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ギャグ・その他 マリア様がみてる

【マリみてSS(女性陣×祐麒)】3F! 0.これが我が福沢家!

更新日:

~ 3F! ~

The fashion of Fukuzawa family!

<福沢家の流儀!>

『0.これが我が福沢家!』

 

 福沢家の朝は早い。
 まず真っ先に活動的になるのは、キッチン。何しろ家族十一人分の朝食を用意し、学校に行く者には弁当を作らなくてはならない、それだけでかなりの労働になる。だけど、そんな朝からの労働を嬉々とこなしている、躍るような影。見れば、どこぞのアイドル事務所か雑誌モデルかと見紛うほどの美少年、しかしわずかに視線を下に転じれば、膨らんだ胸元が大きく女性だということを自己主張している。
 鼻歌を響かせて、手際よく朝の支度を進めていく。今日の朝食はトーストとスクランブルエッグにサラダという特に変わりのないもの。だけど、スクランブルエッグには牛乳、塩、砂糖、マヨネーズ、チーズを加えて風味を出す。サラダには、自家製のオリジナルドレッシング。
 飲み物は、各人にあわせたものを用意。コーヒー、紅茶、牛乳、お茶の四種類。ジュース類は却下。
 弁当のおかずは、基本的に昨夜のうちに下準備をしているので、あとは仕上げをするのがメインになる。ごはんとおかずを沢山の弁当箱に入れて、もちろん見栄えだってよくなるように気をつける。各人の好き嫌いも考慮してのものだけど、本当は好き嫌いなく食べてもらいたい。
 ずらりと並んだ弁当箱の中、一つだけ明らかにサイズの異なるものがある。家族の中で唯一の男子の分は、育ち盛りでも十分に満足できるだけの量を詰めてあげる。
 一家の台所を一手に引き受けている飯炊き女……もとい、食事に関しては完全にお母さん的存在の令は、キッチンにも、続きになっているダイニングにも人がいないのを確認して、素早く動く。
 ひと際大きい弁当箱に、他の弁当には入れていないおかず、特製つくねと冷凍エビシュウマイのチリソース和えをこっそり追加してほくそ笑む。
「成長期だし、祐麒くんは特別、ね」
 両方とも、祐麒が好きだと言ってくれたおかずである。喜んで食べてくれる姿を想像して、にやにやしてしまう。
「祐麒くんはいつも美味しそうに、たくさん食べてくれるから作る甲斐もあるのよね」
 えへへと、だらしない笑みを浮かべるが、誰も見ていないから良いだろう。そう、料理に関していえば完全に令の独壇場、祐麒の好きな料理をいくらでも食べさせてあげることができるのだ。
 でも、このあと何年かして、祐麒くんが家を出て行ったり、結婚したりしたら自分のその役割も終わるのか……なんてまだまだ先のことを考えて落ち込みかけたとき、妙案が思い浮かぶ。
「そうだ、わ、わた、私が、祐麒くんのお嫁さんになれば……」
 両手で頬をおさえて、自らの将来設計に照れて身をくねらせていると。
「朝からアホな妄想はやめなさい、この腐女子が」
「きゃんっ!?」
 後ろから頭をはたかれた。
 振り返ってみると。
「え、江利子姉さん」
