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ノーマルCP マリア様がみてる 志摩子

【マリみてSS(祐麒×志摩子)】ホワイトプリンセス・ロード <その5>

更新日:

~ ホワイトプリンセス・ロード ~
<その5>

 

 飾り付けも全て終え、ご馳走の準備も整えて、本格的なパーティは夕方から開始された。料理は、なるべくお金をかけずに、それでも色々と工夫を凝らして子供達が喜ぶようなものを沢山作るようにした。
 どの子も笑顔の花を咲かせ、とても楽しそうにお喋りして、大騒ぎして、物凄く賑やかで。今日ばかりは先生も、少しくらい派目を外しても怒ったりはしない。だから皆、遠慮せずに騒いでいる。
 私ももちろん楽しんでいるのだけれど、心のどこかでは落ち着かない自分がいる。原因はきっと、祐麒さんの隣に座っている和葉ちゃんのせい。
 クリスマスパーティとはいえ、とても可愛らしい格好をしている和葉ちゃん。そして、祐麒さんに対する態度、仕種、表情、一緒に買い物に行って帰ってきてから見せている少し浮かれた様子。やっぱりあれは、祐麒さんのことが好きなのだろう。祐麒さんは気がついていないようだけれど、同じ女である私から見れば、一目瞭然である。なんて鈍い人なんだろう。
 だけど、そんな和葉ちゃんを見ていて心が痛むのはなぜだろう。私は、もしかして和葉ちゃんに嫉妬をしているのだろうか。私は、私自身の気持ちが良く分からない。こんな気持ちになったのは、初めてのことだったから。
「あ、あの、藤堂さん、ジュースのお代りいかがですか?」
「――え?」
「えと、そのオレンジジュースとアップルジュースならここに……って、どうかしましたか。あの、も、もしかしてあまり楽しくないですか?」
 隣に座っている壮太君が、少し不安そうに私を見つめてきていた。
 和葉ちゃんや祐麒さんのことを見ているうちに、どうも私の表情が翳っていたようだ。せっかくの楽しいパーティに水を差すような事をしてはいけないと、どうにか笑顔を浮かべて応じる。
「まさか、とても楽しいわよ。ええと、それじゃあオレンジジュースをいただこうかしら」
「はいっ、待っててくださいっ」
 椅子から立ち上がる壮太君を見送る。
 こんな気持ちでパーティに参加していては駄目だと軽く首を横に振り、ふと顔を上げると、なぜか険しい目つきで私のことを見つめてきている祐麒さんと目があった。びっくりしたけれど、祐麒さんも同じように驚いたようで、慌てたように視線をそらし、和葉ちゃんに何やら話しかけ出す。
「むぅ……」
 どうして、私と視線があってあんなに気まずそうにするのだろうか。何か、私が怒らせるような事でもしたのだろうか。それに、何を和葉ちゃんと楽しそうにお話しているのだろうか。考えていると、また色々と心の中に浮かんできて、頬が膨れそうになる。
「お待たせしました、藤堂さん」
「ありがとう、壮太君」
 グラスに注がれたオレンジジュースを受け取る。壮太君は食事が始まってからも、色々と気を利かせてくれている。やっぱり、私のことをゲストだと考えているからだろうけれど、私の方がボランティアで来ているわけで、世話ばかり焼かれるわけにもいかない。
「壮太君も少し落ち着いて食事にしたら? さっきから私や他の子達の世話ばかりしているじゃない」
「お、俺が一番、年上ですから」
「偉いのね、ふふ」
「えー、嘘だー、そうたいつもこんなことしてくれないよーっ」
「うるせーぞ雪絵っ」
 雪絵ちゃんが言うと、壮太君は照れたように怒る。
「じゃあ、今度は私が取ってあげるわね。壮太くんは、何が食べたい?」
「いえそんな、自分で取りますから」
「いいから、ええと、やっぱり男の子だしお肉がいいかしら」
 言いながら、私はチキンの盛られたお皿に目を向ける。少し遠いので、身を乗り出すような格好となる。
「ちょっとごめんなさいね、壮太くん」
「うわっ……と、と、藤堂さん……っ」
 腕を伸ばし、お肉を含めいくつかの料理を取り皿に乗せる。
「はい、どうぞ……って、どうしたの、壮太くん?」
 お皿を差し出して見てみたら、なぜかわからないけれど壮太くんの顔は真っ赤になっていた。
 お酒などあるわけもないし、空調がききすぎて暑いのだろうか。
「ななっ、なんでもないですっ!」
「あははっ、そうた、お顔真っ赤っかー」
「だからうるさいっつーのっ!」
 雪絵ちゃんにからかわれて、余計に顔を赤くする壮太くんを見て、なんだかおかしくなって笑ってしまう。
 先ほどの刺々しい気持ちも、どこか薄まり、私も食事とパーティを素直に楽しむ。
 すると、しばらくして。
「……藤堂さん」
 和葉ちゃんがやってきて、私にだけ聞こえるように軽く耳打ち。
 もうそんな時間かと、私も立ち上がる。
「なんだよ和葉、どうかしたのか?」
「なんでもないわよ、藤堂さんとケーキの準備をするだけ。びっくりさせるんだから、ついてこないでよ」
 しっしと、手を振る和葉ちゃん。
 怪訝な顔をする壮太くんを置いて、和葉ちゃんと二人で騒ぎの場から一旦、抜け出す。和葉ちゃんが言っていたことは事実で、食事もひと段落したのでケーキを準備するために二人で抜けたのだが、サプライズはそれだけではない。
 それは何かと言われたら――

