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ノーマルCP マリア様がみてる 江利子

【マリみてSS(江利子×祐麒)】スウィート・イリュージョン <第二話>

更新日:

~ スウィート・イリュージョン ~
<第二話>

 

 それは、突然のことだった。
 梅雨もまだ明けきっていないある休日、特にやることもなく暇を持て余していた祐麒は、街の方に足をのばそうとしていた。
 最近にしては珍しくよい天気で、気持ちよく散策していた。こんな日は何かいいことが起きるのではないかと、珍しくそんなことを考えながら足取りも軽く進んでいたが。
「うわっと!」
「きゃあっ」
 ひとつの曲がり角で、走ってきたのかいきなり飛び出してきた人影とぶつかってしまった。祐麒はバランスを崩したものの、なんとか転ばずにはすんだが、相手は尻餅をついてしまった。
「だいじょうぶですか?」
「あ、はい、すみません。あの、失礼しました」
 手を差し伸べたものの、その女性は一人で立ち上がり、頭を下げると逃げるように去っていってしまった。なんだろうと思ったものの、特に怪我をしたわけでもなかったので祐麒も再び歩き出そうとしたのだが、ふと、道路に何かが落ちていることに気がついた。
 屈んで手にとってみる。
「……封筒?」
 周囲に視線を巡らせてみるが、既に先ほどの女性の姿はどこにも見当たらない。封筒の表裏を見てみるが、宛名、宛先は書かれていない。警察に届けるか、と思いかけたところで、目が止まる。
 何やら、住所が書かれている。読めば、ここからごく近い場所だった。封筒を手に、しばし考えたものの、結局は書かれている住所に向かって歩き出した。悪いとは思いながらも中を軽く覗いてみると、何やら手書きの書類が入っていたので捨てるのもまずそうだったし、警察に届けるのには少し抵抗感がある。
 さほどの手間でもないので、直接、住所先に渡すなり投函するなりしようと考えたのだ。電信柱に書かれた番地と封筒の住所を見比べながら歩き、一つの建物に辿り着いた。裏口なのか人の気配は無いが、住所を再度見比べて間違いないことを確認する。
「うーん」
 唸りながらも、郵便を入れる場所が見つからなかったので、とりあえず呼び出し用のブザーを押す。
 待つことしばし、目の前の扉がゆっくりと開き、その隙間から妙齢の女性が姿を現した。
「はい?」
 三十代前半くらいの、大人っぽい綺麗な女性だった。
 思わず、あたふたとしながら手にした封筒を差し出す。
「あら、これ……へえ、あなたが?」
「あ、は、はい」
 美貌に圧倒されるようにして、ただ頷く。
 女性は差し出された封筒を受け取らず、ほっそりとした指を顎に添えたまま、じろじろと祐麒のことを値踏みするかのようにみつめている。
 だがやがて、何か納得したのか頷くようにして。
「まあ、そういうのもアリかしら。君なら、そうね」
 と、腰に手をあてて。
「OK、時間もないことだし、早速お願いするわ」
「え?」
「ほら、はやく」
 わけもわからずに、手をつかまれて中にひきずりこまれる。何か口を開こうにも、頭の中が混乱して何を言えばいいのかわからず、ただ女性に圧倒されていた。前を行く女性は、有無を言わさず力強くグイグイと引っ張って歩いてゆく。
 そうして、荷物やらが積まれた廊下のような場所を突っ切り、一つの部屋の中に連れ込まれた。部屋の中にはロッカーが並び、祐麒にはあまり記憶の無い、濃密な香りが満ちているように感じられた。
 ここまで連れてこられて、ようやく祐麒は危機感を感じ始めていた。ひょっとして何やら怪しげな会社とか宗教につかまり、変な商品を購入するまで帰してくれないとか、そういう場所ではないだろうかと勘繰りはじめる。部屋に閉じ込められ、脅迫まがいのことをしてくるのではないか。そう、この女性は最初だけで、この後は怖い男の人が出てきて取り囲むのではないだろうか。
 そんなことを考えながら、逃げる隙を窺っていると、女性はロッカーを開けて中を探り始めた。
「あなただとやっぱり、ちょっと大きめよね……」
 呟きながら、何かを手に取る。そして、身構える祐麒に向けて『ソレ』を突き出してきた。
「はい、これ」
「……え?」
「ほら、時間ないんだから」
「いや、でも、え、これって?」
「何しているのよ、ほら、さっさと」
「うわわ、ちょ、ちょっと何するんですか?!」
「もう、手がかかるわね」
「うわ、わ、あの―――っ!!」
 抵抗も虚しく、祐麒は女性の強引ともいえる手段によって、あれよあれよという間に、状況に流されるままその身を投じる羽目になった。

