両親が不在となる一週間の初日、レンタルしてきたDVDは正解だった。ジャンル的にはサイコスリラーとでも言うのか、単にホラーとしてもよいのか、とにかく怖い系の話。祐巳は当初、レンタルショップで渋っていたが、口コミで人気が出ているし、学校の友人達も面白いと言っていたと説明して借りてきた。
祐巳はごく平均的に怖がりなので、俺の予想通りにDVDを観て怖がってくれ、無意識にではあろうが俺に身を寄せ、時には抱きついてきたりもした。ささやかながらも確かな柔らかい感触を、俺はDVDとともに堪能した。惜しむらくは、風呂に入る前だったので、下着はまだつけていたこと。先に風呂に入っていれば、寝間着越しの、もっと生々しい感触を味わえたと思うのだが。
ちなみに、今までの三人称から一人称に視点がいきなり変わったとかいう野暮な突っ込みは無しにしてもらいたい。
さて、微妙にエロいことを考えて、俺は慌てて心の中で激しく頭を振った。何をごく自然に、そんなことを考えていたのか。しかも、姉の祐巳に対して。
「うぅ~、確かに面白かったけれど、すごく怖かったじゃん!」
祐巳が微妙に涙目になって、俺の二の腕を軽く叩いてきた。
「なんだよ、情けないなぁ」
「祐麒だって、ところどころで、びくびくしていたじゃない」
「祐巳みたいに、情けない悲鳴をあげるより全然マシだろ」
「むーっ」
他愛のない姉弟の会話だが、それがとても心地よい。
「怖いから夜、一人で眠れないなんてこと、ないだろうな」
「はぁ? バッカじゃないの、子供じゃないし、そんなことあるわけないでしょ。私、お風呂に入ってくるね」
少し怒ったような感じでリビングを出て行く祐巳。
後ろ姿を横目で見ながら、思わず口元がほころんでしまうのは、怒った祐巳が全く怖くなく、むしろ可愛くさえ見えてしまうから。
さて、次は風呂である。湯上りの祐巳だっていつも見ているが、二人きりという状況の中ではまた違った風に見えそうな気がする。火照って桜色に上気した頬、艶やかな光沢を放つしっとりとした髪、瑞々しい弾力を感じさせる二の腕や太腿。夏場だったら、ノースリーブのシャツかなんかで出て来て、無防備に脇から胸のあたりを覗かせたりして最高のロケーションを楽しめそうだが、あいにくと春先の今の季節では、それも叶わないだろう。
風呂は祐巳が使用済みの湯を一人で堪能できる。普段は大抵、他の家族も使用した後なのでそうもいかないが、今回は全く問題ない。
「……って、何を考えているんだ俺は、変態かっ!? 何が『全く問題ない』んだ!? 馬鹿か俺っ!!」
自分のとんでもない想像に気が付き、ソファの上でのたうちまわり、頭を叩く。自分の姉のちょいエロい姿を妄想して喜ぶとか、どれだけシスコンなんだか、姉好きなんだか。違う、自分は姉に欲情なんかしていないと、必死に否定しようとする。
「うがーーーっ!! 違う、俺は違うぞっ!!」
髪の毛をかきむしりながら咆える。
「ちょっ、祐麒どうしたの、大丈夫っ?」
俺の叫びを聞いて驚いたのであろう、祐巳がリビングに飛び込んできた。
「あ、いや、なんでもない」
ソファに突っ伏すようにして悶えていた俺は、まさか祐巳のことを想像していて身を捩っていたなどと言えるわけもなく、誤魔化すように薄い笑みを浮かべて顔を上げた。
と、そこにはまだ濡れた髪を揺らした祐巳が、不審そうな目を俺に向けてきていたのだが。
慌てて出てきたのか、完全に体を拭き切れていなかったらしく、寝間着変わりのシャツが肌に吸いつき、祐巳の体のラインを分かりやすくしていた。首筋に張り付く髪の筋、シャツが張り付き、ほんのりと分かる胸の膨らみと肌の質感。
風呂上がりのため、顔はさくらんぼのように赤くなっており、吐き出される息も熱い。
「どうしたの祐麒、顔が赤いし、なんか挙動不審だけど」
「そ、そんなこと、ないぞっ」
「いや、明らかに変だし……って、あ、まさか」
祐巳が近づけていた体を咄嗟に離し、怯えるように俺を見つめてきた。
