夏休みであるというのに、なぜ、学校に来なければいけないのかと頭の中で不平をたらしながら、祐麒は学園内に足を踏み入れた。
今日も相変わらず天気がよく、歩いているだけで汗が浮き上がってくるというのに、グラウンドでは陸上部や野球部が練習を行っている。見ているだけで吐きそうになってしまう祐麒だが、これでも中学時代は野球をやっていたのだ。色々と事情があって、高校に入った際にやめてしまった。
思わず立ち止まり、野球部の練習風景を眺める。自分も、中学の時はこんな真夏の中、汗を流し、吐くような思いをして練習に励んでいたのだと、ほんの少し前のことなのにやけに懐かしく感じる。
後悔はしていないけれど、申し訳ないとは思う。
由乃や令は、祐麒が甲子園に連れて行ってくれると半ば冗談、半ば本気で思っていたようだから、期待を裏切ってしまうことになった。もちろん、二人はそのことで祐麒を責めたりすることはないが、夏になるとどうしても思い出してしまう。
練習を見にきて、部外者だというのになぜか偉そうに外から文句をぶちかましてくる由乃。そして、美味しい差し入れを持ってきてくれる令。美少女二人を引き連れて、さんざん、仲間からは冷やかされたものだった。
そんな時代が、どこか遠くのことのように感じられる。
「……どうしたの? 感傷に浸っているのかしら?」
突然、後ろから声をかけられて驚き振り向くと、夏の日差しに眼鏡のレンズを光らせた蔦子が立っていた。蔦子はそのまま歩いてきて、祐麒の横に並んでグラウンドに目を向ける。
「別に、そんなんじゃないよ」
「あら、そう? 背中がやけに寂しそうに見えたわよ」
言いながら蔦子はカメラを構え、何回かシャッターを押す。
「わざわざ、撮影しに?」
「ええ、夏休みでも部活動はあるからね、青春の汗、ってのはやっぱり、この時期じゃないと撮れないから」
蔦子はさらに前に出て、上体を前に乗り出すようにして写真を撮り続ける。制服のチェックのスカートの裾が揺れ、形のよい太腿が目に眩しく映る。本来の裾の長さよりも随分と短く、膝上何センチだろうか。
「どうかした?」
無言で首をふる。
「由乃に悪いと思っているの? だったら由乃のこともっと考えてあげなよ」
「別に、そういうわけじゃ」
口を濁す。
しばらく無言でグラウンドの光景を眺めていたが、やがて。
「暑いわね、しかし。これ以上ここに立っていたら倒れちゃいそう。それじゃ私、行くわね」
スカートの裾を揺らめかせ、校舎に向かっていく蔦子。
青空を見上げ、目を細め。
やがて祐麒も蔦子の後を追うようにして、校舎の中へと入って行った。
当たり前だが、校舎の中も熱い。それでもやはり、文化部も活動に励んでいる。音楽室からは楽器の音が漏れて聞こえてくるし、美術室内ではデッサンが行われ、囲碁部では真剣に碁盤を囲んでいる姿が見える。
それらの部活動姿を横目に見ながら、祐麒は目指す部屋に向けて歩いて行く。今日、学校にわざわざやってきたのは、生徒会の用事に呼ばれたため。別に祐麒は生徒会役員でもなんでもなかったのだが、生徒会長の強権発動でなぜか無理矢理に関与させられてしまったのだ。
本来なら無視しても別に構わないのだが、取り立ててすることもなく暇だったのと、もう一度生徒会長と話してみたいという好奇心にかられてやってきた。何せ、おそろしいほどの美人なのだから。
生徒会室の扉の前にたどりつくと、祐麒は扉を軽くノックする。「どうぞ」という声色からすら優雅さが感じられると思いながら、扉を開く。
「失礼します……あれ」
中に入ると、予想していなかった人の姿があった。
「藤堂さん」
「こんにちは、福沢君」
にっこりと淡い笑みを返してくれたのは、藤堂志摩子。同じ学年で、同じ委員会に所属している女の子。
「よく、きてくれたわね」