 

「……あっ、サンタさんだっ!!」
 最初にそんな声をあげたのは、かなちゃんだっただろうか。とにかく、その声を皮きりにして様々な声が飛び出した。
「こらーっ、飛びつかないの、ケーキ落っことしちゃうでしょーっ」
 和葉ちゃんが、飛びかかってきそうになる子供達にブレーキをかける。子供達は楽しそうに、私たちの周囲に集まってこようとする。
「と、藤堂さんっ!?」
 子供達より遅れて、祐麒さんと壮太くんが立ち上がり、驚いた顔をして私と和葉ちゃんのことを見つめてくる。
 驚くのも無理はない、これは祐麒さんにも内緒にしていた和葉ちゃんと二人で考えたサプライズだから。
「サンタガール!?」
 その通り。
 私と和葉ちゃんは、サンタクロースのコスプレをしていた。
 私はワンピースタイプで、胸元に大きなボンボンがついているのが可愛らしいコスチューム。もちろん帽子の先端にも、大きなボンボンがついている。
 一方の和葉ちゃんはセパレートタイプ、上着は肩と腕をむき出し、スカートもミニと、セクシーなコスチュームだけど、和葉ちゃんが身につけているといやらしさは感じられず、健康的な可愛らしさが前面に押し出されている。
 レンタル衣装を和葉ちゃんが注文しておいてくれたものだ。
「おー、すげーっ」
「かわいーっ」
 少し恥しかったけれど、子供達がこんな風に喜んでくれたなら、コスプレした甲斐があったというものかもしれない。
「どうですか、驚きました?」
「驚きましたよ……いやでも、凄く似合ってます」
「あ、ありがとうございます」
 いざ、こうして間近で見られるとやっぱり恥しいけれど、それでも褒められれば嬉しくもなる。
 横を見ると、和葉ちゃんが恥しそうにもじもじしながら、祐麒さんの方にちらちらと視線を向けている。
「和葉ちゃんもとても似合っていて、可愛いですよね」
「うん、とても可愛いと思うよ」
 祐麒さんが褒めると、更に顔を赤くしてしまう和葉ちゃん。
「あ、ありがとうございます。ちょ、ちょっと派手じゃないでしょうか」
 気になるのか、胸元に指を入れる和葉ちゃん。白皙のような肌に、ほんのりと膨らみかけた谷間の影が見えて、それを目にした祐麒さんが僅かに顔を赤らめる。やっぱり祐麒さんも男の子なんだ、そういうところに目がいってしまうんだ、いやらしい……なんて、少しムッとしてしまう。
「おねーちゃん、ケーキ、ケーキっ!」
「あ、ごめんね、すぐに皆に配るから」
 またも気分が悪くなりそうなところ、救ってくれたのは子供達の声だった。
「子供達にはやっぱり、ケーキのほうが優先かもしれませんね」
「そうですね」
 皆にせがまれるようにして、ケーキの準備をする。用意したケーキはフルーツを沢山あしらったものと、チョコレートケーキの二種類。両方とも欲しいという子もいたけれど、そこは残念ながらどちらかにしてもらう。喧嘩にならないか心配したけれど、思っていたほどの大きな騒ぎにはならなかった。
 騒ぎが起きたのは、予想外の場所からだった。
「な、なっ、何を言っているのよっ!?」
 突然、大きな声が響き渡った。
 声の主は和葉ちゃんだった。真っ赤な顔をして隣のゆかちゃんのことを睨みつけるようにして見ているけれど、あまり迫力は感じられない。
 どうしたのだろうかと思っていると。
「でもいいんじゃない? 祐麒にーちゃんと一緒にいると、おしとやかになるしー」