 

 なぜ、こんなことになってしまったのかと考えようとするが、考える暇もなかなか与えられない。自嘲する気も起こらない。時間的余裕もなければ、精神的な余裕もない。
「ほら、笑顔、笑顔」
「あ、は、はいっ」
 言われて、慌てて笑おうとするが、きっと引きつった笑顔にしかなっていないのではないかと思う。
 前方の扉が開く。
 祐麒は、なかば開き直ったかのように笑顔で声を出した。
「――お帰りなさいませ―――」

 そう、ここは、アンティーク喫茶。しかしながら世間的には、『メイドカフェ』と呼ばれてもおかしくないようなお店だった。

 

 舞台は数十分前に遡る。
「えええ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
 叫ぶ祐麒は、既にシャツにトランクスという姿にまでひん剥かれていた。そこまできてようやく、女性から身を離して訴えたわけだが。
「ど、どういうことですか?!」
 女性が祐麒に着せようとしているのは、やけにひらひらとして、ごちゃごちゃとしている女性用の服。
「どういうことって、あなた、紹介状持ってきたじゃない」
「……え?」
 いまだ手にしている封筒を見る。
「人手が足りなくて、ヘルプをお願いしていたから、それであなたが来たんでしょう? その紹介状が、動かぬ証拠」
「いや、これは違うんです」
「もういいから、時間ないし」
「よくないですって、あの、女性用ですよねそれ」
「そうよ。あなた、知っていて来たんでしょう? あなたの顔なら頷けるし」
「やや、よくないですから! 着れませんって」
「わかってるわよ、手伝ってあげるから、ほら」
「うわ、やめてください~っ!」
 結局、祐麒の抵抗も空しく、女性の手はまるで魔法でもかかっているかのように変幻自在に動き、みるみるうちに、とまではいかなかったが祐麒を着替えさせてしまった。おまけに、簡単に化粧までほどこされて。
「え、うそ、ちょっと、これって」
 鏡に映された姿を見て、しばし言葉を失う。
 後ろでは、女性が満足そうな表情で頷いている。
「うん、上出来、上出来」
「いや、でもこれは……」
「さあ、さっそくフロアに出てもらうわよ。仕事しながら覚えてもらうから」
 呆然としている祐麒を引っ張って、またずんずん歩いてゆく女性。気が付くと、同じ制服を身にまとった女性たちの中に放り込まれていた。
 こうして祐麒は、喫茶店の『ウェイトレス』として、フロアに降り立ったのである。

 

