書評と主にマリア様がみてるの二次創作(旧:よしのXブレード)

マリア様の愛読書

ノーマルCP マリア様がみてる 菜々

【マリみてSS(景×菜々×祐麒)】ルートK⇔7 第七話

更新日:

 

~ ルートK⇔7 ~

第七話 『熱』

 

 

 連休も終わり、またしても仕事の日々が戻ってくる。
「――はい、時間です、お終い」
 打ち合わせ用スペースの向かい側、景が書類を整える。予定していたレビューが予定時間内に終わらなかったのだが、景は次の打ち合わせがあるために打ち切られたのだ。予定通りに終わらせられなかったのは、祐麒自身の準備や進め方が悪いので仕方ないのだが、次の仕事のことを考えると今日中には終わらせたかった。
 景が立ち上がるのをそっと見上げると、目があった。
「そんな顔しても駄目ですからねっ」
 書類と手帳を胸元にかき抱くようにして、景はさっさと出て行ってしまった。
 祐麒はため息をつきながら、自席へと戻る。
「……ねぇ、福沢君さ、加東さんと何かあったの?」
「は? なんでですか」
「なんでって、なんか今週に入って加東さん、福沢君へのあたりが変わったような」
 風見が見つめてくる。
「やっぱりさー、あの日の飲み会のあと、何かあったんじゃないの? 酔った加東さんを介抱しているうちに、その気になっちゃって」
「何もありませんってば」
 介抱はしたし、部屋にも上がったが、色っぽいことは何一つなかった。むしろ、他人と自分の吐瀉物にまみれるという、思い出したくもない事態に巻き込まれたわけだが。
「まあ、酔いつぶれて俺なんかに介抱されたことが口惜しいんじゃないですか?」
「それはそうだね!」
「全力で肯定しないでくださいよ」
 確かに風見の言うとおり、景の祐麒に対する態度は少し変化していたかもしれないが、まあ、仕方ないだろう。酔い潰れた姿どころか、汚部屋を見られ、嘔吐姿を見られ、コスプレ姿を見られと、そんなことがあってはすぐに以前と同じように接するのは難しいのだろう。
 仕事自体はきっちり見てくれるし、意味もなく厳しく当たってくるわけでもなければ、避けられるわけでもないので、祐麒としては問題なかった。
 実際、今日も残業をしていると、ようやく打ち合わせから戻ってきた景が、「良かったら、さっきのレビューの続きする?」と、気にかけて声をかけてきてくれた。なんだかんだ言って、厳しくも面倒見の良い景であった。
「遅くまですみません」
「気にしないで、さ、早いところ済ませてしまいましょう」
 もちろん、面倒見が良くても厳しいものは厳しいわけで、容赦なく祐麒の悪い点を指摘してくれる。非常に有難いことなのだが、申し訳なくもある。定時以降に打ち合わせを入れるのは基本的に禁止されているし、定時以降に打ち合わせているということは、スケジューリングや調整がうまくできずにいることでもあり、主催者の未熟さをあらわしていることでもある。
 打ち合わせを依頼する方は、それでもまだ良い。自分の仕事のために実施することであり、どうしても必要な事なのだから。だが、依頼される方は嬉しくもない。もしかしたら、とっくに仕事は終わって帰ることが出来るのに、打ち合わせがあるから残っているという可能性だってあるのだ。
「だから、ここは……っ、んっ、ごめんなさい」
 途中、何度か咳き込む景。
「風邪ですか?」
「ちょっと喉の調子が悪いだけ。大丈夫よ」
 そうは言うが、表情もいつもより冴えがなく、顔色もあまり良くないようにみえる。
「すみません、疲れているところ、俺のせいで遅くまで」
「いいから、続けましょう」
 このところ連日、深夜までの残業が続いており、会社を出るのは日付が変わる直前なんて感じだ。そして、祐麒に付き合う形で景も同様の残業が続いている。他にも仕事はあるのだろうが、明らかに祐麒が足を引っ張っているのが分かる。
 どうにか早く帰させたいのだが、そのためには祐麒が早く仕事を終えるしかない。そしてそのためには景の力が必要と、嫌な循環に陥っている。
「……どうしてこうなったのか、影響範囲を明確にしないと。これじゃあ調査が甘い」
「はい、えっと……」
 結局、この日も会社を出たのは二十四時を回っていた。
 家に帰宅するのは深夜、それでも翌日の朝は普通に出社しなければならない。今日が終われば週末で休みだと自分自身に言い聞かせ、気合いで起きて会社に到着する。一週間分の疲れが溜まっているが、それを顔に出さないようにしてPCを起動する。
「……あれ、加東さんは」
 珍しく、景の姿が見当たらなかった。始業まであと五分、いつもならとっくに景は出社してきて、一通り未読メールのチェックなんか済ませているはずだ。さすがの景も、疲れたのだろうと思っていると。
「ああ、加東さん、お休みするって連絡あったよ」
 隣の風見が思い出したように教えてくれた。
「そういえば、体調悪そうだったもんな」
 咳をしていたことを思い出す。やはり、祐麒に付き合って無理をしていたのがたたったのかもしれない。
「福沢君、仕事の方は大丈夫?」
「あ、はい、昨日のうちに目処はつけたんで、大丈夫です」
 景がいないので内容をチェックしてもらうことはできないが、どのように修正すれば良いかは昨夜のうちに方向性をあわせている。祐麒に出来るのは、なるべく質の良いものを作成し、週明けには景から駄目出しを喰らわないような結果を出すだけだ。
 疲れの残る体に気合いを入れ、祐麒は仕事にとりかかった。

