書評と主にマリア様がみてるの二次創作(旧:よしのXブレード)

マリア様の愛読書

マリア様がみてる 中・長編

【マリみてSS】BATTLE LILIAN ROYALE <15.花火>

更新日:

 

 さすがに動かないわけにはいかなくなった。
『プログラム』が始まって以来、菜々は初期配置された場所でひたすらじっと息を潜めて隠れていた。
 場所は"ワールドターミナル"からやや外に出た"マジックサークル"との境のあたりである。
 このテーマパークの中央に近い場所ということもあってか、隠れている間に何人かの生徒が走って行ったり、おそるおそる歩いていたりする姿を見かけたが、その全てを菜々はスルーしてきた。
 当たり前だ、まだ中等部に通っている菜々からしてみれば、知っている相手など限られている。かろうじて、現在の山百合会メンバーに関しては、何人か知り合いがいるという程度である(※本来この時期は知り合いではないが、作品の設定として)
 いまだ中等部に在籍している身として、なぜ『プログラム』の対象として選ばれてしまったのかは分からないが、文句や批判をしたところで結果が変わるわけではない。ならば、どうにかして生き残るしかない。
 積極的に誰かを攻撃するつもりはないが、死ぬつもりもない。ならば隠れてやり過ごし、最後の二人になるまで待つしかない。そのためにひたすらじっとしていたわけだが、さすがにそれを許してはくれないようだった。
 ミッションには参加せざるを得ないが、そのためには動く必要がある。誰かと鉢合わせする危険性は高まるが、菜々は即座に行動することにした。このミッションは、早いところ済ませないとまずいと、菜々の直感が危険のシグナルを送ってきている。
 幾つかのエリアに分散しているとはいえ、人が集中してくることは避けられないので、周囲に意識を払い慎重に移動してもっとも近い"エキサイトシティ"へと向かう。
 比較的近い場所に居たせいか、誰と出会うこともなく辿り着くことは出来たが、問題はこれからだ。肝心の、"懺悔の箱"とやらを見つけなければならない。
 生徒達に見つけさせなければ全滅するだけなので、あまりに見つけにくいことはないと予測できるが、実物が分からないのでそれだけが不安だ。注意深く、それでもなるべく素早く、物陰や施設内の各所に目を走らせていく。
 菜々が早いところ動かないといけないと判断した理由は幾つかある。
 一つはそもそもの時間制限。見つけてクリアするまでは気も休まらないし、精神的、肉体的な消耗も激しくなる。
 二つ目は、これから日が落ちていくということ。探し物をするとき、明るいのと暗いのとでは天と地ほどの差が出る。照明がつくとも思えないし、仮に照明がついたとして全てが完全に照らし出されるわけではない。
 三つ目は侵入禁止エリア。これから侵入禁止エリアは増えるわけで、もしも"懺悔の箱"が侵入禁止エリアに配置されていたら、それだけでミッションのクリア可能性は減ってしまう。
 そしてもう一つは。
「――――っ!?」
 その時、少し離れた場所で人影が動くのが視界に入った。
 緊張に身を硬め、気付かれないように這うようにして進み、物陰から相手の様子を覗き見る。
 髪の毛は短め、特にこれといって特徴の見当たらない生徒で、菜々も見覚えがない。
「あった、これだ!」
 その女子はベンチの上から何かを持ち上げた。箱状の物体で、恐らく"懺悔の箱"なのだろう。
「えっと、ロザリオを……」
 女子が首を箱に近づける。チョーカー型の首輪につけられたロザリオのため、なかなかくっつけるのが難しい様子だが、やがてどうやら無事に窪みに嵌めることが出来たようだ。

