<後編>
私の部屋で始まった静さんとの二次会は、最初のワインを開けた後はグダグダだった。日本酒、焼酎、ブランデーと見境無く二人でのみ、佐藤さんの悪口を言い合い、お互いのことを話し合い、だらだらと時間は過ぎていく。
お互いにアルコールに強かったせいか、酔いはするものの潰れることも無く、あっという間に日付は変わり深夜となっていた。
テーブルの上には、空いたグラスや瓶が転がっていた。いくらなんでも飲みすぎだとは思うが、やはり二人ともいつもと精神状態が違っていたのだと思う。
「世間はさ、やっぱりまだ同性愛者に対する目が冷たいのよね。だからどうしても、慎重になっちゃう」
「実体験でも?」
「今の職場でさ、派遣で可愛い子がいて、飲み会のときにお酒の勢いみたいなので軽く誘ってみたのね、いざとなったら酔った上での冗談だって誤魔化せるじゃない」
「うんうん」
「そしたらさ、意外なことにその子も乗り気みたいな感じで、そのままホテルへ」
「あら、良かったじゃないですか」
「それがさ、翌日目を覚ましたその子、店を出た後の記憶が全くないらしくて。なんでも、酔って気がついたら知らないホテルで隣に知らない男が寝ている、なんてこともしばしばらしくて、その時もそのノリだったみたい」
「あらら」
「しかも、目を覚まして素に戻ると、そりゃもう酷い言葉投げつけて去ってったわ。変態でも見るような目つきでさ、会社でも近寄ったら逃げ出すし」
ため息をつく。
その後も私は、つらつらと話した。佐藤さんと付き合っていたとき、一度だけ浮気をしたこと。ささいなことですれ違い、喧嘩したときに、リリアンOGの二十代後半の大学の女講師に誘われ、関係を持ったのだ。色々とあって最終的には佐藤さんとよりを戻したわけだが、その女講師に仕込まれたコトは、その後佐藤さんとコトをするにあたって役に立った。
そんな私の話を聞きながら、静さんは日本酒の瓶を抱えもち、ラッパ飲みをしていた。顔は赤くなっているが、目はしっかりとしている。本当に豪快だ。
「ん、はーっ」
瓶から唇を離すと、口の端から零れた液体を手の甲で拭う。
無造作に下ろした手が、隣に座っていた私の手に触れた。
おそらく無意識に、静さんは手を離した。だけど私は、意識的に離れようとするその手を捕まえた。ほっそりとした手首をつかむと、静さんはこちらを向いた。
「……っ?!」
私は身を乗り出して彼女にキスをしていた。
目を丸くして驚いた彼女だったが、拒絶することは無かった。
「……いきなり、ですね」
口を離すと、少しばかり拗ねた表情が目に映る。
「嫌だった?」
「嫌だったら、突き飛ばしているわ」
「……ね、舌を出して」
言うと、静さんは素直に舌を伸ばした。
私は、静さんの口から突き出されたピンク色の舌を唇ではさむ。生温かい舌を吸いながら、ウェーブを描いている黒髪を指に取り撫でる。
「んっ……ちゅっ……」
軽く音を立てて、彼女の舌を味わう。私自身も舌を伸ばし、絡ませあう。溢れた唾液が筋を残して落ち、静さんの太腿を濡らす。
私はさらに手をのばし、首筋を、肩を、腕を、脇腹をくすぐるように撫でる。静さんは逃げるように背を向けたが、後ろから抱きしめて逃さない。そのまま髪の毛に顔を埋めるようにして、うなじに口付ける。舌を這わせたまま下降し、肩をなぞり、腕を持ち上げてばんざいをさせると脇の下を舐める。
「やだ、くすぐったい……」
身を捩じらす静さん。
脇の下から二の腕、肘と口を移動し、手までくると細くて美しい指をしゃぶる。静さんも応えるようにして、指をゆっくりと動かして私の口の中に出し入れする。ぬらぬらと、唾液で光る静さんの指。
続いて、指から口を離すと、私は静さんの髪の毛をかきあげ、耳の裏に舌を這わせる。同時に、後ろから前にまわした手をドレスの胸元に差し込んだ。
胸元が少し開いていたドレスだったから、簡単に私の手はその中に潜り込んだ。手の平に伝わってくる、柔らかく温かな肌の感触。静さんは見た目どおりスレンダーで、胸も小ぶりだったけれど弾力は十分だった。