「何が、『わ、わたしがぁ、祐麒くんのお嫁さんになればぁ、どんなえっちなことも、好きなだけしてあげるのにぃ』よ」
「そ、そんなこと言ってないよー!」
 令の真似をしたのかどうか、体の前で手を組んで身をくねくねとよじり、変な台詞を発してきたのは江利子。しかも、寝起きなのかロングTシャツだけという格好、スタイルの良い肢体が震えるようにして動くものだから、令なんかより遥かにエロいことこの上ない。
「そ、それと、最初に何か言った、江利子姉さん?」
 さっさと冷蔵庫を開け、オレンジジュースをコップにうつしている江利子に声をかけると、鮮やかなオレンジ色を一口、流し込んだあと、江利子が答える。
「ん、腐女子?」
「ふふふふ腐女子って、なんでっ」
「なんでって、BL本とか同人誌持っているじゃない。去年はあれでしょ、推薦入学が決まったから、嬉々として冬のイベントに参加してきたんでしょう」
「ななななななんでそんなことをっ。し、静姉さんしか知らないはずなのにっ!」
 目をぐるぐるまわして、狼狽の極致。そう、令はもともと少女漫画、少女小説類が好きだったのだが、いつの頃からかBLにも手を出し、すっかりはまってしまっているのだ。
 しかし当然、家族にそんなことをカミングアウトする気にはならず、相部屋である静にだけ、知らせているはずだった。まさか、静が皆にバラしたのだろうかと思っていると、それを察したのか。
「別に、静から聞いたわけじゃないわよ。とゆうか、皆、気づいているから。気づいていないのは祐巳と祐ちゃんくらいじゃない?」
 髪の毛を無造作にかきあげながら、非情な一言を江利子が叩きつける。
 令は大ショックを受けて、頭を抱えて床に膝をついた。
「……そんな気にしなくていいんじゃない? 結構みんな、令の本を楽しんで読んでいるし。あ、『夜ごとの純愛』の最新刊、まだ? あの主人公の子、祐ちゃんに似ているわよねー、うふふふふ」
「や、やめてえ江利子姉さんっ」
 数ある姉妹たちの中でも、なぜか江利子は必要以上に令に構ってくるというか、いじめてくる。愛情の裏返しだということは分かっているが、いじられる令としては、たまったものではないのも確かなことで。
 江利子は満足したように、キッチンを出て行こうとして、何か思い出したように足を止める。
「――あ、それから。祐ちゃんのお嫁さんとか言っていたけれど、変なことは考えないように。だって」
 と、そこで江利子は"ぽっ"と、頬を朱に染めて瞳を潤ませる。
「祐ちゃんは私の、初めての男の人――なんだから」
 そう言って、今度こそキッチンを後にする。
 残された令は。
「え……え、え、え、どどどっ、江利子姉さん、は、初めてって、ええっ!?」
 顔を真っ赤にして右往左往する令。
 廊下を歩く江利子は、涼しい顔をして舌を出す。
「間違っていないわよ。だって祐ちゃんは間違いなく、私が初めて意識した年頃の男の子なんだから」
 何せ、ずっと女子高育ち、近くにいた男なんて父か祐麒くらいだから。まあ、それを言ったら姉妹の皆がそうだろうけれど。
「さて……祐ちゃんをからかってこようかしら」
 弾むような足取りで、江利子は祐麒の部屋に向かうのであった。

