書評と主にマリア様がみてるの二次創作(旧:よしのXブレード)

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【マリみてSS(江利子×祐麒)】イエロー・マジック・オーナメント <第七話>

更新日:

 

~ イエロー・マジック・オーナメント ~
<第七話>

 

 

 旅行から戻ってきて二日後、夏休みということもありバイト先はかなり忙しかった。しかもしばらく休みを貰っていたこともあり、これから連日のようにシフトに入ることになっている。まあ、特に予定が詰まっているわけでもないのでシフトに入ること自体は問題ないのだが。
「……こ、これはどういうことでしょうか?」
「あははー、あの雑誌の効果だね」
 お客が沢山来店してくれるのは良いのだが、とにかくユキを呼ぶ声が多いのだ。その手の店ではないのでウェイトレスを指名することはできないのだが、それでも慕って声をかけてくれるお客様を無碍にすることもできず、無理にでも水のおかわりを注いだり、注文品を持って行ったり、それすらも出来ないときはとりあえず笑顔で会釈する。
 すると、そういった対応がまたファンを増やすというわけだ。
「ブログの効果もあるわよねー、アクセスも順調に増えているし」
「あはは、そですね……」
 苦笑いするしかないが、理於奈が言っているのも事実である。雑誌にはご丁寧にもブログのアドレスが記載してあり、アクセス数は確かに増えている。
 もともとは江利子が楽しんで店のHPのブログに写真をUPしていたのだが、やがてユキ個人のブログを開設してしまった。ブログには店のHPからリンクが貼られていたため、そこそこの訪問者はいたが、あくまでも喫茶店のウェイトレスとしてのもので、限られた人が来る程度のアクセス数だった。それが、雑誌に掲載されたことによって急激に増えてきているのだ。
 祐麒としては、ブログのための写真を撮影しなければならないのが困る。物や風景なら良いのだが、自分自身を撮影しろと言われているから。当然、女装した姿でないと意味がないし、店の制服姿だけでなく私服姿もUPしろと指令が出ているのだ。
「……そんなこと言って、本当は楽しんでいるんでしょう?」
「そうそう、最近はメイクも上手くなって……って、そうじゃない!」
 思わずノリツッコミ。
「まあまあ、あたしたちも協力してあげてるでしょー」
 麻友がにじり寄って抱きついてくる。
「ちょ、麻友ちゃん、仕事中」
 慌てて引っぺがす。
 店の仲間達にも一緒に写ってもらい、なんとか誤魔化している感じだが、部屋で女の格好をして一人撮影する時の虚しさは言葉では表せない。
「そういえば海に行ってきたんでしょう? 水着のセクシーショットはないの?」
「あ、あるわけないでしょうがっ!?」
「えー、なんで? きっともっとファンが増えるのに」
「そ、そういうあからさまに狙っていくのは逆にファン離れにつながるかと」
「……ふむん、確かにそれも一理あるわね。もともとユキちゃんは清楚で華憐でいて凛々しい、というのが人気だものね。お色気路線は逆効果か……」
 どうやら麻友を納得させられたようで、ほっと胸を撫で下ろす。さすがに女性用の水着を身に付けて撮影、ブログにアップなんてことまではしたくない。
「ユキちゃん可愛い~、こっち向いて~」
「えー、ユキちゃんは格好いいでしょー」
 大学生らしい二人組の女性に声を掛けられ、振り返って軽く会釈すると、きゃあきゃあと騒ぎ出した。
 むさい男連中に人気が出るよりは嬉しいが、店としてあまり騒がれるのも困る。
「ま、最初のうちは仕方ないんじゃないかしら」
「お店も儲かるし」
「って、ユキちゃんばかりに働かせたらダメでしょ、あたしたちも頑張るのよ」
 と、気合いを入れて一日働く。