 何の因果でこのようなことになったのか。たまたま、街で女性とぶつかり、その女性が落としていった封筒を手にしただけだというのに。あの女性はなぜ、紹介状を持ちながら店に来ることなく消えてしまったのか。ひょっとすると、メイド喫茶みたいな店だということを知らずにやってきて、現実を知って逃げ出したのかもしれない。
 しかし、だからといってなぜ自分がこんな目に陥るのかと、祐麒は思う。
 身につけている制服は、前ボタンでハイネックの2ピース。色はブラック。袖はレッグオブマトンで袖口は白のターンナップ、スカートはボリュームのあるフレア。2ピースの上からは、胸元に二段のフリルをあしらったサロベットエプロン。足は黒のストッキングに、ローファーをあわせ、最後に頭に一重フリルのカチューシャ。
 ハイネックで喉仏は隠れるし、ロングスカートで足も隠れるので、ある意味丁度良いのだが、鏡を見たときには鏡面に映る少女が自分だとは思えなかった。姉の祐巳に似ていて、女顔だということは少なからず意識していたが、まさかメイドの格好が似合ってしまうとは、喜べるものではなかった。
 ちなみに胸にはパッドが入っている。それ以上は、言いたくない。
「ユキちゃん、三番テーブルオーダーお願い」
「あ、は、はいっ」
 指示されて、オーダー用のメモを手にする。
 ちなみに『ユキ』というのは、この店で働く際の名前だ。ネームプレートに手書きで書き込んだのは祐麒自身で、ひねりがないと思いながらも他に思い浮かぶわけでもないので、その名で通すことにした。それに、全然異なる名前にしてしまうと、呼ばれたときに反応できない可能性も高かったから。
 足がスースーするのに違和感を覚えながら、指定のテーブルにスカートをはためかせつつ小走りで向かうと。
「わっ」
 履き慣れていないローファーのせいか、足が床に引っかかってバランスを崩した。踏ん張ろうとしたが、スカートだということが不意に頭に浮かび、思うように体が動かずそのまま転んでしまった。
「痛っ」
 はずみでめくれるスカート、あらわになる太腿を慌てて隠す。
「大丈夫、ユキちゃん?」
 駆け寄ってきた先輩のフロアチーフが助け起こしてくれ、乱れた制服を直してくれる。
「申し訳ございません、この娘、まだ入ったばかりで」
「も、申し訳ありませんでした」
 転んだはずみで、丁度注文を受けたテーブルの足にぶつかってしまい、上に乗っていたコップから水が少しこぼれていた。
 テーブルの上を拭きながら謝る先輩にならって頭を下げると。
「ああ、いや気にしないで。えと……ユキちゃんって言うんだ、そんなに急がなくていいから気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
 見ると、二十代後半くらいに見えるその男性客は、どこか締まりのない顔をして祐麒のことを見ていた。
「えーと、あの、ご注文は」
「ほら、そうじゃないでしょう、ユキちゃん」
「え? ……あ、ええと、本日は何をお持ちいたしましょうか?」
 なんとかこの店お決まりの挨拶を思い出し、ようやくのことで注文を取る。内心、冷や汗もので厨房まで戻ったところで、フロアチーフに礼をする。
「あの、ありがとうございました」
「ん、ああ、いいのよ別に」
 メガネをかけた知的美女のチーフは、笑いながら祐麒のことを見て。
「でもユキちゃんて、背が高くてハスキーボイスでボーイッシュで、でもドジっ娘属性なんだ。確かに、今までにいないタイプかも……こりゃいきなり強力新人ね」
「……は?」
「あ、ううん、なんでもない。ほら、次のお客様きているわよ」
「は、はい……お帰りなさいませー」
 こうして流されるままに、祐麒のメイドとしての一日は流れすぎていった。

 

 営業時間はそれほど長くなく、20時には終了となった。後片付けをして、掃除をして、バイトのウェイトレスが解放されたのは21時過ぎ。
 以前、先輩からの頼みで飲食店の臨時バイトをした経験はあったが、やはり慣れていない仕事、加えて女装ということで、祐麒はくたくたになっていた。
 疲れた体を引きずるようにして、更衣室に向かう。
 更衣室の扉の前まで来ると足を止め、中の様子を窺う。話し声もなければ、人の気配も感じられなかった。
 当たり前だが、他のバイトの女性と一緒に着替えるわけにはいかないので、祐麒はずっとトイレの個室にこもって、時が過ぎ、他の娘達が帰っていくのを待っていたのだ。
 緊張で強張っていた体の力を抜き、扉を開けて中に入る。
「あぁ、疲れた……」
 軽く呟きながら足を踏み入れ、そこで動きが止まった。
 誰もいないと思ったのは間違いだったようで、更衣室の中には一人だけ残っていた。しかも、扉を開けた祐麒のすぐ目の前でまさに着替えている真っ最中で、下着が目に眩しかった。着替えの途中で上半身だけ下着姿だったが、豊満なバスト、細い肩、くびれたウエストに、視線が、意識が奪われる。
 女性も当然、祐麒が入ってきたことに気が付き、視線を向けてきた。
「あれ、まだ残っていたんだ。てっきり、私が一番後だと思っていたわ」
 さらさらの髪の毛を撫でながら、女性は話しかけてきた。仕事にてんてこ舞いだったせいかあまり覚えてはいないが、顔は見た記憶がなかった。果たして、フロアに出ていただろうか。もしも出ていたならば、忘れることはないと思うのだが。何せ、数いるウェイトレスの中でも、今日見た中では間違いなくナンバーワンの美少女だから。
 くっきりと目に入ってくる彼女の肢体。祐麒の目線の高さからだと、胸の谷間にあるホクロまで見える。
「あ、はい、ちょっと疲れてしまったので、休んでいたら遅くなっちゃって」
 自分が、女性の下着姿を凝視してしまっていることに気が付くと、慌てて背を向けて反対側のロッカーに向かう。離れた別のロッカーで良かったと思ったが、さりとて着替えるわけにもいかず、祐麒はただ落ち着かずに服をいじったり、髪の毛をいじったり、ロッカーの中を整理したりする。
「……どうしたの、着替えないの?」
 さすがに不審に感じたのか、着替えを終えかけた女性が問いかけてきた。
「あ、はい、あの、じ、実は体を見られるのが恥しくて」
「どうして? 背も高いし、スタイル良さそうなのに」
 男性としては特別身長があるわけではないが、女性としてみたならば上背があると思われるだろう。
「いえ、あの……そう、実は体に傷があって」
「あら」
 苦し紛れのつもりだったが、意外と効果があったようだ。女性は、聞いてはいけないことを聞いてしまったと、気まずい表情になった。
「ごめんなさい。失礼なこと、聞いちゃったわね」
「いえ、こちらこそすみません、変なこと言っちゃって」
「すぐに帰るから、ちょっと待っていてね」
 そそくさと、手早く帰り支度をする女性。申し訳ないと思いつつも、祐麒としたら帰ってくれるのを待つしかない。
 とりあえず、カチューシャだけは外して、近くにあった椅子に腰を下ろす。しばらくすると、後方でロッカーの扉が閉まる音、続いて歩み寄ってくる足音が耳に響いてくる。足音は、祐麒のすぐ後ろで止まった。
 恐る恐る、振り向いてみると。
「それじゃお先に。ユキさんも、早くあがってね、初日で疲れたでしょう? おやすみなさい」
 見上げる祐麒に向けて、優雅な笑みと、ほのかなフレグランスの香りを残して、女性は更衣室を出て行った。
「……っと、いつまでも呆けている場合じゃない。早いところ着替えないと」
 もう一度、人が誰もいないことを確認してから素早く着替えると、祐麒はそそくさと店を後にしたのであった。