『――様、おめでとうございます。ミッションクリアーです』

 機械的な音声が響き、箱を手にした女子、そして菜々もびくっとする。
「う、うわ、あんまり大きな声出さないでよ」
 箱に文句を言う女子は、落ち着かない様子で周囲の様子を窺い、誰もいないことを確認して胸を撫で下ろす。
 菜々もまた神経を研ぎ澄ませたが、幸いなことに近くには誰も居ないようだった。
「さて、と。えと……」
 女子はなぜかさっさと退散せず、キョロキョロと左右を見回すと、なぜか道のど真ん中に箱を置いた。
「これで、他の人も気が付くよね……うん、よし」
 一人で納得したように頷くと、女子は菜々の隠れている建物の横を走って去って行った。姿が見えなくなり、戻ってくる様子もないと分かってようやく菜々も僅かに力を抜く。先ほどの女子はどうやら随分と人が良いらしく、他の人の目にもすぐにとどまるよう、わざわざ目につきやすい場所に箱を置いたようだった。
 菜々は隠れていた場所から出ると、素早く箱を拾い上げまた別の物陰に身を潜める。箱は、BOX型ティッシュペーパーの箱をもう少し大きくしたくらいで、前面にご丁寧に"懺悔の箱"と書かれている。
 箱を探すためには動かなければならず、無事に見つけてクリアするときにも先ほどのように機械の音声が流れる。どうしても、生徒同士を噛みあわせたいようだ。
 菜々は窪みを探したが見つからない。注意深くもう一度見ると、箱の前面は扉を模しているようで取っ手がある。懺悔室でも真似ているということか。取っ手をつまんで、そこでちょっと考える。
 リュックの中から、支給された武器の『ワイヤー線』を取り出すと、扉の取っ手に結び付けて箱から離れる。既に先ほどの女子が開いているから何もないとは思うが、万が一に備えてである。
 扉が菜々の方を向かないよう工夫してワイヤーを引っ張ると、あっけなく扉は開いた。特にトラップは仕掛けられていないようで安心するが、それでも気を引き締めたまま箱を手に取り、中を見る。
「……やっぱり」
 呟く菜々。
 扉を開くと、上部にロザリオが嵌る窪みだった部分が見えたが、赤い何かで埋められて単なる十字架型の模様に成り下がっていた。そして下部には、『残念、使用済』という文字が浮かび上がっている。
 菜々が危惧していた最後の一つはこれだった。
 即ち、"懺悔の箱"なるものに使用制限があるのではないか、ということ。何回でも使用可能ならば、極端な話、誰か一人が見つけて使いまわしてしまえばよいのだが、そんなことが可能とは到底思えなかった。
 想定していたとはいえ、目の前で使われてしまうとさすがに落ち込みそうになる。しかし、箱がどのようなものかを確認できただけでも成果はあった。
 あと、このような状況にもかかわらず、他人のことを考えることのできる生徒がいることを知れた。顔は覚えているから、もう一度遭遇すれば分かる。安心しきることは出来ないが、他の見知らぬ誰かよりはよほど良い。
「ふぅ……」
 深呼吸をして、気を入れなおす。
 そうこうしているうちにも、どんどん"懺悔の箱"が他の人に使われてしまっているかもしれない。さっさと見つけて、さっさとこの場所から離れてしまいたい。
 おそらく百瀬の思惑なのだろうが、"懺悔の箱"が置いてあると指定されたエリアのうち三つが隣接しているのは、生徒同士が出会うことを期待しているに決まっている。
 分かってはいるけれど、乗らないわけにはいかない。
 昂りそうになる気持ちを抑える。今までの放送を聞く限り、まだ二十人程度は残っているわけで、一つのエリアに五個くらいは配置されていることになるのだ、まだ焦る必要はない。
「まあ、単純計算で考えれば、ですけど」
 悪い方向に考えるのを極力やめようとするが、考えずにはいられない。菜々が不安に思っている要素として、"懺悔の箱"の設置数もあった。人数より少ない、椅子取りゲームを強制させられるのではないかと。
 そうでないとしても、ミッションの間中、誰一人として犠牲者が出ないとも思えないから、そもそも少ない個数しか設置していないとか。反対に、あまりに見つけられなくて殺し合いもせずに死んではつまらないから、多めに設置されているという可能性もある。
 どちらかは分からないが、早いところ見つけるに越したことはないのだ。例え、誰かと出会ってしまうリスクがあるとしても。
「何はともあれ、クリアするのが先、か」
 音も立てずに菜々は走り出す。ミッションが開始されてから、まださほど時間は経っていない。このエリアに置かれている他の"懺悔の箱"は、まだ使用されていない可能性が高いから、今のうちに確保しておきたい。
 意表をついて至近距離に二つ置いてあることもあるだろうから、注意しながらの移動になる。
「……意外と見つけるの、難しいかもですね」
 十分ほどかけて探しながら歩くが、なかなか見つけられない。やはり、周囲に気を配りながらどこにあるとも分からないものを探すというのは、思っていたよりもずっと難しいようだ。だからといって、気を抜くわけにもいかない。
 まだ焦る時間ではないと自分に言い聞かせ、慎重に足を進めていく。
 様々な乗り物が集まっているエリア、菜々も絶叫マシーンは大好物だが、残されてガラクタに成り果てているアトラクションは間抜けでしかない。
 身を屈めながらの移動で腰を痛めそうになりながら徘徊し、どれくらい経過しただろうか。菜々はようやくのことで、それらしい物体を見つけた。箱を手に取り、周囲を確認しながら身を隠し素早く扉を開いてみると、先ほどとは異なり使用されている形跡はなかった。
 さっそく、クロスを"懺悔の箱"の窪みに当て嵌める。
『――有馬菜々様、おめでとうございます。ミッションクリアーです』
 先ほど耳にしたのと同じ機械的な音声が祝福してくれるが、まったく嬉しくない。むしろ静かに、黙っていてほしい。
 菜々は用済みになった箱を物陰に置いて、そそくさとその場を離れた。
「…………何、今の声?」
 声が聞こえて、咄嗟に近くの自動販売機の陰に身を隠す。
 皆が皆、"懺悔の箱"を探して集まってきていれば、静かな園内で大きな音声を流されてしまえば気付かれてしまう。それは、『やる気』になっている生徒に対して自らの身を危険にさらしていることに他ならない。
 這いつくばるようにしながら慎重に移動し、近くの植え込みの中に潜り込む。
「……あ、もしかして、あれ」
 生徒の姿が目に入る。
 どうやら、菜々がせっかく物陰に隠した使用済みの箱を見つけてしまったようだ。足早にやってきて箱を拾い上げる女子のことを当然、菜々は知らない。
 分からないからこそ、見続ける。
 どんな相手なのかを知るために。

