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ノーマルCP マリア様がみてる 志摩子

【マリみてSS(祐麒×志摩子)】ホワイトプリンセス・ナイト <その1>

更新日:

 

 出会いは、秋の初め、いや、夏の終わりだったのか。
 どちらにせよ、銀杏の葉が色づき、実が落ちるにはまだ微妙に早い季節。学園祭の準備に伴う打ち合わせという、事務的な会合の中で、彼の人とは初めて顔をあわせた。直接に、言葉を交わしたわけではない。すぐ近くに居たというわけでもない。
 お隣の学園の生徒会長さんで、友人の年子の弟さん。
 何事もなければ、ただそれだけの関係で終わるはずだった。今までの人生でめぐり合ってきた多くの人と同じように、ただの知り合い、通り過ぎてゆく一人の人。元々、社交的でない自分にとって、それは珍しいことでもなんでもなく、今の山百合会での活動、生活こそが、これまでの生活とはほど遠いものなのだから。
 だから本当に、予測なんて出来るはずもなかったし、今後のことを想像することもできなかった。

 "それ" が私に起きたのは、学園祭の数日前のことだった―――

 

~ ホワイトプリンセス・ナイト ~
<その1>

 

 今日は、花寺のメンバーも招いての通しの稽古である。全員が揃うという機会は限られているので、このときに色々とこなしてしまおうと熱も入る。それでも全ての場面を完璧になど出来ないから、重要な場面、難しい場面を重点的にチェックする。
 演劇部に所属している瞳子ちゃんも、厳しい目つきと言葉で助言を行い、二年生も三年生も、一年生の瞳子ちゃんの言うことに素直に耳を貸す。やはり、素人が口を出すのと、経験者がアドバイスするのでは全く異なる。
 花寺の方たちとの関係も良好だった。祥子さまのことがあるから、少し不安はあったのだけれど、祥子さまも頑張られているし、何より花寺の皆さんが気をつかってくれているのが分かる。
 私も、男性と接するのに慣れているというわけではないけれど、花寺の方は親しみやすく、話しやすかった。
「藤堂さん、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう」
 振り向くと、そこには祐麒さんの姿。
 今年度の花寺学院生徒会長である祐麒さんは、ちょっと失礼だけれど、威厳というものはあまり感じられない。それでも、祐麒さんを中心にまとまっているというのが分かる。祐巳さんもそうだけれど、親しみやすさの中に、皆を惹きつけてやまない何かがあるような気がする。
「ここの登場シーンなんですけど」
「はい」
 開かれた台本に目を落とす。
 すぐ近くに感じられる、祐麒さんの気配。
 もちろん、だからといって変な意識をすることも無い。今はただ、一つの目的に向かって共に努力する仲間なのだから。
 それでも。
 リリアンに入って得られた、祐巳さんというかけがえのない友と同じ匂いは、私の心を穏やかにするには、十分だった。
「……あ、そっか。なるほどねー」
 邪気の無い顔で頷く。
「さすが、藤堂さん」
「いえ、別に私は」
「あ、じゃ俺、ちょっとアリスにそのこと言ってきますから」
 忙しなく、早足で去ってゆく。
 とても活動的で、皆のことを気遣ってはいつも動き回っている。花寺の学生が、彼の人を生徒会長として推している理由も、なんとなく分かるような気がした。
「志摩……お姉さま」
「乃梨子。どうしたの?」
「……ん、ううん、なんでもない。疲れてない、お姉さま?」
「大丈夫よ、有難う」
 気のせいだろうか、乃梨子の表情が心なしか強張っているように見えた。乃梨子は中学まで共学だったから、同年代の男性に慣れていない、ということはないと思うが。
 だけどそんなのも些細なこと。乃梨子の様子もその後は特におかしいところはなく、お芝居の稽古に紛れて、記憶の隅から消えてしまった。