 

 朝、洗面所は戦争である。
「瞳子ちゃん、いつまで独占しているのよう。はやく、代わってー」
「ちょっと待ってください笙子お姉様、私の髪の毛は繊細なんです」
 と、鏡に向かいながら自慢の縦ロールをじっくりセットしている瞳子。そしてその横で、ふわふわの髪の毛の寝癖をどうにかしようとしている笙子。
「ううぅ、なんで私はこんな癖っ毛なんだろう。乃梨ちゃんはそんなことないのにな」
 と、二人で並んで鏡に向かい合っていると、さらにもう一人が飛び込んできた。
「うわーっ、笙子ちゃん、瞳子ちゃん、まだ使っていたのーっ」
「あ、祐巳お姉ちゃん。残念だけど定員オーバーだよ」
「ええ、そんなあっ」
 二人の後ろでぴょんぴょんと飛び跳ねる祐巳。こちらも癖っ毛で、髪の毛が色々とはねている。
「祐巳お姉様はどうせ、癖っ毛をツインテールに結わうだけじゃないですか」
「そ、そうだけどさあ」
 どうにか隙間から鏡を見ようと、体の位置を色々とずらして小刻みに動く祐巳。そんな祐巳の姿を鏡越しに見て、瞳子の表情が少し不機嫌そうに変わる。
「……祐巳お姉様、そう後ろで動かれると気になるのですが」
「あは、ごめんごめん。気にしないでいいから」
「だから、気になると言っているんです!」
 怒ったように振り向くと、瞳子の縦ロールが笙子の顔面をとらえた。
「うわあっ、ちょっと瞳子ちゃんっ」
「あ、ご、ごめんなさい笙子お姉様、って、崩さないでくださいっ」
「いいじゃんもう、こんな面倒くさい縦ロール……いくら、お兄ちゃんに似合っているって褒められたからってさ」
 と、口をとがらせながら笙子が言うと、途端に瞳子の頬が赤くなる。
「そ、そんなんじゃありませんっ。そ、それを言うなら、笙子お姉様だって、その髪の毛をお兄様に」
「うん、そうだよ。私はお兄ちゃんに褒められた髪の毛を、お兄ちゃん好みにキープするんだもーん」
「くっ……」
 悔しそうに歯噛みする瞳子。
「あははー、二人とも祐麒のことが好きなんだねえ」
 空気を読まずに、祐巳が笑いながら言うと。
「うんっ」
「そ、そんなんじゃないですっ」
 対照的な返事をする笙子と瞳子。
「ああもう、いいや、これで」
 結局、祐巳はいつも通りに頭の横で二つに髪を結わいて体裁を整え、いまだにきゃあきゃあと高い声を出して支度を続けている二人を背にして、洗面所を出る。このまま二人が終わるのを待っていたら、いつになるかわからない。
 ぽてぽてと廊下を歩いていると、一階の一番良い部屋の扉が重々しく開いた。
「うぅ……朝、か」
「あ、おはよう、景お姉ちゃん」
 部屋から顔をのぞかせたのは、長女である景だった。夜を徹していたのか、髪の毛はしんなりとして、眼鏡の下の目は少し充血、肌もちょっと荒れているかもしれない。
「また、徹夜したの? 体によくないよ」
「うん、だけど締切が近いから」
 疲れた体を引きずるようにして、廊下に出てくる。
「えっと、『ローズ・ウィザップ』の新作だっけ?」
「そう……今回はね」
「あああ、ちょっと待って、完成するまでは言わないで」
 耳をふさぐ。祐巳も実は景の作品の愛読者だったりする。
 そう、実は景は売れっ子作家だった。
 しかし、その道は決して自らが望んだものではなかった。
 大家族の長女として皆を背負い、親の資産があるから大学まで進学できたが、色々と困難があって一年留年。上場企業に就職が決まり、これで安心と思ったらその企業の不正が明らかになり、大不況とも相まって内定取り消し、新たな就職先も見つからず就職浪人しかないという状況に陥り、絶望した。妹たちを支えなければいけない長女の立場で、就職浪人なんて金食い虫になるなんて。
 絶望を怒りにして景は小説を書いた。景は意識して書いたわけではないが、それはいわゆるライトノベルで、大家族を舞台にしたスラップスティックコメディだった。そしたらなんとそれが、ある出版社の大賞を受賞。人気を博してすぐにシリーズ化、トントン拍子にアニメ化、コミック化、ゲーム化。
 さらに他のシリーズも手掛けるようになり、一気に売れっ子作家になった。ついでに令にそそのかされたBL、GLノベルもヒット。ゲームの原作も手掛けるようになった(中には18禁ゲームもあり)
 今や景の収入が福沢家を支えている、間違いなく家の大黒柱であった。
「あんまり無理しないでね、作品が売れるより、景お姉ちゃんの体の方が大事だから」
「ううっ、ありがと祐巳ちゃん。優しい言葉が身に染みるわ……それに比べて江利子や静ときたら、祐巳ちゃんや祐くんの優しさの一万分の一でも分けてあげたい。あの二人、早く次の作品読ませろだとか、自分たちの趣味丸出しのリクエスト押し付けてきて」
「え、そんなの出しているの?」
「ああ、それは表のルートで売っている作品じゃなくて裏ルートで回っている同人の……って、ななななんでもないからっ!!」
 よくわからないことを口にした後、景は慌てたように洗面所に向かっていった。
「あ、まだ笙子ちゃんと瞳子が中に」
 と、祐巳が言うより早く。
「あーっ、景お姉ちゃん、割り込みずるいっ!!」
「そうですわ、景お姉様、順番が……」
「顔くらい洗わせてよ、こっちは一晩中、ディスプレイと睨めっこなんだからぁっ」
 やっぱり騒がしい洗面所なのであった。

 

