書評と主にマリア様がみてるの二次創作(旧:よしのXブレード)

マリア様の愛読書

ノーマルCP マリア様がみてる 由乃

【マリみてSS(由乃×祐麒)】きっと、うそじゃない

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~ きっと、うそじゃない ~

 

 高校三年生として学校に通い出す日を、数日後に控えていた。いよいよ受験勉強も本格化する年度を目の前にして、祐麒の気持ちは特に奮い立つこともなく、いつもと変わらぬ様子で自宅の自室内でくつろいでいた。むしろ、短い春休みの残り自体も少なくなり、もっと休みたいような、だけど特別にすることがあるわけでもないから学校にも行きたいような、微妙な心境であった。
 こういうときに彼女でもいれば、一緒に楽しい時間を過ごすことが出来るのかもしれないが、残念ながら今の祐麒に特定の相手はいなかった。
 そこでふと、将来の恋人とは一体どんな女性なのかと想像をしてみる。最初に思い浮かぶのは、やっぱり今、一番気になっている女の子の姿。もっと正確に言うならば、祐麒が恋している少女。
 彼女の姿を脳裏に思い描けば、彼女の声を再生してみれば、彼女の生命の息吹を思い出してみれば、なんと心がざわめくことだろうか。本人がいないというのに、考えるだけで胸はあたたかくなるし、幸せな気持ちが発生してくる。
 幼いころの初恋を除けば、おそらく、祐麒にとってはほとんど初めての想いであろう。男子高で育ってきて、女子との接触は家族くらいという生活の中で得ることのできた、魅力的な少女との出会い。
 しかし、その想いとは裏腹に、何か行動的に活動ができているとは言い難い。先日、二人でデートする機会を得たが、それとて偶然の産物であるし、デート後に次の約束をとりつけるなんてことも出来なかった。そんなことがスマートに出来るくらいなら、一人で悩むこともないだろう。
 祐麒は、自分がこんなにも臆病だということを初めて知った気がした。自分はもっとポジティブで、どこか楽天的な性格だと思っていたのだが、自分が思っている以上に、自分の現実の姿は乖離していた。
 電話をしたり、祐巳に頼んだり、連絡手段はいくつか考えられるのに、何かと理由をつけては先送りにして、結局は動けずに時間だけが流れ去ってゆく。
 このままでは何も起きないと分かっているのに、怖くて動けないのだ。
 ベッドに腰掛け、苛立たしく髪の毛を掻きむしるものの、それで何がどうなるわけでもなく、祐麒は立ち上がり気分転換でもしようとリビングに降りることにした。冷蔵庫の中には確か、今村屋のプリンがあったはずだから、それでも食べながらテレビでも見ようかと。
 階段を降りようとしたところで、階下から声が聞こえてきた。どうやら、廊下に置いてある電話で、祐巳が誰かと話をしているようだ。
「うん、分かった、それじゃあ駅前で」
 ちょうど話が終わったところのようで、受話器を置く。
「何、どっか行くの?」
「あ、うん。由乃さんたちに呼ばれてね、出かけてくる」
 支度をするためにであろう、ぱたぱたと階段を上がっていく祐巳を見送って、リビングに入る。
 冷蔵庫を開け、プリンを取り出して食べて、テレビを特に興味もなく眺めていると、やがて階段の方から再び足音が聞こえ、リビングの方に近づいてくる。姿を現した祐巳はお出かけ用の服に着替えており、準備も万端。「行ってきます」と一言を残して玄関から出て行った。
 祐巳の後姿を見送り、引き続きリビングで特にすることもなくテレビを見ていると、電話の音が鳴り響いた。
「……はい、福沢です」
 両親も不在のため、祐麒が受話器を取って応じると。
『もしもし、私、島津と申しますけれど』
「あれ、由乃さん?」
『ああ、祐麒くん』
 聞こえてきた声に少し驚きつつ、玄関の方に無意識に目を向けるが、とっくの前に家を出て行った祐巳の姿があるわけもない。
「あの、祐巳なら由乃さんに呼ばれて出かけたけれど」
『え、あ、うん、それは知ってる』
 それはそうだろう、何せ由乃から呼ばれたと言っていたくらいだから。しかし、こうして受話器越しに由乃の声を聞くだけでも嬉しくなるというのは、それが恋というものなのか、それとも単に根が単純なのだろうか。
 いずれにせよ、思いがけない機会であるというのに、祐麒ときたら気の利いた会話や受け答えをすることが出来ない。
「ごめん、だから何か伝えたくても、もう無理なんだけど」
『あー、うん、そうじゃないの。そうじゃなくて、そう、祐巳さんに伝えたいことがあって』
「ん? だから、祐巳はもうしばらく前に出てしまって」
『うん、それは想定通り……じゃなくてっ、だから、祐巳さんに伝え忘れたから、ちょっと祐麒くんに代わりにお願いしたいんだけど』
 良く分からないが、何か依頼事があるようで、祐麒にしてみれば断る理由などあろうはずがない。平静な口調をことさらに意識して、いったい何かと聞き返す。
『ええとね、実は以前、祐巳さんに折り畳み傘を貸したことがあるんだけど、今までずっと忘れていて。今日、ついでに持ってきてくれたらなって思って。ほら、ちょうど今日、夕方に天気も崩れそうだって、お天気お姉さんも言っていたじゃない』
「そう……だっけ」
『そうなのよ。それにそう、もともとその傘、令ちゃん、私のお姉様のお気に入りのだから、早いところ返さないとと思ってて』
「そういうことは早く言ってよ。わかった、探すから、どんな傘か言ってくれる?」
 子機を手に、玄関に向かう。折り畳み傘だから傘立てにはないだろうが、玄関にある収納の中に置いている可能性が高いだろうと思ったわけだが、案の定、そこに当然のように収められていた。
「見つけた。ったく、祐巳のやつしようがないな」
『あはは、このところ晴れ続きだったからね、仕方ないわよ』
「えーと、それじゃあこれを届ければいいの?」
『うん、ごめんね。場所は……』
 落ち合う場所を決めて電話を切る。どんな理由にしろ、由乃と会うきっかけが出来るのならば歓迎である。
 部屋に戻って服を着替えて、洗面所に行って髪型を整えて、でもあんまり時間をかけるわけにもいかないし、めかしこみすぎると不自然だし、とりあえず適当なところで切り上げて家を出る。
 外に出ると、明るい太陽の光が出迎えてくれる。
 天気予報を見てこなかったから分からないが、本当にこれで夕方から天気が崩れるのだろうかと思ったものの、正直、天気が悪くなろうがそうでなかろうが関係ない。祐麒は、弾む心を抑えながら駅へと向かうのであった。

