よりにもよってこんな場所に初期配置されるとは参ったものだと、由乃は思っていた。由乃がいる場所は、"アドベンチャーフロンティア"。その名の通り、古代の遺跡や、怪しげなジャングルみたいなところ、とにかく何かがあるぞ、と思わせるようなアトラクションがずらりと並んでいる。
しかし、ジャングルの中に置き去りにされていた由乃からすれば、たまったものではない。真っ暗な中では動くこともできず、結局、朝まで一歩も動くことができなかったのだ。まあ、あまり体力のない由乃からしてみれば、むやみに動いて体力を浪費してもどうしようもないので、ある意味よかったのかと考え方を切り替える。
そして今、由乃はそのジャングルの中を歩いている。こういう戦いにおいては、自らは動かないでいるのがセオリーだというのは、前に読んだ小説の知識で知っていた。動き回ればそれだけ他から見つかる危険性が高まるし、疲れる。だけど由乃は、自ら動いた。じっとしているのは性に合わないし、とんでもない事態に巻き込まれて、何かをしていないと落ち着かない。
それに何より、じっとしているだけでは令と出会うことが出来ない。もちろん、動き回ったからといって出会えると決まったわけではないけれど、ただ令が探しにきてくれるのを待つだけで、何もせずに戦いに巻き込まれて死ぬなんて事だけは、嫌だった。死ぬのだとしても、自らの意思で動いて、死にたかった。
由乃は楽観などしていなかった。はっきりいって、集められたメンバーの中で由乃は、自分が最下位レベルだということを認識していた。剣道をやっているといっても、始めてからまだほんのわずかだし、高校一年まで心臓に病を抱え、まともに運動すらしたことのなかった由乃が強いわけがないのだ。
自分が勝ち抜ける可能性なんて、限りなくゼロに近いだろうと思っている。だけど、諦めているわけではない。
由乃が手にしているのはジェリコ941。イスラエルで開発された自動拳銃で、9mmパラベラム弾を13発装填している。予備の弾もリュックの中に入っている。出来ることなら使用などしたくないが、いざとなればどうなるか分からない。
ジャングルの中を、地図を見ながらゆっくりと歩く。方向を誤ってC-2のエリアに足を踏み入れたりしたら間抜けなことこの上ない。とりあえず目指しているのは、"ファンタジーランド"。特に意味は無い、近いからだ。
そうして、由乃が歩いていたときだった。
不意に鈍い音がしたかと思うと、由乃のすぐ横の木の枝が弾け飛んだ。「え?」と思っている間に、立て続けに木の幹が弾け、その欠片が頬に跳ねる。
撃たれた、そう思った次の瞬間、由乃は身を低くしながら駆け足で大きめの木の陰に慌てて身を隠した。
どこから、誰が狙ってきたのかさっぱり分からなかったが、間違いなく銃を撃ってきた人間がいる。あと少し、由乃の立っている位置が横にずれていたら、今頃由乃は生きていなかったかもしれない。
銃を打ち返したい衝動を、必死に抑える。由乃は、相手がどちらの方向から撃ってきたのかさっぱり分かっていない。ここで無闇に発砲したところで、相手に自分の居場所を教えるだけだ。
もしも相手だけが由乃の位置を把握しているなら、圧倒的に不利である。どうしようか悩んだ結果、由乃は逃げることにした。何メートルも離れたところから素人が銃を撃ったところで、まともに命中しないはずだと踏んで、駆け出す。
どれくらい走ったのか分からないが、どうやら相手は追いかけてこなかったらしく、銃声もなければ足音や声もなかった。そこでようやく一息つきながら、由乃は思った。やはり、令以外の誰も信用できないと。
令だけは、無条件に信じることができた。幼い頃からいつも隣にいた、かけがえのない幼馴染であり、姉である令なら絶対に由乃を裏切らない。それは、由乃も同じだったから。
「……負けるもんですか」
人を殺したくなどないが、死にたくもなかった。
硬く握り締めた銃を見つめ、由乃は、大きく息を吐き出した。
☆
細川可南子は走っていた。長いストライドを伸ばし、とにかく少しでも早く、今いる場所から離れるために走る。可南子が肩から提げているのは、H&K UMP。ドイツのヘッケラー&コッホ社が開発したサブマシンガンである。既に試し撃ちも行い、実弾を撃つことが出来るのは確認済みである。