そしてもう一人はもちろん、生徒会長である小笠原祥子。
タイプは異なるが、学園No.1を争う美少女二人がこうして一つの部屋にいるというのは、それだけでかなり強烈である。何の変哲もないはずの部屋が、豪華なホテルの一室のように感じられるから不思議である。
「藤堂さんって、生徒会だったっけ?」
「それが……」
困ったように苦笑する志摩子。
「私が呼んだのよ」
代弁するかのように、祥子が口を開く。
話を聞くと、なんと現・生徒会は祥子一人しかいないらしい。もともとはいたらしいのだが、副会長が転校し、書記が事故で入院、会計が家庭の事情で脱会、そんなことが積み重なって今に至る、ということらしい。
「ということで、あなた方には生徒会をお手伝いしてほしいの」
だからといってなぜ、祐麒に白羽の矢が立ったのかと考えると、先日の件に思い当たる。微妙に、生徒会長の秘密を知ってしまった祐麒を傍に置いて監視をしようとでもいうのだろう。
となると、志摩子はなぜ呼ばれたのか。
ちらりと志摩子の横顔を覗いてみる。
「なにかしら?」
「あああ、いや、なんでもない」
視線に気がつかれ、正面から問い返されて、曖昧に返答を濁す。よくわからないけれど、何かしら祥子と縁があるのだろう。
「……とにかく、そういうわけで急に人がいなくなって、仕事がすっかり溜まってしまっていて。そこで申し訳ないのだけれど、お二人にお手伝いをお願いしたいの。もちろん、ささやかだけれどお礼はするわ」
「そんな、お礼なんて結構です。大変な時はお互い様ですもの」
にこやかに志摩子は手伝いを受けるという。そう言われてしまっては、祐麒も同様に受けるしかなかった。
生徒会室といっても、特別に豪華なわけではない。扇風機がついているのがせめてもの救いかもしれないが、暑いことに変わりはない。
三人は黙々と仕事を続ける。
事務的に難しい部分、生徒会活動をやってないと分からないような部分は祥子が片付け、どちらかというとある程度機械的に出来る部分を、祐麒と志摩子が担当する。しかしそれでも、考えないと分からない部分もある。教えられはしたものの、あまり慣れていない祐麒は途中でつっかえたりすることも多い。一方、隣で仕事を進めている志摩子は、ごくスムーズに作業をこなしている。才女はやっぱり違うな、なんて内心で感心する。
「えっと……あれ、藤堂さん、こういう場合どうするんだっけ?」
「どれですか」
行き詰まり、分からなくなったところで仕方なく志摩子に尋ねる。祐麒としては情けなかったが仕方がない、意地をはって間違えて、祥子に迷惑をかけてしまったのでは手伝いの意味がない。望んで手伝いに来たわけではないが、一度手伝うと約束したからにはきちんとしないことには意味がない。
祐麒の手元の資料を見ようと、志摩子が身を乗り出してきた。
「ええと、ここなんだけれど」
「ああ、ここはですね」
その時、祐麒は大変なことに気がつき、瞬間的に頭の中が真っ白になった。
身を乗り出してきた志摩子。その胸が、志摩子自身の腕の上に完全に乗っかっていることに気がついたのだ。乗っているというのはそう、単に腕の上にあるということではなく、腕の上に「胸だけ」が乗っかっているのだ。
証拠に、胸だけがたわむように形を変える。
夏となって薄着となり、間近で見て初めて知った事実。
志摩子は間違いなく、胸が大きい。
「……という風になるわけです……あの、聞いてました?」
「えええええ、なな、何かなっ?」
「何って、もう、福沢君の方が聞いてきたのよ」
少し怒ったような顔をする志摩子だが、祐麒はそれどころではない、一度胸に向いた意識がそう簡単に逸らせるわけもなく。
「あ、暑さでぼーっとしていたかな。ごめん、もう一回、いいかな」
「仕方ないですね、もう」
言いながら、さらに身を寄せてくる志摩子。迫る乳。