 お芝居の稽古も終わり、花寺学院の人も乃梨子に見送られて帰っていった。今、私達は薔薇の館内の後片付けをしている。
 部屋というのは不思議だ。
 その部屋その部屋に、独特の匂いというものがある。薔薇の館にも、学校の教室や、音楽室、化学室とは異なる匂いがある。私は、今の薔薇の館が醸し出している匂いが好きだ。きっとこの匂いは、お姉さまや、お姉さまのお姉さま方、そういった代々の薔薇さま方が積み重ねてきた末に出来上がったのだろう。そして今は、花寺の人たちが先ほどまで在室していたということで、またいつもとは微妙に違った空気となっているような気がした。

「あれ、これ、誰の?」
 声をあげたのは、令さまだった。
 見てみると、手にしているのは黒い筆入れ。祥子さまは、首を傾げている。祐巳さん、由乃さんは一階を片付けているので、今この二階にはいない。
 私は記憶を再構築し、思い出したことを口にする。
「確か、小林さんが使われていたような気がします」
「本当、志摩子?」
「多分。私、追いかけて渡してきます。今ならまだ、間に合うかもしれません」
 今、この場にいる中で私だけが年次が下だから、それが自然だろう。令さま、祥子さまが何か言う前に、私は筆入れを手に、扉から外に出た。
 薔薇の館を背に、わずかに足早に進んでゆく。走ってはいけないと教わっているものの、あまりゆっくりしていると追いつけないかもしれない。だから、私の足の運びも徐々に速くなってゆく。
 お芝居の稽古をして中途半端な時間になっていたせいか、周囲に他の生徒の姿は見えなかった。グラウンドでは運動部の子が元気な声をあげているみたいだが、今、この場はごく静かなものである。グラウンドの声が、遠い世界のことのように思える。
 後になって冷静に考えてみれば、そこまで急ぐほどのことではなかったと思う。祐巳さんにお願いすれば、祐巳さんから祐麒さんに渡って問題なく所有者に戻ったことだろう。きっと、祥子さま、令さまともう少し話していれば、その結論に辿り着いたとも思う。だけれども、そうなる前に私は動き出してしまっていた。普段、自分でも能動的でないと思うのに、珍しいことだった。
 だからこそ、起こってしまったのかもしれない。

 途中、乃梨子の後ろ姿が見えた。誰かと話しているようで、見送り終えた帰りに知り合いに声でもかけられたのだろう。遠くにいて、背を向けているから私に気づく様子もない。私はそのまま通り過ぎ、正門に向かう。
 門に近づくにつれ、足の運びはどんどん速くなり、走るのに近くなっていた。体育の授業以外で校内を走った記憶などない。
 お芝居の稽古をして中途半端な時間になっていたからか、偶然か、周囲に他の生徒の姿が見えなかったこともある。早くしないと、追いつけないかもしれない、という思いもあった。
 正門の手前、私は完全に駆け足になっていた。
 そして、まさに正門を出ようかとしたその瞬間。

「っ?!」

 体に、衝撃がはしった。
 ぶつかった、と思う間もない。走ってきた勢いもあり、私は目の前にあった「何か」に弾き飛ばされ、バランスを崩した。
 運動神経は良い方ではない。そのまま私は、背中から地面に倒れこんでいった。