まさか、変な妄想が祐巳にバレたのかと、内心でドキッとする俺。
「もしかして、私がお風呂に入っている間に、へ、ヘンなビデオ見ていたとか?」
恥しそうに、少し困ったように問いかけてくる祐巳。
「見てねーよっ! なんでもないから、さっさと戻れって」
「何よそれ、人が心配してきたっていうのに。いきなり大きな声を出したのは、祐麒の方じゃない」
「わ、悪かったよ。とにかく、俺は部屋に戻る」
まともに祐巳のことを見ることができず、バツが悪そうに顔をそらしてリビングから逃げ出そうとする。
「祐麒、お風呂は?」
「後で入るから」
今は祐巳の近くにいるのはなんだかヤバイ気がして、とにかく足早に階段を駆け上る俺なのであった。
その後、部屋でヒーリングミュージックを聴いてどうにか心を落ち着かせ、風呂に入り、就寝の時間となった。
「まったく、俺もどうかしているぜ。祐巳なんてずっと昔から一緒にいるし、色っぽくもないし、そもそも姉弟だし、なんでもないっつーの」
声に出して、自分自身に言い聞かす。
彼氏彼女だとか変な設定をして、久しぶりに二人で出掛けて、なおかつ両親がいなくて二人きりだから、妙な意識をしてしまっただけだ。寝て起きて明日になれば、いつもと変わらない状態に戻るだけ。
「もう、今日はさっさと寝ちまおう」
普段ならもう少し遅くまで起きて、本を読んだりゲームをしたりしているのだが、そんな気にもならずにベッドに潜り込んで電気を消す。
もしかしたらなかなか寝付けないかもしれない、という懸念もあったが、昼間に出かけてそれなりに疲れていたのか、心配することもなく程なくしてあっさりと意識を失う俺。
体に揺れを感じ、意識が覚醒した。
地震か、単なる自分自身の寝返りで起きただけか分からないが、とにかく目が覚める。とはいっても眠気が消えているわけではなく、すぐに寝に戻ろうと目を閉じようとして、慌てて目を開ける。
「――っ!? ゆ、祐巳っ!?」
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
視界に入ったのは、ベッドに四つん這いになって上がり込もうとしている祐巳の姿であった。一気に、目が覚める。
「起こしちゃった、じゃねえよ。何してんだ」
そこで気がつく。本来なら暗くてすぐに祐巳の顔など認識できないはずなのによく見えているのは、部屋の電気が"茶色"になっているからだと。寝る前に俺自身で電気を消したから、茶色にしたのは祐巳しかいない。ということは、間違えて俺の部屋に入ってきたわけではなく、俺の部屋だと分かって入ってきたということ。
頭の回転が追い付かず、そうこうしているうちに祐巳は勝手に俺の布団の中に潜り込んできた。
「えっと……今ね、トイレに行って来たんだけれど、なんか、外から変な音が聞こえてね」
「もしかして、やっぱり怖くなったとか、か?」
「え、いや~、あはは」
ビデオを観終わった後、大丈夫だと啖呵を切っただけにバツが悪いのであろう、誤魔化すように笑う祐巳。
「あのな、一緒に寝るなんて真似できるかよ、自分の部屋に戻れ。恥しいだろ」
「いいじゃない、お父さん達もいないんだしさ」
だから余計にまずいだろうと思うが、口には出せない。とにかく突き放して、さっさと部屋に帰らせないとまずい。
「駄目だっての、狭くて寝れないだろ」
「私達二人とも太っていないし、平気でしょ、今だって」
祐巳は言うが、いくらさほど体の大きくない二人とはいえ、シングルベッドに並んで寝ようとすれば、どうしても体が触れ合わんばかりになってしまう。
「とにかく駄目だ、戻れ」
一緒に寝るなんて事態になったら、せっかく落ち着かせた気持ちがまた乱れてしまう。今だって内心、ざわつく波が大きくなりつつあるというのに。
「えーっ、いいじゃん。ほらっ、今日は "彼女" の設定だしさ」
「馬鹿、それは "昨日" までだろ」