 

 

 ようやく見つけた"懺悔の箱"だったが、喜び勇んで開いて中を覗いてみれば、既に使用済みで使えなくなっていた。
 がっくりと肩を落とし、箱とともにその場に膝をついてしまう。
「はぁ、疲れた……」
 彼女、山口真美は疲労を滲ませた表情、口調で項垂れる。
 恐怖と緊張で心も体も休まらないまま半日以上を過ごし、もともと体力などない真美は、その場にぐったりと座り込んでしまった。
 記事を書くために締め切り間際には徹夜することもあり、ただ起きているだけなら問題はないが、今の状況ではそうもいかない。だからといって休もうかと思ったら意味不明なミッションが開始され、動き回ることを余儀なくされる。
「もう……どうすればいいんだろう」
 姉である三奈子はみつからず、妹である日出実は既にこの世にいない。自分の目で見ていないから信じられないが、きっと事実なのだろう。放送を聞いた時には涙したものだが、自分自身の命のこともあるので、いつまでも泣いているわけにはいかなかった。
 疲れた体に鞭を入れて立ち上がろうと腰を上げる。他の生徒もミッションをクリアするために動き回っているだろうし、いつ誰が現れるとも分からない。
 よっこらせ、と心の中で掛け声をかけて中腰になったところで、微かに何かを踏みしめるような音が耳に飛び込んできた。
「――――っ!?」
 さほど運動神経のよくない真美にしては、それは上出来だっただろう。何も考えず咄嗟に前方にダイブして転がるように、すなわち飛び込み前転の要領で物陰に潜んだ。直後に乾いた銃声、そして地面が穿たれる音が響いた。
「……しまった、気付かれたか」
 声が聞こえて、驚く。
 物陰からそっと様子を窺ってみると、視線の先に人影がうつる。長身、そして腰まで届くような長髪が特徴的なシルエットは間違えようもない。
「細川可南子さん……?」
 新聞部として色々と取材をしているし、情報収集を行っているから彼女のことは知っている。紅薔薇の妹、すなわち祐巳の妹候補として噂になっていたから。
 令に劣らない長身、中学時代はバスケ部、体格と運動神経の両方を兼ね備えた可南子が銃を持っている、しかも冷静に思い出してみると先ほどの銃声は連続しており、地面も色んな箇所が削り取られている。導き出される結論は、連射できるマシンガンのようなものを装備しているということで、最悪の組み合わせとしか言いようがない。
 しかも、こっそりと忍び寄って声をかけることもなく撃ってきたということは、完全にやる気になっているわけだ。真美の額に冷や汗が伝う。
 真正面から向かい合って太刀打ちできるわけもないだろうし、だからといって逃げ出せば背中を打たれる確率が高い。やり過ごそうにも、近くに隠れていることは分かっているだろうし逃げ場も少なく、陽も落ちていないので見渡しも良い。真美にとっては悪い条件ばかりが揃っている。
 考える。
 どうにかして、この場を切り抜けるために――

 