 

 駅に到着すると、そこには既に由乃の姿があった。チェックのジャケットにジーンズ、髪型はいつもどおりのお下げをほどいたストレートで、ピンクの帽子を被っている。
「ごめん、待った?」
「ううん、大丈夫」
 由乃の目の前までやってきて、周囲を見回して首を傾げる。
「あれ、祐巳は一緒じゃないの?」
「ああ、うん、ちょっと先に別の場所で買い物していて」
「なんだ、借りたくせに由乃さんに来させるなんて、図々しいな」
「いいのよ別に、それは」
 手を振る由乃に、とりあえず持ってきた傘を手渡す。
「ありがと。あ、傘のことは私から祐巳さんに言っておくから、祐麒くんから祐巳さんには言わなくていいからね。分かった?」
「う、うん」
 やけに強く言われて、素直に頷く。由乃がそう言うのであれば、祐麒としては何ら問題ない。
 さてそうなると、用事が済んでしまったので、もう他に由乃と居る理由がなくなってしまった。それに、由乃も祐巳と約束があるのだから、長居はできないだろう。
 こういう機会をつかって、また次回の約束でもとりつけられれば良いのだろうが、まったく何も考えてこなかった。
「えーと、それじゃあ」
 情けなくも、それで帰ろうとした。
 とりあえず、由乃の私服姿を見ることができたし、やっぱり可愛いし、とりあえずそれだけでも良いか、なんてことを考えていると。
「あと、ちょっと、待って」
 意外なことに、由乃の方から呼び止められた。
「な、何?」
「え? あ~、その、あぅ、えぇ」
 なぜか、呼び止めた由乃の方が挙動不審だった。
 せわしなく小刻みに手を動かして、でもその手はいったいどこに持っていこうとしているのか分からず、髪の毛をいじったり、頬をかいたり、落ち着かない。
 祐麒の方にちらりと目を向けたかと思うと、すぐにそらして怒ったような表情を浮かべ、そうかと思えば困ったような顔になって、大きな瞳がくるくると動く。
 だがやがて、何かを思い定めたのか、目を閉じ、ゆっくりと開いて祐麒を睨みつけるようにして見つめてくる。
「あの、先に言っておくけれど、変な他意はないからね」
「は?」
 何を言っているのか、祐麒にはまったくわからない。
 そんな祐麒にお構いなく、由乃はショルダーバッグに手を突っ込むと、中から何かを取り出して、無造作に突き出してきた。
「はい、これあげる」
「え?」
 由乃が手にしているのは、何やらラッピングされた小箱。由乃を見てみれば、何が不満なのか口を尖らせている。
「でも、いきなりあげるって言われても、なんで」
「なんでって、それは、だから……」
 もごもごと、何かを口ごもるように言うが、よく聞こえない。
 もう一度、由乃の手を見て、また顔を見る。わずかにだが、頬が紅潮している。
「別に、わざわざ用意したわけじゃないからね。電話した後、そういえばと思って、さっき慌てて買っただけだから、大したものじゃないし」
「へ?」
 いまだよくわからず、間抜けな声を出すと。
 由乃の目が吊り上がる。そして。
「馬鹿っ!」
「痛っ!?」
 一声投げつけると同時に、その手にした箱まで投げつけてきた。思いっきり顔面で受け止めてしまい、悲鳴をあげるが、それでも落ちてきた箱をどうにか手でキャッチする。ヒリヒリする鼻をおさえながら、箱に目を落としたところで、遅まきながらようやくピンときた。
「あ、ひょっとしてこれって、俺の誕生日の?」
「だから、たまたまだからね。それにまあ、色々とお世話にもなっているし」
 腕を組み、横を向きながらなぜか偉そうな口調の由乃。
 だけど今の祐麒にはそんなことは関係ない。なんであろうとも、由乃から誕生日プレゼントをもらえたことに違いはないのだから。
「あ、ありがとう由乃さん。すごい嬉しいよ!」
 素直に感謝を示すと。
「まあ……うん、そうね」
 よく分からないことを呟きながらも、少し照れたように頷いた。
「それじゃあ私は、祐巳さんたちのところに戻るから。ばいばいっ」
「あっ」
 止める間もなく、由乃はくるりと身をひるがえして駈け出して行ってしまった。人ごみに紛れていく後姿と、手に残された箱を交互に見て、改めて心が温かくなるのを感じるのであった。