 無事に仕事を終えて帰宅し、久しぶりにゆっくりと休んで翌日の土曜日を迎えた。特に約束があるわけでもなく、のんびりだらだら、無駄にも思えるかもしれない贅沢な時間の使い方をしようと思い二度寝を楽しんでいるところで、不意に携帯電話が鳴った。
「…………もしもし?」
 無造作にとって耳にあてる。
 電話をかけてくる相手など限られている。大学時代からつるんできている三人か、会社の同期で仲の良い誰かか、あとは家族くらい。
『…………』
 電話の向こうからは何も声が聞こえなかった。だが、呼吸するような音だけは聞こえて、誰かがいることだけは感じられる。
「もしもし、誰ですか?」
 悪戯電話か何かだろうかと思っていると。
『……た……助け……て……』
 そんな声が、耳に飛び込んできた。

 

 まさか再びやってくることになるとは思わなかった場所に立っている。
「なんだかなぁ……」
 手元の携帯電話の着信履歴を見ると、そこには『加東さん』と表示されている。携帯電話をしまい、マンションの入り口で『405』を呼び出す。
 反応がない。
 なんとなく予想がついていたので、再び携帯電話を取り出して景を呼び出す。
『…………』
 つながったが、応答はない。
「えーと、福沢です。今、マンションの下に来ているんですけれど……」
 そう言うと、しばらくしてからオートロックの扉が開いた。入ってもいいということだよなと理解して中に足を踏み入れ、エレベーターで4階へと上がる。部屋の前で立ち止まり、深呼吸をしてインターフォンを押す。しばらく待っても反応がなかったので、ノックをしてみたが、やはり反応はなかった。
 もしかして、と思ってドアを引っ張ってみると、すんなりと開いた。どうやら、先ほどオートロックを外すついでに玄関の鍵も開けておいたようだ。おそらく、手間を省いたのだろうが、女性の一人暮らしにしては不用心すぎる。
「失礼します……」
 中は薄暗かった。
 そして相変わらず、というよりむしろ前回来た時よりも足の踏み場に困るような状態で、どうにかこうにかダイニング・キッチンを抜け、部屋の手前に到着した。部屋との境に扉はあるが、僅かに開いている。しかし、その向こう側に病気で寝ている景がいるかと思うと、いきなり開けて中に入るわけにはいかない。
「加東さん、すみません。入っても大丈夫ですか?」
「…………」
 僅かに声が聞こえたので、部屋の中に入る。室内はやはり薄暗く、そして足の踏み場に困る汚部屋状態である。
「と、とりあえず、カーテン開けていいですか? 少し換気もした方がいいですよ」
 返事を待たず、窓に近寄りカーテンを開け、光を室内に取り込むと。
 脱ぎ散らかされたスーツの上下、ストッキング、ペットボトル、タオル、シャツ、薬の袋、ごみ箱から溢れそうなティッシュの山、そんなものが目に入る。もちろん、他に様々なものがあるけれど、とても全てを言ってなどいられない。
 そして、ベッドに横になっている景。
「……き、来て、くれた……の……?」
「そりゃあ、途切れ途切れのかすれ声で『助けて』なんて言われたら、来ないわけにはいかないじゃないですか。っていうか、なんで俺だったんですか。その、女性の友達とかの方が、こういう時は……」
「そ、それは……」
 掛布団から顔の上半分だけを出している景が、熱で赤いのか、それとも恥ずかしくて赤いのか分からないが、とにかく顔を赤くして何やら呟く。
 よく聞き取れなかったので、耳を口元に近づける。
「…………こ、この部屋、他に見た人、い、いない……から……」
「………………」
 ため息をつく祐麒。
 要するに、あまりにも酷い有様の部屋なので、友達すらも呼んだことがないのだろう。それでもどうしようもなければ誰か呼んだのだろうが、つい最近、偶然だがこの部屋を訪れた人物がいた。考えた末に、男を呼び出すことよりも、汚部屋を見られるプライドの方を選んだということ。
「なんだかなぁ……」
「う……ご、ごめん……なさい」
 祐麒が少しイラついたように言うと、景はびくりと、怯えたような瞳で謝ってきた。心なしか、瞳が潤んでいるように見える。
「い、いやっ、別に嫌だとかそういうことじゃなくて、ただ、『助けて』だけじゃなくて、もっと教えてくれれば……って、言えなかったんですよね、辛くて」
 相手は病人なのだ、祐麒が苛々しても仕方がないし、実のところそんなにイラついてもいなかった。むしろ、普段迷惑ばかりかけている景が頼ってきてくれて嬉しい、という思いがあった。