枕元に置いておいた携帯電話を手に取り、サブディスプレイを表示してみれば『02:24』、とっくに日付は変わっている。彼氏彼女の設定は、昨日の中で約束した "今日一日" だから、二十四時を過ぎた時点で魔法は解けているのだ。
「そ、それならさ」
祐巳が口を開く。
もしかしたらと思い、俺の鼓動が速くなる。
「彼女の設定、一週間、ってことでどう? それなら、いいでしょう?」
「なん…………だと?」
寝間着がわりのロンTの裾を掴みながら言われて、心臓が激しく脈動する。
設定を否定したことで、もしかしたら延長されるかもしれないという予測はしていたが、どうせ伸ばしたところで一日延長だろうと思っていた。それが、なんと一週間。即ち、両親が戻ってくるまでの間、二人で家にいる間中ずっと、彼氏彼女の設定でいるということなのか。
「ねえ、駄目?」
不安そうに見つめてくる祐巳。
祐巳は単に、DVDの怖さを引きずって、大して考えもせずとりあえず今夜さえしのげれば良いと思っているのだろう。
じっと祐巳を見つめる。
茶色い電灯の下に浮かびあがる、寝間着姿の祐巳。
細い首筋にかかる、少し癖の強い髪の毛が誘うように揺れている。大きめのシャツを寝間着にしているため、鎖骨が覗いて見えて、窪んだ部分が妙に色っぽい。シャツの皺が微妙な胸の立体感を表し、思わず唾を飲み込む。
「お前、どういうことか分かっているのかよ。彼氏彼女で一緒のベッドで寝るなんてことが、どういうことなのかさ」
わざと、からかうように強い口調で言う。
「え?」
僅かに祐巳が目を大きく開く。
姉に対してセクハラ発言などしたくなかったが、背に腹は代えられなかった。このまま横で寝られていたら、たまったものではない。むしろ色々と溜まりそうだ。
「やだ、何言っているの祐麒!? 馬鹿、変態っ!」
とか言って怒り、ベッドから逃げ出していくことを期待していた。
ところが、祐巳の反応は俺の予想の遥か斜め上を行っていた。
「……えと、ちょっと触るくらいなら、いいよ……?」
恥じらいながら、そんなことを言ってきたのだ。
触るって、どこを、どのように、どんな感じで、どこまで触っていいと言っているのか。ちょっとというのはどれくらいまでがちょっとというのか。
思いがけない祐巳の爆弾発言に、体中の血液が沸騰して逆流するかと思った。呼吸が上手くできず、酸素が取り入れられずに口をぱくぱくさせる。
「え、あ、その、い、いいのか?」
あまりに動揺しすぎて、そんなことを聞き返してしまい、激しく後悔する。これでは、触りたくて仕方がないと白状しているようなものではないか。
「ま、まあ、ちょっとくらいなら、ね」
しかし祐巳は、恥しそうに僅かにコクリと頷く。
ヤバイ。
これはヤバイ。
手が動き出す。祐巳の体に向かって。本人が触っていいと言ったのだから、構わないじゃないかと。
震える指が、祐巳の脇腹に近づく。
あと僅かで触れるというところで。
「ば、バーカ、なんで祐巳なんかに。んなことするわけないだろ」
ぐるりと祐巳に背を向けるように体を回転させた。
必死に理性を動員し、押しとどめた。
「……おやすみ、祐麒」
背後から届く祐巳の声に。
俺は無言で応じるのであった。
狭い一つのベッドで祐巳と一緒に寝て、こんな状況で眠れるわけなんてないと思っていたが、それでもいつしか睡魔に襲われ意識を失っていたようだ。気がつけば、カーテンの隙間から明りが差し込んできていた。
薄目を開けようとして、いつもと異なる状況に気がつく。鼻をつくどこかほんのりと甘酸っぱいような匂いに、体に感じる温かくて柔らかな温もり。いつまでもこのままでいたいと錯覚させられるような心地よさが、体の前面に展開されている。
一瞬にして理解した。
祐巳が、俺の体にぴったりとくっつき、抱きつくのに近い格好で寝ているのだ。仰向けに寝ている俺の、そう、左半身にしがみつくような格好で。
このままではマズイ。何がまずいかといわれても困るが、色々とまずい。一旦、祐巳から距離を置かないとと思い、寝返りを打つ。
(……って、祐巳の方を向いてどうするっ!?)