しかし、相手が分からなければ、撃ちようが無い。
しばらく前に、可南子は誰かから銃撃を受け、慌てて逃げ出してきたのである。銃弾は直撃しなかったが、弾丸が当たってはじけた何かが頬をかすり、血が滲み出ていた。
やはり、やる気になっている人はいたと、今さらながらに可南子は理解した。こんな状況になれば、人間誰しも自分の身が可愛くなるのが当たり前で、銃なんか手にしたら、やられる前に撃ってしまえと思うだろう。
他の皆はどうしただろうか。すでに、同級生の二人が死んだことが分かっている。可南子とは決して、親しいというわけではないが、それでも同級生だ、衝撃がないわけじゃない。
同じくクラスメイトである乃梨子や瞳子はどうしているか。あるいは、山百合会のメンバーは、祐巳はどうしているか気になる。気にはなるが、敦子と美幸を殺したのが、それらの人ではないと、どうして言いきれるだろうか。
可南子が走っているのは、ウォーターゲートと呼ばれる、水に関するアトラクションが多く集まっている場所。開園当時は綺麗に光り輝いていたであろう水面も、今は薄汚れて死の湖へと変化している。
走りながら、後方で音を聞き、振り向きざまに弾丸をばらまく。誰もいない。弾丸は空しく地面を抉り、あるいは水に波紋を広げただけ。
視線を転じて空を見れば、鳥が何羽か飛び立って去っていくのが目に入った。どうやら、単に鳥がたてた物音を耳にしただけと分かり、一息つく。
だが、安心してはいられない。誰かが、可南子を撃ってきたのは間違いないのだから。
今の射撃音で、また可南子の位置を感づかれたかもしれず、ぐずぐずと同じ場所に立ち止まっているわけにはいかない。銃を担ぎ直し、可南子は再び走り出す。
サブマシンガンだけで2kg以上の重量があり、さらに弾丸、その他の装備を含めると、かなりの重さにはなるが、可南子の恵まれた体格、及びバスケットで鍛えた体力と筋力は、それらを背負いながらでも十分に行動を可能にしていた。
そうして走りながら可南子は。
この悪夢のようなゲームに参加するしか選択肢はないのかと、歯噛みする。
☆
園内の各所に仕掛けられたカメラから送られてくる映像を見て、万里矢は満足そうに頷く。
由乃や可南子だけでなく、銃で攻撃された生徒は他にもいる。そして、誰もダメージは受けていない。それはそうだ、彼女達を襲ったのは、園内にあらかじめセッティングされていた銃で、わざと当たらないように制御をしていたのだから。
目的は単純、生徒達を疑心暗鬼に陥らせるため。
今回の舞台の主役達は、お嬢様学校の生徒ということで、争いごとなんか程遠い、とてもそんなこと出来ない、なんて言いかねない者が多そうだった。皆と戦うことなんか出来ない、殺し合いなんて人の心を失うような行為には踏み出せない、皆で潔く最期の時を待ちましょう、なんて展開になったら興ざめである。
だから万里矢は、お互いが戦いあうように仕向けることにした。
いきなり銃で撃たれるのは、とてつもない恐怖を彼女達に与えただろう。そして同時に、誰かが自分を殺そうとしたと、不安と疑心を植えつけてもいるだろう。更に言うなら、殺されかけたのだから、反撃しても良いのではないかと思ったかもしれない。先に相手が仕掛けてきたから、自分だってやるしかなかった。そういう言い訳を与えることもできる。
撃たれた者たちはこの後、仲間と出あったときに、相手が例え友達だったとしても、無条件で信じることが出来るだろうか。ひょっとしたら、撃ってきたのは目の前にいる人間かもしれない。少しでも疑念が心に生じれば、仲良くなんてしていられないはずだ。寝首をかかれるかもしれないのだから。
少女達には、最後の最後まで戦ってもらわなければ困る。
もし、朝までに一人も死亡者が出なかった場合は、誰かを殺すことも考えていたのだが、それは美幸と敦子の死によって回避された。二人が自殺というのがつまらなかったが、まあ、死亡者が出たということと、銃で撃たれたということが絡まり合えば、安閑としていられる者もおるまい。
陽はのぼった。
そろそろ本格的に始まることを、万里矢は疑わなかった。
【残り 28人】