「とりあえず……何か食べますか。見た限り、昨日からロクなもの食べていないようですし」
 特に反論の声もあがらなかったので、おかゆを作ることにした。とはいっても、途中で買ってきたレトルトのおかゆを温めるだけだ。キッチンの中を漁り、どうにか使えそうな綺麗なお椀とスプーンを探し出して洗い、熱湯で温めたおかゆのパウチを破って椀に注ぎいれれば出来上がり。
 ベッドの脇に戻り、テーブルの上に乗っているゴミをどけておかゆを置く。
「加東さん、おかゆ作ってきましたけれど、食べられます? 少しでも食べた方がいいですよ」
「……う……ん」
 布団の中でもぞもぞと動く景だが、起き上がる気配はない。
「あの、加東さん」
「……食欲ない」
「ちょっとでも、食べてもらいますよ」
 仕方なく、お椀からスプーンでお粥を掬い、息を吹きかけて冷ましてから景の方に差し出す。
 景は少しだけ顔を動かし、小さく口を開いた。
 まさか「あーん」をすることになるとは思わなかったが、色気も何もないので、なんとも感じない。
「ん……美味し」
 食事を美味しいと思えるということは、体調も良くなってきているのかもしれない。
「ごめん、ありがと……あとは、自分で食べる」
 物を入れて少し元気になったのか、景はそう言ってゆっくりと上半身を起こした。そして掛布団の下から現れる、景の姿。
「……なっ、ちょっ、かかか加東さんっ!?」
 がしゃがしゃと、周囲のものをかき混ぜながら身を反らす祐麒。
 なぜって、景は汗でぴっちりと張り付いたTシャツと、そして下半身はと言えばどう見ても「履いてない」状態だったから。
 Tシャツも白無地で汗を吸収して胸の形がくっきりと浮き上がり、それだけでなく下が透けて見える状態。うっすらと先端の形、そしてほのかな色づきが見える。
 下半身は完全に見えていないが、お臍と、そして更にその下には淡い茂みが僅かに覗いて見えるような気がする。単なる影かもしれないが。
「え……あっ、やっ!?」
 自分自身の格好を認識したのか、景は慌てて布団にくるまりなおした。
 そして、真っ赤になって涙目で言い訳をする。
「ちちち、違うのこれはっ! お、一昨日の夜からずっと熱で、汗かいて、洗濯も先週末からしてなくて、残っていた下着も全部汗でぐっしょりになっちゃって何もなくなっちゃったから、それでそれで」
「わ、わ、分かってますから。お、俺、隣の部屋の片づけしていますから、ゆっくりと食べていてください!」
 祐麒は景に背を向け、逃げるようにしてダイニング・キッチンへと脱出した。
「う……わ、びっくりした」
 まだ激しく脈打つ心臓のあたりを手で抑えながら、小さく呟く。
「い、いかんいかん、加東さんは病気なんだから」
 頭を振り、どうにか先ほど目にした光景を振り払おうとして失敗し、意識を反らすために掃除をすることにした。
 水回りを綺麗にして、明らかにゴミと分かるものをごみ袋に詰め込み、それ以外の物はとりあえずひとまとめにして端に寄せる。それだけでも、随分とスペースが空く。空いたスペースはクイックルワイパーで掃除。
 ひと段落したところで隣の部屋に声をかけ、景の許諾を得て中に入る。
「加東さん、大丈夫ですか……?」
「あ、う、うん。さっきはごめんなさい」
 ベッドの上、ちょこんと女の子座りしている景がいたのだが、その姿を見て祐麒は卒倒しそうになった。
「か、加東さん、それ」
「あ……うん、その、シャツも汗で皆駄目になっちゃって。そしたら丁度、これが近くにあったから……ごめんね、あの、また洗って返すから」
 それは以前、祐麒がこの部屋に入った際、景によって汚されて部屋に残していったワイシャツであった。洗濯して置いておいたのだろうそれを、景は見にまとっていた。しかも、それもおそらく下には何も身に付けずに。
 先ほどの話を信じるなら、パンツは全て穿きつぶしているし、明らかにブラジャーもしていない。即ち、祐麒のワイシャツを使用しての裸ワイシャツ姿である。好んで着たわけではなく、最終手段として選択したということは分かるが、それでも破壊力は大きい。まるで恋人同士のシチュエーションみたいだから。
「お粥、ありがとう。お腹にいれて薬も飲めたから、少し元気になったかも」
 まだ赤い顔のまま、そんなことを言う景。
「そ、そうですか、良かったです」
