気温も不快指数も急上昇し始めた七月初め。
所属しているサークル、『ミステリー研究会』の部屋に入ると珍しく先客は一人しかいなかった。
椅子に座ってひっそりと読書に耽っていた紺野美玲は、わずかに目を祐麒に向けただけですぐに開いたページへと視線を落とした。
「こんにちは、紺野さん。他の人は誰も来ていないんですね」
「ええ、そうね」
声をかけたものの帰ってくるのは素っ気ない挨拶のみ。とはいっても美玲はいつでも、誰が相手でも同じような調子なので、別に祐麒が冷たくされているわけではない。話をするのがあまり得意ではないというだけで、同学年の江利子とはサークル活動中はしばしば話をしているのをみかける。
色白でいかにも文学少女といった印象を受けるが、事実として読書量や本に関する知識は半端ないものを持っている。
美玲から意識を離しつつ、適当に空いている席に腰を下ろす。室内には何十冊もの本が常時置かれており、その中から一冊を取り出してページを捲る。江利子に半ば強引に入らされたとはいえ、せっかく入ったのであればある程度は詳しくなりたいし、本だってもともと好きな方だった。だからこうして、時間があれば先輩達に勧められた本を手にして読んでいる。
同じサークルに所属している同学年の友人達が遅れているのは、選択している講義の違いによるものだ。
「しかし、暑いですよねぇ。この部屋、エアコンがぼろいから余計に」
エアコンは絶賛稼働中ではあるものの、言葉の通り古くて効きが悪く涼しいというほどではない。今はまだ二人だけだから良いが、これでメンバーが沢山入ってくると、あまりエアコンとしての役目を果たさないくらいになる。祐麒は部屋に置いてあった団扇を手にしてぱたぱたと扇ぐ。
一方で美玲は暑さなど微塵も感じさせない冷静な表情で、じっと本を読んでいる。汗をかいている様子もなく、この人は暑さというものを感じないのだろうかと疑いたくなってくる。
「――ねえ、福沢くん」
そんなことを考えていると、本のページから目を離すことなく美玲が口を開いた。
「福沢くん、本当に江利ちゃんと付き合っているのよね?」
「…………え? な、なんでですか」
思いがけない問いかけに、反応がつい遅れてしまった。
見れば、美玲は顔をあげて正面から祐麒のことを見据えてきていた。
「だって。江利ちゃんと話していると、どうしても処女としか思えないんだもの」
「……へっ?」
「江利ちゃんと話をしていてもね、江利ちゃんの反応や話はどう見ても経験者のモノじゃないのよ」
「え、ええと」
「あなたが大学に入ってから既に半年以上が過ぎて、それでいまだに何もないなんて普通に考えればありえない。もしかして福沢くん、不能なの?」
「ちっ、違いますよ!」
「なら、どうして?」
美玲の問いに、答えに詰まる。
確かに、江利子とはまだ何も起きておらず、それは祐麒だって考えているし悩んでもいる。特に最近は、今までに経験したことない微妙なすれ違いのようなものも発生していて悶々としている。
「最近の江利ちゃん、少し様子が変じゃない? 喧嘩でもした?」
なかなか鋭い指摘にドキッとする。
江利子と美玲がそこまで仲が良いとは思っていなかった。それとも、それほど分かりやすい状態に江利子が陥っているのだろうか。最近、会う機会があまりなかったので分からない。
「別に、喧嘩なんかしていないですよ」
これは本当だ。
少なくとも祐麒はそう思っている。
「ちょっと近頃、お互いに忙しいからあんまり会えていないのは確かですけど、そのせいでそんな風に見えたんじゃないでしょうか」
実はその後も蔦子のことを巡って軽く言い合いになったことはあったが、喧嘩というほどのものではないし、この場で口にできるわけもない。誤魔化すように視線をそらしながら祐麒は頭をかく。
「……本気で江利ちゃんに向き合ってあげて。江利ちゃんを泣かせるようなことをしたら、私が許さないわよ」
「お、俺は、そんなんじゃないっすよ」
だが美玲は祐麒の言など全く信じた様子もなく、むしろ圧力をかけてくる。思いがけない美玲の迫力に、思わずのけぞりそうになる。普段は物静かで、気配すらあまり感じさせることがないのに、この威圧感はなんだろうか。
本に栞を挟んでテーブルに置き、美玲は立ち上がって祐麒に近づいてきた。ぐっと上半身を倒して祐麒に顔を近づけてくる。眼鏡の下の瞳が、真剣な光を放って祐麒を正面から見据えてくる。