 仕事を終え、更衣室の着替えでは端っこのロッカーでこそこそと着替えるのだが。
「こらユキちゃん、何をこそこそしてるのかニャ~?」
「ふにゃああああっ!?」
「おおう、このつるぺたな胸がたまらんわ……ふひひ」
 後ろから麻友が抱きついてきて、当たり前だが真っ平らな胸を指で撫でてきて、悲鳴をあげてしまった。
「いつまで経っても成長しないわねぇ」
「あ、あ、当たり前ですっ! 成長してたまりますかっ!」
 胸の膨らみを見せるためにAカップのブラジャーを付けているが、ブラの下に手を差し込んできている麻友。
「うわ、麻友さんマジで涎垂らしてる……」
「病気っていうか、変態よね」
 こそこそと話している理於奈と亜子だが、なんだかんだと興味津々のようで見つめてきている。
「ふ、二人も、見ていないで助けてくださいよっ!」
「あ~、はいはい、ほら麻友さんいい加減にしなさいって」
「ユキちゃん襲ったら、江利ちゃんに半殺しにされちゃいますよ? いい加減に懲りてくださいよ」
 二人がかりでどうにか麻友を離してくれ、乱れたブラの肩紐を手で抑えながら、へなへなとその場にしゃがみ込む。
「その江利ちゃん、風邪ひいて体調崩しているんだって? 今日もお休みだしね」
「夏風邪? こじらせないといいけれど」
 江利子も本来ならバイトのはずだったが、欠勤の連絡がきている。旅行中の風邪がまだ治らないとのことだが、もしかしたら祐麒に会いたくないのかもしれない。昨日今日と、体調が悪いならと思い、メールも殆どしていない。
「ユキちゃん、お見舞いに行かないの?」
「でも、お見舞いに行ったら、『風邪なら汗をかけば治るんじゃない?』、『え、ユキちゃん、それってどういう……あ、や、そんな私お風呂入ってないから汚い』、『江利ちゃんに汚いところなんてないのに』、『あ、駄目、アソコとアソコがこすれ合って気持ちいいのぉ~』とか、そんな展開に」
「いや……麻友さん、俺が男なの知っていますよね?」
 呆れため息をつきながら、制服から私服に着替える。
「…………」
 他の女性陣が着替えるのを視界に入れないようにして、どうやら落ち着いたところで首を向けて口を開いた。
「あの、麻友さん、理於奈さん、亜子さん。その、相談があるんですけど……」

 

 合宿旅行を終えてから数日、江利子は家で引きこもり生活を続けていた。風邪をひいて以来、体調が良くなかったのは事実だが、たいして長引くことはなく熱自体はすぐに下がった。それでも精神的には低調で、外に出る気力がわかなかった。
 当面、そのまま引きこもっていたかったけれど、あまりに続くと過保護な父親や兄達が騒ぎ立て、下手したら病院に担ぎ込まれて入院なんて事態に大げさでなくなりそうだったので、適当なところで切り上げるしかなかった。
 江利子を悩ませているのはもちろん、祐麒のことである。
 蔦子に宣戦布告され、その通りにお人よしの祐麒は蔦子とデートをして、あろうことか一回だけでなくその後も出かけている。江利子に事前に伝えてくれているとはいえ、嬉しいはずがないし、しかもデートの後は楽しそうなのだから。
 蔦子には祐麒との女装デートのことも知られており、その点についても江利子にとっては負い目である。
 むしゃくしゃしたけれど、そこを責めても駄目だと思ったし、蔦子に対するプライドもある。だから、祐麒が蔦子など気にならないくらい自分に夢中にさせてしまえばよいと考え、思い切って二人での旅行を提案したというのに、なぜかサークル合宿になってしまった。
 それならそれで楽しめればよかったのだが、当然のように同学年同士で行動することが多く、祐麒と蔦子が近い距離になる。
 そして、あの夜のこと。
 蔦子と二人きりで部屋にいた祐麒。その部屋の電気はついていなかった。
 祐麒から激しく拒絶された江利子。額の傷は癒えたはずなのに、鈍痛がいまだに襲い掛かってくる。
 かつての麻友との浮気騒動に関しては、麻友の性格的にも、二人を信じることが出来た。だが蔦子は違う。明確に祐麒に好意を寄せ、敵対してきているのだ。何もなかったなど、そう信じられない。
 合宿旅行以来、祐麒とは顔を合わせていない。体調不良を理由にバイトも休んでいるし、こんなにも会っていないのは大学で再会して以来、初めてのことだ。どういう顔をして会えば良いのか分からないし、自分がどういう反応をするか予想が出来ない。こんなことは初めてだった。

 