 むしろシャツが気になって仕方がない。洗濯しないで返してもらって構わない、などと考えてしまうのは変態なのだろうか。
「あ、あの、加東さん。その、もしよかったら俺、部屋の片づけでもしましょうか?」
「え!? で、でも」
「気にしなくていいですよ。いつも仕事ではお世話になりっぱなしだし」
「でも、そ、そんなまだ片づけるほどじゃ……」
「は!? 何言ってんすかこの惨状で」
 景の一言によって、逆に火が点いた。
「そもそもですよ、こんな荒れている部屋じゃあ、風邪にしても何にしても、治るもんも治りませんよ」
 景はずっとこの部屋にいるから、麻痺してしまっているのだろう。
「大丈夫、うるさくはしないようにしますから、加東さんは寝ていてください」
「いえ、でも、あの」
「いいですね?」
「は、はいっ」
 半ば怯えたように、景は布団に潜って丸まってしまった。会社では凛々しい姿しか見せないだけに、風邪で弱っているとはいえ子供みたいな景にギャップを感じて何だか新鮮だった。
 ホクホク気分で部屋の掃除に着手する。
 まずは、明らかなゴミを捨てることにする。空のペットボトル、お菓子の空き箱に袋といったものを分別してビニール袋に詰める。また、周辺に置きっぱなしになっているコップや皿やスプーンなどの食器類を流しに持っていき、溜め込んだところで一気に洗う。
 続いて衣類に取り掛かる。
 脱ぎ散らかされたジャケットにスカート、ブラウスなどを種類ごとにとりあえず分ける。さすがにクローゼットを開けるわけにはいかないだろうから、なるべく皺にならないように置いておく。
 ある程度選り分け、次にかかりかけたところで動きが止まる。
 恐る恐る手にしたものを広げてみる。それは、しっとりと水分を含んだ小さな布きれで、紛うことなき女性のパンツというものだった。
「――ち、ちがっ、これは不可抗力ですから! そもそも、下着類は出しっぱなしにしないって前に来た時に言ってましたよね――――」
 早口で弁解しながらベッドの上に目を向けると、景はいつしか眠っていた。
「ふぅ……焦った……」
 冷や汗を拭おうと手にした布で頬を拭くが、余計にしっとりしてしまう。
「って、パンツ!」
 しかも、しっとりとしているということは、汗をかいて脱いでからまださほど時間が経っていないということで、祐麒はそれを手にして更には匂いを嗅いで――
「いやいや、人間としてまずい!」
 慌てて離したものの、改めてその辺を見てみると、他にも何枚かのショーツ、Tシャツ、そしてブラジャーが落ちていて、思わず眩暈がした。
 これらも全て、手にしているパンツと同様のものであろう。景の言った通りなら、これらの下着はきちんと洗濯しておかないと、もう穿くものがないはず。本来、下着類は景にどうにかしてもらおうと考えていたのだが、景は寝てしまっており起こすのは申し訳ない。
 散々に悩んだ末に、祐麒は機械的に処理することに決めた。
 下着類は機械的にネットに入れ、洗濯籠に入っていた他の洗濯物とあわせて洗濯機に放り込み、洗う。
 洗っている間に部屋に散乱している本、雑誌、CDにDVD、その他もろもろを種類ごとに纏めて積み上げる。ラックがあったのでCD類は並べ、髪留めなどのヘアアクセサリはお菓子の箱の中に、化粧品類は落ちていたポーチに纏めて収納、雑誌類はマガジンラックに、他のよく分からないものは紙袋に入れておく。
 ようやく上面が見えたテーブルを布巾で拭き、コロコロでカーペットを綺麗にし、クイックルワイパーでフローリングの床を掃除する。
 洗濯機が洗濯終了の合図を鳴らしてきたので、洗濯ものはベランダに干す。下着類は、ベランダの柵より低い位置で太陽に直接当たらないようにする。
 こうして随分とまともな状態になったところで、さすがに疲れてきた。まだ隣の部屋はあまり片づけられていないが、この辺で一休み。隣の部屋には、前に来た時に見ていない衣装類がハンガーにかけて吊るされており、どう扱えば良いのか分からない、というのもある。
「あ~~っ、せっかくの休みの日に俺、何してんだろ……」
 自分の部屋でもなければ、恋人でもない人の部屋を一生懸命に掃除している。ちらりと景を見てみれば、赤い顔をして汗を光らせながら寝ている。まだ熱も完全には引いていないのだろう。
「ここまできたら、もうちょい、やるか」
 タオルで景の汗を拭き、祐麒は立ち上がった。