 ―――と、思ったその時。

「あぶないっ!」
 その声と同時に、私の体が半ば強引に、回転した……いや、回転させられた。
 直後に襲ってきた衝撃は、予想していたものよりもずっと柔らかいものだった。堅いアスファルトの感触を想像していたのだが、一体、何がどうなっているのか分からない。
「あ痛タタタ……って、大丈夫?」
 すぐ近くで声がして、思わずびくりとする。
 落ち着いて思考を巡らせ、体の状況を認識してみると、どうやら誰か人の体の上に倒れこんでいるようだった。腰と、後頭部にまわされた手の感触。耳から伝わってくるのは、心臓の鼓動だろうか。どく、どく、と、少し速いリズムで刻まれている音は、その人が確かにそこに居るということを示している。
「……あ、あれ、動かない? ちょっと、大丈夫ですか? 気を失っているのかな」
 どこか慌てた口調になった。
 そこでようやく私は、瞑っていた目を開き、硬直していた体を僅かに動かした。
「い、いえ、大丈夫、ですっ」
 顔を上に向けると。
 おそろしいほどすぐ目の前に、その人の顔はあった。呼吸が、吐息が感じられそうなくらいに近く、瞳の輝きが分かるほどに傍に、ほんのりと赤く染まった頬の熱を感じられそうなくらいの距離に。
「怪我とかしてないですか? 痛いところとか」
「あ、はい、大丈夫です」
 どうやら私は、彼の人によってかばわれたようだ。お陰で私は、どこにも痛いところはなかったし、怪我もしていないみたいだ。ただ突然のことで、意識と体が硬直しているだけだった。
「だ、大丈夫だったら、そろそろ離れたほうが」
「え―――」
 そこで私はようやく、自分が仰向けに倒れている格好の彼の体の上に、うつ伏せの形で覆いかぶさっているという体勢に気がついた。
「―――っ?!! ご、ごめんなさいっ!!」
 多少、パニックになりながら、私は慌てて上半身を起こした。仕方がないとはいえ、なんて、はしたない。
 目の前の人―――祐麒さんは、苦笑いを浮かべながら私のことを見上げている。
「いや、大丈夫……痛っ」
 腕で体を支えながら起き上がろうとして、痛みに顔をしかめる祐麒さん。よく覚えてはいないけれど、おそらく私がぶつかったのが祐麒さんで、後ろに倒れかけた私の体を強引にかばってクッションになってくれたのだろう。そしてその際、背中か後頭部かを打ち付けてしまったのだろう。
「だ、大丈夫ですか? どこが痛みますか?」
「あー、いや、大丈夫、大丈夫」
「で、でも」
 どれくらいの強さで打ったのか分からない。もし、頭を打っていたのだとしたら、今は大丈夫でも後々に響かないとも限らない。
「そ、それより藤堂さん、早いところ退いた方がいいんじゃないかな。その、あまり上品な格好とはいえないし」
 え、と思った。
 格好? ということで我にかえってみると。
「あ―――」
 今、私は仰向けに倒れている祐麒さんの体の上に、文字通り跨っていたのだ。もちろん、スカートは乱れていても中が見えているなんてことはないけれど、とんでもない状態であることに間違いはなく。
「ごご、ごめんなさいっ」
 私は頬に急速に熱が集まってくるのを感じながら、あたふたと立ち上がった。乱れたスカートの裾と髪の毛を直していると、「よいしょ」と言いながら、祐麒さんも立ち上がるのが見えた。
「あ……」
 なんという失態。
 私ときたら、自分の身だしなみを整えるばかりで、私のことをかばって助けてくれて、そのせいで体を傷つけてしまった祐麒さんが起き上がるのに、手を貸そうともしなかった。
 今さらのように差し伸ばそうとした手は、上げかけたところで無意味に宙を握る。こういう、鈍くさいというか、ぐずぐずするところは私自身、嫌いな部分。
「も、申し訳ありません。私、自分のことばかりで」
「え? 何が?」
 きょとん、とした顔で見つめ返してくる祐麒さん。特に何を気にした様子もない。
「あ、藤堂さん、スカート汚れてますよ」
「え?」
「あー、後ろの方」
「こっちですか?」
 言いながら背を向けると、祐麒さんは中腰になって手を上げ、そしてその姿勢のまま固まり―――咳払いをしながら背筋を伸ばした。
「あの、今のは違いますからね? その、やましい気持ちで言ったわけじゃないですから」
「はい、あの、何がですか?」
 今度は私が、きょとんとする番だった。
 祐麒さんはただ、私のスカートの汚れた部分をはたこうとしてくれただけではないのだろうか。
「や……そ、そういえば、随分と慌てていたようですけれど、どうしたんですか?」
「はい……あ、そうです。あの、忘れ物を届けに」
「ああ、ひょっとして俺の筆入れですか?」
「はい、あ、祐麒さんのだったんですね」
「ええ……と、それで」
「はい……あれ?」
 右手を見たけれど、持って来たはずの筆入れはどこにもなかった。視線を転じ、左手を見てみるけれど、やはりそこも空っぽ。きっと、ぶつかった時に落としてしまったのだと思い、地面に目を向けるが見当たらない。
「あ、これ」
「え―――」
 祐麒さんの視線の先を追うと、なんとその筆入れは、道の側溝に落ちていた。それほど汚いわけではないけれど、道路に落ちるのとはわけが違う。慌てて拾い上げたけれど、泥と水で汚れてしまっていた。
「も、申し訳ありません!」
 急いで、頭を下げる。
 届けに来たはずが、汚してしまっては世話がない。身の縮まる思いで謝りながら、おそるおそる祐麒さんの顔を見てみると。
「あ、大丈夫、大丈夫ですって。元々黒いし、そんな気にしないでください」
 笑顔でそのようなことを言う。
 本心かどうかは分からないけれど、きっと、私に気をつかって言ってくれているのだろう。恥しいやら、申し訳ないやらで、私は正直、この場から消え去りたかった。