「うぉわっ!」
「きゃっ!? な、なんですか」
突然、奇声をあげた祐麒に、志摩子も目を丸くする。
「いやちょっと、は、蜂が目の前を飛んだような気がして」
「えっ!?」
びくっ、と体を震わせる志摩子。そのまま、祐麒の半袖のワイシャツの袖を握ってくる。きょろきょろと、周辺に落ち着きなく視線を漂わす。恐れているのだろうか、さらに体を寄せてくる。すると、肘にあたる柔らかな感触。
「うぁあ、やわ」
「え、い、いるんですか? どこに」
物凄くうれしいけれど、物凄くやばい気がする。このままの状態でいては、祐麒の方が正常でいられなくなってしまう。
「み、見間違えみたい。どこにもいないや」
「そ、そう……ですか」
祐麒が言うと、安心したように息を吐き出し、そっと身を離す志摩子。肘にはまだ、先ほどの感触が残っている。
焦りすぎたか、などと考えると、前方から咳ばらいが聞こえてきた。顔をあげると祥子がしかつめらしい表情で、祐麒のことを睨むようにしていて、慌てて作業に戻ろうとしたところで声をかけられる。
「そうだわ、ちょっと運んでほしいものがあったの。来てくれるかしら」
返事を待たずに祥子は立ち上がり、部屋を出ていく。志摩子と顔を見合せた後、祥子を追って部屋を出る。
たどりついた先は、倉庫のような部屋で、段ボールやらよく分からないものが、室内に所狭しと置かれていた。祥子は何かを探すようにしながら室内に足を進め、やがて目的のものを見つけたのか、ある棚の前で立ち止まる。
「この棚のものを生徒会室に運んでくれるかしら」
「え、これ全部」
置かれていたのは何箱かの段ボールだが、中を見るとぎっしりと紙や書類のようなものが詰まっていた。手をのばしてつかんでみたが、軽く力を入れてもびくとも動かない。相当、重い。
「過去の資料で必要なものがあるのだけれど、きちんと整理されていなくて、どこにあるか分からないの。だから一旦、生徒会室に持っていって探したいの」
祥子が指さした段ボールは全部で何個あるのか。とてもじゃないが一度で複数は持てないので、箱の数だけ往復する必要がある。
「わ、私も手伝いますから」
表情に気持ちが出てしまったのだろう、志摩子が元気づけるように拳を握る。しかし、どう考えても細腕の志摩子に持てるとは思えなかった。
「男の子ですもの、これくらい期待しても、いいわよね?」
祥子が挑戦的な目で見つめてくる。
それで、祐麒の心にも火がついた。やってやろうじゃないか、と。
「オーケー、任せてください。藤堂さんは待っていてくれていいよ」
「でも」
「重いから。大丈夫、大丈夫」
手伝おうとする志摩子を制し、段ボールに手をかける。腰に力を入れて、ずっしりとした重みを受け止める。かなり重いが、表情には出さず、いかにも軽いですよと見せかけるのが高ポイントのはずである。
祥子と志摩子は、段ボール以外のさほど重くない資料類を手に取って運ぶ。
「さすが、男の子ね」
「まあ、任せてくださいよ」
祥子の言葉に、笑い返す祐麒なのであった。
最後の一箱となる頃には、かなり厳しくなっていた。生徒会室まで結構な距離があるし、何より階段を一階から四階まであがらなければならないのが辛い。握力はなくなっていくし、腕だけでなく足や腰にだって負荷はかかる。「大丈夫だ」なんて、意地でも笑いは消さなかったけれど、滴り落ちる汗の量やペースの落ち具合を見れば、疲労具合は分かってしまうだろう。
それでもどうにか根を上げることなく、最後の一箱を生徒会室に運び入れた。
「お疲れ様、福沢君」
志摩子が柔らかい声で労ってくれる。
腕はしびれたようで力が入らないし、明日は筋肉痛になるかもしれないけれど、それでもやりきってやったのだ。祥子はどうしているだろうかと、姿を探そうとすると。疲れからか足がもつれ、バランスを崩す。テーブルに手をついて踏ん張ろうとしたが、腕に力が入らない。