耳たぶを舐めながら、私はドレスの肩紐に指をかけて外し、ドレスをずり下ろした。顔を見せた静さんの胸。
「あ……やだ、私、胸ちいさいから」
「上向いて、静さん」
恥らう静さんを半ば強引に、斜め上を向かせ唇を重ねる。
「ん、んっ……ふぅっん」
唇を貪りながら、両手で剥き出しになった静さんの乳房を揉む。指で、すでに硬く突起した胸の先端を転がす。
「ん、ふぁ、あっ」
唇は離さない。
そのまま唾液を流し込む。必死に嚥下する静さんだったが、飲みきれなかった唾液が溢れ、首筋を伝い、胸にまで滴ってゆく。
唇と乳首を堪能すると、今度は静さんの前に回りこみ、足を広げさせた。スカートがまくれあがり、ストッキングに包まれたショーツが目に映る。太腿を撫でるようにしてストッキングを脱がし、薄い布越しに割れ目を指で軽くなぞると、そこはすでに熱を帯び、軽く湿った感触が人差し指の先に伝わってきた。
「や、だ、だめっ、これ以上は……っ」
「ここまできて、今さら何を言っているのよ」
私はショーツの左右両端に指をかけ、下にずらしてゆく。静さんも最初は抵抗したものの、やがて腰を浮かせてショーツを脱がせやすくしてくれた。
「それじゃ……」
アルコールのせいもあっただろう。勢いずいていた私は自分を抑えることができず、いきなり割れ目に口付け、舌を這わせる。
今まで経験した三人の誰とも違う、匂いと味が私を包む。
「あっ、あぁっ……!!」
静さんの放つ美しい喘ぎ声を耳にしながら、私と静さんは快楽の渦へと飛び込んでいった。
「……え、うそ、ホントっ?!」
思わず私は大きな声をあげてしまった。
中等半端にドレスを身につけたままエッチをしたせいで、私のドレスも、静さんのドレスも汚れて大変なことになっていた。このドレスをどうするか、なんて考えていたのだが、静さんの一言によってどこかへ行ってしまった。
「初めてだったって……うそでしょう?」
「本当。だって、言ったじゃない。聖さまのことをずっと慕っていて、でも私の想いが受け入れられることは無かったと」
「そ、それは確かに聞いたけれど……えと、でも」
すっかり私はうろたえていた。
当然、彼女だって経験があるだろうと思い込んでいたのだ。ところが、彼女は全くの初めての行為だったという。勿論、男女通じて。
「そんなに、慌てないで。いいのよ」
「でも」
おそらく、彼女も分かっていたはずだ。
昨夜、いや今日か。私と静さんが身体を重ねたのは、お互いに愛し合っていたからではない。いわば、互いに傷を舐めあっていたのだ。一時の感情に身を任せ、一時の快楽に身を委ねていたにすぎない。
「いいの。加東さんと会ってバーで飲んでいたとき、『ああ、自分は今日この人に抱かれるな』って、なぜか予感めいたものがあったの」
朝の陽射しが、カーテン越しに差し込んでくる。
脱げかけのドレスを完全に脱ぎ捨て、裸になる。
「でも私……正直に言って、自分の性欲を満たすために、静さんを求めたのよ」
「いいじゃない、それで。それに実際、私だってそうだったもの。初体験をしたいという願望があったから」
静さんもドレスを脱ぐ。視線が静さんの裸体に向かうのを感じたのか、シーツを引き寄せて身体を隠す。
「あー、でももうこのドレス着られないわね。何着て帰ろうかしら」
「ああ、そうねえ……」
互いから溢れた様々な液体で、ドレスは汚れている。
「……とりあえず、シャワー浴びようか?」
私の提案に、静さんは素直に頷く。
「一緒に、入る?」
「それは、お断りするわ。何をされるか分からないもの」
もう一つの提案は、魅惑的な笑みとともに、さらりと綺麗にかわされてしまった。
シャワーを浴びて身体を綺麗にし、髪の毛をタオルで拭きながら洗面所を出ると、良い匂いが漂ってきた。
どうやら、先にシャワーを浴びた静さんが朝食の準備をしてくれているようだった。