 細川可南子は慎重にサブマシンガンを抱えながら、歩を進める。人を殺すことに、同じリリアンの生徒を殺すことを喜んでいるわけがない。それでも、自分が生き残るためには他の生徒を殺さないといけないわけで、自分の命と他の人の命、天秤にかければどちらを優先するかは明白だった。
 答えが出てしまえば、あとは覚悟の問題だ。
 だから、可南子は覚悟を決めた。祐巳を助け、護り、他の皆には申し訳ないが死んでもらう、そのためには鬼になると。
 配備された武器もまた、可南子を後押しした。H&Kの短機関銃は、他の生徒の武器が何だかは分からないが最高クラスの殺傷武器だろう。決して軽くはないが重すぎて持てないほどでもないし、肩掛けのスリングベルトもあるから全く問題はなかった。他の女子は分からないが、体力、腕力にもそこそこ自信のある可南子にはぴったりの武器だ。
 当初はウォーターゲート付近にいた可南子は、禁止エリアを避けるようにマジックサークル周辺に移動し、ミッションが開始されたところでエキサイトシティへとやってきた。運よく、"懺悔の箱"を見つけてミッションをクリアし、その後エリア内を移動しているところで、他の人が"懺悔の箱"を使用した機械音声を耳にしたわけだ。
 離れるべきか、様子を見てみるべきか迷ったが、どうせ避けては通れぬ道と考えて戦いの場へと赴いてきた。
 相手が誰だかは分からなかったが、顔を見てしまっては決意が鈍るかもと思い、卑怯かもと思いながらこっそり背後から狙い撃つことにしたのだが。
「気づかれてしまうとは……」
 サブマシンガンを構えながら、相手が隠れたあたりの様子を窺う。最初に見かけた時、特に武器らしいものを手にしている様子はなかった。元々持っていないのか、それとも装備していなかったのか、いずれにしても速攻で反撃する暇を与えないことが重要と考え、大胆に駆け寄る。
 駆け出したところで、右斜め後方で甲高い音がして咄嗟に振り返り銃を向ける。目に入ったのは、地面を転がる空き缶。
 気づいた次の瞬間、またも背後で音がしたので視線を向ければ、石ころが転がっていた。
 可南子を幻惑させるべく囮として投げたのであろうが、そんな可南子に対して何も攻撃を仕掛けてこないということは、やはり有効な武器を持っていないのか。少なくとも、飛び道具は持っていない。
 乾いた唇を舐め、可南子は手の平を制服で拭う。
 攻撃してこないということは、今の陽動は逃げるための囮ということだろうが、それは逆に居場所を凡そ教えていることにもなる。空き缶と石が投げられた瞬間を見たわけではないが、二つも投げられれば大体のアタリはつけられる。
 コーヒーカップの乗り物付近に目がけて、威嚇の意味も込めて銃弾をばらまく。こういう時、あまり考えなくてすむ機関銃は楽だ。
 そして、アタリをつけたカップの裏側に回り込む。
「――――っ!?」
 瞬間、痺れるような痛みが足を襲った。
 カップの陰になっているが、よく見ると何かがばら撒かれていた。
「トラップ!?」
 それは、真美が途中で拾ってきたガラス片だった。気付かずに可南子は思い切り踏んづけてしまい、運悪く靴底を貫いたものが可南子の足を傷つけてきたのだ。
 痛みに顔を顰めていると、近くの別のカップから人影が飛び出した。銃を向けようとする前に、いきなり可南子目がけて何かが飛んできた。飛び道具はないと思っていたが、ブラフだったのかと、死を予感する。
 甲高い音を立てたソレは、可南子の横をかすめるようにして飛んでいく。
「……ロケット花火?」
 正体を見極めた可南子は、呆れると同時に怒りも覚えた。銃を向ける。ロケット花火が連続で飛んでくるのは、時間差で着火するようにしたのだろう。しかし、単なる花火だと分かれば必要以上に恐れる必要はない、可南子はトリガーを引く。
「……ぐっ! う、うああああああああああっっ!!」
 叫びとともに何十発もの弾丸をばらまく。同時に向かってきた花火のうちの一つが額に見事に命中し、思わず呻いてよろめく。目にあたりでもしていたら大変なことになっていたかもしれない。花火を人に向けてはいけないと、よく言ったものである。
 硝煙と花火の煙が匂いたつ中、薄くもやった視界の先を見るが、既に相手の姿はなかった。追いかけようかと思ったが、他にまだトラップを仕掛けているとも分からないし、可南子自身も足を痛めていて無理はしたくなかった。
「ちっ……」
 それよりも、今の騒ぎで誰が駆けつけてくるかもわからない、さっさとこの場を離れた方が良さそうだと判断する。
 靴の底からガラス片を慎重に抜き取り、再び履く。手当はここを離れてから。
 長い髪を翻し、可南子は痛む足をかばようにして走り出した。