 その日を前日に迎えて、由乃は気がついた。気がつかなければそのまま過ぎ去ったものを、気づいてしまったからには素通りすることなんてできなかった。春休み期間だし、学校だって違うし、そんなしょっちゅう顔をあわせているわけでもないけれど、それでも、分かっていて無視するのはどうかと思った。
 だが、だからといってどうすればよいのか。付き合っているわけでもない男子に誕生日プレゼントを渡すなど、まともに考えれば恥ずかしくて出来ない。しかも春休みとなると、学校のイベントとかで出会って渡す、なんてことも無理である。
 色々と考えた末に思いついたのが、祐巳を介在させることにより渡す方法。
 まずは電話をして祐巳を呼ぶ。待ち合わせ場所と待ち合わせ時間を決めれば、福沢家を出る時間は大体、予測できる。少し余裕を見てから再度電話をかけるが、ここが最大の運任せのところで、祐麒が出るか、他の家族が出るか分からないから。しかし、父親は仕事だろうから、母親が出るか、祐麒が出るか、あるは誰も出ないか。これに外れたら諦めようと思っていたが、運よく祐麒が電話に出てくれた。
 祐巳に電話をした後、蔦子に連絡をいれて由乃が待ち合わせに遅れることは伝えておいた。由乃は急いで家を出て、祐麒との待ち合わせに指定した駅へと向かう。途中、よく考えれば、そもそもプレゼントを用意していなかったことに気がつき、駅ビルで慌てて物を見つくろった。
 そして、いざ、祐麒を目の前にすると、プレゼントを渡すにはかなりの勇気が必要だということを改めて知る。付き合っているわけでもないし、こんなことをしたら由乃が祐麒のことを好きだと思われてしまわないだろうか。いや、嫌いってことはないけれど、イコール即ち、すぐに好きだとつながるわけではないわけで。
 それに、プレゼントだって、きちんと選ぶ余裕もなかったわけで、いざ渡そうとなると本当に良かったのだろうかと悩みだす。
 色々と悩みは頭の中で錯綜するものの、ここまできて何もせずに逃亡するわけにもいかない。由乃は、心を決め、バッグの中からプレゼントの小箱を取り出して、祐麒に向けて差し出した。
「はい、これあげる」
 にもかかわらず、目の前の祐麒ときたら、何を出されたのか理解できていないようで、化かされた子狸のような表情をして、由乃の手と、顔を交互に見ている。
「でも、いきなりあげるって言われても、なんで」
「なんでって、それは、だから……」
 あなたの誕生日だからでしょう、と、文句を言うように小声で愚痴る。そもそも、なんだ、自分の誕生日にラッピングされたものを手渡されて、分からないのか。しかも、好きな女の子からのプレゼントではないのか。いや待て、正式に告白されたわけじゃないし、そのことは忘れることにしたのだった。しかし、ここまで天然的に鈍いと、怒ればいいやら呆れればいいやら。とりあえず由乃は、怒ることにした。
 気がつけば、プレゼントを投げつけていた。「あっ」と思った時には既に遅く、こんなときばかり見事なコントロールで、小箱は祐麒の鼻面を叩いていた。
 そこまできて、ようやく祐麒は小箱の正体が分かったようだ。理解すると、それまでの困惑の表情が一転して、見るからに喜びの顔になる。
 そして。
「ありがとう由乃さん。すごい嬉しいよ!」
 祐巳さん譲りの、曇りのない笑顔を向けられて、真っ正直な感謝の言葉をぶつけられて、由乃もちょっと嬉しくなる。頬が緩みそうになるを、慌てて瞬間的に引き締める。
「それじゃあ私は、祐巳さんたちのところに戻るから。ばいばいっ」
 いつまでも居るわけにもいかないので、ボロを出さないうちにさっさとこの場を離れることにした。
 すぱっと手を挙げて、ほとんど目もあわさずに駈け出す。
「……って、これじゃ私が逃げているみたいじゃないっ、でも、もう今更止まるわけにもいかないし~っ!」
 一人、空回りしている気がしなくもないが、とにかく由乃は突っ走るのみなのであった。