 ―――のだけれども。

「でも、ちょっと嬉しいですね」
「え?」
 目の前の祐麒さんを見ると、なぜだか本当に嬉しそうな顔をしている。ぶつかられて、体を痛めて、筆入れは汚されてしまい、いったい何が嬉しいのだろうかと思っていると。
「いや、藤堂さんも結構、ドジなところがあるんだなって」
「……」
「打ち合わせのときも、稽古のときも、物静かで落ち着いていて、でも存在感がないわけじゃなくて、一言一言に重みがあって。隙のない人なのかなって印象があったから、そういう一面を見られたのがなんだか嬉しいかなって思って」
「そんな、私なんか、全然そんなのではないですよ」
 本気で、首を横に振る。
 物静か、落ち着いているというのは確かによく言われるけれど、それは単に私のテンポがそうだというだけなのだ。由乃さんなんかに言わせると、「ちょっとぽーっとしていところ、あるわよね」というところだ。
 隙のない人というのは、前紅薔薇さまであられた、水野蓉子さまのような方をさして言うのだろうと思う。
「それより、あの、何かお礼とお詫びを……」
「え、そんなの気にしないでいいですよ」
「そういう訳にはいきません。助けていただいたのに、失礼なことをしてしまって。祐麒さんが良いと言われても、私が良くないのです」
 ここは、引けなかった。
 時折、私はおそろしいくらいに強情で頑固になるといわれることがあるが、この辺がそうなのかもしれない。
「うーん、困ったなぁ」
「私も困ります。あの、私のためにも何か」
「そう言われても……」
 困惑の表情で頭をかく祐麒さん。
 しばらく、考え込む様子を見せ、そして。
「じゃあ……」
 と、口を開く。
「はい」
 私は、ただ言葉を待つ。
「それじゃあ、ちょっと考えますので、決まったらお願いするということで」
「でも……」
「それにほら、今は学園祭に向けて、追い込みかけないと。全てはそれが終わってからということで、どうでしょう」
 それもまた、正論だった。
 他の人たちには関係のないところで、学園祭や舞台に支障をきたしてしまっては元も子もない。
 だから、私は頷いた。
「分かりました。それでは、学園祭が終わったら」
「ええ。じゃあ、俺、もう行きますね……藤堂さんは、本当に痛いところとかないですか?」
「はい、私はどこも」
「良かった。じゃあ、失礼します」
「はい―――あ、あのっ!!」
 踵を返しかけた祐麒さんを、私は慌てて呼び止めた。
 色々とあったせいで失念していたが、私は重要なことを一つ、忘れていた。本当に、今日はどうにかしている。
「えと、まだ何か」
「はい……先ほどは助けていただいて、本当にありがとうございました」
 深々と、感謝の意を込めて腰を折る。
 祐麒さんが助けてくれなかったら、運動神経のよくない私は、ひょっとしたら大怪我をしていたかもしれない。擦り傷ひとつしていないのは、本当に祐麒さんがその身を呈してかばってくれたからなのだ。
「いや、どういたしまして。それじゃ、また」
 どこか照れくさそうな顔をしながら、祐麒さんは帰っていった。
 そして。

「はい―――また」

 既に見えなくなった姿に向けて、私は届くことのない言葉を口にしたのであった。

 

その2に続く


 

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