内心で、一人ツッコミ。
誤って、祐巳の方に体の正面を向ける方向に体を回転させてしまい、今、祐巳と正面から抱き合うような形となっている。ちょうど鼻の下あたりに祐巳の頭がきて、髪の毛の匂いがくすぐったい。
しかも、体を動かした際に右手を祐巳の背中にまわして俺自身が抱きしめるような格好になり、さらに左手の平は祐巳の胸に押し当てられていた。いや違う、誓って言うが、わざとそうしたわけではない。知らないうちに、無意識のうちにそんな風になっていたのだ。
理解して体が固まり、動けなくなる。
なんじゃこの、二度と離したくなくなるような素晴らしい物体は。シャツを通してだというのに、圧倒的な質感を持って俺の手の平に収まっている。今までに何度か、腕や肘や体に押し付けられたことがあったが、押し付けられるのと自分で掴むのとでは、天と地、月とすっぽん、素うどんと鍋焼きうどんほどの違いがある。
「う…………ん……」
「……っ!?」
祐巳の寝息が、俺の首筋に吹きかかり、思わず痙攣するように震えてしまう。
香ってくる肌の、汗の、体の匂いにくらくらして脳が揺れる。はじめてお酒を飲まされた時に近い、酔ったような感覚に襲われる。
祐巳の体とベッドに挟まれている形の左手は動かせない。自由な右手を動かし、祐巳の尻を撫でる。ショートパンツは少し緩いのか、わずかにずり落ちていて、ショートパンツの下に下着の感触を感じられる。熱に浮かされるように、酔ったように、吸い寄せられるように、ショートパンツの中に指先を侵入させる。薄い下着越しに感じるお尻の柔らかさは、先ほど触れた時とはまるで別物のようだった。
ゆっくり、ゆっくりと、ショートパンツの奥に右手全体を侵入させていき、やがて手首の先までが中に入る。下着からはみ出している肌の部分に直接、薬指と小指が触れる。
一方、左手は自由に動かせないものの、そのままの状態で軽く力をいれてみると、瑞々しい弾力が手の平を押し返してくる。
駄目だと思いながらも、歯止めがきかない。圧倒的に感じさせられる祐巳の体に、女の子のカラダに、取り憑かれてしまったのか。
更に手を動かそうとしたところで、祐巳が僅かにみじろぎした。それで、祐巳の足が俺の下半身を押し付けてきた。
祐巳から与えられた刺激に、声を出しそうになり、必死にこらえた。
朝の生理現象で、俺の下半身はそーゆー状態になっていたのだが、そう、それはあくまで朝の生理現象であって、祐巳云々ではないはずだ。確かに、いつも以上に凄いような気はするが、きっとそれは体調のせいで、ともかくそんな状態のところに祐巳の太腿が攻撃を仕掛けてきたのだ。
「やばい、祐巳、駄目だって……」
絞るように声を出すが、寝ている祐巳には届かない。それどころか、さらに力強く押し付けてくる。抗うように俺も手に力を入れるが、反応するように祐巳も身を縮みこませようとして、結果的に俺を攻撃する力が強まる。
祐巳のお尻を包んでいる右手のひらが、じっとりと熱くなる。指先が、柔らかい肉を押しつぶすようにして沈む。祐巳の体が反応する。祐巳の左手が伸び、俺の頬に触れてくる。指先が俺の唇をかすめ、耳の裏をなぞり、くすぐったいような気持ち良いような感覚が俺を震わせる。
そして、次の瞬間。
ずぶり
と
祐巳の指先が、俺の目に入った。
「――――――――――っっっ!!!!!!」
声にならない悲鳴をあげ、俺は飛び跳ねるようにして祐巳から離れベッドから飛び降り、のたうちまわったのであった。
「おはよー祐麒、起きるの早いね」
リビングに祐巳が姿を現した。両親が不在であるのをいいことに、寝間着姿のままで、寝ぐせもついたままという格好だ。祐巳はぺたぺたと歩いてキッチンに入り、冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐと、半分ほどを喉に流し込む。
「ふーっ、朝の牛乳は美味しいね……って祐麒、右目どうしたの、真っ赤だよ!?」