 

 そして、待ち合わせに遅れること二十分。
「あ、やっときた。遅い、由乃さんっ」
「ご、ごめん、はぁ、はぁっ」
 一生懸命に走ってきたものの、大幅なる遅刻に、由乃は頭を下げるしかなかった。十分に間に合うと踏んだのだが、電車が途中で遅れるなんてことまでは予測できない。
「大丈夫、由乃さん?」
 優しい声をかけてくれるのは、志摩子。他に、蔦子、真美、そして祐巳と、メンバーは全員そろっている。
「言い出しっぺが遅れるなんて……まあ、そんな汗かくくらい全力で走ってきたことですし、許してあげましょうか」
「でも、由乃さんも気がきくわよね。祐巳さんの誕生日をみんなでお祝いしようなんて」
「ちょっと早めだけれどね」
 そう、祐巳との電話のあとで、由乃が全員に連絡をして揃えたのだ。まさか全員の都合が良いとは思わなかったが。
 これからネットで見つけた素敵なカフェに行き、わずかにフライングではあるものの祐巳の誕生日を祝うということでケーキを食べに行くのだ。だが、その前にまだやらなければいけないことがある。
「うう、疲れたよー、祐巳さぁん」
 へなへなと、祐巳に体重をかけてしがみつく。実際に全力で走ってきて疲れていたので、演技をする必要はない。
「わ、由乃さんしっかりして……って、あははやだ、くすぐったいよ」
 抱きつきながら、ちょっとくすぐってみたりして。そして、祐巳の意識が外れた隙に、素早く祐巳のトートバッグに傘を忍び込ませる。ちょっと奥の方に。
「ごめんごめん、あはは、もう大丈夫、うん。でも遅れちゃって本当にごめん」
「もういいよ、それくらい。それより今日は本当にありがとう、まさか、こんなことしてもらえるなんて、思っていなかったよー」
「本当は誕生日当日が良かったんだけれど、ちょっと都合が悪くて、早めだけど許してね?」
「お祝いしてもらうのに、文句なんか言わないよ」
 嬉しそうに笑う祐巳。
 これで、あとはどこかのタイミングを見計らって傘の話を切り出すだけ。祐巳は傘を持ってきた記憶なんてないだろうが、バッグにいれっぱなしだったんじゃないか、と言えばきっと不思議に思いながらも納得するはず。何せ、実際に傘が入っているわけだから。
 これでミッションは完了、由乃は上機嫌で美味しいケーキを食したのであった。

