<エピローグ>
『黄薔薇革命』も落ち着き、通常の日々に戻った学園。由乃さんたちと、あるいは桂たちと同じように姉妹を解消した人たちも、多くのところはよりを戻したと聞く。人のことは言えないが、みんな結構、調子がいいものだ。 私も、すぐにいつもの姿に戻った。
ただ、前と異なることもあったけれど。
「桂さん、はい、あーん」
「あ、あーん」
きっと私の顔は今、真っ赤になっている。
何しろ、女神様(志摩子さん)が目の前で、お箸ではさんだ卵焼きを向けてきているのだから。
今いるのは講堂の裏。さすがに寒くなってきて、外で食べるのは厳しくなってきたが、そのせいか他に人の姿は見えない。
「美味しいかしら?」
「う、うん」
「良かった」
微笑む志摩子さんが眩しい。
仲良くなって、しばしばお昼を一緒にするようになったけれど、なかなか慣れそうにはない。いつも、ドキドキして顔が熱くなる。
「桂さんと仲良くなれて、嬉しいわ」
「あ、ありがとう」
「桂さん、寒くない?さすがに冷えるものね」
「うん、ちょっと、ね」
身をすくませる。
すると。
「こうすれば、少しは暖かいかしら」
腕に、何やら柔らかくて暖かいものが押し付けられた。
見ると、志摩子さんが体を寄せてきてくっついたせいで、その胸が腕にあたっているのだ。
「はわ、はわわわわっ」
暖かいのを通り越して、私の体は熱くなってしまった。
嬉しいけれど、ちょっと困りもする変化だった。
部活では、また前の調子を取り戻した。
「みんな、聞いて聞いて!なんと数学の皆川センセが!」
入手したばかりの速報を伝えようと、部室に駆け込む。
みんなが、「またか」といった顔でこちらを見る。お姉さまは渋い顔をして、理沙子さまはわずかに頬を緩ませたように見えた。
「ほら、お喋りばかりしていないで、練習の時間よ」
「はーい」
着替えて、コートに出る。
練習は、いつもの通り。相変わらず私はたいして上手くもないけれど、純粋にテニスが楽しいと思えた。
「ほら桂ちゃん、打った後の姿勢」
「は、はいっ」
理沙子さまは、ちょっとばかり練習に厳しくなったように思えるのは、気のせいだろうか。
結局、理沙子さまの気持ちは、そしてあの日お姉さまと何を話していたのかは分からなかった。
でも、それでいいのだろう。
知ったところで、私には何もできない。
私に出来ることは、普段どおりの私でいることだけだ。
「あ、理沙子さまと椿さま、試合形式で練習されるみたいよ」
「え」
見ると、コートで対峙する二人の姿が。
さすがに、ドキッとしたけれども心を落ち着かせる。自分が今さら動揺してどうするというのか。
サーブは理沙子さま。
強烈な球筋。ラリーが続く。
実力的には理沙子さまの方が上だけれども、お姉さまもくらいついている。
「あーっ、駄目かっ」
結局、理沙子さまがサービス・キープした。
続いて、お姉さまのサービス・ゲーム。ふと、ボールを手にしたお姉さまと目があった。すると、その視線を追いかけた理沙子さまとも視線がぶつかった。
二人の目が、「どっちを応援するの?」と、問いかけてきているようで、私は惑う。
交互に二人の姿に目を移し、どちらにするか迷った挙句、私は。
「お、お二人とも頑張れっ!!」
などと、どっちつかずの声援を出してしまった。
そしてそれを耳にした二人は。
「桂、覚えていなさいよっ」
と、お姉さま。
「桂ちゃん、八方美人はだめよ」
これは理沙子さま。
「えええ、で、でもっ」
おたおたする私を横目に、プレイに興じる二人。
そのお姉さまを見て、私は目を見張った。
蔦子さんから貰った写真の表情と、同じように見えたから。
「―――ああ」
見上げれば、高くて遠い秋の空。
球の弾む乾いた音が、どこまでも、どこまでも響いていた。
おしまい