振り向いた祐巳が、ソファに座っている俺の右目を見て驚きの声を上げる。
「なんでもないよ」
「なんでもって……大丈夫なの?」
「大丈夫だって」
「何、あ、もしかして、緊張して眠れなかったとか~?」
からかうような口調で近づいてくる祐巳。
「ばっ、ばっか、ちげぇよ、祐巳が寝ぼけて俺の目に指を突き刺してきたんだっつーの!」
「え、うそっ、大丈夫!?」
慌てて祐巳が目の前にやってきて、ぐわしと俺の頭を両手つかんで目を覗きこんできた。正面から至近距離で見つめられる。というか、むしろ視線は下にいってしまう。ソファに座っている俺に対し、祐巳は立った状態から俺の目を覗きこむように上半身を屈めてきているわけで、パジャマにしているシャツの胸元が弛んでいるわけで、パジャマなわけだから下着はつけていないわけで、それ即ち直に胸が見えるわけで、重力に引かれて実際以上に大きく谷間が見えるわけで、むしろあとちょっと先端まで見えそうなくらいの迫力が目に飛び込んできているわけで、そんな胸を朝方には手の平の中に収めていたわけで……
「ちょっと祐麒、顔、真っ赤になってきているけど大丈夫っ?」
「うおっ、ゆ、揺れ、祐巳、思ったよりも結構……」
「何言っているの。ごめんね、そんなことしちゃうなんて」
謝りながら、祐巳が俺の太腿の上に腰をおろしてきた。胸は見えなくなったけれど、正面から抱き合うような格好になっている。いつの間にか俺は祐巳の腰に手を回し、軽く抱き寄せるような感じに。
「じゃじゃん、とりあえず目薬、さしておこうか」
いつの間に手にしていたのか、祐巳が目薬を掲げて見せる。そして、嬉々として蓋を外して俺に差し向けようとしてくる。
「いや、それくらい自分で出来るから」
「いいから、私がしてあげるから」
「やめろって、よこせって」
逃げるように体を傾けながら祐巳の手首を握る。祐巳は意地になってか、力をいれて離そうとしない。俺の体がソファの背もたれからずれ、背中が支えを失い、バランスを崩してソファに横に倒れる。
「うわわっ」
祐巳も俺の上にのっかるように倒れ込んでくる。
「だ、大丈夫か?」
「う、うん、ごめん」
乗っている祐巳の胸が俺の胸に感じられる。さらに抱きしめた背中と腰と、昨夜からずっと俺を悩まし、虜にしようとしている柔らかさ、温かさが、俺の全身を包み込む。
「ちょ、ちょっと、祐麒?」
「ん?」
「えと、動けないんだけど」
「あ、ああ、俺も」
「いや、その、だから」
もぞもぞと体を動かそうとする祐巳だが、俺にしっかりと封じられてどうにもならない。むしろ、胸の感触が新たな刺激を与えてきて、俺としてはたまらんわけだが。
「あの、だから、そろそろ離してくれないかなーって」
「うん……え、あ、わりぃっ」
自分が祐巳を抱きしめて離さない状態になっていることに気が付き、慌てて祐巳の体を突き放すようにして起き上がり、身を離す。ソファの端と端に位置して、なんとなくお互いを見やる。
「ど、どしたの?」
驚いている祐巳の表情は、気のせいかもしれないけれど、少し赤いような気がする。
「な、なんでもないよ。祐巳が恥しいことしようとするから、だろ」
「え、別にいいじゃない、目薬くらい。それに、ほら、設定だし」
「だったら、俺だっていいだろ、せ、設定だし」
「なに、抱きしめるのが?」
「こ、ここ、恋人同士なら、それくらいするだろ」
平静を装い突っぱねようとしたのに、思いっきりどもってしまった。顔も熱いし、絶対に茹だったように赤くなっているだろう。
そんな俺を見て、祐巳がくすりと笑う。
「あはは、祐麒、無理しちゃって可愛いね」
「ちがっ、そんなんじゃねーよっ」
「はいはい、それじゃあちょっと着替えて朝ごはん作ってあげるから、待っててね」
俺の反論を受け流し、軽い足取りでリビングを出て行く祐巳。その後ろ姿を見送りながら俺は。
「……ま、まあ、いいか」
とことん駄目な俺であった。