そこへ。
「――まあ、これくらいはやっていただかないとね。何せ、男なんですから――」
さすがに祐麒を労おうとしたのか、トレイに麦茶の入ったコップをのせた祥子が、続きの奥の部屋から姿を現した。
そこへ、お約束のように衝突した。
「きゃあっ!?」
悲鳴とともに、もつれるようにして倒れる。
コップが傾き、冷たい麦茶が降り注ぐ。木製のトレイが鈍い音をたてて床に跳ね、プラスチック製のコップが乾いた音を響かせる。
頭から麦茶をかぶる格好となったが、よく冷えた麦茶は逆に疲れた体には心地よく感じられた。
そして、それ以上に気持ち良いのは。
「もう、いきなり何を……きゃああああああっ!? な、あ、なっ」
祐麒を受け止めてくれた、祥子の天然のクッション。仰向けに倒れる格好となった祥子の上に祐麒は乗っかっており。
「うっわわわ、す、すみませんっ!」
慌てて退こうとしたものの、床についた手には相変わらず力が入らず、わずかに上がりかけたところで上半身はまた崩れ落ち、祥子のクッションに着地した。しかも、麦茶を思い切りひっかぶる形となり、白いブラウスは濡れて肌に張り付き、おまけに透けている。そんな、見事な谷間に顔を埋めることになり。
「――きっ、きっ、き」
「あの、これは不可抗力で」
上目づかいに見てみると。
顔を真っ赤にした祥子が、凄まじい形相で祐麒を睨みつけていて。
「なっ、な、不埒者っ!!!」
「福沢君の馬鹿!!」
祥子の平手打ちを左の頬にもらい、ふらふらと立ちあがったところで今度は志摩子から右の頬にビンタをされて、祐麒はまたぶっ倒れるのであった。
祐麒を叩いた後に気を失ってしまった祥子が心配であったが、志摩子に追い出されるようにして部屋を出て、とぼとぼと歩く。結局のところ、今日は何のために学校にやってきたのか首を傾げたくなる。まあ、悪いことばかりではなかったが。
グラウンドを見れば、野球部はグラウンド整備を行っている。野球の練習をしたわけでもないのに、やけに体はだるかった。
「うわ、すごい顔。どうしたの?」
横から声をかけてきたのは、またも蔦子。
「なんでもな……うわ、馬鹿、撮るなよ」
カメラを向けてきた蔦子に対し、手で顔を隠す。
「で、本当のところ、小笠原先輩と藤堂さんと、何をしていたのかしら?」
「な、なんで」
「私の目を逃れようなんて、甘い、甘い」
差し出してきたデジカメの液晶画面には、祥子や志摩子と一緒にいる祐麒の姿。そりゃそうか、荷物運びで一緒に校内を歩いていたのだから、見られたとしても仕方がない。しかし、さすが蔦子というべきか、写っている祥子、志摩子の表情は見事としか言いようがない。共に行動をしていたけれど、写真にあるような表情を見ただろうかと思い返してみても、記憶にはなかった。
「由乃の目がないのをいいことに、浮気ですか? いいつけちゃおっかなー」
「ちょっと、やめろよ」
本気ではない。ふざけ半分で蔦子のカメラを取り上げようと、手を伸ばした。避けようと上げた蔦子の手に、祐麒の手が追い付き、カメラに触れた。
「あ」
と、思った瞬間には、カメラが宙に舞っていた。そして次に、そのカメラを追いかけるようにして蔦子が飛び上がった。
「馬鹿っ!」
カメラが飛んだ方向はちょうどグラウンドの方で、祐麒たちが立っていた道からはちょうど土手のような勾配となっている。普通に足から着地するように飛べば、ほぼ問題はないはずだが、咄嗟のことに蔦子はそこまで考えられていない。そのままでは大怪我しかねないと、祐麒も蔦子を追いかけて跳躍する。
空中で蔦子の体を捕まえ、頭を抱えるようにして抱きしめると、そのまま背中から落ちていく。衝撃を受けたのもつかのま、ごろごろと勾配を転がり落ちていき、何回か回転したところでようやく止まる。