「そうだよー、つきあっちゃえばー?」
「彼氏いない歴にぴりおどがうてるじゃん」
 ゆかちゃんだけでなく、孝平くんなんかもはやし立てるようにしているけれど、え、ちょっと待って、今なんて言ったのか。
「か、勝手なこと言わないのみんな!」
「かずはちゃん、お顔真っ赤だよー」
「照れてんじゃねーの、いっちょまえに」
「からかわないでよっ」
 どうやら祐麒さんとの仲を冷やかされているようで、和葉ちゃんはサンタの衣装みたいにほっぺを赤くして狼狽している。
 ちらと視線を和葉ちゃんの隣に向けてみれば、祐麒さんは苦笑している。それが、満更でもないような感じに見えて、私の心はまたも少し泡立ちそうになる。
 照れて、恥しがって、拗ねたように怒っている和葉ちゃんはとても可愛らしい。そんな和葉ちゃんを見て、祐麒さんはどう思っているのだろうか。
「……だっ、大体そんなこと言ったら、かっ、彼女である藤堂さんに失礼でしょう!?」
「ふぇっ?」
 突然、私のことを引き合いに出されて、変な声を出してしまって口を抑える。
 何か今、とんでもないことを和葉ちゃんは口走ったような気がする。ええと確か、『彼女である藤堂さん』って言っていたような。この場合、誰の彼女かというと……
「あーっ、やっぱりそうなのー?」
「おねえちゃんたち、つきあってるのー?」
「こいびとなのー?」
「え、え、ちょ、ちょっと待って」
 私と、祐麒さんが、こいびと!?
 そんなことを言われて、はやし立てられて、急速に体が熱を帯びてくる。頬が熱くなってくる。
「あ、しまおねーちゃんも、お顔真っ赤!」
「ねー、ちゅーしないの?」
「ちゅ、ちゅっ、ちゅーっ!?」
 ちゅーとは即ち、口づけのことか。
 子供達は、何て言うことを口にするのか。私と祐麒さんが、そ、そ、そんな、ちゅーだなんて、とても人前で出来るものではない。いや、人前じゃなければ出来るとかそういうことではなくて、だからといって祐麒さんが嫌いというわけではなくて、私は両手で熱くなった頬をおさえ、思わず祐麒さんに助けの目を向ける。
 すると。
「こら、俺と藤堂さんは別に恋人同士とかじゃないからっ。ほら、困らせない」
 苦笑いしながら、さらっと否定してみせた。
「えーっ、そうなのー? 本当―?」
「つまんないじゃん」
 子供達の声を聞きながら、私は、自分の心と体が一気に重くなるのを感じた。確かに、祐麒さんの言ったことは間違いではない。私と祐麒さんは恋人同士でもない、ただの友人関係で、それ以上でも以下でもない。
 でも、そんなにあっさりと、照れた様子もなく否定されると、一人で真っ赤になった私だけが馬鹿みたいではないか。もう少し、慌てるなり、あたふたするなり、そういった姿を見せても良いではないか、そんなことを思ってしまう。
 祐麒さんを見てみると、また子供達に、和葉ちゃんとのことを冷やかされている。そのことに関しては、なんだか照れくさそうにして和葉ちゃんのことを見ている。和葉ちゃんのことは、意識しているということだろうか。私のことは、意識などしていないということだろうか。
「うぅ……祐麒さんの、ばか」
 思わず、呟きが口に出る。
「あの、と、藤堂さん、どうかしましたか?」
 隣の壮太くんが、困惑したように尋ねてくる。
「な、なんでもないわ。さあ、ケーキを食べましょう」
 私の笑顔は、果たして引き攣っていなかっただろうか。
 私には、分からなかった。