「――江利子から呼び出すなんて、珍しいね」
「たまにはいいじゃない、久しぶりに三人で会うことに変わりはないし」
 そんなこともあって悶々としていた江利子は、高校以来の友人二人に連絡を取って会う約束を交わしていた。
「で、何の相談? 江利子からなんて、信じられないけど」
 聖が尋ねてくる。
 さすがに誤魔化しようもないし、二人を呼んだ時点で江利子も言わざるをえないことは理解している。弱みを見せたくない相手だけれど、この二人以外に弱みを見せられる相手がいないことも確かなのだ。
「えと……祐麒くんのことなんだけど」
 どうしても、口調が普通にならない。
「色恋沙汰か」
「まあ江利子の場合、それくらいしかないと思っていたけれど」
「ちょっ……な、何よ、それじゃまるで私が色ボケみたいじゃない」
 澄ました調子で蓉子に言われ、さすがにむっとする。
「違うわよ。江利子って大抵のことはなんでもできるじゃない。だから、悩んだりするとしたらきっと人間関係、それも恋愛事くらいしかないと思っただけ」
「ぐ……」
 あっさりと理由を言われて、江利子としては返す言葉もない。とにかく今の江利子は普段ほどの余裕がなく、従って、いつもは見せないような面を聖と蓉子に晒してしまっている。自覚しつつも、だからこそ相談のために呼んでいるわけだし、本気で悩んでいる内容をネタにして笑うような友人ではない、と思っている。
「その……実は」

 気を取り直して、江利子は話をすることにした。蔦子との祐麒を巡ってのこと、祐麒の態度や発生した出来事について。勿論、全てを語ったわけではなく、あまり言いたくない場所はぼかしたり、蔦子の名前は伏せたりしたが、それでも大まかな所は一通り話した。
 聞き終えた聖と蓉子は、顔を見合わせる。
「ど、どう思う?」
「どう……って、何が?」
「だからぁ! 私はこの後、どうすればいいかって」
 それが分からないのだ。
 今までは、基本的に思うがままにやってきていた。勿論、本当に祐麒の嫌がること、他人に迷惑をかけるようなことは避けてきているつもりだが、女装を続けさせているのはやはり間違いだったのか。
「それにしても祐麒も、彼女がいながら他の女の子とデートとか、意外とやるねぇ」
 聖が頬杖をついて、アイスコーヒーのストローに口をつける。
「ずっと前から約束していた、ってんなら、まあ仕方ないのかなぁ」
「それでも、江利子からしたら許せないでしょう。私はむしろよく江利子がデートに行くのを許したと思うわ。私なら、行かせない」
「あー、蓉子は独占欲強そうだもんね」
「当然でしょう?」
「だけど祐麒は、何もないって言っているんでしょう?」
「で、でも……二人が部屋から出てくるの、見たんだもん」
 俯き、頬を膨らませて言う江利子。
 こんな態度をしてしまう姿なんて見せたくないが、なってしまうのだ。
「確かに状況的には怪しいけれど……」
「だけど江利子、本当に祐麒くんとその女性がセックスしていたのを見たの?」
「ぶふぉっ!?」
「きゃあっ!? き、汚いわね、何よ江利子いきなり」
 江利子が噴き出した紅茶を浴び、慌ててハンカチで拭う蓉子。
「い、いきなりは蓉子でしょう。へ、変なこといきなり口にするから」
「変なことって……」
「だ、だから……そ、その、せ、セッ……とか」
「だって、江利子が言いたいのはそういうことでしょう。その二人のことを疑っていたというのは」
「そ、そりゃそうだけど……」
「何よ、江利子だって祐麒くんとしているんでしょう。結構、夜は激しいタイプでいつも攻められるって言っていたじゃない。あ、人から口に出されると恥ずかしいタイプ?」
 真面目な顔して話を進めてくる蓉子に対し、江利子は赤面した顔を手で覆い、横を向いてしまう。聖は、何やら楽しそうに見つめてきている。
 確かに、この二人に対しては既に祐麒とは経験済みだと話しているし、そうじゃないのは明らかに不審だが、真面目な蓉子がそのような単語を平気で口にするとは思っていなかったのだ。
「別に、愛し合う二人がするのは当然のことでしょう、恥ずかしがることはないのよ」
 真面目すぎるようで、羞恥心も出ないようだ。
「それで、実際にしているところを見たわけじゃないんでしょう」
「そ、そうだけど、ふ、服装が乱れていた」
「シーツは汚れていたの?」
「え? え~と……そ、そんなことはなかった、と思うけど……」
 部屋の中は暗かったし、そこまで確認したわけではないが、見た限りではあまり乱れている様子もなかったし、あからさまな汚れなどはなかった。
「じゃあ、本当に何もしていないんじゃない?」
「何もしていなくても、何かしようとしたことが問題なんでしょう。その時はたまたまアクシデントがあったから出来なかっただけで。江利子だって気にするのはそっちでしょ」
「う、うん」
「男の子だったら、可愛い女の子に積極的に迫られたら、彼女がいてもクラッときちゃうものじゃない? でも、そこで我慢できるか出来ないかが重要で、アクシデントがあったにせよ、何もなかったのなら」
「だーかーらー、そういうことじゃなくて心情的にはさぁ」
 と、なぜか蓉子と聖の間での論戦が活発になり出した。
「ちょ、ちょっと二人とも」
 とりあえず間に入って止める。なんだか、話が脱線してしまいそうだったから。二人もそれを察したのか、わざとらしく咳払いなどして間をとった。
「……とにかくさ、話を聞く限り、確実なことは何もわからないわけじゃん」
 胸の前で腕を組んだ聖が口を開く。
「となるとさ、まずは祐麒とちゃんと話すことじゃないの? 祐麒に横恋慕しているコがどうとかじゃなくてさ」
「横恋慕って……でも、聖の言うとおりでもあるわね。どうなの、江利子」
「え。そ、それは……」
 旅行以来、祐麒とは会う時間をとっていないから、話せていない。
 うつむき、アイスティーをストローでかき混ぜる。