 

 結局、ダイニング・キッチンの方まで片づけをしてしまった。ダイニング・キッチン側にあったのは、買ったけれど整理していない服や靴といったものが多かったので、それらを種類ごとに纏め、袋や箱などもまたまとめただけだが、それだけでも前に比べれば随分と綺麗になったと思える。
 気になるのは、セーラー服やメイド服やその他やたら可愛らしい制服類が並んでいることだが、それらには触れずにおくことにした。
 時計を見れば既に夕方、いつまでも景の部屋にいるわけにはいかない。おそらく求められている以上のことはこなしたし、そろそろ帰
るべきだろうと景の部屋に再び戻る。
 丁度、景も目を覚ましたようだった。
「…………うわ……すごい。床がちゃんと見える…………」
 ベッドで横向きになって自分の部屋を見て、景は驚いたように呟く。
「いやいや、加東さん」
 祐麒としては苦笑するしかない。
「具合の方はどうですか?」
「ん……頭痛い」
 熱を測らせてみると、38度5分。薬で一旦は熱が下がったものの、夕方になってまた上がってきたようだ。
 なんだか放っておくことも出来ず、夕食を作って食べさせ、薬を飲ませ、結局は昼から夜までいることになってしまった。
「え~~っと、それじゃあ加東さん、そろそろ俺」
 いくらなんでもこれ以上留まるわけにはいかないと、帰ることを匂わせると。
「え……帰っちゃうの……?」
 景とは思えない弱気の顔、弱気の声で、そんな風に言ってきた。小動物を思わせる弱々しい瞳で祐麒を見つめ、訴えかけてくる。
 高熱で弱っているだけだというのは分かるが、会社での景からは想像もできない表情や台詞に、ズキュンとくる。
 おまけに毛布の下からちょっとはみ出してきた指が、祐麒のシャツの袖をつまんでいる。小さな弱い手を、祐麒は振りほどくことはできそうになかった。
 結局、祐麒は翌日の朝までまんじりともせずに過ごし、景の具合が随分と回復して精神的にも問題ないことを確認してから帰ったのであった。