 

 ケーキを食べて、ゲーム大会をして、プレゼント交換をして、パーティは終了した。子供達はとても楽しそうにしていたし、喜んでくれていたと思う。私と祐麒さんで選んできた、皆に対してのプレゼントも喜んでくれた。物凄く充実したパーティだったはずなのに、私の心はどこか浮かない。
「良かったら、また遊びにきてくださいね」
「しまおねーちゃん、またねーっ!」
「兄ちゃん、デュエルの再戦、わすれるなよー」
「ばいばーい、またねー」
 先生や子供達の温かい声を受けて、学園を後にする。
「あ、あの、また今度、是非遊びにきてくださいっ」
 帰り際、普段着に着替えた和葉ちゃんが、祐麒さんに向かってカチコチになりながらそう挨拶するのを、私は複雑な気持ちで見ていた。和葉ちゃんは間違いなく良い子で、とても可愛らしいのだけれど、私の心は落ち着かない。
「あの、藤堂さん」
 祐麒さんと挨拶を終えた和葉ちゃんが、私の方に近づいてきた。祐麒さんは、壮太くんと何かを話している。
「今日はどうもありがとうございました。凄く、楽しかったです」
「私の方こそ楽しませてもらったわ。ありがとう、和葉ちゃん」
 お礼を言って頭を下げる。
 和葉ちゃんは、きょろきょろと左右に視線を向け、近くに誰もいないことを確認してから、私にだけ聞こえるような声で訊いてきた。
「あの、藤堂さんと福沢さんは、本当にその、お、おつ、おつっ、お付き合いされているわけではないんですか?」
「えっ……と」
 付き合っていない、と本当のことを、なぜか素直に口に出すことが出来ない。
 無言でいると、和葉ちゃんが上目づかいに強い瞳で見つめてきた。
「でも、好き、なんですよね?」
「っ!?」
 和葉ちゃんのストレートな言葉に、体が跳ねるように反応した。
「わ、私は……」
「分かりました、もう充分です。ありがとうございました」 
 ぺこりと頭を下げ、和葉ちゃんは逃げるように学園の方に早足で戻っていった。すれ違うようにして、祐麒さんがやってくる。
「帰りましょうか」
「……はい」
 頷き、歩き出す。
 子供たちの笑顔に見送られたというのに、私の足取りは微妙に重い。隣を歩く祐麒さんを見れば、今日のことを思い返しているのだろうか、にこやかな笑みを浮かべている。
「……良かったですね」
「はい? 何がですか?」
「和葉ちゃんから、クリスマスプレゼント、貰っていましたよね」
「あ、いや、まぁ」
 真っ赤な顔をしてプレゼントを渡していた和葉ちゃん。パーティの喧騒から外れた廊下で、ひっそりと二人でいたのを私は見ていた。
「それに、祐麒さんも和葉ちゃんにプレゼントをしていましたよね。いつの間に、用意したんですか?」
 まさか自分も貰えるなんて思ってもいなかったのだろう、びっくりして声も出せずに目をぱちくりさせていた和葉ちゃんと、照れくさそうな祐麒さん。陰で見ていた私は、まるで道化みたい。
「和葉ちゃんから聞いたんですか? いや、あれはこの前、和葉ちゃんに大変失礼なことをしちゃったから、そのお詫びの意味も込めて」
 失礼なこととは、和葉ちゃんを抱きしめ、胸を触ってしまったことか。結局、今日もサンタコスの和葉ちゃんの胸元に随分と目が向けられていた。
「良かったですね、和葉ちゃんみたいな可愛い子と仲良くなれて」
 自然と、声が刺々しくなる。
 私は一人、空を見上げる。
 天気が良かったから、夜空も澄みわたっていて、冬の星座達が見下ろしてきている。
「えっと……あの、と、と、とどっ」
「鯔?」
 いきなり、何を言われたのかと、後ろにいた祐麒さんの方を振り返ると。
「いえ、と、藤堂さんっ」
「はい。あの、どうかしたんですか?」
 明らかに祐麒さんの様子がおかしくなっていた。
 先ほどまでとは打って変わり、落ち着きがなく、そわそわとして視線も落ち着かない。さすがに心配になって、一歩、足を踏み出したところで。