「――怖いの?」
 蓉子の一言に、手が止まる。
「怖い? 私が?」
 笑ってみせる。乾いた笑いが出る。
 ああそうだ、怖いのだ。
 祐麒と話してみて何と言われるかを考えると、怖い。好き勝手にやってきて、本当は江利子の言うことなどききたくなかった、嫌で仕方なかったけれど、色々と弱みも握られていて断ることが出来なかった。早いところ縁を切りたいと思っていた、なんて祐麒に言われたらと想像すると、怖くて仕方がない。
 結局江利子は、祐麒の優しさにただ甘えていたのかもしれない。それで、勘違いしていたのかもしれない。江利子のいないところでは、祐麒だって江利子に対する愚痴や文句を口にしているかもしれない。
 そんな人ではないと分かっているのに、今までの自分の行動のせいで、それすらもあやふやになりつつある。
「あ~~、なんかダメダメな江利子のパターンだね」
「本当、久しぶりね……」
 うじうじ、じめじめ、どんよりとしている江利子を見て、呆れたような顔をする二人。
「で、実際のところ聖はどう思う?」
「ん~~? 話を聞いただけだから何ともだけど、祐麒の性格を考えたら……問題ない気がするけど。蓉子の言うとおり、可愛い女の子に迫られたら、強く拒否できなさそうだし。へたに優しいっていうのも善し悪しだよね」
「私も同意だけど……江利子本人が、納得しないでしょうね」
 目の前の席でナメクジのようにぐったりしている江利子に、ため息を吐き出す。
「だ、だって……私がベッドに乗った時は、強い力でベッドから弾き飛ばされたのよ? あんな風に拒絶されたら」
「それって、単にその女の子と勘違いしただけじゃないの?」
「――――え?」
 きょとん、とする江利子。
「昨日、同じように迫られた。また今夜もやってきたのか、昨夜は危なかったので今日は変な事される前に離れよう、ってさ」
「大体、それまで祐麒くん寝ていたんでしょう? 相手が本当に江利子だと認識してそんなことしたの?」
 二人の言葉に、目からうろこが落ちる思いだった。
 拒絶された衝撃で、そんなこと考えもしなかった。蔦子が受け入れられたから、自分が拒絶された。江利子にとってはそれだけが真実に見えたのだ。
「私達よりよっぽど完璧超人のくせに、本当、こういうところ駄目よね江利子は」
「いやいや、だからその辺の精神的な面含めて、蓉子の方が遥かに完璧超人だから。江利子なんてこんなモンだって」
「こんなモンって……とにかく、江利子!」
「ひゃうっ!?」
 テーブルを少し強く叩き、ぼーっとしている江利子の意識を引き戻す。
 同時に店内の人の注目も集めてしまい、少しばかり恥ずかしいが、それもこれも友のため。蓉子は真剣な目で江利子を見つめる。
「……とにかく、ちゃんと祐麒くんの気持ちを、思いを、聞いてみなさい。そして、貴女がどうしたいのかを伝えなさい。それが、全ての始まりよ。人と人は、ちゃんと伝えあわないと分かり合えない。言葉にしなくても通じるなんて、思っているわけじゃないでしょう?」
「それはまあ、そうだけど……」
 呟く江利子。