さほどの高低差がなかったためか、背中と肩が痛むが、たいしたことはなかった。それでもしばらくは、無言で動けずにいた。
先に動いたのは、蔦子だった。
「……え、あ、だ、大丈夫、祐麒くんっ!?」
「ああ、なんとか。蔦子は?」
「わ、私は全然」
「そか、よかった」
ようやく、大きく息をつき、身体から力を抜く。
上に乗っている蔦子は祐麒の腕の中で小さくなり、ぎゅっとしがみついている。いつもクールな蔦子だが、さすがに怖かったのか。
「あ、ありがと」
抱きついたまま顔を上げ、眼鏡越しに見せる瞳は珍しく不安に揺れているようだった。
「ちょ、ちょっと祐麒くん、何しているのよっ」
「え、何って」
気がつくと、無意識に蔦子の頭を撫でていた。おそらく不安そうだったから、安心させるようにしていたのだろう。指の間に髪の毛をからませ、くしゃりとしてみる。
「いや、なんとなく」
「なんとなくって、ちょっと」
「まったく、無茶するなよ。カメラのことになると本当、見境がなくなるんだから」
「あ、そういえば、カメラ!」
キョロキョロとあたりを見回す様を見て、笑ってしまう。本当に、カメラ馬鹿だ。祐麒は左手を上げてみせる。
「ほら、これ」
「あ、私のカメラ!」
「元・野球部の技がこんなところで生きるとはね」
空中で蔦子とカメラを同時にキャッチ。我ながら奇跡的だと思うが、よくできたものである。
「でも、カメラより自分の体のこと大事にしろよ。女の子だろうが」
言うと。
「うわっ……祐麒くんってホント、アレだわ」
祐麒の胸に額をあてて、かすかに肩を震わせている蔦子。どうしたのか、今になってまた怖さが襲ってきたのか。
「何だよ、アレって」
「知らない。由乃も大変だ、こりゃ……ん?」
顔を上げた蔦子が、怪訝な表情をする。
それはやがて苦虫をかみつぶしたような顔になり、次いで、顔を赤くする。
「……あの、何か固いモノがお腹にあたっているんだけれど?」
「あ~、いや、それはその、仕方ないというかなんというか。蔦子がいけないんだぞ」
いまだに抱き合っている格好のため、上になっている蔦子の胸が押し付けられている。至近距離の蔦子からはほんのりと汗の匂いが出ていて、健康的な色気を感じさせる。おまけに転がった勢いのせいか、スカートがめくれあがっている。残念ながら、体勢的に見ることはできないが。そして、圧迫するように刺激してくる蔦子のお腹。普段はあまり意識しないが、こんな状態になると嫌でも蔦子の女の部分を感じさせられてしまう。
「……ふ、ふふふ……この、変態っ!!」
この日、三度目の平手の音が小気味よくグラウンドに響き渡った。
「イテテ……助けたのに、なんでこんな目に」
頬を抑えながら、文句を垂れる。蔦子のコンパクトで見せてもらったが、見事に赤い掌の形が頬に残っている。怒った蔦子には、その顔まで激写されてしまった。
「後が悪いのよ、後が。ああいうことは、由乃にしてあげなさい」
前を歩く蔦子が、くるりと体を回転させて祐麒にカメラを向ける。
「もう、やめろって」
蔦子と二人で帰るなんて珍しいことだった。いつもは必ず、由乃か小林が一緒にいるから。
「駄目、助平な女の敵はきちんとおさえておかないと」
ふざけたように笑う蔦子。
夕日に照らされたその頬は、わずかに土埃をつけて汚れていたけれど、まるでそれがチャームポイントであるかのように、ごく自然に似合って見えた。
「何、笑っているのよ」
「別に」
「うわ、なんかその笑い、ムカツク!」
無邪気に言い合いながら歩く夏の夕暮れ。
後悔なんて、していない。
今は、今だけしかないのだから。
カメラのレンズが向けられる。祐麒は、今のままの自分を出して、カメラを見返すのであった。
<発生イベント>
祥子 『クッション』
蔦子 『ナイスキャッチ!』