シャツにホットパンツというラフな格好に着替えた私は、匂いにつられるようにしてキッチンに足を向けた。
すると、そこにはショーツの上からシャツを羽織っただけという艶姿の静さんがいた。シャツは短く、ショーツのデルタ地帯は丸見えで、すらりと伸びた太腿の艶が眩しい。しかも、穿いているショーツは私のものだ。
「あ、もう少し待って。すぐに出来るから」
スクランブルドエッグを皿に盛りながら、静さんが微笑む。
「そう……じゃなくて、な、なんでそんな格好しているのよ。着替え渡したでしょう?」
「ええ。でも、加東さんスリムなのね。私にはウェストがきつくて」
嘘だ。
どう見たって、静さんの方が細い。
「……さ、出来たわよ」
スクランブルドエッグに焼いたソーセージ、レタスをあわせた皿を運び、テーブルに並べる。皿を置く際に前かがみとなり、形の良いお尻が目に入る。
「……やば、鼻血出そう」
「ん、どうしたの、加東さん」
「あのね、静さん、もしかして誘っている? 朝食より美味しそうなもの見せられて、そっち食べたくなっちゃうじゃない」
言いながら私は、後ろから静さんを抱きしめていた。
「……やばい、静さんのこと好きになっちゃいそう」
「性欲を満たしたいだけではなくて?」
「そうかもしれないけど……やばいなぁ」
「朝食、食べられなくなっちゃうわよ」
「静さんを食べたい」
「夜、食べられちゃったじゃない」
「食べ足りない」
「身体だけの関係なんて嫌よ。きちんと、私のことを好きになって、私に貴女のことを好きにならせて、そうしたら恋人になって、いくらでも食べていいわよ」
「……分かった。そうよね、勢いだけじゃ駄目よね」
「そうそう。分かったら、離してくれる?」
「ええ……あれっ?!」
「ん、どうかした?」
静さんの体を抱きしめたまま、私はテレビに目を奪われた。ただ、なんとなくつけてあっただけだろうが、画面に映っているのは、間違いなく今、私が抱きしめている彼女の姿だった。
画面には、『期待の新鋭、歌姫の降臨!』という少々大げさなテロップが表示され、アナウンサーが経歴を紹介していた。
「あ、これ今日放送だったんだ」
「え、ええっ? じゃ、やっぱり本当に静さん?」
「ええ。これでも私、『期待の新鋭』なのよ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる。
テレビからは、綺麗な歌声が流れてきた。思わず聞きほれてしまう。
「そうだったんだ……うわ、道理で」
「ん、なにかしら?」
「道理で、随分と綺麗な喘ぎ声だったなって思って」
「やだ……バカ」
頬を朱に染める静さん。
そのあまりの可愛らしさに、私の胸は高鳴る。
昨夜のような、勢いと性欲にまみれた感情とは違う。色っぽい静さんの姿に欲情したのとも異なる。素直に、彼女が素敵で魅力的な女性だと認識をした瞬間。一人の女性として、静さんに本当にときめいた瞬間。
彼女の細い体を抱きしめていた腕に、力をこめる。
「……決めた」
「……加東さん?」
わずかに顔の角度を変え、訝しげな視線を向けてくる静さん。
私は、シャンプーの匂いのする静さんの髪の毛に額をくっつけて、宣言する。
「静さんの美しい声で、『景』って呼ばせるようにしてみせるんだから」
「えっと」
「文句は言わせないわよ。そうしてみせれば良いのでしょう?」
「いえ、文句はないのだけれど……」
するりと、私の腕から逃れる。
振り返り、すっと体を寄せ、手を私の頬と首筋に当てる。
「私のこと、『静さん』なんかじゃなく、『静』って呼んだら、呼んであげるのに」
「え、静さん……?」
首に手がまわされる。
お互いにシャツだけ、薄い布を通して胸が押し付けられる。
「だ・か・ら」
「あ……静……」
「ん、景……」
ぐっと顔が近づく。
唇が触れ合う。
トースターの音が鳴り、トーストの焼けた香ばしい匂いが部屋に漂い、テレビから静の歌う『マリア様の心』が流れる中で。
二人は唇を重ねた。
おしまい