「あら、おはよう乃梨子」
「おはよう、静姉さん」
 廊下で顔を合わせた静と乃梨子。家の中は限られた狭い空間であり、珍しいことなど何もないのだが、乃梨子にとって姉妹の中でなんとなく静のことが一番、苦手であった。別に嫌いというわけでは全くないのだが、不思議である。
 なんとなく真正面から顔をあわせているのが気まずいというか気恥ずかしくて、ちょいと横を向いたところで欠伸が出た。
「あら、寝不足? また、ネットしていたの」
「ちょっと、HPのデザインを変えようとしていたら、つい、凝っちゃって」
 乃梨子はネットで自分の作ったHPを公開していた。仏像と株と日記で、一日当たりの訪問客もかなりの数になる人気サイトである。アフィリエイトで得ている収入は、乃梨子のお小遣いの一部でもある。
「まあ、乃梨子の株が生活費にあたっているから、あまり文句もいえないけれど、ほどほどにしなさいよ」
「はーい」
「寝不足なんて、せっかくのこの綺麗ですべすべのお肌に悪いわよ?」
 妖艶な笑みを浮かべて静が顔を寄せてきて、乃梨子の頬に静自身の頬を触れ合わせる。
「ひ、ひゃ、あ」
「んふふー、すべすべ、ぷにぷに、気持いいわぁ」
 さらに押し付けて、乃梨子のほっぺ感を堪能する静。すりすりと動かしているうちに、静の唇が乃梨子の唇の際どい位置をかすめたりして、乃梨子の体が硬直する。
 が、次第に顔に熱が昇って来て、やがて爆発する。
「し、し、し、静姉さんっ!」
 手を振り上げたその直前、静は素早く乃梨子から身を離し、被害を避ける。それだけではない、頭に血が上っている乃梨子の背後に素早くまわりこむと、手を前にまわして乃梨子の胸をつかんだ。しかも、わざわざブラウスの中に手を入れ込んで。
「ひゃうっ!?」
 静のひんやりとした手の感触に、悲鳴ともつかない声が飛び出る。静は下着越しに、遠慮なく乃梨子の胸を撫で、その質感を楽しむ。
「やぁ……や、し、静姉さんっ!」
 耳から目のまわり、首筋まで真っ赤にして見悶えながら、ほうほうの体で静の手から逃れる乃梨子だったが、ブラウスの前は肌蹴て乱れてしまっていた。
「あら、色っぽい、いいわね」
「よ、よくないっ! とゆうか静姉さん、いつもセクハラはやめてって言っているでしょう、それも、何で私にだけっ!?」
「だって、姉としては妹の成長が心配なのよ。何せ、双子の笙子と成長速度の違いがねぇ」
 大仰に息なんて吐いてみせる静。
 しかし、次の瞬間にはまた、独特の妖艶な笑みを見せる。
「……でも、安心したわ、ちゃんと成長しているじゃない。A70からB70にかわっているわね」
「な、なんで、分かるのっ!?」
「うふふ、ひょっとして夜な夜な祐麒さんに胸を揉んでもらって大きくなったのかしら?」
「なななな、なんで兄さんに揉まれなきゃならないのよっ!」
 もはや体全身が茹だっているのではないかとさえ思える乃梨子は、いつものクールさをどこかに捨てて、静の手の平の上で好きなように踊らされている。
「あら、だって昔から、好きな人に揉まれると大きくなるっていうじゃない。乃梨子だって気になるから、ネットで真偽を確かめたりしたんでしょう?」
「ひっ……!!」
 検索したのは確かだが、なぜそれを静が知っているのか、変態的にブラコンの次女よりも最強とうたわれた乃梨子なのに、どうしても静にだけは敵わないのだ。
「……ちなみに。私も昔はAカップで悩んでいたのだけれど、大きくなったのは祐麒さんに揉んでもらったおかげなのよ?」
「な、な、なっ……!!」
 口を開けて声も出ない乃梨子をしり目に、静は満足そうにリビングに向かっていく。
 ああ、乃梨子をからかうのはなんて面白いのだろうと。静は乃梨子の内面をかなりの正確さで把握していた。乃梨子が静を苦手としているのは、おそらく同族嫌悪だろう。好みや嗜好が似ているし、奥底の人間的な部分がどこか重なるのだ。それを余裕を持って受け止められているのは、静の方が数年、人生経験が豊富なせいなのか。
 いずれにせよ、静は乃梨子を気に入っていた。
 ちなみに、祐麒に胸を揉まれたというのは本当である。もっとも、幼稚園児であった祐麒が、当時小学生だった静にじゃれてきたというだけのことだが。
「嘘は、ついていないわよ?」
 江利子と二人、家の中に色気を振りまく静。
 誰に言うでもなく、綺麗な歌を口ずさみながら、静は上機嫌に歩いて行くのであった。

 