「――本当に?」
「は、はい」
「江利ちゃんは、私のことを助けてくれた。だから私は江利ちゃんを悲しませる人は許せない。男女の仲だから、うまくいかずに別れることがあることは知っている。だけど、江利ちゃんを悲しませることとそれは別よ」
「な……なんのこと、ですか」
「江利ちゃんと付き合っているのに、他の女の子に手を出すようなこと……」
「し、していませんよっ」
そう言い返したところで、部屋の扉が開いて他のメンバーがやってきた。
「ちぃ~~っす、あっちぃな今日は……って」
「え、何、福沢と紺野、お前らそんなに接近して何しようとしているんだ!? って、お前には鳥居がいるだろうが、福沢! 紺野にまで手を出そうってのか!?」
入ってきたのは元会長と元副会長の四年生コンビだった。扇子で呑気に顔を扇ぎながら入ってきた元会長と、祐麒と美玲を見るなりとんでもないことを言ってきた元副会長。
「へ、変なこと言わないでくださいよ」
美玲は表情も変えずにするりと祐麒の側から離れると、元の椅子に座って何事もなかったかのように本を手に取り再び読み始めた。
「だって、何か妖しげな雰囲気だったじゃん。まさか三角関係か? 勘弁してくれよ~」
大げさに肩をすくめながら定位置の椅子に腰を下ろす元副会長。美玲は完全に無視して本の世界に入り込んでいる。まあ実際、元副会長も本気で言っているようには感じられないし、何の深い意図もなくただ軽口を叩いているだけというのがわかっているから、平然としていられるのだ。
その点、祐麒は素直にリアクションを返してしまうので、こうしてサークルのメンバーからはいじられることが多々ある。もちろん、その中には江利子という彼女持ち(しかもミスキャンパス)のステータスに嫉妬して、という部分もあるのだろう。
祐麒も美玲を倣い、先輩に対して失礼とは思いながらもある程度は適当に受け流すことにして、書棚から一冊の本を抜き出して頁をめくる。
「なんだよ、今年の一年は冷たいなぁ、くぅぅっ」
泣き真似をする元副会長だが、それも無視されてさらに落ち込む。
「いやぁ、しかしウチのサークルがこんな華やかになるなんて、やっぱ鳥居さまさまかな」
「確かに、トリーさんが入るまでは、女子なんていなかったもんなぁ」
「そうなんですか?」
「あぁ、俺らも含め先輩たちはみんな男で、しかもオタクというかマニアック入っていたから、今みたいなライトなサークルとはてんで違って、ディープな話していたよ」
「そんな場所によくもまあ、平然と入ってきたもんだよトリーさんは。そこから雰囲気変わってったよな、明らかに違う人種と思えるコが入ってきたから。紺野なんかも鳥居に誘われてやってきたクチだよな」
美玲はちらりと視線を向けただけで、何も言わずに本を読み続けている。
「今やかつての面影も少なくなっているが……だが、俺らも初心を忘れたわけではない。福沢、分かっているだろうな、今年の学際ではオリジナルの会誌を出すからな。短編でもいいから作品を一つ、仕上げろよ。別に本格推理にこだわる必要はない、ちょっとした謎なんかでも構わないし、作るのだって一年生合同でもいいから」
「あ~~~、うぅ、はい、そうですよね~~」
苦笑いしながら頭をかく。
サークルに所属してしばらくして、そのような話が出た。ミス研ということで読み、評論が活動のメインで、書くことは範疇外なのだが今年は作品を作ることにも注力するのが会長の意向だった。なんでも、昔はオリジナルの作品を作り、同人誌としてOB達や学内に配布してそれなりの好評を得ていたらしい。
祐麒は今まで自分で作るなんて経験がなく、まだ時間的余裕があるとはいえ悩みの種ではある。
「学際って、会誌を出すだけですか? なんか、店とかイベントとか、その手の類のことはやらないんですか?」
「模擬店とかってことか? しかし、俺らは所詮『ミス研』だからな、それが店を出すってのもおかしなもんだろう」
「まあ、そりゃそうかもしれませんね」
頭の後ろで手を組んで答える元会長に頷いて応じる。
「えーっ、なんでですか、面白いじゃないですか、模擬店! やりましょうよ」
そこへ、いきなりそんなことを言って部屋に飛び込んできたのは大友だった。どうやら講義の方は終えたらしいが。