 

 軽く朝食を摂って薬を飲み、一眠りして目を覚ますと、随分と体が軽くなっていることを景は自覚した。熱を測ってみると、37度2分と微熱くらいにまで下がっていた。
 汗を沢山かいて、熱を追い出せたのかもしれない。
 ベッドの上に上半身を起こして部屋の中を見て、目を丸くする。
「うわ……綺麗になっている」
 そういえば景がベッドに臥している間、祐麒が部屋を片付けるとかなんとか言っていた気がするが、まさか本当にここまでやってくれるとは思わなかった。
 ローテーブルの上も、カーペットやフローリングの上も物が片づけられ、足の踏み場にも困るなんてことはなさそう。
「……え、ちょっと待って。えと、確か脱ぎ捨てた服とかあったはず……」
 週の途中から具合が悪く、衣類や下着も面倒くさくて脱ぎっぱなしにしていた記憶があるが、それらのものがきれいさっぱりなくなっている。
 探してみると、上着やスカートなどは畳まれたりハンガーにかけられたりしている。シャツや下着類を探してみるが、見当たらない。まさか、と思ってベランダを覗いて見ると、陰干しされている下着類を見つけ、一気に血の気が引く。そして次の瞬間には、逆に頭に血が上る。
 そそくさと干されていた洗濯物を取り込む。色々と考えることはあるが、とりあえずまともな格好に着替えようと思ったところで、着ているワイシャツが祐麒のものだということに気が付く。
「うあ……」
 なぜか一人で赤くなりながらモジモジとシャツを脱いで裸になり、汗を拭く。シャワーを浴びたかったが我慢して、パンツを手に取り脚を通し、太もものあたりまで上げたところで、このパンツを祐麒が手に取り、洗濯して、また手にして干してくれたのだと考えて赤くなる。
 確か替えの下着も全てなくなったことを覚えているから、ということは、景が所持しているすべての下着を祐麒は洗ってくれたということか。パンツを穿くと、まるで祐麒に下半身を触られているかのような錯覚に陥りそうになる。
「そ、そうじゃないし」
 頭をぶるぶると振ると、同じように洗濯されていたTシャツを着て、ハーフパンツを穿く。少し落ち着くために水でも飲もうとダイニング・キッチンに行くと、そこもまた綺麗になっていて驚く。
 冷蔵庫からミネラルウォータを取り出して喉を潤し、落ち着いたところで昨日のことを改めて思い出そうとする。
「……………………っっ」
 顔から火が出そうになった。
 後輩とはいうものの、年下の男の子を呼び出して看病させ、部屋の掃除をしてもらい、下着を含めて洗濯してもらい、食事も食べさせてもらった。それだけでなく、裸に近い恥ずかしい格好を見られ、寝顔を見られた。
 幾ら弱っていたとはいえ、なんたる醜態を晒してしまったのか。
「うわぁ~~っ…………」
 頭を抱える。
 熱は随分と下がったけれども、別の意味でぶり返しそうだった。