 真っ白のブラウスに袖を通し、タイトスカートに脚を通す。ジャケットを着るのはまだ早いので、ハンガーにかけたまま。髪の毛もばっちりOK、忘れちゃいけないのがネックレス。はっきりいって安物、というか、昔にお祭りの夜店で売っていた五百円くらいのおもちゃなわけだけど、こうして首にかけてブラウスに隠れてしまえば、遠目には判別できないくらいの出来にはなっている。
 鏡に光るネックレスを見て、蓉子は微笑む。
「うふふ~、何せ祐麒ちゃんが私にプレゼントしてくれたんだものねっ」
 あれは、蓉子が高校を卒業する年だった。当時はまだ小学生だった祐麒が、今年で卒業するからお祝いと言って、お祭りの時に少ないお小遣いで買ってくれたものだ。遊び盛り、五百円もあれば金魚すくいに輪投げ、射的、綿あめ、りんご飴、そんなものが幾つか出来たり、買えたりしたはずなのに。
 だから、蓉子にとっては何にも代えがたい宝物で、いつしか、このネックレスはプロポーズのプレゼントとしてくれたものではないか、なんてお馬鹿妄想が炸裂するくらいになっていた。
 そう、中学、高校在学中は常に首席、クラス委員、生徒会長を務め、リリアンに歴史を残してミス・パーフェクトの異名を誇り、大学在学中も数々の資格を取り、末は女性総理かとまで言われた才媛。
 しかし、周囲の数々の期待を裏切り、蓉子が選んだのは教職の道。しかもその理由が、『祐麒ちゃんと一緒の学校生活を送れるから!』というもの。
 年の差もあり、蓉子が在学中は当たり前だが一緒に学校なんか通えなかった。しかし教師となれば、祐麒と学園生活を送れるではないか! ということで選択し、しかも今まで築いてきた優等生としての栄誉とコネを駆使して、祐麒の学園に赴任するという執念。
 そう、蓉子こそ他の姉妹全員が認める、変態妄執的ブラコンなのであった。今までよく、決定的な過ちにまで至っていないものだと皆は口をそろえて言うが、普段は優秀な蓉子も、祐麒のこととなると基本的に馬鹿になるので、どうも大丈夫そうだというのが皆の結論だった。あと、他の姉妹の邪魔が必ず入るというのもあるが。
 そういうわけで、家にいて、祐麒もいるとなると蓉子はダメ人間になる。今朝もまた、祐麒を起こしに行こうと、気合をいれて祐麒の部屋に足音を立てずこっそりと忍び込んだ(←この辺でもうすでに駄目である)
 まだカーテンも閉じられていて薄暗い室内。ベッドからは祐麒の寝息が聞こえてくる。
 入口の扉を閉じて、息をひそめて近づいて行く。暗いけれど、祐麒の顔の輪郭は見てとれる。
「ふふ、可愛い寝顔……はっ!? というか、チャンス?」
 いつもなら既にこの辺で笙子や瞳子、江利子や令あたりの邪魔が入るのだが、今日は何も起きない。廊下の方からも、誰がやってくる気配も感じられない。
 この機を逃してはならないと、蓉子は急ぎ、顔を祐麒に近づける。ずっと夢見ていた、『おはようのちゅう』が出来るかも知れない、いや、なんなら『おはようの×××』とか、『おめざめの△△△』や、はては『初めての○□▽♪』なんてことに至ってしまうかも! と、もはや何人たりとも寄せ付けない変態的お馬鹿妄想炸裂中の蓉子。
 しかし。
「○□▽♪って……?」
 布団の中から、声がした。
「やだ、○□▽♪っていったら、それはその……」
 と、両頬を手のひらでおさえ、いやいやをするように体をふるが。
「……布団の、中?」
 ぴたりと、動きが止まる。
 祐麒の顔は、外に出ている。と、いうことは。
 素早くカーテンを開け、布団をめくりあげるとそこには。
「――菜々っ!?」
「ふにゃぁ……」
 ちっちゃな体の菜々が、さらに体をちっちゃく丸めるようにして、祐麒にしがみついて寝ていた。
 寝巻きとしてスリップを着ているようだが、誰かのお下がりなのか明らかにサイズがあってなくて、肩紐はずり落ちて華奢な肩があらわになっているし、寝相が悪かったのか裾の方は行儀悪くめくれあがってショーツが丸見え状態。
 そして、そんな菜々の胸のあたりに(偶然)祐麒の手が触れていた。