「大学生っぽいじゃないですか、ってゆうかあたし、高校の学園祭でそういうお店とかできなくて、やりたいと思っていたんですよー! ね、いいじゃないですか、『ミス研』らしさが欲しいっていうなら、『ミステリー喫茶』でもなんでも」
テーブルに両手をつき、身を乗り出して力説する大友。
あとから部屋に入ってきた友人の宝来が目を丸くしている。
「無茶苦茶言わないでよ大友さん、『ミステリー喫茶』って一体なに」
「それを考えるのが、ミステリーに造詣の深い先輩達の腕の見せどころじゃないですか」
大友は友人である蔦子に半ば強引に連れられてサークルに入ったこともあり、実はたいしてミステリーに興味があるわけでもなく、ましてや詳しいわけでもなかった。上級生たちはそんな大友に歯噛みしていたが、今では大友をミステリー好きにしようと様々な作品を読ませようと逆に躍起になっている。
「――まあでも、確かに模擬店っていうのも一つの案じゃないですかね、渡会さん」
そう言いながら部屋に姿を見せたのは、現会長である三年生の鵜久森だった。ちなみ度会というのは元副会長で、さらにちなみに元会長は乙坂という。
「なんだ鵜久森、お前がそんなこと言うなんて」
「だって考えてもみてくださいよ、今年はこんなに女子がいるんですよ。しかもみんな可愛いじゃないですか、華やかになるし、集客だって見込めます」
「あ、鵜久森さん、エッチな格好とかする気はないですからね」
「そんなことはしないよ、あくまでミステリーがうちのメインだから」
話しているうちに他のメンバーも集まってきて、江利子も姿を見せる。四年生が三人、三年生が四人、二年生が二人、一年生が祐麒達の五人、合計十四人がサークルメンバーの全てである。
全員が集まるのは珍しいことだが、学園祭に向けてサークルの意思統一をするために会長が声をかけていたのだ。
学園祭に向けては、皆が集まる前に話していた内容、会誌を作ることを改めて全員に放置し締め切りを言い渡す。これから長い夏休みもあるし、期間的に余裕はあるように思えるが、経験の無い祐麒にとっては長いのか短いのか判断しかねる。
模擬店については保留となった。他に幾つものサークルが手をあげるだろうし、単なるミステリー好きが、そうたいした料理や接客が出来るかという疑問もある。
「あら、いいじゃないの。お店を出すなら、いくらでもウェイトレスで接客するのに。ねえ、祐麒くん?」
「鳥居さんのやる気はかうけれど、乗り気じゃない人もいるし、また次回に改めて考えることにしよう」
江利子が口にしたのは、江利子自身がというよりも祐麒をからかってのことなのだが、祐麒の秘密のバイトのことを知らないメンバーには通じなかった。祐麒は表情にこそ出さなかったが、文句を言うように江利子を少しきつめの目で見て、江利子は悪戯っぽく笑ってみせる。
そしてそんな二人のことを、蔦子は普段と変わらない表情で見つめていた。
「はぁ~~っ、もう、勘弁してくださいよ江利ちゃん」
「あら、何がかしら、ユキちゃん?」
アルバイト先の喫茶店の仕事中のこと。客足が途絶えて少し余裕が出来たところで、近くにいた江利子に話しかけた。
「何がって、学際の模擬店でウェイトレスとか言ってたこと。勘弁してよ」
「だって、人気ナンバーワンのユキちゃんだもの、当然でしょう」
バイト先ではいまだに"ユキ"という女の子として接客をしている。いい加減にやめたいところだが、バイト仲間とは良い関係を築けているし、仕事にも慣れていて給料も悪くないし、江利子もこうして一緒にバイトをしているしで、辞めるきっかけを見つけられずにいるのだ。
バレないようにバイト先への行き帰りも女装するようにしているし、既に女装が生活の一部になっているようで非常によろしくない。それにもかかわらず、『女子力』は確実にUPしている気がする。
着替え、メイク、ファッション。本来なら、彼氏が女装なんて嫌がりそうなものだが、江利子本人がもっとも楽しんでいるのだから手に負えない。
しかし、こうして江利子と話していてホッとした。バイトのシフトが合って、久しぶりに面と向かって話すような気がしたが、いつもと変わらない様子で接してくるから少しばかり拍子抜けしたというか。
色々と文句を言っていたが、結局は納得してくれたのか、それとも祐麒になどその程度の興味しか所詮は持っていなかったということか。
何はともあれ、変な感じにならなくて良かったとホッとする。
「こらユキちゃん、仕事中にぼーっとしてないでー」