 期待と興奮に胸を躍らせながら箱を開けると、中に入っていたのはシルバーアクセサリーだった。デザインはなぜか十手。不思議に思ったが、確か由乃は時代劇が好きなのだと思い至り、納得する。
 祐麒も気に入り、さっそく、携帯電話のストラップとしてつけることにした。これで、携帯電話を見るたびに思い出すことができる。
 嬉しいのが顔にも出ていたのか、夕食時、祐巳に顔がだらしないと馬鹿にされたが、今日の祐麒に何を言おうとも無駄である。
 夕食のあと、家族からもプレゼントをもらい、ケーキも食べて、満足気分で自室に戻る。最終学年である三年生となった年度の初日、今まで生きてきた中でも最高の日ではないだろうかと思えたし、今年度は良いことが起きそうな気がした。
「――いや。それじゃ、駄目なんだよな」
 落ち着き、一人思う。
 起きそうな気がするだけでは駄目。待っているだけでよいことなんて、そうそうに起きるわけがない。良い年にするためにも、行動を起こさなくてはならない。そう、今年が最終年度なのだから。
 つばを飲み込み、祐麒は決意した。そして決意が鈍らないうちにと、電話の子機を取ってきて構える。
 生徒会の連絡の都合で電話番号は知っている。
 しばし、頭の中で言葉を整理してから電話をかける。
 つながるまでが、物凄く長く感じるが、やがて。
『――はい、島津ですが』
「あ、あのっ。俺、いえ、私、福沢と申します。あ、花寺学院生徒会の」
 少し落ち着いた母親の声が聞こえてきて、準備していた言葉が全て意味ないくらいに情けない挨拶になってしまった。それでもどうにか落ち着きを取り戻し、由乃に代わってもらうようお願いする。
 保留音に鼓動を高鳴らせながら待つこと十数秒。
『もしもし、お電話変わりました』
 由乃の声が耳に響く。
「あ、由乃さん。俺、祐麒です」
『うん、お母さんから聞いたよ。どうしたの、電話なんかしてきて』
「いや、やっぱりちゃんとお礼が言いたくて。プレゼントありがとう、凄い嬉しい。気にいって、さっそく携帯のストラップとしてつけたから」
『そ、そう。うん、それなら私も買った甲斐があるわ。本当、たまたま祐麒くんの誕生日が今日だったからね、うん』
 ゆっくりと、気づかれないように深呼吸をする。
 ここからが、重要だから。
「そ、それで由乃さんっ」
『は、はいっ?』
 勢い込んだ祐麒に、押されるように返事をする由乃。
「そ、その……プレゼントのお返しをしたいんだけど、今度、会えないでしょうか?」
『え? あの、それって、二人きりで、ってこと?』
「う、うん。どう、かな」
『ええと……』
 言ったきり、しばし沈黙が続く。
 祐麒は何も言わずに、ただ待った。受話器の向こう側から、由乃の息使いがわずかにだけれど聞こえてくる。
 審判がくだされるときを、拳を握り締めながら待ち続ける。
 やがて。
『……ま、まあ、どうしてもっていうなら、いいけど?』
「本当っ!?」
『ええ、なんか祐麒くん必死っぽいし。そこまでいうなら、ってことで』
「うん、ありがとう。ええと、詳しいことはまた連絡するから……」
 その後は、どんなことを話したかあまりよく覚えていなかった。とにかく、浮かれていたから。
 とにもかくにも、由乃とデートの約束をしたのだ。この一年を悔いないものにするためにも、行動をしていこう。
「よーし、今年はやるぜっ!!」
 気勢を発すると。
「祐麒、うるさいっ。もー、夜なんだから」
 隣の部屋から祐巳の文句が聞こえてきたが、そんなことも気にならない。
 携帯電話からぶら下がる十手を見て、祐麒は気合を入れる。

 電話の子機を戻すとき、母親に声をかけられた。
「祐麒さんとはうまくいっているの?」
 いきなり、真正面から切り込まれて、防御する余裕も時間もなく、赤面する。母はわざとらしく頬に手を当て、ため息なんかをついてみせる。
「前にこっそり遊びに来て以来、呼ぼうとしないし、電話もしないし」
「もー、だからそんなんじゃないってのにー」
 ぷくっと、頬を膨らませてみせる。絶対に、母は楽しんでいるだけだ。実の娘で楽しむなんて、趣味が悪いとしか思えない。
「お休みの日とかもデートする様子もないし、これは駄目になっちゃったのかって、心配でねぇ」
「駄目になんかなってないもん、今度デートする約束だってしたし」
「あら」
 しまった、と思った時にはもう遅い。この口はどうして余計なことをさらっと口走ってしまうのか。
「ゆ、祐麒くんがどうしても、っていうから、だからだからね」
「はいはい、わかってますよ」
 笑いながらリビングの方に戻っていく母。その姿が見えなくなるのを確認してから、自分の部屋に戻ろうとして。
 足もとをみる。
 ひんやりとした廊下の床を踏み締めている、白くて小さな足。上げて、おろす。単純なことだけれど、きっとこれが。
「はじめの、いっぽ――と」
 新年度、新しい学年、新しい生活、そして新しい気持ち。
 何かが生まれる気配、何かが変わる予感、何かが始まる確信。

 それらすべてを抱いて、由乃は一人、手で胸をおさえるのであった。

 

おしまい

 

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