「こ、これっ、クリスマスプレゼントです。よ、良かったら受け取ってくださいっ」

 と、いきなり両手に持った小さな箱を差し出された。
「え、あの」
 戸惑う私に向けられるのは、真っ赤な顔をした祐麒さんの真摯な瞳。吸い寄せられるように私は手を伸ばす。受け取る際に、祐麒さんの手と私の手が触れる。冷たいけれど、温かい手。
 そして私の手に渡る、可愛らしくラッピングされた小箱。
「わ、私に、ですか?」
「はい、藤堂さんに、です」
 力強く頷く祐麒さん。
「あ、違う。藤堂さんにだけ、です」
「え、でも、和葉ちゃんにも」
「和葉ちゃんに渡したのは、お詫びの意味も込めてです。でも、藤堂さんへのクリスマスプレゼントは、本当に、俺が藤堂さんに贈りたかったからで、意味が違うというか」
「い、意味ですか」
「はい、その、えと」
「で、でも祐麒さんは、わ、私と恋人扱いされるの、困るんじゃないですか? パーティの最中も、そう言われていましたし」
「あれは、皆にあんな風に言われて、動転したというか、そんな風に思われたら藤堂さんの方が迷惑だろうって思って」
「わ、私は別に迷惑なんかじゃ」
「え?」
「――え!?」
 自分で口にして、慌てて口を手で抑える。
 今、私は何と言ったのだろうか。
 かーっ、と顔全体が、体全体が、熱くなる。
「ちち、ちが、違うんですっいえ別に嫌だとかじゃなくてそのあのっ」
 何を口走っているのか分からない。
 そんな自分が恥しくて、また血が昇る。
 私は完全にパニックに陥ってしまい、祐麒さんの顔をまともに見ていられなくなって、咄嗟に踵を返して逃げ出そうとした。
「わ、ちょっと待って藤堂さんっ」
 追いかけてくる祐麒さん、でも私は止まらない、止まれない。
 どんな顔を見せていいのか、分からないから。
「……藤堂さん、危ないっ!」
「――え?」
 気がつくと私は、道路に飛び出そうとしているところだった。
 横から車のヘッドライトが強烈に私を照らしてくる。
 頭の中が真っ白になり、撥ねられるのかと、なぜかそんなことだけ冷静に考えた次の瞬間、私の体は強い力で引っ張られた。
 そのすぐ後、私の目の前をかなりのスピードで車が走り去っていった。
「あ、危なかった……大丈夫でしたか、藤堂さん?」
「あ……」
 ようやく私は、車に轢かれそうだったことを理解した。途端に、心臓が激しく動き出す。もし、祐麒さんに引っ張られなかったらと想像すると、とても恐ろしい。
「藤堂さん、大丈夫ですか?」
「あ……はい、大丈夫、です」
 祐麒さんの大きめの声に、ようやく返事をする。
 恐怖というよりも驚きが私を包んでいる。
「び、びっくりしました……今、心臓がすごいドキドキしています」
「はい、本当にそうですね、凄くドキドキしています」
「………………え?」
 そこで私は気がついた。
 飛び出しかけた私は祐麒さんに体を引っ張られ、そのまま後ろから抱きしめられる格好となっていたのだが、その祐麒さんの右手が私の左胸を掴んでいたのだ。
 引き寄せられた弾みでコートのボタンが外れたのか分からないけれど、一つ、ボタンが開いていて、その隙間に入り込んだ祐麒さんの手が、セーター越しに私の胸を持ち上げるようにしていて。
「ゆ、ゆゆっ、祐麒さんっ!?」
「え、あわっ、ご、ごめんっ!!」
「い、いいから、早く放してくださいっ」
「すみません、あれ、なんか手がかじかんでっ!? いやホント、すぐに放しますからっ!」
 慌てて、ようやく手を放した祐麒さんから身を捩るようにして私は腕で胸を隠し。
「ご、ごめんっ! でも本当にわざとじゃ――」
 祐麒さんの言葉を聞きながら。
 私の体は勝手に動いていた。

「祐麒さんの、えっちー!!」

 ぱしーーーーん!

 という乾いた音が、冬の街に溶けるように響いたのであった。

 

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