 結局この日はそれだけ二人からアドバイスを受けて、別れることとなった。
 二人に言われたことは決して特別なことではないけれど、自分ではない他の人から言葉に出されたことで、江利子としても納得する。
 ただ、ダメモードに入ってしまった江利子はなかなか動き出すことが出来ず、ましてや夏休み中とあっては大学に出て無理にでも会う、なんてことも出来ない。バイトのシフトもずらしているし、祐麒のアパートにも久しく足を向けておらず、祐麒と話す機会を得ることが出来ないでいた。
 時間が経てば経つほど、この手の決意というのは鈍っていくもの。
 どうにかメールでのやり取りは続けているが、それでは本当の気持ちなんてものは分からない。
 バイト先の仲間に聞いてみたいと思い、それとなく話を振ってみたりもするのだが上手くいかない。
「それより江利ちゃん、ほら見てユキちゃんのブログ。またまたアクセス数アップしているんだよ」
「ああ、うん、本当だ……」
 ブログに掲載されている写真で、バイト仲間と寄り添っているのを見ると、胸がもやもやしてくる。
「あ、ご、ごめんね江利ちゃん。これ、ブログのためってだけで、別にユキちゃんと変なことしていないからっ!」
 江利子の雰囲気が変わったことを察したのだろう、慌ててフォローする仲間にどうにか笑顔を作って返すのが精一杯。
 蓉子や聖に再び電話しては叱咤され、励まされ、慰められ、ダメっぷりを披露するばかり。自分が情けなくなる。
 一度、思い切ってアパートの方に行きかけもしたのだが、もしも既に江利子の私物が片づけられ、その代りに蔦子の物で占められていたらどうしようと、ありそうもない悪い想像をしてしまい、途中でUターンして戻ってしまった。
 祐麒からは何度か会わないかというメールも来ていたが、夏休みで両親や兄達の付き合いもしなくちゃいけないから、なんて理由を作っては先延ばしにしている。

 そうしているうちに八月に突入し、うだる暑さの中を江利子は特に目的もなく歩いていた。家に居ても兄がうるさく、かといって祐麒の部屋に行く決心がつかず、街を徘徊するという行動をしているのだ。
「暑い……私、暑いのって苦手なのよね」
 一人、誰に言うでもなく呟きながら歩く。
 あまりの暑さに、大気が揺らめいているように見える。
「全く…………ん?」
 そこで江利子は首を傾げた。
 暑さで意識がどうにかなっているのか、あるいは蜃気楼でも見ているのだろうかと思いたくなった。
 なぜなら。
「祐麒くん、と…………聖……?」
 この二人のことを見間違えるわけがない。
 祐麒と聖はどこかの店の前で立ち止まったまま、談笑しているように見える。二人の距離も近く、それどころか聖は親しげに祐麒の肩に腕を回し、抱き寄せている。
「え、ど、どういうこと……?」
 なぜ、聖が。
 蔦子が相手というならば、分かりたくないけれどまだ分かる。
 だけど、聖というのは考えてもいなかった。そもそもつい最近、聖と蓉子には祐麒のことを相談したばかりだというのに。
 もしかして、江利子が相談したから祐麒に近づいて何かしてくれているのだろうか。だが、だとしたら事前に江利子に話があってしかるべきではないか。
 混乱しつつも、江利子は咄嗟に二人に見つからないよう身を隠して後を追い始めた。二人とも誰かに後をつけられているなんて考えもしないのだろう、周囲など気にする様子もなく、楽しそうに笑って会話しながら移動していく。
(なんで、あんなに楽しそうに……それに、聖……)
 電車に乗る。こういうとき、IC化されたカードは便利だ。どこまでの切符を買わないといけない、みたいに悩むことがないから。
 一時間ほどして、見慣れた場所に向かっていることに気が付いた。まさかと思いつつも後を追うと、聖を先頭にしてとあるマンションに二人は入った。
 聖が一人暮らししているマンションだった。
「え、な、なんで……?」
 見上げる。分からないけれど、このまま帰れるわけもない。江利子は一人、マンションを見つめ。
 何が起きているのか、現実が信じられない。
 混乱した思考を抱えたまま、フラフラとその場を離れる江利子。
 知らぬ間に家に帰り、知らぬ間に夜が過ぎて朝となっていた。呆然とベッドに横たわり、天井を見つめながら、江利子の気持ちは千々に乱れていた。

 

 一方で祐麒は。
 聖のマンションから帰宅したアパートの自室で、携帯電話に着信したメールを見て一人、考え込んでいた。

 

第八話に続く

 

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