「みぎぃ―――――――――――――――――――――――っっっ!!!!!」

 寄生する宇宙生命体っぽい蓉子の悲鳴が、家の中に響き渡った。
「ん……何、なんかうるさいな……ん、蓉子姉さん?」
「んにゃぁ……うるしゃいでしゅぅ」
 祐麒と菜々が、ほぼ同時にベッドの上でもぞもぞと動き出した。
「どうしたのじゃないわよ、どどど、どういうことなのこの状態はっ!? 菜々、あなた何て言うことを」
 混乱する蓉子を見て、ついでしがみついてまだ寝ぼけ眼の菜々の姿を見て、祐麒は寝癖のついた髪の毛をかく。
「ああ、菜々が潜り込んでいること? 昨日、なんか怖い本を読んで、眠れないからって」
 言いながら、菜々の頭を撫でる祐麒。それを見て、蓉子はまたも身をよじる。
「そそそ、その格好、とかっ!」
「ああ、菜々はもう、寝相が悪いなぁ。風邪ひいちゃうぞ」
「うにゅ。これ、大っきいから……令ちゃんのおさがり」
 菜々が身を起こすと、ずるり、と完全に肩からスリップが落ちて胸があらわになるのを、慌てて蓉子が直して祐麒の目にさらされるのを防ぐ。
「なんでわざわざ令のおさがりなんか着ているのよ、明らかに一番大きいサイズじゃないのっ! それに、菜々あなた幽霊とか怪談とかの話聞いて前、笑っていたじゃない」
「うぅ、お兄、蓉姉がなんか怖い」
「よしよし、ほら蓉子姉さん、菜々はまだ子供なんだから、そんな怒らなくても」
「子供って、菜々だってもう今日から中学生なのよっ。やっぱり、もう部屋は別々にするべきだったわ」
「そう言ったって、もう空いている部屋ないから。俺なら大丈夫だからさ、蓉子姉さん」
「私もお兄と一緒で大丈夫」
「私がっ、大丈夫じゃ、ないのっ」
 三人で騒いでいると。
「あら、なんだ、菜々に先を越されちゃった? せっかく来たのに」
 扉を開けて現れたのは江利子。
「江利子、あなたそんな格好で何しに来たのよっ」
「何って、えーと、大学のレポートで『青春期男子の朝の生理現象と三女との生物原理学的見地からの性的見解』を出さないといけないから」
「何それいかがわしいタイトル、明らかな嘘を言わないのっ、て、菜々は二度寝しない、ああっ、スリットが脱げちゃうでしょ!?」
「うーん、末恐ろしい末っ子ね。これ、無意識かしら?」
「江利子もお腹掻かないの! パンツが見えてるでしょ! あーっ、祐麒ちゃんは江利子の方見ちゃダメーっ!!」
「もう、蓉子姉さんったら新学期の朝からうるさいんだから」
「だ、だ、だ、誰のせいだと思っているのよーーーーーーーっ!!!?」

 

 と、いつもと変わらない大騒ぎを経て、リビングには10人の姉妹+1が揃っていた。
「うわ、全員が同時にそろうなんて珍しいね」と、声をあげたのは笙子。
「今日から新学期だもの、今日くらいはみんなで揃って食べましょう」これは蓉子。
 福沢家は職業も学年もばらばらだから、朝の時間も全員が一緒ということはまずない。だから、これはかなり珍しいことだった。
「令は大学生、乃梨子と笙子は高校生、そして菜々は中学生。それぞれ、存分に学んで、遊んで、何より楽しむように。では、いただきます」
「いただきます!!」
 景の音頭に合わせて、いっせいに朝食にとりかかる。
 10人の美女、美少女が一堂に会しているのはかなり壮観であるが、その恩恵を感じていないのはただ一人の男、長男の祐麒。
 まあ、小さい頃から姉妹達に囲まれていれば、そうなってしまうのも致し方ないところかもしれないが。

 だがここで、大事な事実が一つ。
 祐麒と10人の姉妹は、血が繋がっていない。
 祐麒の母と、姉妹達の父は再婚であった。即ち、祐麒は連れ子として福沢家に入り、その時には既に菜々まで生まれていたのだ。
 10人の姉妹は、10の思いで祐麒のことを見つめているが、ただ一人、鈍感な本人だけがそのことに気が付いていない。

 これは、そんな福沢家を舞台とした、どーでもいい物語である――

 

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