 

 祐麒はもちろん、今後、バイトに行く気はなかった。
 昨日、店の女性に渡されたシフト表を見ると、当然のように祐麒の名前が記されていたのだが、いくらなんでも再び女装をして店に出る気はなかった。昨日はたまたま何も起きなかったから良かったが、今後、男だとバレないで働いていけるとも思えないし、バレたら変態としての烙印を押され、後の人生に支障が出ないとも限らない。そもそも、バイトに入ったことすら単なる間違いだったのだから。
「どうしたユキチ、暗い顔して」
「何でもないよ。ちょっと疲れているだけ」
 暢気な顔をして訊ねてくる小林を適当にかわし、足を進める。
 人が良いせいか、行かないと決めたものの、どこか後ろめたい気持ちがあるのも確かだ。頭を振り、なんとか追い払おうとするものの、気になってしまう。せめて、きちんと店に出向いて、あの女の人(店長か何かと予想)に告げるべきか。いや、行ってしまったら、また昨日のようになし崩し的に働かされる確率が高い。
「お、もう来ているぞ」
 一人、無駄な思考のループにはまっている間に、目的地まで達していたようだ。
 そう、今日は花寺の学園祭を控えて、リリアン女学園生徒会メンバーが来訪する予定となっていて、祐麒と小林はその出迎えを言いつかわされたのだ。
「待たせちゃったのかな、まずいな」
「や、でもまだ時間の10分前だぞ」
 しかし、待たせたことに間違いはない。二人は急ぎ足で向かう。
「申し訳ありません、お待たせいたしました。リリアン女学園山百合会の皆様でしょうか」
 丁寧な口調で小林が話しかけると、三人の瞳がいっせいに向けられた。

(―――え)

 その瞬間、祐麒の思考は止まった。

「ようこそ、花寺学院へ。僕は生徒会一年の小林と言います。で、こっちが―――」
 話している小林の声も耳に入らない。
 祐麒の意識はただ、三人のうち向かって左端の女性にのみ向けられていた。ヘアバンドをして、美しい額を見せているその顔は、間違いなく昨日も見ていた。まざまざと、更衣室での下着姿が脳裏に浮かび上がる。
 彼女は、祐麒を軽く一目見ただけで、饒舌になっている小林とすぐに話し始めた。だけど、祐麒は気がついていた。

 祐麒の顔を見た瞬間、間違いなく、彼女は笑ったのだ。

 

 そして、それはまるで、面白い玩具でも見つけた子供の笑顔のように、祐麒には見えたのだった。

 

第三話に続く

 

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