「あ、はい、すみません」
麻友に注意されて、すぐに笑顔を浮かべる。
営業スマイルも、すっかり女の子としてのものになっており、これまた祐麒自身を落ち込ませている。
しかし、祐麒がどのように考えようとバイトを続けている限りは逃れられないわけで、女装しての仕事は着実に時を刻む。
やがて一日が終わり、全ての客が帰ると後片付けに入る。祐麒と江利子がフロアの掃除をしていると、一日の売上確認を終えた麻友が声をあげた。
「みんな、見てみてっ。今週発売の『Ari-S』が届けられたのです!」
手にした雑誌を高く掲げてみせると、店内に残っていたバイト達が声をあげる。
「そっか、今週発売のに載るんだっけ」
ツインテールのツンデレ理於奈が目を輝かせて麻友に近寄る。
そういえばと、祐麒も思い出した。
しばらく前に雑誌の取材が店に訪れていたのだ。祐麒を含め、店に入っていた女の子達も色々と写真に撮られていた。
この店は見た目上、メイド喫茶のように見えるが、本来は異なる。アンティーク喫茶ということで、それに相応しい制服を用意して出来たメイド服である。だから、肌の露出度も高くないし、あからさまな萌え要素のあるデザインでもない。
アンティークな雰囲気、そして手作りの紅茶とケーキの味を売りにしているのだが、店を初めてしばらくしてからメイド喫茶ブームが始まり、他のメイド喫茶と同じように見られるようになっていた。
店の売り上げを確保するにはある程度の妥協も必要で、他のメイド喫茶ほどではないがイベントなどもやったりして、顧客の囲い込みも行った。
しかしオーナーが本当に目指すのは、見た目や女の子で呼び寄せるのではなく、紅茶とケーキの味で勝負できるカフェだ。実際、専属パティシエの作るケーキは充分に誇れる味だと祐麒も思うのだが、どうしてもメイド喫茶というイメージと、実際に可愛いウェイトレスによって思うようにはいかない。
そんなところにやってきた雑誌の取材。メイド喫茶としての取材だったら断っていたが、そうではないということで受けたらしい。
で、今週発売される件の雑誌が特別に先行して先方から送られてきたということだ。
「早く見ましょうよ麻友さん」
「待って、今ページを開くから」
祐麒も気になり、結局、バイトに入っている全員が集まって雑誌に目を落とす。
「……あった!」
「おお~~っ、これは……」
「え、ちょ、なんなんすかこれっ!?」
開かれたページを見て祐麒は声をあげた。
特集は3ページに渡って掲載されており、随分と大きな扱いであるのだが、そのうちなんと2ページ分に"ユキ"の写真が使われていたのだ。
仕事中の制服姿は前方からと後方からのもの。さらに、仕事に入る前の私服姿までなぜか載っている。確かに、仕事に入る前もなぜか写真撮影されたが、そんなものが掲載されるなんて全く思わなかった。とにかく沢山写真を撮っておいて、その中からほんの数枚が使用されるだけで、まさか自分の写真が採用されるなんて思っていなかったのに。
それだけではない。インタビュー記事も載っているのだが、それにも祐麒のものが使用されている。
肝心のお店の紹介はといえば、ほんのちょっとだけだ。
「わーっ、ユキちゃん可愛いっ、さすがプロはいい仕事するわね」
「本当ですね、悔しいけれど凄く可愛いです」
「玲於奈、今さらユキちゃんに対抗心燃やしたって敵わないの分かってるくせに」
「私服姿も超ラブリーですよねっ!」
皆はしゃいでいる。
驚いているのは祐麒だけのようだ。
「ちょ、ちょっと皆、なんでこんな記事になってるの!? こ、これじゃあお店のことというより、なんか」
まるで祐麒のための特集記事みたいではないか、と口にしようとして。
「え? だってこれ女性向けのファッション雑誌だもの。それで、ユキちゃんの制服姿が編集者さんの目に留まったんでしょう?」
「…………へ?」
麻友の言葉に目が点になる。
そこで改めて聞いてみると。
なんでも担当編集者が店の制服にいたく感心していて、雑誌で取り上げたいと考えたらしい。
そしてオーナーは、単なる萌え記事にならないこと、店のこともきちんと紹介することを条件に依頼を受けた。
「こっちの私服はなんで……」
「ああ、街角ファッションも兼ねてるからでしょ」