 

 

 コーヒーカップから飛び出した真美は、すぐ近くにあったアトラクションの乗り物の中に逃げ込んでいた。
 予想以上にうまくいった。
 配布された武器は様々な長さの導火線を持ったロケット花火で、これでどうしろと当初は嘆いたものの、目くらましと威嚇くらいには使用できると考えていた。プラスして、何かに使えるかと途中で拾ったもののうち、ガラス片を活用しての足止め。
 うまくいって、こうして逃げることができたのだが。
「…………大丈夫、ですか?」
「え…………?」
 声をかけられて、目を開ける。
 真美を覗き込んでいるのは菜々だった。
 少し離れた場所から真美と可南子の戦いを見つめていた菜々は、可南子が去った後、真美がどうなったか気になって追いかけてみた。すると、コーヒーカップから離れた場所に血痕を見つけ、その後を追って辿り着いたのが先ほど。
 むっとする血の匂いに躊躇しつつも、ぐったりと倒れた真美に近づき声をかけたところで、目を見開く。真美の制服の背中には幾つか大きな穴が開いていて、穴からは今も血が溢れ出している。
 可南子の機関銃の乱射によって穿たれ、痛みも忘れるほど必死にここまで逃げてきたのであろうが、限界がきて倒れ込んだのか。
 菜々に医療の心得はないが、もはや手の施しようはないように思えたし、真美の表情に死の色が急速に広がっていくように見えた。
「わた……し、死ぬの…………かな……」
 弱々しい声が口から洩れる。
 咳き込んだ拍子に、血を吐き出す。
 菜々は、何も言うことが出来なかった。
「……寒いな……お姉さ……ま……会いたかった、な……」
 真美の目が焦点を失っていく。視力も奪われつつあるのだろう。
「お姉さま、ど、ドジ……で、おっ……ちょこちょい、だから……わ、わたし、が、目を離すと……げふっ、がっ! ……はっ、心配で……」
 声も小さくなっていく。
「花火……か……ふふっ……」
 薄れかけてゆく意識の中、真美が思い浮かべたのは新聞部の夏合宿での大騒ぎ。引退した三奈子が陣中見舞いに大量の花火セットを持って登場した。部員達で大騒ぎしながらの花火は、お腹が痛くなるほど笑って楽しかった。
 ロケット花火を人に向けて撃ったら駄目だと怒ったら、三奈子は肩をすぼめてがっくりとうなだれていた。あまりにしょんぼりとするものだから、仕方なく慰めてあげようと、二人で一緒に線香花火をした。どちらが最後まで粘れるか、勝ったらいいものをあげるなんて言われて、信じてなんかいないけれどなぜかムキになって頑張って、勝って。
 そしたら――
『……お、お姉さまっ!?』
 びっくりして目を丸くすると、三奈子もどこか照れたように笑っていた。夜で暗いから分かりづらかったけれど、花火に照らされた三奈子の頬は少しだけ赤かったような気がする。
『えへへ、だから、ご褒美にね』
 言われて、顔が一気に熱くなる。
 そしてそれ以上に熱く感じた唇を、手の平で隠すようにして三奈子を見る。
『お姉さま、三奈子さま、何しているんですかーっ?』
 妹の声が聞こえる。
 三奈子は立ち上がる。
 素直じゃないから、いつも口にすることが出来なかった。この時も、『なんてことするんですか、セクハラですよまったく!』なんてことしか言えなかった。本当に伝えたいことは他にあったのに。
「……っ、……」
 だけど、声が出ない。出すことが出来ない。
 菜々は名も知らない真美の手を握り、耳を口元に寄せた。真美のか細い息が、耳に拭きかかる。
「あ、たたかい…………おねえ、さ……ぶ……じで…………」
 その後、何かを言おうとしたようだが、聞き取ることは出来なかった。そして、途切れ途切れの呼吸を耳にした後、完全に停止した。
 菜々は心臓に手を当てた後、真美の手を胸の上で組ませ、瞼をそっと閉じて祈りを捧げた。交流がなかったとはいえ、このような舞台で望まずに戦い、散った真美の魂が安らぐことを願って。
 やがて立ち上がろうとして、申し訳ないと思いつつ真美の制服を少し探って生徒手帳を見つけて取り出した。
「……山口真美さま。お姉さまがどなたかは存じませんが、もしも分かったら、お伝えしますね」
 真美の生徒手帳をしまい立ち上がると、菜々は再び戦場へと戻るのであった。

 

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