 

 月曜日、出社すると既に景は自席で仕事をこなしていた。休んでしまっていた分、たまっているメールの確認や、書類の確認などを行っているのだろう。
「おはようございます」
「……おはようございます」
 挨拶をすると、微妙な間の後に返事された。表情こそ全く変えないが、土日のことを多少は気にしているのかなと勘繰ってしまう。
 始業時間となり、チームの朝会が始まったところで、景は急に休んでしまい迷惑かけたことを謝る。
「そんなの仕方ないですよ、誰だって体調崩すことくらいありますから」
 風見がそんな風に言うものの。
「いえ、体調管理、自己管理は社会人としての基本よ。それがまともに出来ないようでは、仕事だってきちんと出来ないわ」
 景の正論に、チームのメンバーも口を噤む。
 色々と身につまされる者もいるのだろう。
「――それでは、今日の予定を確認します」
 淡々と、いつもの仕事風景が戻ってくる。当たり前だ、景が一日休んで、復帰したというだけのことなのだから。
 祐麒も普段通りに仕事を続け、やがて午後になって景との打ち合わせ。先週、景の指導を受けて実施していた作業のレビューを受けたのだ。幾つか指摘はもらったものの、さほど大きなものはなく、あとは指摘内容を取り込んで微修正すれば良いことになった。どうにか形になったことで、ホッと一息つく。
「安心するのはまだ早いわよ、それをお客様に説明するのは福沢君なんだから」
「そ、そうですね、予習しておきます」
 資料は作成して終わりではない、当然、顧客に提出しなければならないし、必要に応じて対面でのレビューも行う。どのように説明するか、どのような質問がくるか、考えておかないといけないことは沢山ある。
「でも、色々とありがとうございました。なんとか期間内にできましたし」
 パーティションで区切られたスペースの中、資料をそろえて椅子から立ち上がり、同じように立ち上がった景に礼を言う。
「今後は自力でもっと早く、正確にできるようにね」
「はい」
「――そ、それはそうと、あの、昨日……いえ、一昨日はごめんなさい」
「え? あ、いえ別に」
 看病のことを言っているのだろう、景は少し声を落として口にした。
「迷惑かけちゃったわね。なんだか、私も熱で少し朦朧としていたみたいで」
 眼鏡に指を添え、少し視線をそらしながら言う景。
「いや、気にしないでください、そんな」
「でも、せっかくの休日をあんなことで……」
「んー、だけどいいものも見られましたし、熱で弱っている加東さんていうのもなんか可愛かったですし」
 景の気を楽にしようと、少し冗談交じりに言うと。
「なっ……か、かわ……っ」
 いきなり、顔を赤くしてわたわたとする景。
「あ、あと、部屋の掃除までしてくれて、それに洗濯まで…………っ」
 話を変えようとしたのだろうが、またも言葉に詰まる景。おそらく下着類のことを思い出したのだろうが、それについては祐麒も顔を赤くせざるをえない。
「あ、あの……」
 顔を赤くしたまま、そっと身を寄せてきて小さな声で景は。
「週末のことは、絶対、誰にも内緒だからね」
 とだけ早口で言うと、そそくさとパーティションを出て行ってしまった。
 景の残り香を感じながら祐麒は。
 新たな一面を見せる景に、胸の鼓動が早鐘を打ったようになるのを、おさえることが出来ずにいた。

 

第六話に戻る       第八話に続く

 

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