはまだ学生でしょう? う、嬉しいけれど、そそそーゆーことは、ええと」
「え……あ……」そこで初めて、祐麒は自分の台詞が告白のようなものだと認識する。
剣道をしている姿が凛々しくて好きだというつもりだったのだが、でも、恋の告白でも間違ってない気もする。 真っ赤になって混乱する山村先生、実は、生まれて初めての男性からされた告白だった。
二人の恋物語が、スタートする。
<5>
「やっほー、祐麒」
夜、寝る前のひととき。ベッドの上で壁に寄りかかりながら本を読んでいた祐麒の部屋に、祐巳がやってきた。
ピンクのコルセットキャミは胸元にレース、中央にグリーンのリボンの編み上げ、そしてショートパンツをあわせている。
「何、読んでいるの? あ、それ『テンピ』の最新刊じゃん、私にも見せて、見せてー」
と言いながらベッドの上に這い上がってくると、祐麒の体の前に入り込み、背中をあずけてくる。
「お、おい、なんだよこれは」
「これなら、二人で同時に読めるでしょう? あ、最初からお願いね」
前に座る祐巳を抱くような形になっている。仕方なく祐麒は、祐巳の前に漫画を開き、自分はその肩口から覗き込む。
しかし、それで落ち着いて本など読めるわけがない。
風呂からあがった祐巳の髪の毛や艶やかな肌からは、シャンプーやボディソープの良い香りが漂ってくる。
キャミは少し大きめなのか、覗き込むような格好だと、胸の谷間と膨らみがちらちらと目に入る。
ショートパンツから伸びた脚と祐麒の足が触れ合い、すべすべとした感触、そして弾力が感じられる。
「……ちょっと祐麒、次のページ、捲ってよ?」
祐巳が首を曲げて、見上げてきた。上目遣いの瞳、ほんのり膨らんだ胸元、つやつやとした肌。
「どうしたの、なんか呼吸が荒いけど大丈夫……って、ちょっと祐麒~、お尻に何か当たっているんだけど?」
「し、仕方ないだろ、だって、こんな体勢じゃあ……」
本になど集中できるわけがない。祐麒は本をベッドの上に落とし、そのまま体の前の祐巳をぎゅっと抱きしめた。
「もぉ、本当にしようがないなぁ、祐麒は。で、どうしたいの?」
「え……えと……ゆ、祐巳と……その、したい」
「そうだなぁ、じゃあ、可愛らしくおねだりしたら、考えてあげなくもないけど?」
「か、可愛く? おねだり?」
「そ。じゃないと、嫌」ぷいと横を向く祐巳。しばし躊躇った祐麒だったが、プライドよりも他のものが勝った。
「お……お姉ちゃんと、気持ちいいことがしたいよぅ……」顔が滅茶苦茶熱くなるほど恥ずかしかったが、仕方ない。
「……ふふ、仕方ないなぁ、祐麒は……んっ……」
首を捻って見上げてきた祐巳。お許しを得たととらえ、唇を重ねる。キャミのストラップを肩からずらし、胸に手を添える。
「今日は、じゃあお姉ちゃんが祐麒をきもちよくしてあげるね。祐麒、可愛い声出すから、お母さんたちに聞こえないようにね」
言われて、再び唇を重ねあい、夢中で貪る。
「……ホント、祐麒はしようのない子なんだから、ふふっ」
つつっと、祐巳の唇の端から唾液が流れ落ち、胸へと零れる。
姉弟の夜は、こんな感じ。