街で見つけたセンスの良いファッションを紹介するコーナーがある。確かに、それなら納得がいかなくもない気はするが。雑誌の場合、少し先の季節を先どって紹介するはずであるが、その日祐麒が来ていたのは丁度良く春でも秋でも通用するようなもの。七月の今、秋物ファッションとしても良いし、上を脱げば夏にも適応できるのが良かったのか。
「……あ、そ、そういえばこの日の服、江利ちゃんが用意してくれたものだった!」
祐麒はごく普通のユニセックスな服装で行こうとしていたのだが、江利子がコーディネートした格好に急遽着替えさせられたのだ。雑誌の取材が来るから、私服であってもきちんとした服装で行くことと説得させられたが、これを見越してのことだったのか。
「確かに私が準備したけれど、選ぶのは記者の人でしょう? そこまでは私だってどうにもできないわよ」
「そ、それにしたって、掲載するなら本人の同意が必要なんじゃあ……?」
「あー、それなら確かオーナーの方にきていたはずだよ。ユキちゃんが丁度、シフトからしばらく外れていて、早く返事が欲しいからって言われてオーナーが了承したの。写真を見て、いかがわしいようなものでもなかったし。そもそも取材が来る時点で、誰かの写真が使用されることになるっていうのは、全員の了承を得ていたしね」
「そ、そうかもだけど……うあぁ」
滅茶苦茶恥ずかしい。
雑誌の写真を改めてみて、確かにカメラマンはプロだけあって、非常によくとれているとは思うのだが。
「お店のHPもちゃんと紹介しているし、ユキちゃんファンの人が増えればお店にも来てくれるかもしれないわね」
「そうですよね、ユキさんは女の子に人気が出るタイプだと思いますし!」
無邪気にはしゃいでいるのはあかりだ。
「これ、掲載を見合わせてもらうのって……」
「もう製本されているのよ、無理に決まっているじゃない。ウチの店を代表して載っているんだから、もっと喜びなさいよ」
「よ、喜べませんよ、理於奈さん……」
「な、何よ。そ、そんな目をして見つめてきたって、慰めてなんかあげないんだからねっ」
「なぜ、微妙にツンデレテンプレ台詞?」
なんだかんだ言いながらバイト仲間は褒めてくれたが、素直に喜ぶことは出来ない祐麒。帰り道、江利子と並んで歩いている最中も愚痴が出てしまう。
「なんで俺が……江利ちゃんや理於奈さんみたいに綺麗な人が他にいくらでもいるのに」
顔で選んでいるとオーナーが言っているだけに、バイト仲間は皆可愛いといって過言ではない。その中で、よりによって男である祐麒が選ばれるとは、なんたることか。
「祐麒くんが男の子だから、逆に他の皆には無い魅力が出ているんだと思うわよ」
江利子が慰めの言葉をかけてくれるが、それでもあまり癒されない。何しろ今も、ウィッグをつけた女装姿なのだから。
大学からの帰り道、わざわざウィッグをつけてメイクしてバイト先に通うというのはいかがなものか。そう考えるだけで、今さらながらに落ち込む(洋服は、女性が着てもあまり不自然でない男性ものだったりする)
「会誌に載せる作品も考えなくちゃいけないし、あ~、なんか今日は気分が重い」
「作品って、何かもう考えているの?」
「いや、全然。江利ちゃんは?」
「私も、まだ。入って三年目だけれど、そういうの今年が初めてだし。私も、どうすればよいのかこれから考えるわ」
「そっか」
「…………ね、祐麒くん。いいこと考えた。もうすぐ夏休みでしょう? そうしたら、合宿旅行でもしない?」
「合宿旅行?」
「そう、場所を変えると良いアイディアも出るかもしれないし、気分転換も兼ねて、ね」
気を遣ってくれての提案でるのは察せられたが、それだとしても魅力的な話ではある。大学生になって初めての夏休み、今のところ特に予定もなかったので願ったりでもある。
「ね? きっと、楽しいわよ」
隣で手を繋いでいる江利子が、顔を少し傾けて下から見上げてくる。
サラサラの髪の毛が揺れる。
「そうだね、うん」
「やった、それじゃあ決まりね!」
嬉しそうにはしゃぐ江利子。
二つ年上で大人っぽいのに、こうして無邪気な子供っぽいところをたまに見せるから、その辺のギャップが凄く可愛く感じる。
「ん? どうかしたの、祐麒くん」
「いや、別に――」
しかも、普段よくからかってくるくせに、そういう時に限って無自覚なのだ。
「何よ、気になるじゃない」
「なんでもないですって」
もうすぐ夏休み。
大学生となって初めて江利子と過ごす夏になる。
第四話に続く